第十七話「情けは人の為ならず?」④
「し、死んじゃうって……ど、どうしましょうっ! ミミ、何か知らない?」
モモちゃんも、事態の深刻さに気付いたようで、慌ててミミちゃんに問いかける。
「オーナーさんの話からすると、多分、熱病の事だと思うんだけど……。僕らよりオーナーのほうが詳しいと思うよ。僕らが熱病になるなんて、まずないんだ。熱病にかかるなんて、余所者や不慣れな旅人くらいだからね」
「実際、僕もこれで死にかけた事があるから、症状や対処も色々調べたから知ってるんだ。こんな風に暑い環境で、喉が渇いたのをちょっと我慢してたりすると、それだけでなったりするからね……」
「そうなんですか……。私達、ミャウ族って小猫族とも言って、砂漠にも仲間が住んでたりしますからね。元々、水が少なくて、暑い所でも生きていけるようになってるんですよ」
確かに、この子達って、暑さにものすごく強いからなぁ……平熱からして38度とかあるんで、そばにいると、ものすごく暑苦しかったりもする。
と言うか、ラドクリフさん達も森エルフ達やドワーフも皆、気温が35度超えててもケロッとしてる。
それに、熱中症にならない為の行動ってのが、完全に生活習慣に根付いてるって感じなんだよなぁ……。
服装とかもそうだし、水場を常に確保、把握してるとか色々感心する事しきりだ。
そもそも、ミャウ族もウォルフ族も基本的に昼間はあんまり動かない……涼しいところを確保して、割とゴロゴロして過ごしている……なにせ年中暑いから、涼しい夜に主に活動するのが、完全に習慣化してるのだ。
明かりがなくても、彼らの目は昼間同然に森のなかの暗闇を見通せるから、ほとんど支障がない。
この世界に順応するほどに、地元民たる彼らが如何に合理的に生活しているかが、解るようになってきた。
このメンツだとむしろ、僕が一番暑がりって気もする……やっぱ駄目だね、文明人ってのは……。
とはいえ、このちっこいエルフさんは……もう服装からしてありえない。
……和服みたいな感じの青と白の一枚布の服を腰帯で止めてるんだけど、なんかマフラーみたいなのを首に巻いてるし、太ももまで覆うような分厚い靴下履いて、足元はごっついブーツ……。
ちょっ! この娘、バカなんじゃないの? こんな暑苦しそうなカッコしてりゃ、そりゃ熱中症にもなるよ!
女の子にこんな真似、とってもあれなんだけど、まず帯を緩めて、前をはだけさせる。
でも、一枚剥いたら、もう一枚……肌襦袢って言うんだっけ? 着物の下に着る薄手の下着みたいなの。
それがなんと二枚重ね……。
……こんな厚着して、こんなクソ熱いジャングルを歩いてたのか……。
正気の沙汰とは思えない……僕だって、こっちじゃすっかり、膝丈の短パンとTシャツにサンダル履きってのがメインになってるのに……。
ひとまず、上の服を全部ひっぺがして、襦袢の方も最後の一枚だけにする。
最後のは丈が短い肌着みたいで、袖なしで太ももの半分くらいが露出してるんだけど……涼しくて良いんじゃないかな?
これもやっぱり帯留めなので、帯も解いて前を全開にする……いきなり、宝石みたいなのが、胸と両肩に埋め込まれてるのが目に入ってきて、さすがにギョっとする。
「……こ、これは?」
「これ、魔力増強用の魔石って奴だと思うよ。ほら、人族の魔術師とかが手の甲とかに埋め込んでるのって見たことない?」
そう言えば、そんな感じの人、お客さんで見たことあるなぁ……。
魔術容量を人工的に増強する……戦闘機の増槽みたいなもんなんだろうけど……自分の身体に異物を埋め込むってのは、あまり真似したいとは思えない。
この子、もしかすると……相当高位の魔術師なのかもしれない。
「オーナーさん! いつまで見てるんですか! 動けないからって、女の子を脱がした挙句、身体をジロジロ見るなんて失礼ですよっ!」
モモちゃんが怒りながら、山エルフさんの肌着を戻す。
……まぁ、確かに胸とか真っ平らだったから、気にもとめなかったけど、女の子を脱がして、ジロジロ見るとかないわな……。
靴下もブーツも邪魔だから、ヌギヌギさせてもらう……って、この子……下履いてないっ!
まぁ、そういうもんだって知ってるけど……一瞬ドキマギしてしまった。
み、見なかった事に!
