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第12話「脱出」


 さすが40年も務めただけある。

 オールド・ボアは夜の闇に染まったまどわしの森を、迷いのない動きでのっしのっしと進んでいく。

 いいというのに、俺とティモラを背に乗せて。


「揺れませんか? 気持ち悪くなったら教えてください」


「どうだティモラ」


「え……あ、いや、すごく快適です……」


「だそうだ、悪いな気を遣ってもらって」


「いえいえ、年をとるとこれぐらいしか取り柄がなくなるんです」


「謙遜しすぎるのも年寄り臭いぞ」


「いやあ、はは……」


 オールド・ボアが気恥ずかしそうに笑う。

 よっぽど前の職場環境が劣悪だったのだろうな。

 今の彼からは、張り詰めたような擦り切れたような、そんな雰囲気がまるでない。

 むしろ解放感からか年を重ねた者特有の余裕が漂っている。


 俺の元部下たちは若さゆえに少し頑張りすぎるきらいがあったからな。

 彼が加われば職場の雰囲気も柔らかくなるだろう。

 まぁその前に俺の元職場が残っているのか、という最大の疑問が残るが……これについては後で情報を整理しなくてはならない。


「……ナルゴア君はすごいね」


 考え事をしていると、ふいにティモラが言った。


「何がだ?」


「全部だよ! まさかオウルベアを倒しちゃうなんて……レベル3じゃなかったっけ?」


「その認識で間違いはない」


 強いのはあくまで俺が召喚する“手”。

 俺自身は変わらずレベル3の召喚術師(サモナー)だ。


「なおさらすごいよ! それに、オールド・ボアさんを説得したときもすごかったよ! ごだぶりゅー? とか! 難しくて私にはちんぷんかんぷんだったけど……」


「興味があるなら後で教えよう、知っておいて損はない、いつかティモラが大人になった時に役立つぞ」


「やったあ! ちゃんと教えてね! 約束だから!」


「ははは、ティモラさんの将来は有望ですね」


 オールド・ボアが笑う。

 もう、ただの好々爺だな。


「はぁ、やっぱりすごいなぁナルゴア君、私の知らない内に、なんだか一人だけ大人になっちゃったみたい」


 まぁ、実際に千手のナルゴアとしての記憶が蘇ったわけだから、あながち比喩でもないのだが……

 そんなことを考えていると、背中に熱を感じた。

 ティモラが後ろから抱き着いてきたのだ。


「ごめんね、私のせいであんな目に逢っちゃって……それだけじゃなくて、助けに入った私が逆に助けられちゃうなんて……」


「何故謝るのか、俺は嬉しかったぞ、ティモラがきてくれて」


「えっ……」


「肝は冷やしたがな、ティモラが傷つくのは非常に困る」


「……」


 返事が返ってこない。

 何事かと思い、後ろへ振り向くと、ティモラは顔を覆っていた。

 それこそ熟れたリンゴのように真っ赤な顔を。


「な、ナルゴア君、なんか、変わったね……」


「そうか?」


「そうだよぉ……」


 と、か細い声でティモラ。


 そうか、俺は変わったのか……

 まぁ無理もない、10年間人間の少年として生きた記憶はあるが、そこへその数十倍は生きた魔族だった頃の俺の記憶が混じり合ってしまったのだ。

 どちらかといえば、千手のナルゴアに泣き虫のナルゴアとしての記憶が上乗せされたかのような、そんな感覚である。

 傍から見れば、何かに憑りつかれたように見えるかもしれない。

 それは、きっと、面倒なことになる。


 ……いや、それ以前に、俺を転生させたアイツのこともある。

 ヤツの目的は分からないが、俺が前世の記憶を取り戻したことは、伏せておいた方がいい気がする。

 ならば


「……ティモラ、頼みがある。今日見たことは、村の皆には言わないでくれ」


「い、いいけど、なんで?」


「知られたら面倒だ。……もしかしたらリーガットがちょっかいをかけてくるかもしれない」


「確かに! 分かった! 私誰にも言わない!」


「さすがだ」


 やはりティモラは信頼できる。

 ああ、俺の記憶が蘇った瞬間、近くにいたのが彼女でよかった。


「仲がよろしくてなによりです、そろそろ出口ですよ。……っと、おや?」


「どうしたオールド・ボア」


 オールドボアが突然立ち止まる。

 そしてすんすんと鼻を鳴らし始めた。


「……大勢の人と、火の臭いがします。どうやらお迎えのようですね」


「あ、きっと村の皆が私たちを探しに来てくれたんだよ!」


 ふうむ、ありがたいが、ちとタイミングが悪いな。


「すまないがここで下ろしてもらえるか? 俺たちと一緒にいるところを見られたらおそらく話がこじれる」


「承知しました、では別ルートから森を出て、待機しております」


「悪いな」


 オールド・ボアがゆっくりと屈んで、俺はティモラを支えながら、ゆっくりと彼の背中を降りる。


「では、また後でな」


