第二十話「月なしの夜の底にて」②
「い、いや……僕は、その……日本人なんかじゃないよ? ほら、見てよこの耳と尻尾……こんな獣人の異世界人なんているわけ無いだろ?」
とにかく……ここは誤魔化すべきだった。
異世界人だとバレてしまったら、もはや僕がコンビニの首謀者だと言うことも直ぐにバレてしまう!
この二人っきりのタイミングで、それはマズかった。
けど、僕は外見上はこの世界特有の猫獣人だ……キリカさん達からも獣人の姿をした異世界人なんて話は、聞いたこともないって言ってた。
なら、決定的な証拠を掴まれていない以上、しらを切り通す……これが唯一の選択肢だった!
「確かに、我もそこが引っかかっておったのじゃが……。我は、お主が日本人とはまだ言っておらんぞ? なんじゃ、お主……存外、慌てるとボロを出すタイプなんじゃな……」
……ものの見事に墓穴掘った……。
どうやら、完全に僕の負け……と言うか、この人……ほんの僅かな情報で全体像を把握する。
一を識りて十を悟るとか、そう言う手合の人だ。
誤魔化そうとしても、誤魔化しきれるような相手じゃなかった……完全に彼女のほうが一枚上手だった。
「うぅ、そ……それは……」
僕が言葉に詰まっていると、アージュさんは微笑みを崩さないまま、膝立ちになると僕の頭にポンと手を乗せる。
「安心せい……お主が何者であれ、別に取って食おうなど思っとらんわい。お主は我の命の恩人であるからな。命の恩人に危害を加えるような薄情者……そう、思われているのであれば、心外であるぞ?」
そう言って、再びしゃがみ込むと僕の方に頭を寄せて、ポフッと体重を預けられる。
無条件の親愛の情……そんなものが伝わってくる。
ここまで、無防備に身体を預けられてしまうと、さすがに邪険にしようと言う気もなくなる。
「やれやれ……さすが1000年も生きているような人は勘もいいし、何かと鋭いって訳か……僕の完敗、お手上げだよ。もしかして、僕が例のコンビニのオーナーってのもバレてる?」
「……如何にもじゃ。と言うか、バレてないとでも思っとったのか? あのサントスというドワーフも関係者であろう? お主らのやり取りを見とれば、嫌でも解るわい。この野営地もお主らの肝いりで作っとるのであろう……。確かにここらはオルメキアの保護領じゃが、あやつらは帝国との戦争に掛かりきりで、もはや有名無実の無法地帯じゃからな。まったく、バカどもが……この街道はあやつらにとっても、生命線じゃろうに……。それを無法地帯化させるとは、戦略というものを解っておらんとしか思えんわい。その点、お主らは賢明じゃな。こんな風に防衛戦力を配置した安全地帯を道々に連ねることで、商人達の安全を確保する……なかなか、悪くない手じゃな」
「やれやれ、そんなに甘い相手じゃなかったか……。さすが、王国親衛隊の重鎮中の重鎮。でも、僕は誰にも迷惑はかけてないつもりだよ? 例のお姫様のところにだって、ちゃんとご挨拶に行くつもりだったし……商人ギルドのバックアップだって受けてるから、大義名分だってあると思うんだ。実際、この野営地の整備もギルドからの依頼を受けてるからね」
「……お主の人となりは、我も良く解ったからな。異世界人共はどうも、自分の力を無意味に誇示したがったり、良かれと思って、要らぬ混乱を招き寄せる輩が多いのじゃ「地獄への道は善意で舗装されている」とは、よく言ったもんじゃな」
「良かれと思ってやった事が、別の問題を引き起こして、もっと酷いことになる……そんな話だったかな? そんな格言まで知ってるとは、異世界の事も詳しいんだね……君は」
「なにせ、我はリョウスケ殿……異世界人の側近にして、参謀格でもあったからな。自然と詳しくなったわい」
