第二十話「月なしの夜の底にて」①
……カレー祭りが終わり、トリップしてた人達も復活して、ドワーフ達は火を囲んで酒盛り中。
飲んでる酒は、コンビニで売ってる焼酎だのウイスキー……コレが生き甲斐と言ってはばからないくらいなので、当然補給物資として、山程積み込んできたので、まだまだヤツらの燃料は潤沢にある。
晩酌の酒が切れたなんてなったら、ドワーフってきっと三日くらいで痩せ細るんだろうな……。
戦闘員の人達も、お預けってのも可哀想だったんで、交替で悪魔的カレー食ってはトリップしてるんだけど。
起きると、誰もが満ち足りたような表情をしていた……わかる。
まぁ、アージュさんも僕も、それぞれに反省する所しきりだ……でも、そこはもう忘れよう。
人は許し合うべきなのだよ。
すっかり夜も遅くなってしまったので、僕らもこの野営地で一泊と言うことにした。
本来の予定でも到着が遅くなるようなら、一泊する予定ではあったので、テントくらいは用意している。
ここは決して、安全とは言い難いところだけど、一泊する程度ならさしたる問題もない。
皆も、そう判断したので、僕を送り出してくれたんだよね。
テントの物自体は、インディアンテントとかティピーと呼ばれるものに近い。
ゴザ敷いて、三本の棒を組み合わせて立てて、ぐるりと布で囲って、洗濯バサミで止めるなんて言うシンプルテント。
もっとも、テントはミミモモとアージュさんに譲り渡して、僕は適当に寝袋で雑魚寝するつもりだ。
最近、飲み明かして地面の上で寝てることが多いからか、屋根のない場所での睡眠もすっかり慣れた。
どうせ夜になっても、年中20度を切らないような環境だから、風邪引く心配も無い。
夜は、熱帯夜ってほど暑くないから、むしろ都心や群馬より過ごしやすいって気もする。
もっとも、いきなりの土砂降りで叩き起こされるってこともあるし、今は乾季だから、雨が少ないってだけで雨季になると、派手に雨が降るらしい。
それまでに、ここもちゃんとした建物とかも作っときたいところだよなぁ……。
「若殿、調子はどうですかい……。つぅか、なんで若殿ともあろう御方がこんな所で寝てるんですかい?」
警備隊の小隊長キーツさんが、気安い感じで寝袋に包まってる僕を見つけて、話しかけてきた。
キーツさんも時々、僕の筋トレに付き合ってくれた筋肉仲間の一人だ。
若殿とか呼ばれてるけど、ウォルフ族の皆から、僕はすっかり身内扱いだから、こんな呼び名が定着しつつあった。
「やぁ、キーツさん……最近は、僕もこんな風に外で雑魚寝も手慣れたもんだからね」
「そいや、そうでした。若殿も随分たくましくなりましたな。ここにもそのうち、宿泊小屋を作るって話なんで、そうなったら是非、もう一度泊まりに来てくだせぇ! 俺らは、当分ここに常駐って話なんですが……。なんでも、俺らの宿舎も作ってくれるって話なんすよね!」
「ああ、常駐警備で、毎日テント暮らしや雑魚寝じゃ大変だからね。屋根がある宿舎くらい用意するのは当然だよ。ところで、警備体制とかは問題ない? 戦えそうなのはキーツさん達と、商人の連れてきた冒険者と傭兵……全員合わせて、20人も居ないんだよね。でもまぁ、何か来ても、ミミモモ達もいるから、すぐ気付くと思うけどね」
実際問題、僕ら猫耳の耳は優秀だからなぁ……ミミモモは、僕よりもちゃんと猫耳を使いこなしてるから、森で隠れんぼなんてやったら、絶対見つけられないと思う。
「そうですなぁ……。若殿が来るってんで、ラドクリフの大叔父貴直々の命で、昨日ここに立ち寄った商人ギルドの巡察隊と協力して、ここら一帯の魔物や野盗共は、あらかた殲滅してますからな。このあとも、俺達がこの辺を一晩中、巡回して回る手筈です。あの冒険者連中もB、Cクラスのそこそこの腕利き揃いなんで、十分当てになりやすよ。傭兵の方は爺さんは割と有名な野郎なんですが……引退してた所を若いやつの教育ってんで一時復帰したらしいです。とにかく、腕が立つのは間違いないですよ。もっとも……若いのは初仕事のヒヨッコなんで、当てにはなりませんがね。……まぁ、爺さんが面倒見てくれるから、俺らとしちゃ優しく見守ってやるってとこですな」
