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第10話「元同業者」


 ふむ、これはなんとも、興味深い状況だ。


 俺は幾分か小さくなってしまった自らの身体を確かめる。

 ……間違いない、人間になっている。


 いや、確かめるまでもない。

 何故ならば俺には今日までの10年間をごく一般的な人間の少年として過ごした記憶があるからだ。

 泣き虫のナルゴアは確かに存在していた。

 しかし同時に千手のナルゴアとしての記憶が頭の中で混じり合って、これがなんとも新鮮な感覚である。


 考えられるのは、あの日ヤツに突き立てられた短刀。

 たとえ背後から不意の一撃を食らったとしても俺のレベルは99。そう簡単にやられるとは思えない。

 となれば、あれはもしや……


「転生を意図的に引き起こす神器……しかし、そんなものを一体どこから……」


「な、ななななナルゴア君っ!? なにブツブツ言ってるの!? 手! 手ぇっ!!?」


「手?」


 召喚した方の手のことかと思えば、どうやら違うらしい。

 俺はゆっくりと自らの手を見下ろす。

 手首から先がなく、ドバドバと血が溢れていた。


 そういえばウインドカッターで切り飛ばされたんだったか。

 ふむ、このままだと俺は……


「あと数秒足らずで死ぬな」


「ナルゴア君!?」


『ホーウホウホウ! どうやらあまりの絶望に気が狂ってしまったようだな!』


 オウルベアがホウホウ笑う。

 一方で俺は、自分の手首から噴き出す鮮血を凝視していた。

 ふむ、人間も血は赤いのだな……


『まさか血溜まりから召喚術を成功させるとは少々驚いたが、やはり召喚は失敗だ! 手しか召喚できていないではないか!』


「そ、そんな……失敗……」


 ティモラが絶望的な声をもらした。

 この反応がお気に召したのか、オウルベアは一層高らかにホウホウ笑う。


『然り、然り! なにが千手のナルゴアだ! たいそうな二つ名をつけようが……見ろ! 現実にお前の手はもうない! まさしく打つ手なしということだ! ホーウホウホウ!』


