第二十三話「戦闘開始!!」⑤
そして、三重に響き渡る呪文の詠唱が開始される……なるほど、本来多重詠唱ってのはこれくらいなんだな。
三人分の詠唱を一人でこなす……魔力の消費も三倍って事だから、アージュさんの魔力容量自体が桁外れなんだろう。
これで万全じゃないって……万全だったら、どれだけなんだか。
けど、この世界でもトップクラスの魔術師のアージュさんでこれなら、五連だか、六連だかをやってたテンチョーがどれだけデタラメだったかよく解る。
そうなるとこれは、たぶん儀式魔術と呼ばれるタイプのもの……。
実戦ではあまり使われないものの、その威力は絶大。
本来は、軍勢や城塞、大型魔獣相手に使うような代物。
地形を変えたり、一個師団級の戦力が軽く壊滅したりするような強烈な奴だ。
なんか、500m以内でもヤバいみたいなこと言ってたけど、直径1kmが凍るとかどんだけだよ……それ。
敵は若干ながら包囲を狭めたものの、相変わらず逡巡するように一定のラインから近付こうとしない。
敵もアージュさんの儀式魔術の発動の予兆を悟ったのかも知れないな。
『こちらHQ-1101……高倉准陸尉、意見具申、現時点で敵は動きを止めている模様。敵が来ないのであれば、これは好機と認む、こちらから先制攻撃の上で殲滅すべきである。我ら日本国とそれに属する人々へ永続の忠節を刻まれしもの。撃ちてし止まぬ、いざ、我が国の怨敵を討ち滅ぼさん』
な、なに言ってんの? このロボ……いきなり、やたら好戦的なんだけど。
声は平坦で理知的なんだけど、言ってることは無茶苦茶過激だ。
専守防衛何処行った……お前はどこの右翼だ。
気分的には、グルルと唸ってる猛犬の手綱でも握ってる気分だ。
この猛犬は間違いなく手綱を離したら、撃ち方止めの号令を下すか、弾切れになるまで、手当たり次第に破壊の限りを尽くすのだろう。
いきなり、こんなの押し付けられて……僕にどうしろと?
戦闘用ロボット……そんなもん初めてお目にかかるし、絶対服従なんだろうけど、いきなりのこの口上は引く……ドン引きだ。
ちゃんと話とか通じるんだろうか? 不安だ、ものすごく不安だ。
何でこんなのにミニガンなんて載せたんだ? 偵察機じゃないの……コイツ。
初陣なんだろうけど、僕と正反対……ヤル気に満ちまくってて、超危険な香りがする。
なんと言っても、こいつらは、マシンだから、血も涙もないし、情けも容赦も無い。
ブンちゃんは非武装だったから、独自の意思を持ってると言っても、そこまで怖くはなかったけど、こいつはその気になれば、僕を一瞬でミンチにすることだって出来る。
たぶん、命令一つで大虐殺とかも平気でやる……無人兵器は倫理的に問題があるとか言ってたけど、それも頷ける話だった。
……とりあえず、刺激しないように相手することにしよう。
「あー、HQ-1101くん……。君は僕の指揮下という事で良いんだよね? あと、HQ-1101って呼びにくいからなんか、呼びやすい名前とかってない?」
『肯定……当機は、我が国の防人たる高倉准陸尉殿の指揮下にあります。コールネームは「ゼロワン」とでもお呼びください。当機はBUN-6601から6605、全戦術人工知性体を統合統制している管制機でもあります。我ら、撃ち方始めの号令一下、例え我が身が灰燼に帰すとも敵を討ち滅ぼす所存』
誰が防人だっての……まぁ、そこはツッコまないでおこう。
しっかし、こんな護国の鬼みたいなのが、命令一下、特攻だろうが、大虐殺だって平然とこなすってのは、冷静に考えると怖い話だ。
変に流暢に喋ってるから、かえって不気味だ。
なんと言うか……昆虫とかが喋りだしたら、多分こんな感じ……それ位には異質な思考をしているのが、今のやり取りだけでも解ってしまった。
「じゃあ、質問……ゼロワン、君だけでこの敵を全滅させることは可能なのかい?」
『否定、当機は指揮管制、戦場監視、偵察が主任務。戦闘機能は副次的なものに過ぎない。当機の武装は貧弱につき、単独では戦力不足、まず第一に搭載弾薬が不足することが予想されます。現状、現地戦闘員の奮戦を期待するものなり』
やる気が空回りしてると思ったけど、意外と冷静だし、正直なようだった。
さすが、この辺は機械ってとこだな。
けど、ミニガンなんて物騒なもん積んどいて、武装が貧弱って、どんな基準で言ってるんだか。
「なら、君なりの推奨戦術でもあれば聞くけど、どうだい?」
『了解、最適戦術考察。現時点で敵の行動は停滞状態にあり。推定理由、援軍の来援を期待しているか、高倉准陸尉の後退に合わせて追撃戦に持ち込み、別働隊との挟撃の上で殲滅するつもりだと予想。いずれにせよ敵の意図に乗る必要性はないと判断します』
「そこら辺の読みは僕も同感だ……この状況の打破はどうするのがいい?」
なるほど、なんとなくコイツとの意思の疎通のコツが解ってきた。
基本、超論理的な思考をするみたいだから、こっちもそこを意識すれば良いんだ。