「なるほど……。でも、掃討済みなら、別にわざわざ夜中に巡回まで、するまでもないでしょ? ……随分、念が入ってるね」
「念の為って奴ですよ。実は……昨日、今日と立て続けに、向こう側から一組も隊商が来てないんですよ。冒険者の奴らも、先の状況が解らないってボヤいてましてね。傭兵の爺さんも月なしの夜は、油断するなって言ってましたからなぁ。ちょっと雲行きが怪しいのかもしれやせん……。とにかく、今夜の警備はちょっと念入りにって寸法なんでさ。もし敵襲ってなったら、若殿を最優先で逃がすって事は、他の連中にも言い含めてますから、そこら辺は安心したってくだせぇ」
うーん……オルメキア方面から、二日連続で、誰も来ないってのは、ちょっと気になるね。
けど、大雨とかで足止めを食らう……なんてのも良くある事だし、ギルドの巡察隊も結構な人数だったから、この先で何か問題あるようなら、パーラムさんに報告が行くだろうし、そうなったら当然、こっちにも連絡があるだろう。
なんにせよ、野営地の守りや夜間警戒は、プロにお任せだから、僕としては口出しも心配も無用だった。
話を聞く限りは、普段コンビニ周辺でラドクリフさんがやってるのと同レベルの警備体制だし、キーツさんも長年ラドクリフさんの部下として、共に戦ってきた優秀なベテラン戦士。
当然ながら、手慣れてるから、ここはお任せで良さそうだった。
「そっか、キーツさんもご苦労様。君達がちゃんと仕事してくれるから、僕も安心して眠れるよ」
「それが自分らの仕事ですからね。そりゃあもうごゆっくりとお休みくださいっ! それと老婆心ながら、あんまりうちのお嬢を泣かせるような事はせんでくださいな……俺も若殿とお嬢の結婚式、楽しみにしてますよ」
言いながら、キーツさんが立ち上がる。
いつの間にか、他の警備隊の面々も整列していて、僕に向かって一斉に敬礼。
「ははは……じゃ……じゃあ、僕はもう寝るけど! 皆、ご苦労さま! 気をつけてっ!」
一応、寝っ転がったままじゃ悪い気がして、僕も立ち上がって、敬礼!
キーツさんがニッといい笑顔を残して、統率の取れた仕草で一斉に回れ右して、全員森の中の暗がりへと消えていく。
なんか、すっかり偉い人になった気分だなぁ……。
ちょっとばかり、しみじみと夜空を見上げてみる……今日は、星がやけに綺麗だった。
風もそよ風程度……いい夜だった。
「……おお、今夜は月無しの夜じゃから、星が綺麗じゃのう……なんじゃ、まだ起きとったのか?」
キーツさん達と入れ替わりに、今度はアージュさんが、隣までやってきてちょこんと座り込む。
足を横に折ってぺたんと座り込む、いわゆる女の子座り……可愛いな。
ミミモモ達と一緒にテントで寝てたのに……こっそり、抜け出してきたらしい。
なんか、森の暗がりから出てきたから、案外お花摘みって奴だったのかも知れないけど、それを口に出すほど無神経じゃあないぞ。
けど、何故かがっかりしたような様子だし……残念じゃのうって、小声で呟いたのが聞こえた。
もしかして、夜這いでも企んでたんじゃなかろうか?
……まったく、油断できない娘だなぁ。
「やぁ、アージュさん……そうか、妙に暗いと思ったら、月がひとつも出てないんだ。……こんな日もあるんだねぇ……」
もう一度、寝袋にってのも何だったんで、僕もアージュさんの隣で座り込む。
「ふむ、今夜は月なしの夜。イセルマハートもパラメギオンも遥か地平の彼方でお休み中じゃ。しかし、なんだかすまんのう。我のせいで、お主が地べたの上で雑魚寝とは……我も草を枕に野宿程度、何度もやっとるから気を使わんでもよいのだぞ?」
パラメギオン? イセルマハート?
初めて聞く名前だな……もしかして、あの二つの月の名前なのかな?
