第十九話「悪魔的カレー再び!」②
「う、う、う、美っ味いっぞぉおおおおーっ!」
アージュさんの絶叫が夜の森に響き渡る。
サントスさん特製悪魔カレーを一口食べた結果、こうなった。
メイドインジャパンのカレールーと、サントスさん秘伝の食材、技術を惜しみなく投入した、僕らの間では半ば伝説となっている激ウマカレー!!
あまりに美味いので、食べ終わって卒倒する者や、中毒みたいになる人が続出し、これはヤバイってんで、サントスさん自ら封印した恐るべきメニュー!
「辛いものは苦手じゃ」とお子様丸出しなことを言ってたアージュさんも、一口食べた瞬間、立ち上がって絶叫……そして、今もものすごい勢いでかき込んでいる。
「アージュさん、もっとゆっくり味わって食べよう。……胃腸なんかも弱ってるんだから、ね?」
案の定、喉につまらせたみたいで、慌てて水をガブ飲みしてる。
そして、隣で僕も一口……。
「うぐっ! ムハッ! ハァハァハァハァ……」
……クソッ! 相変わらず、くっそ美味い! 一瞬、頭の中が真っ白になった。
反射的に服でも脱ごうとしたらしく、気が付いたら、サマーパーカーのジッパーを全開にしていて、肩まではだけていたので、慌てて直す……いかんいかん、僕がこんな調子でどうする。
しかし、来ると解っていて、十分心の準備をしてても、この有様とは……と言うか、以前よりパワーアップしてるような……。
ミミモモも、魂が抜けたような感じで、ゾンビのような感じで無表情で食べ続けてるし、ご相伴に預かったドワーフ工作隊の方々も「なんじゃこりゃあっ!」だの「白い天使が見えるんじゃあ……」だの早速ヤバい。
半裸で「もう我慢できないっ!」って、お前はどこのアニキだ。
行商人と運送業者さんの三人は、何故か揃って、ボロボロと泣き崩れている……。
犬耳さんは割と獣度が高い人で、なにやら本能を刺激されたのか、ワオーン! と遠吠えを始める。
戦闘員の方々もその食欲をそそる匂いと、僕らの様子を見て、物欲しそうにこっち見てるけど、この人達が使い物にならなくなったら、外敵への対応が誰も出来なくなってしまう。
その辺は皆、ちゃんと解ってるみたいで、自重してくれているみたいなんだけど……すっごく酷なことをしてる気になってくる。
「……ケントゥリ殿、これはっ! これは……なんなのじゃっ! 我も1000年生きていて、ここまで美味いもんはお目にかかったことがない……。おいっ! そこのドワーフ! 教えろ……これはなんなのじゃっ!」
ちなみに、ケントゥリってのはとっさに名乗った偽名だ。
下の名前の健太郎を名乗ると、異世界の人たちは何故か、ケントゥリとかケントゥラとか言う発音で返してくれる。
よく解らんけど、一応この世界の人名っぽいし、偽名としては悪くない……なんと言っても、響きがなんかカッコいい!
そんな訳で、世を忍ぶ僕のもう一つの名は……「ターキー・ケントゥリ」って設定だ……イケてるね!
「こいつは、カレーって食い物でな。異世界でも最高に美味い食い物で日々研鑽、進化が続けられていると言う恐るべき代物だ。俺はコンビニ弁当って奴で、コイツと出会ってな。俺の腕でそれを超えるべく試行錯誤した自信作だ!」
「なるほどな……異世界由来の食事か。確かに向こうの世界の食い物はどれも美味いからなぁ……」
「そうらしいな。だが……これだけは、料理人として言わせてもらうが、飯を食う時は四の五の言わずに黙って食え!」
ドーンと腕組みをしたサントスさんが得意そうに続ける。
黙って食えと言われたアージュさんも「ごもっともじゃ」と呟くと、黙々と食べ続ける。
……まぁ、その緩みきった顔が彼女の気分を雄弁に物語ってると思うんだけどね。
接待としては、大成功かな? こりゃ。
「ふむ、カレーか……姫様の所で、食った覚えがあるのじゃが、ここまで美味いものでも、無かったはずなのじゃがなぁ……。しかし、これはいかん! 実にいかんなぁ……いくらでも食せそうだぞ。なぁ、ケントゥリ殿、お主は割と冷静に食っとるようだが……。このドワーフとも知己のようだし、もしかして、すでに何度か食べておるのか?」
「僕もコンビニの所でしばらく滞在してたからね……このカレーはなんと言うか……もはや悪魔だ。と言うか、サントスさん腕、上げてない? 前よりヤバくなってるよ……これ」
すでにミミモモは、危険値を突破したらしく、のけぞりながら、ビクンビクンしてる……口も半開きで、よだれが垂れてて、すごくだらしない顔になってるけど、見なかったことにしてあげよう。
アージュさんももう一口とかやって、同じようにビクンビクンし始めた……もはや、目の焦点も合ってない。
病み上がりにこれは……ヤバいだろ。
「すまんなぁ……俺は、手抜きが出来ん性分でな。いい感じに熟成されたディサイアの実があったんで、ついやっちまった! これは、これまで作った中でも、最高の出来かも知れん……」
「……やっちまった! じゃねぇよっ! と言うか、どうすんだよっ! これ……収拾つかなくなって来てない?」
見渡すと、ドワーフ軍団は「うぉおおお……」とか呻きながら、突っ伏してたり、両手をダランと下げたまま白目向いてるのとかそんな調子だし。
ミミモモはもはや、皿が空になってるのに機械的にスプーンを掻き込む動作を繰り返している。
アージュさんもすでに力なく突っ伏してる……なんか、水でテーブルに文字だかなんだかを書こうとして、力尽きた……そんな感じだった……書かれている文字は……。
『犯人はヤ……』
そこで止めんなよっ! そもそも、何でそんなネタ知ってんだよっ!
