第二十話「月なしの夜の底にて」③
「ところで、君は……なにか探しものがあったんじゃないのかい?」
アージュさんが僕の味方だと言う言葉は、紛れもなく彼女の本音……そこら辺はもう疑ってない。
だとすれば、今度は僕が彼女に協力する番だろう。
どうも彼女の仕事は、クロイエ様の所望する品をコンビニで買ってくるとか、そんなんらしいからね。
「そうじゃったわい! 肝心なことを聞いとらんかった。ひとつ、聞くのじゃが……。お主の所でプリンとか言う食べ物を取り扱っておらんか? なんでも黄色くて、甘くてプリンプリンしてるそうなんじゃが……我の使命はそれを持てるだけ、持ってこいと言う、割としょうもない物なのじゃ……。正直、勿体ぶって言うような御大層なものではないんじゃがな……」
「……プ、プリン? まぁ、割と人気商品じゃあるね。種類も豊富だから、色々あるよ。と言うか、サントスさんが食後のデザートとか言って出してたんだけど、まさにアレだよ。君も一緒に食べてたよね?」
「……あの甘くて、トロッとしたヤツか! ありゃ、実に美味かったのう……あれがプリンなのか? そうじゃ! あれを手に入れてくるように言われておったのじゃよ!」
ははぁん……話がつながった。
例のやんごとなきクロイエ様の所望する品は、プリンって訳か。
確かに要冷蔵だから、うちに来ないと食べられないけど、冷凍するなりすれば、お持ち帰りは出来なくもない。
それに贈答用で、缶プリンってのもあったから、アレでも良いかもしれないなぁ……。
「なるほどね……コンビニの商品の何かを所望しているってのは、見当付けてたんだけど……。そう言うことなら、あのリアカーがいっぱいになるほど用意する事だって出来るよ!」
「それは真かっ! 我らが姫殿下はあれに執心しておってな。なら、丁度いいではないか……お主のあの鉄の車ならば、ラキソムまでそうはかからんじゃろ? 我も姫様に口を聞いてやるから、あの荷車いっぱいにして、献上しに行くのじゃ! 本当は作り方なども解ればよいのじゃがな……城の料理人達も上手く再現できんと言っておってなぁ」
「作り方なら、サントスさんに聞けば良いんじゃないかな? さっき食べたのって、あれサントスさんのオリジナルだよ。それも、この世界の素材で作ったヤツ。でも、砂糖だけは代わりになるものが見つからないって言っててさ。なんでも、こっちの世界の甘味料……レムルシロップを使うと妙に苦くなって不味くなるんだって……」
この世界でも甘味料はあるにはあって、レムルシロップとか呼ばれてて、北方に生える木の樹液から、生成するみたいなんだけど……要するにメープルシロップみたいなもの。
でも、樹液の時点で妙な苦味が付いてるみたいで、長時間温めると、その苦味が増加する性質があるみたいなんだよな。
おかげでプリンとかに使うと、とても食べれたものじゃなくって、サントスさんもコンビニで取り扱ってる砂糖を使うことで、妥協したんだよな……。
まぁ、あれはあれで、コーヒーとか紅茶には合うんだけどね。
他にも巨大アリマキみたいな魔物のから取れる蜜もあるみたいなんだけど、それはそれで妙にフローラル風味だったり、フルーティな香りと味がしたりするので、意外と使い道が難しいんだとか……。
ついでに言うと、その巨大アリマキもデカいアリ型モンスターが厳重にガードしてるから、狩るっても楽じゃないらしい……。
「なんと! それは良いことを聞いたぞ! あのドワーフはお主の配下なんじゃろ? であれば話がはやい……姫様も大喜びじゃ! まったく……現物のみならず、この世界の素材で再現出来ているとは、恐れ入ったわ。レムルシロップの苦味を消すのは、そう難しくない……あれは一度、水に溶かして凍る寸前まで冷やすことで苦味の成分だけが結晶化するのじゃ。その上でそれを濾紙で濾して、再び煮詰めることで苦味のない甘いだけのシロップが出来るのじゃ。まぁ、我以外の者には、なかなか難しいと思うがな。だが、そう言う事ならば、完璧ではないか! むしろ、これは大手柄じゃぞ!」
なるほど、氷結魔法の使い手だけが使える製糖法ってのがあったんだ。
アージュさん、そんなことも出来るなんて……本来は錬金術師とかそう言うたぐいなのかも?
