第二十二話「チートVSチート」③
いずれにせよ、敵の配置が読めたことで、敵の意図も読めてきた。
要するに、僕たちに尻尾を巻いて、この場から逃げて欲しいと言うのは明確だった。
そう言う事なら、敵の期待と真逆……この場で籠城の構えを見せて、ちょっかい出せば、その時点で敵の意図は崩壊する。
敵の動きは、ここまで綺麗な陣形を組める時点で、極めて高い統制が取れてるようだけど、明らかに損害を恐れてる……これがまさに付け入る隙だ。
多分、敵にとってこれは、取るに足らない前哨戦に過ぎないのだ。
そんなので、要らない損害を受けるなんて、バカバカしい……そんな風に思ってるんだろう。
案外、このスライムも敵にとっては、虎の子の貴重な戦力なのかもしれない。
そんな中、王国の最強戦力の一角とも言えるアージュさんなんて言うイレギュラーとの遭遇。
敵にとっては、大誤算だろう。
だからこそ、圧倒的な兵力差にも関わらず、膠着状態が発生すると言う奇妙な状況が生じているのだ。
そこへ、一方的に飛び道具で攻撃されて、それでも頑として動かないとは思いにくい。
動かなきゃ動かないで、こっちはやりたい放題のワンサイドゲームで、損害を与えて、時間を稼ぐのみ……。
もっとも、更なる後退をされて、もっと遠巻きになると言う可能性もあるけれど。
敵が後退に移るなら、そこが撤退の好機であるし、何より敵は損害を恐れるあまり、戦いのイニシアチブを自ら放棄してしまっている。
これを利用しない手はなかった。
「とりあえず、敵陣まで届けばそれで十分。サントスさん、塩とか胡椒、唐辛子とか石灰、お酢でもいいからないかな? お酒なんかでもいいらしい。それと地面に落ちたら割れるような入れ物とかってない?」
「そうだな……モルグル鳥の卵の殻ならいくつかあるぜ? 解ったぞ! そいつに色々詰め込んで、あいつらのところに投げ込んでやろうってんだな? でも、そんなもんが奴らに効くのか?」
モルグル鳥の卵……サッカーボール大のでかい鳥の卵だったかな。
それで作ったアホみたいにデカい目玉焼きを食わせてもらったけど、コクのある鶏の卵って感じですげぇ美味い!
あの大きさなら、投石機で投げるのも都合がいい。
ガムテープとかもドワーフ工兵隊が便利だとか言って、買い込んでたからそれで殻をつなぎ合わせれば即席の胡椒爆弾くらい作れるだろう。
山ほどある酒瓶もこの際、そのまま放り込んでしまうのもありだろう。
「あいつら軟体動物みたいなもんだろうから、不純物を体に取り込むと、色々支障が起きるんだろうね。ナメクジに塩をかけると溶けちゃうくらいだし、それと同じ理屈なんじゃないかな? アルコールって、虫退治には結構効くんだよ。虫ってアルコールがかかると、呼吸が出来なくなるみたいで、あっという間に死んじゃうんだよ」
厳密には、アルコールの気化熱で一気に寒くなって、動きが鈍って、気門にアルコールが入って、窒息死する……こんな調子なんだとか。
アルコールって、そもそも本来は毒物でもあるからなぁ……。
コンビニの店内でG出没とか、カナブンやらセミが乱入して、店内を飛び交うとか……。
そんなの割と日常茶飯事だったけど、殺虫剤なんて食べ物の側で使う訳にはいかないから、もっぱらアルコール除菌スプレーで撃退してたもんだ。
「……そいつは、さすがに初耳なんだが……。いや、オーナーの言う事なら、きっとそうなんだろう。だが、さっきから一向に敵が動かないのは何でだ? 一箇所に固まって、こんな悠長なことやってたら、これ幸いと攻め込んで来そうな気がするんだが……」
「要するに、敵は損害を恐れてるんだよ。アージュさんは敵にとっても有名人だからね。下手に手を出すと痛い目にあうってんで、ビビってんのさ。敵としてはジリジリとプレッシャーを掛けて、僕らが街道沿いに逃げ出すのを待ってるんだ。なにせ、ご丁寧に逃げ道まで空けてくれてる。だから、僕らがここで何かやってても、逃げる準備だと思って、手出しは控えてくれるだろうさ」
「……連中にそこまで考える頭があるとは思えねぇんだが……。いや、奴らは帝国の飼い犬みてぇなもんだからな。奴らを指揮してる帝国軍なら、それ位考えるか……ダンナやるなぁ、要するに敵の頭の中を読んだってことか!」
「そう言うことだよ……。僕は直接戦う術なんてないけど、頭を使って戦う頭脳戦なら、ちょっと人に負けない自信がある。サントスさんも皆も僕を信じて欲しい……いいかい? 僕としては、この場の誰一人欠けずに無事に帰らせたい。さすがに、虫がよすぎるかもしれないけど、それは決して不可能じゃない。皆も命をかけようとか、捨て身でとか考えずに、姑息で卑怯だって良いから、生きて帰る事を僕に約束して欲しい! なにせ、死んじゃったら、美味いご飯も食べられなくなる……帰ったら、また皆でカレーでも食べて、のんびりと昼寝でもしようじゃないか」
僕が言葉を切ると、誰もがポカーンとした表情で見つめてくる。
うーん、どっかの紅茶大好きな提督みたいな感じでちょっと調子に乗りすぎたかな……?