誰も名前で呼んでるの、聞かないけど……博識なだけに、そう言うのに、詳しいのかも知れないね。
でも、月の名前なんて、初めて聞いたとか言ったら、ボロが出そうだから、気にはなるけど黙ってよう。
「いや、僕も地べたで雑魚寝なんて、慣れてるからね……。今日は天気もいいから星も綺麗だし、土の匂いを嗅いで、虫の声を聞きながら、寝るってのも悪くないよ……」
「ふむ、確かに星はいいな……我も長生きしておるが、星空だけは1000年経っても何ひとつ変わらん。……世の中も人も時の流れに流され変わりゆく中、決して変わらん……不変のものの一つと言えるであろう。どうじゃ、一杯付き合わんか? 酒ではないが、少し変わった茶を煎じてみたのじゃ」
水筒代わりの竹筒を差し出されたので、受け取って中身を一口。
何とも甘いような苦いような不思議な味のする温かいお茶だった……砂糖の甘味や人工甘味料とはまた違う優しいそれでいて、しっかりした甘みのある飲み物だった。
「なんだいこれ? 変わった味だね……すごく甘い。でも、こんな甘い飲み物なんてちょっと珍しいね」
まだ、口いっぱいに甘みが残ってる……けど、ちょっと懐かしい味だった。
どこかで飲んだ覚えがあるのだけど……どこだったかな?
「そうであろう? この薬草の根を煎じたものじゃ。この辺りは山陰のせいか、あまり雨が降らんようでな……少々乾燥気味の土地なのじゃが、こう言う土地には、この薬草が割と無造作に生えてたりするのじゃ……。ドワーフ共はこれの価値を知らんから、ゴミ同然にそこらに投げ捨てておったのじゃよ。そのまま捨て置くのももったいないからのう……カラカラに乾いとるのを見繕って、根っこを煎じて茶にしてみたのじゃ」
アージュさんから、マメ科っぽい感じの草を手渡される。
煎じると甘い味のするマメ科の植物……となると、たぶんこれ、甘草ってヤツだな。
昔から日本でも甘味料として使われていて、醤油や漢方薬なんかにも使われてる……爺さんが畑で栽培してたから、見覚えある。
砂糖の50倍もの強烈な甘味成分が含まれてる上にローカロリー、育毛シャンプーなんかに配合されてたりする。
海外ではリコリスとも呼ばれていて、これで味を付けた真っ黒いタイヤの切れっ端みたいなグミキャンディーが有名なんだけど、日本じゃ罰ゲーム扱いと言う代物……如何せん、この漢方って感じの味が、日本人には受け付けられないらしい。
多分、厳密には僕の知ってる甘草とは、別の種類なんだろうけど……異世界に、こんなものまであるってのは、正直驚きだった。
「……甘草茶って奴だね。爺さんがたまに飲んでたから知ってるよ。これって、そんなに知られてないんだ……。色々薬効があるから、薬になったりするのに、もったいない話だね」
そう応えると、アージュさんはニコリと微笑む。
「なるほどな。ケントゥリ殿……お主、やはり異世界人じゃな? その甘草と言う呼び名は、このエトゥリ草の異世界での呼び名じゃからな……。それに「虫の声」と言ったな? この虫けら共の出す雑音が声に聞こえるのは、異世界人である証でもあるのじゃ。それが自然に出て来たのであれば、お主がリョウスケ殿の同郷の者であると言う証でもある。まったく、我もつくづく運が良いのう……探しものが、このような形で簡単に見つかるとは」
……その言葉に思わずしまったと後悔する。
思いっきり引っ掛けられてしまった……多分、この甘草の有用性を彼女に伝えた異世界人がいたのだ。
名前もリョウスケ……と呼んでいる事から、日本人なのだろう。
それに「虫の声」についても……そう言えば、虫の音を「声」として認識できるのは、日本人特有の脳構造によるものだと言う話を聞いたことがあった……彼女はその事を知っていたのだ。
いや……たぶん、この人は僕の正体にとっくに勘付いていたんだ。
その上で、確信を得るべく、カマかけして来て、僕はそれにまんまと引っかかってしまった……。
……上手く誤魔化せたと思ってたけど、僕は絶体絶命の危機に陥っていた!
ここで、僕の素性が彼女にバレるのは多分、激しくマズい!
虫の音を虫の声として、認識できるのは日本人とポリネシア人だけなんだそうです。
それ以外の外国人は、虫の声はなんかうるさい雑音としか聞こえてないそうです。
これは、日本語を母国語として育つと、虫の声を左脳……言語脳で聞くようになるので、声として認識できるようになるから、だそうです。
なので、仮に魂だけが別の身体に乗り移ったり、転生して赤ん坊からやりなおししてたとしても、元日本人なら虫の声が声として聞こえてしまうのです。
だから、もしアージュさんのようにその事を知っていれば、虫の声が聞こえるね……なんて、たった一言で日本からの転移者だと、判別ついてしまうんですね。
異世界転生モノ書く人は、豆知識として押さえておいてもいいかもしれないです。(笑)




