第十七話「情けは人の為ならず?」①
「オーナーさん、この橋を境に僕らのテリトリーから出るから、そろそろシャキッとしてよ!」
後ろのリアカーの荷台で荷物に囲まれながらまどろんでいたら、無限軌道車の運転席からミミちゃんが声をかけてきた。
すっかり寝入ってしまっていたんだけど……相変わらず、頭がズキズキと痛む。
心なしか身体がアルコール臭い……完全に二日酔いだな……これ。
川もあるから、ちょっとここらで水浴びでもしたいところだった。
「ゴメン、今起きた所だよ……いつの間にか寝てた……イテテ」
「……なんだか、昨日は遅くまで、賑やかでしたよね。皆、楽しそうでした……いいなぁって思ってました」
「そうだよね……モモ。でも、なんで男だけの宴会で、僕ら女の子はお断りだったんだい?」
そりゃあ……まぁ。
筋トレやりながら、カパカパ飲みまくったり、野球拳だの……なんて調子で、皆、しまいにゃ揃ってパンイチで、めちゃくちゃ羽目外してたからなぁ……若い女の子には見せられないよな……あれ。
なんで、そんなになったのか?
肉体派の兄貴達と日課の筋トレが終わって、筋肉談義してたら、ラドクリフさんとキリカさん、それと謎の軍人さんが山ごもりから帰ってきて、お疲れ飲み会になったから。
と言うか、筋トレの日って、筋トレ終わると、なんだかんだ理由をつけて、飲むってのが定番になってたんだよね。
そして、その飲み会は……なんと言うか、男子校の打ち上げのノリでも想像してもらえば……とにかく、お察しください。
あのノリでミミモモや十代の若い子なんか混ぜたら、色々問題あり……という訳で、ラフィーさん達アダルトなお姉さん方が、若い子たちを女子禁制とか言って隔離するようになったのだよ。
ワル乗りしまくってる野郎共を、止めたりとかしようとせずに、混ぜたら問題ありそうな子を隔離するというラフィーさん達、大人な女子の判断。
まさに、大人の判断……その基準は良く解らないけど、正解だったと言える。
なんせ、とっても肌色多め……ちょっと若い子には刺激が強すぎると思うんだ。
もっとも、隔離した側の大人な女性陣はちゃっかり乱痴気騒ぎに、混ざって来たりするんだけどね。
なお、最近の宴会芸は、野球拳が流行り中。
野郎だらけの野球拳に、どこに盛り上がる要素があるのか解らないけど、何かが賭かってる勝負ってのは、それだけで熱い。
たとえ勝負に負けても、パンイチで飲む酒は妙に美味いし、楽しいのだ。
「まぁ……ちょっと皆、ハメ外しすぎちゃってね……はははっ……」
笑ってごまかすしか無いわなーあれは。
昨日なんて、ラフィーさんとかエルフの本性刺激されたのか、店番サボって乱入した挙げ句、いきなり脱ぎだしちゃって大変だったし……。
ランシアさんが止めに来なかったら、ありゃ全部行ってたね。
「あの……オーナーさん、いつも言ってますけど、私達はこれでも大人なんですから、子供扱いしないでくださいね。言っときますけど、お酒だって飲めますからっ!」
モモちゃんの大人扱いしろコールも、これで何度目だろう?
でも、君は駄目だ……年齢的にと言うより、絵面的にアウトなんだ!
少なくとも、怒ってますアピールでほっぺたをプクプクにしてる時点で、大人? と疑問符が付くと僕は思うんだ。
「……モモは、あまりお酒飲まない方が良いよ? 一応、妹としての忠告」
……過去に何があったのだろう?