アバウトな対応とか、どうとでも取れるような言葉は厳禁なんだろうな。
『回答、先制攻撃あるのみ。緊急報告、警告。高倉准陸尉の周辺気温が異常低下中、なんらかの未知の攻撃の予兆可能性。直ちに撤収行動へ移ることを推奨する。本機は撤退支援射撃を実施。同時にT01へも突撃指令を下命し退路確保させることを推奨する。T01より要請、現時点での敵中突撃を要望とのこと、受理しますか? なお、T01の単独戦闘力は未知数につき、T01へは待機指示を出している。状況、要指揮官判断。決断をお願いします』
もう一人ヤル気に満ちまくってるのがいた。
こっちはまだ、伏せって言っとけば大人しくしてくれるけど、向こうはいつ突貫する解ったもんじゃない。
直接話せれば、話も早そうなんだけど……無線機とか……ぶっつけ本番で使いこなせるようにはとても思えない。
多分、ここまで来るのにゼロワンを追いかけていくとか、そんな調子だったのだろうけど。
指示を出すとか言ってるから、一応、ゼロワン経由で指示とかは出せない事もないのかな。
ここは、もう少し大人しくてて欲しいところだよな。
「テンチョーには現時点での攻撃は、まだ控えるように通達して。それと異常気温低下はアージュさん、僕の仲間の魔術発動の予兆みたいなもんだから、問題ないよ。発動するとあの柵を堺に周辺200mが完全凍結する……最大で500mまで及ぶって話だ。要するに広範囲攻撃の一種だね。あ、魔術って言って解る?」
『命令受領。T01へ高倉准陸尉よりの待機命令の発令を通達した……T01より、了承の意志提示あり。魔術については、帝国のコマンド部隊との交戦事例より、既知情報。交戦データ上では、銃火器には遠く及ばない程度の物だと認識しているが、それだけの威力ともなると個人レベルのものとしては侮れない脅威だと認識している。また我が国にも魔術に類する特異能力者は存在する為、魔術については既知情報である。しかしながら、半径500mもの危害半径の術式については、データベース上には存在しない。そこまでの危害半径となると、その威力は優に戦術核兵器に匹敵すると推定される。准陸尉はその魔術攻撃の範囲内に敵を引き込み、殲滅する意図であると推測する。しかし、その場合は高倉准陸尉の生存も危ぶまれる事が予想される……現状、非推奨戦術と判断する』
……帝国軍と交戦事例があるから、魔術を知ってるのはなんとなく解るけど……。
日本にも魔術師なんてのがいるのかよっ! もう、いちいち驚かないけどな!
それにしても、この程度の雑な説明でこっちの意図を見抜くとは……頭のいい機械なんだな。
けど、流石に核兵器並みってのはどうかと思うけど……。
考えてみれば、半径200mと言えば、軍艦だの空母が丸ごと巻き込まれるようなものだからな……半径200mって事は、直径400m? 最大1km……だと?
1kmって確か新宿御苑とか皇居がそれくらいだったような……そこが丸々ごっそり凍りつくって……。
確か、戦艦大和の主砲の危害半径が50mくらいって話だったから、その10倍ともなると……核兵器ってのも大げさじゃないかもしれない。
アージュさん、改めて思うけど、あんたハンパねーわ! ……そりゃ、帝国軍もビビってる訳だよ。
「そうだね……こっちはそんな感じでやるつもりでいたんだ。まずは牽制攻撃を仕掛けて、相手の反撃を誘引し、引き付けた所で一気にアージュさんの大魔術で殲滅する。さすがにこの数を全滅させられるかってなると、少々疑問なんだけどね。それと僕らがヤバイって点についてだけど、どうもそこの柵を堺にこっちには効果が及ばないらしい。いずれにせよ、少なくとも足止めにはなるだろうから、その後でテンチョーには待ち伏せしてる奴らを突破してもらって、合流するってのが良いと思う。変に待ち伏せしてる方を先につつくと敵の動きが予想しづらいからね」
『高倉准陸尉の戦術プランについては、当機も理解した。准陸尉他に危害が及ばないのであれば、概ね戦術上、問題ないと評価する。しかしながら、作戦案の一部修正を提案する。敵の指揮管制ユニットへの先制攻撃の許可を願う。すでに当機は3km後方に潜む敵指揮管制ユニットを捕捉している。事前に最優先目標として設定されている上に、赤外線探査に対しての隠蔽措置を一切施している形跡がなく、上空警戒すらしている様子が見受けられない。全くの無防備、無警戒につき、奇襲の絶好の好機であると判断している。敵指揮管制ユニットを殲滅すれば、敵は統一された作戦行動は不可能となる。攻撃命令の発令を要請する』
モニターの隅に別画面が表示され、5人ほどの人型のシルエットが映し出されている。
近くに、5頭ほどの馬らしき影も見える。
けれど、その中のひとりは座り込んでいて、熱源を示す赤ではなく外気温と変わらない温度を示す緑の人影となっている。
……なんだこれ?