「かしこまりました、では……」


「さようなら! 猪のおじさん!」


 オールド・ボアは最後ににっこりと微笑み、のっしのっしと森の暗がりへ消える。

 これを見送ると、俺たちは月明かりの導くまま森を出た。

 ――やはり彼の指摘通り、森の外で松明を掲げた大人たちが待機していた。

 その中には、リーガットを含めた一団の姿もある。


「――おい! 誰か出てきたぞ!」


「ナルゴアだ! ティモラちゃんもいる!」


「ナルゴアちゃん!」


 人の群れの中から、一組の男女が飛び出してきて、俺を抱きとめる。

 言うまでもない、俺の両親だ。


「無事!? ティモラちゃんも怪我はない!?」


「う、うん! 大丈夫!」


「ああ、本当によかった……!」


 母さんが涙を流しながら、喜びを噛み締めている。

 父親も、泣きはしないものの明らかに安堵の表情を作っていた。


 こんなにも心配してくれる両親をもって、泣き虫のナルゴアは幸せ者だ。


 母の体温を感じながら、しみじみそう思っていると、おもむろに母の表情が変わった。

 それは、どういうわけかこちらを咎めるようなもので――


「こんな夜更けに遊び半分でまどわしの森へ入るなんて! 私たち、すっごく心配したんだからね!?」


「そうだぞ! それもあろうことかティモラちゃんを連れて! あれだけまどわしの森には入るなと教えただろう!?」


 ……ん?


「まったく、リーガット君が教えてくれなかったら今頃どうなってたことか……」


「ああ、リーガット君に感謝だな!」


 ……ちょっと待て、何か話がおかしいぞ。

 俺はそのリーガット君に、両手両足を縛られ、ご丁寧に猿轡までされてまどわしの森に放逐されたのだが?


 よく見ると、集まった大人たちも松明を片手に、俺に非難の目を向けている。

 一度、ティモラと顔を見合わせた。

 そしてお互いがほとんど同時に事の真相に気付き、リーガットへ視線を送った。


 リーガットは大人たちに囲まれて、にたにたと気色の悪い笑みを浮かべている。

 それだけで十分だった。


 一瞬、あまりの卑劣さに何かの間違いではと思ったが、これは、間違いない!


「――ボクは止めたんだ! でもアイツがどうしてもまどわしの森へ行くって、嫌がるティモラちゃんを無理やり連れて……!」


 彼のヘタクソな演技と、これにわざとらしい相槌を打つ取り巻き連中を見て、確信した。

 ここまでがお前の作戦か! 図ったなリーガット!


「まったく、こんな夜更けになんと人騒がせな……」


「はあ……10歳にもなって、まだ物の分別もつかないのかナルゴアは……」


「ち、違うよ皆! ナルゴア君は私を……!」


「いいんだよティモラちゃん、ナルゴアに何を言われたか知らないが、彼は皆にたいへんな迷惑をかけたんだ」


「そうよナルゴア! 皆さんに謝りなさい!」


 聞く耳持たず、という感じだな。

 両親でさえ、リーガットの戯言を完全に信じ切ってしまっている。


 ……まったくリーガットめ。

 俺たちがまどわしの森にいる間に、随分と“仕立て上げて”おいたらしい。

 用意周到なことだ、その情熱が他で生かせれば、いくらでも大成できるだろうに……


「な、ナルゴア君……! どうしよう、私のせいで……っ!」


「間違っても君のせいではないさ、俺が頭を下げて場が収まるなら、それでいいだろう」


 なあに、俺は元中間管理職だ。

 頭を下げることなんて慣れている。


 俺は、一歩前に歩み出て、辺りを見渡した。

 リーガットがこれから起こることを期待するようにぎらぎらとした眼差しを向けてきている。

 ……いつか覚えていろよ、ボンボン。


 心の中では悪態をつきつつ、謝罪の言葉を口にしようとすると――ふいに、無数にある松明の内一つがかき消えた。

 まるで誕生日ケーキのロウソクでも吹き消すように、ふっと。


 瞬間、俺はソレの接近を感じ取る。


「――全員頭を低く下げろ!!」


「へっ?」


 俺の口から飛び出したのが予想外の言葉だったので面食らったのだろう、リーガットが間の抜けた声をあげた。


 その直後である。

 彼の目の前にヤツが現れ、松明の火が一斉に掻き消えたのは。


「な、なんだなんだ!? 何が起こった!?」


「松明がっ……」


「いや!? それよりも今何かいなかったか……!?」


 突如として訪れた暗闇に、人々が戸惑う。

 だが、まどわしの森で暗闇に目を慣らしていた俺とティモラは、一足先にソイツの全貌を確かめることができていた。


「なに、あれ……」


 ティモラがソイツを見上げて呟く。

 俺もまたヤツを見上げて、舌打ちをした。


「……光に寄せられて面倒なのがきたな」


 ――ナイトウォーカー、レベル35。

 目のない竜が、ころころと喉を鳴らしながら村人たちを睥睨していた。


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