「なるほどね。でも、僕だって、この先は解らないよ? 僕自身が良かれと思ってたって、それが地獄へ続く道だって可能性は、いくらでもある。現にいろんな日本の物が流れ込んでいるせいで、色んな影響が出てると思う……。なにせ、銃火器や車なんかも向こうから、送られてきてるからねぇ……。さすがに、そんなものを大々的に流通させたりはしてないけど……。すでに商人ギルドと日本側で直接交渉するような段階になってきてるから、僕自身コントロール出来なくなりつつあるのも、事実ではあるんだ」
パーラムさん達は、僕の負担になるから、鹿島さん達と直接話し合わせてほしいとか言ってるんだよね。
一応、今のところ僕が立ち会ったうえで、随時口出しして、パーラムさんにも事前に釘を刺したりしたりはしてるんだけど。
鹿島さん達は、相変わらず突発的に色んな物を試供品とか言って、送りつけてくるし……。
「……いずれにせよ、お主はちゃんと分別というものがあるようじゃな。それがあるのと、無いのでは大違いなのじゃぞ? 実によい、気に入ったぞ。どちらにせよ、我はお主を捕縛しろとか、そんな命は受けておらんからな。ウルスラの脳筋バカはひと暴れした上で、お主を捕縛するつもりでいるようじゃが……そんな事に何の意味もない。とにかく……我はお主の味方……そう思ってくれて、構わんぞ?」
そう言って、アージュさんは照れくさそうに笑う。
……口調は偉そうで年寄りじみてるけど、見た目は普通に可愛いし、なんと言うか……老獪そうに見えて、意外と表裏ってものが無い。
……出会って一日も経ってないのだけど、その辺は何となく解る。
「ありがとう。そう言ってもらえると、僕としても安心できる。実は親衛隊でも、君が一番話が解るって聞いててさ。もし、君と会えたら話し合いをしたいと思ってたんだ」
「ふむ、我をウルスラなどと同じように思っているのではないかと、勘ぐっておったのじゃが。ちゃんと我のことも調べておったのじゃな……。その上で、我と戦うなどと考えず、話し合いを所望するとはな……。実に賢明な判断であるぞ、重畳、重畳……」
「……まさか、あそこで倒れてたのも僕と接触を図るため……とか、そんな事無いよね?」
「それは、さすがに深読みのしすぎじゃ……。あれは、本当に道に迷って、本気で死にかけておったのじゃ! お主が助けなかったら、我も今頃あの世行きじゃったろう。つまり、お主が我の命の恩人であることには、なんら変わりない。我は受けた恩義は必ず返す! ……と言っても、命を救ってもらった借りなぞ、早々返せるものではないんじゃがな……。な、なんなら、我の残りの生涯をお主に捧げると言うのも、考えてやらんでもないぞ?」
さすがに、吹きだしてしまう。
と言うか、重いよ! とびっきりのベビー級愛情表現ってやつだった。
そもそも、それ口説き文句じゃないか……解ってて言ってるんだろうか?
「あー、その……なんだ。そこまで……重く考えてほしくないよ? 僕だって、そこまでは望んでないから」
「そ、そうか……? た、確かに生涯を捧げると言うのは、ちと大げさじゃな……。まったく、お主の相手をしとると、我もどうも調子が狂う……。こんな若造相手に、この我としたことが、まるでウブな生娘のようではないか……今のは聞かなかったことにしろ」
「そ、そうさせてもらうよ。でも……確かに、本当に危ない所だったからね。もっとも、君もすっかり元気になったみたいだし、本当に良かった。言っとくけど、僕は当たり前のことをした……そう思ってるからね。君を助けられてよかった……これは紛れもなく、僕の本音だよ」
そう言って微笑みかけると、照れ隠しなのか、お尻でドンと押される……思いっきり密着するんだけど……ここは大人の余裕って奴で、気にしないでおこう。
ビクともしない僕を見て、なんか、ぐぬぬって顔をしてるんだけど……色々複雑な気分なのかもしれない。
「な、なんか悔しいのう……。年甲斐もなく、胸がキュンとしたのじゃ……」
そう言って、気分を落ち着かせようとしているのか、深呼吸を始める。
……まったく、年寄りなのか、お子様なのか……よく解らない人だった。