でも、身軽になって、少しは涼しくなったのか、浅く苦しそうだった呼吸が、心なしかおとなしくなる……。
うん、イイ感じだ。
次は、水を飲ませることだけど、このまま水を飲ませるのはさすがに無茶だ。
寝っ転がったままペットボトルから飲ませるとか、ただの拷問だろう。
少し首を持ち上げて、上体を起こさせるようにしたいところだった。
「ミミちゃん、この子の背中をちょっと支えてて!」
「わ、わかったよ!」
ミミちゃんが後ろから抱きしめるような感じで、山エルフさんの背中を支えてくれる。
上体保持は、ミミちゃんに任せる。
「今から水を飲ませてあげるから、頑張って飲んでっ! とにかく、目を開けて! 寝ちゃ駄目だっ!」
僕の呼びかけに、薄っすらと目を開けてくれたようだ。
呼びかけに反応あり……意識はまだ大丈夫。
口元にペットボトルをあてがう……でも、意識がない状態で、無理やり口に注いだりしたら、気管に入って溺れかねない。
なんとか、意識を保って、自分で飲んで貰うってのが一番なんだけど……。
「み、水……? も……もっと……」
ちょっと口の中に水を入れてみたら、反応があった……目にも少しだけ光が戻ってくる。
ペットボトルを傾けて、中身を注いで見る……けど、案の定、口の横からダバーっと垂れてる……。
うーむ、嚥下障害ってヤツかもしれない……ちょっとこれは厄介だ。
でも、少しは飲めてるっぽいから、口の中に入れさえすれば、大丈夫かも。
こう言うときは……いっそ口移しで飲ませるとか……?
さすがに、ちょっと抵抗があるんだけど、やるしかない……けど、僕がやるのも何とも気が引ける。
「モモちゃん……ゴメン、この子に口移しで水を飲ませてやってくれないか?」
「わ、私がですか? でも、仕方ありませんよね……。こんな小さな子相手に、オーナーさんにやらせる訳にもいきませんから」
モモちゃんが口に水を含んで、山エルフさんに口移しで水を飲ませようとする。
山エルフさんも一瞬目を見開くのだけど、他意がないのは解ってくれたようで、目を閉じて力も抜いてくれる。
喉がゴクリと鳴ってるから、少しは飲んでくれたらしい……自力で水も飲めないほど弱ってたら、割と絶望的だったけど、これならなんとかなりそうだった。
さすがに、僕がやってたら、犯罪臭しかしなかっただろうけど、モモちゃんと山エルフさん……どっちも美少女だから、むしろこの光景は尊い……と思う。
「はぁはぁ……す、少しだと思いますけど、お水飲んでくれました」
「ありがとう……大丈夫? でも、よくやってくれた! えらいっ!」
モモちゃんの頭を撫でると、嬉しそうに微笑まれる。
山エルフさんの首筋を触ると、少しは体温が下がってるみたいだけど、相変わらず熱い……。
皮膚の表面は、ペットボトルをあてがってたから少しは冷たくなってるんだけど、熱が身体の奥に籠もってる感じで、すぐにじんわりと熱くなっていくのが解る。
多少は改善したみたいだけど、まだまだ予断は許されない状況。
講習で見たビデオだと、木陰とかクーラーの効いた建物の中に……とか言ってたけど、木陰はともかくクーラーなんてなぁ……。
なんとか一気に身体を冷やす方法はないか……?
横を見ると小川のせせらぎ……川の水でも汲んでバシャバシャかけてみるか?
そうだ! ちょっと無茶かもしれないけど、いっその事、これで!