ミミちゃんがげんなりとしながら、モモちゃんをたしなめるのだった。
……ひとまず、ここまでの経緯。
野郎だらけの半裸宴会が終わって、いつものように地面に寝っ転がりながら迎える朝。
ここまでが、ここ数日のテンプレ……我ながら、酷い。
そんな中、オルメキア方面の野営地を整備しているドワーフさん達に同行したサントスさんから、食材の配達依頼があって、そこまで誰か配達に行ってくると言う話になったのだった。
もっとも、そっち方面は無限軌道車が行った事無いルートだと言うのが、問題になった。
運転ってもボイスコマンド方式だから、基本誰でも運転できるんだけど、初めて通る道は車両自体に走行データが無いので、半ば手探りのような形となる……これが、無限軌道車の難点と言えば難点。
要するに初見では、色々とマニュアル的な操作が必要となるので、初回の走行は、ある程度ハイテクに詳しい者が同行しないと、どうしても無理があるのだ。
GPSなんて無いから、現在地確認も空撮映像と電波ビーコンが頼みになるから、何度かドローンを先行させて、空撮地図を作製したり、車両自体もたびたび「ここ通れるかどうか、見た感じじゃ解らないから、運転手さん判断して」と運転手に判断を投げてきたりする。
そうなると、実際に歩いたりして、通れるかどうか判断しないといけなくなるので、おまかせ野放し運転って訳にはいかなくなる。
それに電波ビーコン……要するに目印の設置も重要な作業だ。
太陽電池式で、完全防水だから、一度設置したらほぼメンテナンスフリーなんだけど、変な場所に置くと盗まれたり、壊されたりするので、木の上に設置したり、日当たりなんかも考慮しないといけない。
その辺も、一応僕が立ち会うことになってるので、割と大事な仕事だった。
車両自体は、同じ道を何度も走れば、勝手に色々学習するので、そのうちほっといても勝手に行って帰ってくるようになるのだけど、慣れないうちは色々世話が焼ける……道の開拓みたいなもんだけど、こればっかりは人任せに出来ない作業だった。
ビーコンを設置して、ある程度車両が道を学習してくれれば、ミミモモやキリカさん、ククリカちゃんですら問題ないので、完全にお任せにするんだけどね。
ちなみに、ミャウ族の子達は、身体が小さいだけに、力も弱くて、体力だって獣人の中では底辺クラス……長距離を歩いたり、大きな荷物を運ぶ……なんてのは、どうしても向いてない。
無限軌道車を使えば、その辺カバーできる上に、何よりこの森の地理に詳しいので、ミミモモの二人は、自分達の仕事と認識してるらしく、割と率先してこの無限軌道車のお守りを引き受けてくれる。
実際、今日の運転担当はミミモモの二人。
いつもどおり、一人乗りなのに二人で腰掛けても余裕な感じで、二人並んで楽しそうに運転している。
僕は、二日酔いでアルコールが抜けきってないので、もはやただの付き添いって感じだ。
と言うか、リアカーに乗ってると、延々シェイクされるので、すでに何度かリバースしている。
もはや、お荷物以外の何物でもなかった。
これだけ見ると、とっても平和な感じなんだけど……。
ミミモモが言うように、そろそろミャウ族の縄張りからも出てしまった。
なにより、この辺りからは隣国オルメキアの保護領に入る。
オルメキア王国は、対帝国戦争で国家まるごと絶賛籠城戦……みたいな調子なので、ここから先は治安についてもお察しの状況。
まぁ、この先の野営地には工事担当の筋肉ドワーフ軍団や、ラドクリフさんの出してくれた警備隊がすでに常駐してるから、ルート上や野営地付近のモンスターやら野盗なんかは、すでに掃討済みらしい……。
とは言え、この先は、何が起こるか解らないので、常に用心が必要と事前に言われてはいた。
考えてみれば、例のアージュって奴もすでにこの森に入り込んでいるという話だし……。
この時期、僕の単独行動ってのは、ちょっと軽はずみだったかも……そう思わないでもないんだけど……。
もっとも、ここはロメオ王国の勢力圏の外でもあるし、僕らも移動をし続けてるのだ。
アージュとばったり出くわす可能性なんて、それこそ天文学的な確率だろう。
何より、ミミモモも僕も感知能力は高いから、不意打ちや待ち伏せを食らう心配はまずない。
それくらいには、猫獣人の感知能力は優秀だし、ミミモモも二人揃ってるなら、それなりに戦える……。
無限軌道車もリアカーを切り離して、緊急モードに切り替えれば、不整地でも50kmくらい出せるから、イザって時はなんとでもなるだろう。
僕は……残念ながら、武器すら持たせてもらえなかった。
護身用に、剣くらい持たせて欲しいと頼んだんだけど、基礎訓練の段階にすら入ってない素人が刃物を持ってもかえって危ないから、駄目だと皆から言われてしまった。
例の銃火器の教官さん……「オッドボール少佐」なんて言ってたけど、その人から「拳銃でも持つか?」なんて言われたけど、加減の効かない銃持つくらいなら、自前の水鉄砲の方がまだマシな気がするんで、断った。
と言うか、コルト・ガバメントってのを試し打ちして、ひっくり返るような有様だったし、的に当てるなんて全然無理。
オッドボール教官からも、君は銃の基礎の基礎からやらないと駄目だと言われてしまう始末。
……両手拳銃でガン=カタとか、僕には夢もまた夢。
一応、倉庫で埃かぶってたシャッター棒を持ってきたから、イザとなったらこれでも振り回して、水魔法主体で戦う……とか考えてるんだけど、僕の戦闘力って実際、どんなもんなんだろう?
魔法に関しては、すでにモモちゃんよりも上ではあるんだけど、切った張ったの白兵戦に関しては……筋肉や体力は付いてきたけど、戦い方は全然教わってないから、ただの素人という事には変わりがない。
つまり、論外。
……間違っても、自分から率先して戦おうなんて思うなと、ラドクリフさんからは念を押されている。
戦う以上は敵も味方も命懸け……この世界じゃ、それが当たり前。
僕みたいな命を懸けたり、命を奪う覚悟も無いような奴は、隅っこで震えてるか、逃げ回るくらいしか出来る事なんてない。
残念ながら、これが僕の実情だった。
けど、ラドクリフさんも言ってたけど、いつかその時はやって来る。
せめて、心意気だけでも……そう思っておく。
実際どうなるかは、その時になってみないと解らないんだけどね……。