けれど、唐突に拍手の音が聞こえ始める。
「……ケントゥリ殿、お主は我が思っていた以上の傑物であるのう。敵の意図を読み、味方の能力を把握し、その場にあるものを最大限活用し、勝利の展望を語り味方に希望を与える! もはや、我の助言など必要ないようじゃな。重畳、重畳! もはや、名だたる歴史上の将帥たちと比べても遜色ないぞ。かくなる上は、我も主の配下として、存分にこの力を振るうとしよう! 皆の衆、この戦……ケントゥリ殿は誰一人死ぬなと仰せじゃ。各々持てる力の最善を尽くし、生きて帰る事を最優先とせよ! 殿の言葉だけで不安なら、古の伝説にその名を連ねる、この白法師アージュ・フロレンシアが断言してやろう……この戦、勝てるぞ!」
アージュさんが自信満々と言った様子で断言すると、この場の誰もが力強く頷くと、同じように一斉に手を叩く。
いいぞ、旦那! とか、あんたに一生ついていくぜ! なんて、調子のいい掛け声も混ざってくる。
「タカクラオーナー……やっぱ、アンタは俺が見込んだ通り、すげぇヤツだったみたいだな。ミミモモ! お前らは俺と一緒に卵の殻に塩、胡椒を詰め込んで、タマゴ爆弾を作るぞ! 酒ももったいねぇが奴らにくれてやろう! 商人さん達も手伝ってくれ! ドランは……言うまでもなく始めてんのか……」
見ると、ドワーフ工兵隊の面々は早速、材木を削ったり、のこぎりでギコギコ始めていた。
10分で一台とか言ってたけど、この調子だとマジで作ってしまいそうだ。
「なぁ、大将……俺達は何をしたら良いんだ? ああ、俺は重騎士のリードウェイだ。俺達はとっくに覚悟も出来てるからな。捨て駒の特攻だろうが、殿だろうがやってやるが……それは無いんだったな。まったく、死ぬななんて命令をされるのは、流石に初めてだが、その心意気は気に入った! 俺は元々帝国騎士なんてやってたんだが……クソ大帝のクソ命令に真っ向から逆らって、軍をクビになっちまったんだ。まぁ、色々あって、今や流れの冒険者をやってんだが……。君はなかなか良い君主になりそうだ……この戦いを無事に生き延びたら、配下として仕えさせて欲しいくらいだぜ」
そう言って、冒険者達のリーダー格……リードウェイさんが前に出て、握手を求めてくる。
僕も握り返す……どうでもいいけど、死亡フラグ立てないで欲しいな……と思わず苦笑する。
「そうだね……君達は、アージュさんの護衛……多分、タマゴ爆弾を放り込んだら、敵も突っ込んでくるだろうから、アージュさんの準備が出来るまでの時間稼ぎとして、突っ込んでくるやつの牽制を頼みたい。でも、10mくらいまで触手を伸ばして攻撃してくるみたいだから、接近戦は避けたほうが良いと思うよ。だから、戦うとしたら、10mくらいの位置をキープして、逃げ回った方がいいかもしれないね。逃げ回るのだって、攻撃してくる敵を丸々拘束してるって考えれば、十分な戦果だと思わないかい?」
「逃げ回ってるだけで、敵を拘束って……なるほど、そう言う考え方もあるのか。実に有益なアドバイスに感謝する。要するに、俺達は大魔術師様の弾除けの囮ってところか。上等だ……生きるも死ぬも、俺の腕次第ってのが、実に良いな!」
「一応、死んじゃ困るから……そこだけは、はき違えないでねー」
「ああ、俺達だって、プロだからな……上手くやるさ。戦いのプロってのは、生き残ってなんぼだからな。フロドアは、俺達が足止めしたヤツを炎術で始末する支援攻撃に回ってくれ、ロズウェルは怪我人が出た時の治療要員だから後方待機! バルザックは俺と同じく走り回って敵の目を引きつける役だ! いいか、お前ら! ここ一番でヘマやらかすなよ! 俺達の役目を忘れるな! 大将はこう言っちゃいるが、死ぬ順番としちゃ俺達が一番最初って事には変わりねぇからな! とまぁ……配置としては、こんなもんでいいかな?」
なんか、フードを被ったやたら背の低いのが一人いると思ったら、ドワーフ族の女魔術師だったみたい……。
見た感じはちょっとぽっちゃり系の女子中学生みたいな感じなんだけど、ドワーフ軍団の裸祭見ても気にも止めてない感じだったから、もう慣れてるんだろう。
目があうとペコリとお辞儀をされて、手を振られる。
ロズウェルさんは所謂プリーストさんらしい……なんか酒瓶片手の酔っぱらいって感じなんだけど、聖光教会の所属を示す羽マークのワッペンみたいなのを付けてる……とんだ生臭坊主って奴だ。
バルザックさんって言うのも、近接戦闘担当らしく二刀流の細身の剣士……遠近両用のなかなかバランスの取れたパーティらしい。
「いずれにせよ、まともに戦えるのは君達だけだからね。頼りにしてるよ! でも、無理は禁物! では、復唱ーっ! なんてねっ!」
「おう、任せとけ! 大将っ! 無理は禁物! イエッサー! ハハハッ!」
そのやり取りを見て、冒険者達もちょっと肩の力が抜けたみたいで、一様に笑い出す。