なんだか、えらく博識な感じだし、参謀格なんて話もしてたし、本来はインドア派なのかも……そりゃ、慣れない野外行動で遭難もするだろうさ。
「そ、それはいいけど……。その前にレッドオーガ……ウルスラ達をどうにかしないとね。あの人達ってやる気満々なんでしょ? まぁ、適当に相手して気が済むまで暴れさせて、腹空かせた所で、接待攻勢でもしようと思ってたんだけど……。オーガって、腹ペコになると弱っちくなる上に、燃費悪いんだってね」
「はははっ! お主、そんな事を考えておったのか! コイツは傑作じゃ……あのウルスラらをそんなやり方で籠絡しようとはな……。実際、奴らの弱点はそのとおりでなぁ……。なぁに、奴らについては、我に任せろ。最悪、我が奴らを叩きのめしてやっても良い。大義名分さえ立てば、正義は我にありじゃ! 我が本気を出せばレッドオーガであろうが、敵ではない! 常日頃、アヤツらはデカい面をしとったから、懲らしめるええ機会じゃ……ここはひとつ、大船にでも乗った気でいると良いぞ!」
「……ははっ。間違っても敵に回しちゃ駄目って思ってたけど、君が味方になってくれるなんて、心強いなんてもんじゃないな……。なら、ここはお願いしていいかな?」
「うむ、委細我に任せておけ……! そ、その代わりと言っては何じゃが……」
そう言って、なにか言いたげに言葉を切って、モゴモゴ、モジモジと始めるアージュさん。
「……今夜は遅いし、君も一見元気そうだけど、死にかけたのも確かなんだから、ちゃんと身体を休めないと……ね?」
何を言い出すのか、何となく見当付いたけど、やらせませんよ?
それとこれは、話が別なのだよ。
「うっ……確かに正論じゃな……じゃが、我の心配なぞするでないぞ……。そもそも、何故、貴様は我にそう年上ヅラをするのじゃ……調子が狂うではないか……」
「心配くらいさせてくれよ……。実際、向こうの世界だったら、確実に病院送りになる位の重症だったんだからさ。なんなら、星でも見ながら、隣で一緒に寝るってのも悪くないだろ?」
まぁ、隣で寝るくらいは許したって良いよね。
いくらなんでも、こんな焚き火の明かりが届く所で、襲いかかってきたりはしないだろうし。
「まったく……お主には敵わんな……では、お言葉に甘えるとしようかのう……」
それだけ言うと、そのまま身体を横たえて、僕の膝を枕にして満足そうに笑う。
……うん、一時はどうなることかと思ったけど。
色々あって、アージュさんと言う心強い味方も出来て、あとはサントスさんを連れて、お姫様のご機嫌伺いに行くだけ……。
姫様もどんな分からず屋かと思ってたけど、蓋を開けてみれば、プリンが食べたいっ! ……なんて、年相応の何とも可愛らしい話だった。
姫様とさえ和解できれば、もう何の問題もない……。
商人ギルドと鹿島さん達と言う強力な味方がいる上に、王国公認なんて話になるかもしれない。
つまり、ここでこれからも大手を振って商売が出来る!
日本から色んな技術や物が流れてるし、聡明な名君と言っていいお姫様だから、きっとロメオ王国も更なる発展をするだろう! 共存共栄、ウィンウィンの関係って奴が築ければ、きっと皆もが幸せになれる。
そして、そのうちに、戦争やら差別、色々問題だらけのこの世界も、皆、平和で安心して暮らせるような……そんな世界へと変わって行く、これはそんな大きなうねりになるかもしれない。
何となく、いい流れに乗りつつあるというのを実感できるな。
これから、色々と大変かもしれないけど……僕は、この世界に根ざして生きると決めたんだから。
素晴らしい世界への道筋を……僕の手で切り開くんだっ!
…………そんな事を考えていると、唐突にアージュさんがガバッと起き上がった。
そして、険しい表情で森のなかの暗がりを一瞥する。
何事……と思う暇もなく、アージュさんが何かを森のなかに投げつけた――
――急転直下!