「ミミちゃん、そのままこの子を持ち上げるから手伝って!」
「う、うんっ!」
僕は脚の方を持って、いっせーので持ち上げる……脱力してるから、こんな小さな子でも、意外と重く感じる。
「オーナーさん! ど、どうするのこれから!」
「……ちょうどそこに川があるから、このまま水に漬けるんだ! 君! ちょっと冷たいだろうけど、がまんしてくれ!」
小川に足を踏み入れると、冷たいと言うより、むしろヌルく感じる。
でも、流れはそこそこ速いし、見た感じ底も泥土じゃなくて、サラサラとした砂と小石で、綺麗なもん。
このジャングル、こんな感じの小川が網目のようにいっぱいあって、街道周辺なら水場に困らないそうなんだけど、こう言うときはとっても助かる。
ゆっくりと足から、水に漬け込んでいく。
やがて、顔以外ほぼ全身水に浸かると、山エルフさんも気持ちよさそうに大きくため息を吐く。
まぁ、一気に身体を冷やすとしたら、これが一番だよな……暑い時は、水浴びに限る。
僕も涼もう……水の中にザブンと座り込んで、隣でくつろぐ。
「はぁ……こりゃいいや」
ミミモモも顔を見合わせると、同じように水に浸かる。
「うひゃーっ! 気持ちいい……なんだ、こうすれば良かったのか。オーナーさん色々回りくどいことやってたけど、僕らが熱病になった人を見かけたら、いつも川に連れてって、放り込んでおしまいだったんだよ」
「そうですよね。あはは……実は、川見て飛び込みたいなぁって思ってたんです!」
もう大丈夫と思ったらしく、二人共川に入ってきて、嬉しそうに水浴びを始める。
ミャウ族だって、暑さに強いってだけで暑いもんは暑いからね。
コンビニの近くにも小川があるんだけど、たまに何人か集まって、水浴びをしてるのを見かける。
当然、全員全裸なんだけど、僕がいようが全然お構いなしなので、いつも目のやり場に困る……。
今もミミちゃんが服を脱ごうとしてるのをモモちゃんが必死になって止めてる。
モモちゃん、数少ない良識派。
しかし……冷静になって見ると、この山エルフさん……酷いカッコになってるなぁ……。
編み込んでた綺麗なアイスブルーの髪は、泥と砂まみれで、グチョグチョだし、着物もドロドロ……。
肌着だって水に濡れたせいで、スケスケ状態……なんと言うか力なく、川の中に横たわってる姿が限りなく水死体のようで……。
ジロジロ見てたら、モモちゃんが責めるようなジト目で見てくるから、慌てて目を逸らす。
モモちゃん……僕に対して、割と厳しいんだけど、割とよくデレるのも事実であって……。
この子のこと、いまいちよく解りません……ツンデレ系なのは解るんだけどね。
エルフさんも真っ赤だった顔色が白っぽくなって来てるから、もう大丈夫っぽい。
水深っても、20cmもないので、ほっといても流されたり、溺れたりする心配もないだろう。
このまま放置って、ミミちゃん言ってたけど、さすがにそう言う訳にはいかないし、もうじき日も暮れる……夜間の行動は、僕もさしたる問題はないけど、夜間初見と言う条件だと、無限軌道車の走行にいろいろ支障が出てくる。
なにせヘッドライトが必須になって、やたら目立つ上に走行速度はもっと遅くなる。
そうなると、モンスターなんかの良い標的になってしまう……病人を抱えて、闇の中で車両トラブルや戦闘なんてなったら、目も当てられない。
出来れば、早いうちにここを出立して、明るいうちに野営地までは辿り着きたい所だった。
「……オーナーさん、大丈夫なのかな? こんなので……僕らは大抵、これでなんとかなるけど……」
「熱中症ってのは、要するにオーバーヒートみたいなもんだからね。対処としては、とにかく身体を冷やして、水分を取らせることくらいしか出来ない。多分、これで平気だと思うけど……これから、どうしたもんかね……」
……確か後遺症としては、猛烈な倦怠感やら、筋肉痛。
体力も派手に消耗してるだろうし、内臓系とかあっちこっちがダメージ受けてるから、本当はあまり動かさない方がいい。
水分もだけど塩分なんかも身体から不足してるから、それらを補給した上で、おかゆとか胃腸に負担をかけない消化の良いものを食べさせて、それなりの時間、涼しい所で休息を取らせる必要がある……。
救急車で病院に運ばれた場合も、重症だと管だらけにさせられて、ガバガバ輸液されながら、キンキンに寒くした病室で飲まず食わずで、絶対安静、二、三日くらいは強制入院になるって話だからなぁ……。
「オーナーさん、この子をこんな状態で放置していくなんて、それこそ外道だと思います! 最後までちゃんと面倒見てあげましょう!」
心配そうに山エルフさんの手を握っていたモモちゃんが応える。
なんかそれだと、まるで、僕が半死人を放っといて行くような外道なヤツみたいじゃないか……。
まぁ、ミミモモを雇い入れた経緯は、まさに外道なんだけど……ここは最後まで面倒見てあげるしか無いかな。
川っペリや海辺で熱中症になった時のベスト対応。
とりあえず、海なり、川の水に漬けちゃうのが一番早かったりします。
乱暴なんだけど、一応医学的にも理にかなった処置だそうです。
実際、医療措置と言っても、現場レベルじゃ水飲ませるとか、身体冷やすしか出来ないので、
夏場で、海や川なら、それが最善だったりします。
まぁ、注意点としては、いきなりドボンとかやると、心臓麻痺とかなりかねないので、
最初は、足だけ漬けるとか、ゆっくりやる事。
それと、海水飲ませるのは論外ですが、川の水も普通の人はお腹下すのが関の山なので、飲ませちゃ駄目です。