「そうでもないぞ」


『ホウ?』


「ヒール」


 オウルベアの面白くもない冗句はさておき、俺はその魔法を口にする。

 もちろん、レベル3の召喚術師(サモナー)である俺に、そんな魔法が使えるはずもない。

 使うのは俺の手だ。


 直後、俺の召喚した手が淡い光を放ち、切り飛ばされた俺の両手首をあっという間に再生させてしまう。

 握って、開いて、握って……傷跡もなし、いい仕事だ。


『………………………ホ?』


 オウルベアが首を九十度傾けた。

 なんだその不思議そうな顔は。

 ティモラもティモラで金魚みたいに口をぱくつかせているし。


「な……え? 手が、手が……くっついた……?」


「優秀だろう、俺の“手”は」


『あ、ありえんっ!!!!』


 オウルベアが突然にでかい声をあげるので、耳がきーんとしてしまう。


『切り飛ばした手をそのまま再生させるほどの治癒魔法だと!? そんな魔法、いかな上級魔族でも不可能なはず! 馬鹿げている!』


「だったらもう一度さっきのウインドカッターを飛ばしてみるといい、次はもう少しよく狙え」


『ホ……』


 びきびきびき! とオウルベアのこめかみに青筋が走る。


『たっ、たかが人間のガキ風情が、まどわしの森の主に舐めた真似を……よかろう! ウインドカッター!』


 オウルベアの詠唱によって、彼の元から風の刃が射出される。

 しかし、風の刃の向かう先にはティモラの細い首が……


「えっ……?」


『ホーホウ! 大当たりだ!』


 オウルベアが歓喜の声を上げる。

 飛来した風の刃が、今まさに彼女の首を切り飛ばそうとして――しかし叶わなかった。

 パキャァン! という小気味のいい音がして、風の刃が弾き飛ばされたのだ。


 風の刃は先ほどまでの動きがスローモーションに思えるほど凄まじい速度で跳ね返り、オウルベアの頬をかすめ、後ろの木々を薙ぎ倒した。

 遅れて、つうう、とオウルベアの頬に血が伝う。


『………………………………ホ?』


 だからなんだその不思議そうな顔は。

 ちゃんと一部始終を見ていただろう。


 ――目にもとまらぬ速さで回り込んだ俺の“手”が、風の刃をデコピン(・・・・)で跳ね返す、その瞬間を。


 俺はゆっくりとティモラに振り返った。

 彼女はたった今目の前で何が起きたのかわからず呆けているが、大事ないようだ。

 まったく、この俺が人間を守るとはおかしなこともあるものだ。


 だが、彼女はいつも泣き虫のナルゴアに寄り添ってくれた、かけがえのない幼馴染だ。

 恩義には報いなければいけない。

 なによりも俺自身が、彼女を殺させてはならないと強く感じている。


「……もっとよく狙えと言ったのが聞こえなかったか? もう一度、よく狙ってみろ……次は首を撥ね飛ばす」


『ホ……!! ――オールド・ボアァ!!』


 オウルベアが叫ぶ。

 するとその直後、彼の背後からオウルベアよりもふた回りは巨大な白毛の猪が現れた。

 ティモラが悲鳴をあげる。


「お、オールド・ボアだなんて……! あんなの村の大人が総出になったって勝てないよぉ!?」


『ホッホッホウ!! もう手加減はしない! 我がまどわしの森最強の戦士だ!』


 オールド・ボアがぶふうと鼻を鳴らし、少しだけ後ずさった。

 突進の予備動作だ。


「ナルゴア君! 逃げよう!? ねぇナルゴア君……!」


 ティモラが俺の肩を揺さぶって、そう訴えかけてくる。

 しかし俺は全く別のことを考えていて、それどころではなかった。

 ――まどわしの森最強の戦士?

 あんなにもやせ細り覇気のない老猪がか?


「……まったく、恥ずかしいぞ元同業者としては」


『ホウ! また何を訳の分からないことを! やれ! オールド・ボア!』


 ぶすうと荒い鼻息を吐き出して、オールド・ボアが突進を繰り出す。

 否、繰り出そうとした。

 しかし、叶わなかったのだ。


「ぶ…………も…………っ!?」


『な……!? オールド・ボアが……!』


「嘘でしょ……」


 各々が驚愕の声を漏らす。

 俺の“手”が、指の一本でふたまわりは巨大なオールド・ボアを抑えつけていることに。


 ぶふん、ぶふんとオールド・ボアがより一層荒く鼻息を吐き出す。

 しかし1mmだって動けやしない。

 どころか、押されている。

 オールド・ボアが少しずつ後退を始めたのだ。


『は? え、嘘』


 オウルベアはもはやあのホウホウ言うわざとらしい口癖すら忘れ、ただただ驚愕している。

 ふむ、指相撲は俺の勝ちのようだな。

 では


「――少し休んでいろ」


 一瞬、指を離す。

 これにより、オールド・ボアの身体が前のめりになって、その瞬間――パキャァン! と小気味のいい音が鳴り響く。

 本日二度目のデコピンだ。


 これはオールド・ボアの巨体を激流に揉まれる木の葉のごとく弾き飛ばした。


『お、オールド・ボアああああっ!?』


 まどわしの森最強の戦士は、その巨体を幾度となく打ち付けたのち、ごろごろと転がって、最終的には仰向けになった。

 四つの足でジタバタと宙を掻いているところを見るに、手加減した甲斐はあったようだ。

 なんせ久し振りなので、加減が難しい。


『な、なんなんだ貴様……! オールド・ボアをただの一撃で!』


「そんなことはどうでもいいだろう」


『そんなこと!?』


「そうとも、我々には腰を据えて話し合わねばならんことがあるはずだ、なあ? ダンジョン監査万年D評価、まどわしの森の責任者様よ」


『なっ……!?』


 ダンジョン監査、という単語を出した途端、表情が露骨に変わった。

 その反応だと、まだD評価は抜け出せていないようだな……


『何故、それを……』


「関係者で知らん者はいない」


『だから、貴様は何者だと聞いている!』


「まだ分からんか」


 まったく中間管理職にあるまじき察しの悪さだ。

 ならば、よい、改めて名乗ってやる。


「――俺は千手のナルゴア、元同業者だ」


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