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第1話「千手のナルゴア」


 “千手”のナルゴア、それが俺の名前だ。


 見た目はほとんど人間の青年と変わらないが、これでもれっきとした魔族である。

 それを証明するのが“千手”と呼ばれる俺の異能。

 俺は生まれつき、空間に自らの“手”を自在に召喚することができるのだ。


 この手は、俺の本来の手とは似ても似つかず、いかにも“魔物の手”という感じだが、意外にもかなり繊細な動作ができる。

 手は、単独での魔法詠唱が可能。

 もちろん物理的に殴ってダメージを与えることもできるので、文字通り手数が多いというわけだ。

 使役する手の数は四つ、本体である俺を合わせれば、五回行動までできる。


 この稀有な特性が魔王ガルヘリオス様の目に留まり、俺は単なる一モンスターから出世することとなった。

 勇者たちの拠点、ガイアール王国の北西に位置する小規模ダンジョン“しじまの洞窟”。

 いずれ来たる勇者たちを打倒するため、このダンジョンを管理、運営する役割。


 ――すなわち俺は、中ボスに任命されたのだ!


 そりゃあ嬉しかったさ。

 人よりも少し行動回数が多いだけの自分が、まさかの中ボスだ。

 栄転も栄転、俺はルンルン気分で故郷から遠く離れたしじまの洞窟へと向かった。


 しかしそこで俺を待ち受けていたのは……


「なんだこれは……」


 俺はこの惨憺たる有様に、絶句した。


 穴だらけの警備。

 長年放置され作動しないトラップ。

 やる気のない従業員(モンスター)たち。


 ダンジョンとしては最低クラス。

 ほとんど見た目が人間と変わらない俺が、ダンジョン最深部まで素通りできてしまったことがなによりの証明だ。

 いやこんなものもはやダンジョンではない。

 廃墟、ただの廃墟だ……


「あ、新しいボスの方ですか、おはざーっす」


 全身がたるみ切ってだるだる、ハリもツヤもないポイズンスライムが、気の抜けた挨拶をしながら通り過ぎていく。


「ああ、新しい人来たんだ、別にいらないと思うけどねー、アタシ」


 病的なまでに色白く、頭の花を枯れさせたアルラウネがどこか面倒臭そうに言った。


「……」


 吸血コウモリの彼女は、もはや目も合わせてくれなかった。

 青白い顔でふらふらとどこかへ飛んで行ってしまう。

 ちゃんと血、吸えているのだろうか……


 とにかく、とにかく、とにかく。


「――このダンジョンは、駄目だ!」


 俺はばんとテーブルを叩いて声を張り上げた。

 急な呼び出しを食らってただでさえ不機嫌そうだった従業員(モンスター)たちが、むっとする。

 アルラウネの彼女が、金の髪を指先でくるくるといじりながら言った。


「駄目って……着任初日からウチの何が分かるっての」


「分かるに決まってるだろ! ここはすでにダンジョンとして機能していない! 勇者どころか迷い込んだ子どもですら無傷で生還できるぞ!」


「そうは言ってもウチ、一番最初のダンジョンっすからね」


 これに異を唱えたのはポイズンスライムだ。

 見れば見るほどだらしない身体で、もう半分溶けている。

 アルラウネは「そーそー」と言葉を続ける。


「つまり勇者たちの拠点から一番近くて、逆に私たちの魔王城(ほんしゃ)からはゲロ遠いってこと、人手も物資も全然足りてないのよ」


「日々の業務を消化するので……手一杯……」


 吸血コウモリが死にそうな声で抗議してくる。


「それに勇者たちが活動を始めたら、どーせウチが一番最初に攻略されるじゃないっすか、そんなんで頑張れとか言われても……ねぇ?」


「そーよ、適当にやってりゃいいのよ、適当に」


「お、お前ら……ガルへリオス様に対する忠誠心とかないのか……!」


「……誰?」


「ま・お・う・さ・ま・だ!!」


「ああ、金払いの悪い私たちの雇い主のことね、顔も見たことないわ」


「なっ……!?」


 絶句する俺をよそに、彼女らが席を立つ。


「おい待て! 会議はまだ終わってないぞ!?」


「もう終わりよ終わり、アタシたちには昔ながらのやり方があんの、あんまり口出さないでよね、ちゅ・う・ボ・ス・さん」


 もはや止めることはできない。

 彼らの背中が徐々に小さくなっていく。


「そういえばあの人五回行動できるらしいっすよ」


「珍しい……でも宝の持ち腐れ……」


「こんなところ飛ばされるぐらいだし、どーせただの器用貧乏ってオチでしょ、はー、このダンジョン潰れたら次どこに転職しようかしら」


「あっ、自分パン屋になりたいっす」


「アンタ食品系は無理でしょ……」


 そして、誰もいなくなった。

 会議室に一人ぽつんと残された俺は、震えながら呟く。


「……人手が足りないと言ったか」


 怒りではない、悲しみでもない、絶望でもない。

 使命感に打ち震えていたのである。


 魔王様は、ただの一モンスターにしか過ぎなかった俺に、このダンジョンを託してくれたのだ。

 ならば、やることは一つ!


「――“手”なら足りている! 俺は千手のナルゴア! 必ずやこのしじまの洞窟を難攻不落の大迷宮に変え、勇者たちに恐怖を刻み込んでやる! さあ、大改革の始まりだ!」


 俺はさっそく行動を開始した。


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