戦闘員の人達が、犠牲者たちを助け起こすべきか迷ってるらしく、すっごい目で訴えてきてるんだけどさっ!
中には、悪魔カレーを知ってる人もいて……「美味いもん食って、昇天したのさ。気にすんな……いつもの事だ」なんて、達観したようなコメントをしてたりもする。
「お……おうっ! これはすまん! 本当にすまない……俺もこれはやり過ぎって思い始めたよ! って、お前ら! 勝手によそうな! 順番守れ! うぉおおおっ! 鍋から直に食おうとしてるんじゃないっ!」
突然立ち上がり暴走したドワーフ達がカレー鍋に皿を持って、群がり始めてしまった!!
カレー鍋を死守すべく、孤軍奮闘するサントスさんとゾンビのごとく群がる、ドワーフ隊の筋肉同士にぶつかり合い!
……やっぱり、絵面が最悪だった。
そろそろ、僕も……やるか。
そして、おもむろにカレー一口。
芳醇なコク、口の中に広がる心地良いスパイシー! 隠し味の甘く切ないフルーティ! まさに味の祭典! 至高の料理がそこにあった!
これは、まさに味のロイヤルコペンハーゲンッ!
「うおおおおおっ! くっそ美味いぞおおおおおっ!」
サマーパーカーを脱ぎ捨てて、タンクトップ一丁になると思わず、サイドチェストのポーズをキメる!
ズキューーーンと、そんな擬音が聞こえてきそうな勢いでポージングを決めながら、僕の脳裏を過ぎるのは、圧倒的感謝ッ!
そう、感謝ッ! 大地と風と……太陽に! 夜なんだけどなっ!
そんな僕を見て、復活したアージュさんがイヤーンとばかりに頬を赤らめて、顔を手で覆うのだけど……。
それはリアクションとしては、間違っている!
筋肉美とは卑猥なものでは無く、魅せるものなりっ!
もっと見ろとばかりに、渾身のモストマスキュラーッ! もはや、圧倒的存在感ッ!
もう、モブなんて、言わせないッ!! 僕をッ! 僕を見てくれーッ!
指の隙間からこっちをチラ見してるアージュさんと目が合った……しばし、双方無言。
ちょっと涙目な様子に、猛烈な罪悪感が襲ってくる。
「ごめん、服、着る……ちょっと錯乱してた……」
顔を手で覆いながら、パーカーを羽織ると、急速に冷静さを取り戻していく。
……もはや、ギルティ! やっちまった。
まさに、悪魔的事案ッ!
「う、うむ、お主の気持ちも解るし、なかなか素敵ものを見せてもらった……では無く、我は何も見とらんっ! 見とらんのじゃーっ!」
アージュさん、野郎の裸に興味津々のお年頃のようですが……見てないなら、セーフって事で。
「むしろ、いくらでも見て欲しいくらいなんだがなぁ……今のは、お互い無かったことに!」
「そういう事じゃ! わ、我の故郷では殿方の肌なぞ、褥でしか、見てはならぬものなのじゃ……まったく!」
頬を赤らめながら、そんな事を言いながら、アージュさんも一口!
「美味い! 美味いっ! 美味いのじゃああああっ!」
そう言いながら、アージュさんも羽織っていた和服の帯を解いて、スパっと脱ぐと例の袖なし肌着姿になる。
そして、立ち上がって、片手を宙に伸ばしながら、もう片手の甲を顔の正面に持っていくあのポーズをキメる! セクシーッ! ダイナマイツッ!
「スゲえっ! 僕に真似できない事を平然とやってのけたっ! そこにシビれるあこがれるゥッ!」
アージュさん、大胆なのか純情なのか、君、よく解らないよ?
かくして、野営地でのカレー祭りはいつぞやと同じく、悲喜交交を引き起こした挙げ句、その幕を閉じるのだった。




