第二話「テンチョーと異世界はじまった!」②
「にゃははーっ! ご主人様、もう大丈夫みたいだにゃっ! よかったにゃーっ!」
そう言って、女の子が抱きついてくる。
……眼の前に、頭の上の三角形が来るのだけど。
暗がりの中でもはっきり見えるそれは、どう見ても猫耳だった。
しかも、ピコピコと動いてる。
「……ね、猫耳? 君は一体……それに、黒猫……テンチョーはどこっ?!」
いくらすばしっこいって言っても、あんな状況でテンチョーが無事に済むとは思えなかった。
こんな時に、猫のことなんて……って思われるかもしれないけど。
長年飼ってる動物なんて、もう家族と変わりない……かけがえの無い大事な家族なんだよ!
「はいにゃーっ! ご主人様、私は無事ですよーっ! テンチョーはここに居ますにゃっ!」
そう言って、猫耳少女が元気よく返事をしながら、シュタッと片手を挙げる。
……何いってんの? この娘。
「いや、テンチョーって猫のことだよ? そもそも、君は……一体何なの? いつからここに?」
「だからぁ! 私がテンチョーなんだって! ご主人様に拾われてから、今までずーっと一緒に過ごしてきたにゃー! 御主人様も私を家族って言ってたけど、テンチョーも御主人様は大切な家族なんだって、思ってたのにゃっ!」
ん? ん? テンチョーが私って、私がテンチョーと言うことは?
私って誰?
……ちょっと理解が追いつかない。
つまり、この猫耳娘がテンチョー?
まさか、テンチョーが……ケモミミ少女に?!
ちょっとまって、何がどうなってんの?
「……実は、君……人間だった? それとも妖怪かなんかだったの?」
いやいやいや。
やっぱり、思考が追いついてきてない……。
どうしろと言うんだ……これ。
「違うにゃっ! テンチョーは……確かに、普通のニャンコだったんだにゃ!」
……どのへんが普通なのか、問い詰めたいところだけど、余計なことは言わないでおこう。
「さっき、地面がグラグラってなったと思ったら、なんか真っ白なとこに居たんだにゃ! でもって、変な白いのが抽選に当たったから異世界がどうのこうのって言い出して……。でねっ! でねっ! 今一番、何がしたいんだって言われたから、人間になってご主人様の手助けをして、ずっと一緒にイチャラブしたいーって言ったのにゃっ!」
……なに、その異世界転移テンプレみたいなの。
と言うか、普通そう言うのって、僕じゃあないの?
……命の危機にさらされて、異世界神とかに会って、チート能力貰って異世界へ……とかさ。
それがテンプレ、お約束って奴じゃん。
そんな事を思いながら、周囲を見渡しつつ、頭の上に手を置くと、なにか妙なものに手が触れる。
サラサラとした感触、形は三角形。
なんかこそばゆいような感覚が頭の上の方からすると共に、カサカサという音がやたら近くに感じる。
今気づいたのだけど、尻のあたりにも違和感があった。
足になんかまとわりついてるような……。
ズボンに手を突っ込むと、尻のあたりになんかモサモサとした長いのがある。
引っ張り出すと、でかい猫尻尾っぽいのが……思わず、モニっと握ると、手を握られたような感覚が尻の方から伝わってきた。
改めて、目の前の自称テンチョーを眺めてみる。
店内は、未だ真っ暗……明かりなんて何一つ無いのに、やたら鮮明にその姿が解る。
服装はやっぱりうちの制服……というか、赤エプロンと黒い襟付きシャツって、なにげに僕とお揃いだ。
猫耳と……そして、スカートの中から伸びてる黒い尻尾がゆらーりゆらーりと揺れていた。
目もよく見ると、猫と同じ縦長の虹彩になってて、まさに、猫耳少女そのものっ!
本物のネコ娘って奴じゃん!
そして、この様子だと、僕もおそろいっ!
けど、僕もって、なんで? アラサーおっさんな僕がケモミミとか、いったい誰得なの?
いやいやいや……まずは落ち着こう。
ぐるりと店内を見渡すと、3列あった陳列棚は全部横倒し状態……。
うち二列は無理矢理立たせたように根本からひん曲がった状態で、お互い支え合ってるような感じになってて、窓際の一列は外側の窓ガラスに半ば突き刺さったようになってる。
一応、床にボルト止めされてたんだけど……この様子だとボルトが持たなかったみたいだ……完全に床から引っこ抜けてる。
大方、ケチって中国製のネジとボルトでも使ってたか……もしくは床の建材の方が持たなかった……そんなところだな。
もう、そこら中に商品が撒き散らされていて、まるで店内でなにか爆発でもしたか、この建物自体を逆さにひっくり返して、シェイクでもしたかのような無残な有様だった。
こんなんで、僕も良く助かったもんだな……。
ドリンクコーナーのペットボトルや缶も盛大にぶちまけられていて、文字通り足の踏み場もない。
勢いよく閉じたり閉まったりしたせいか、ガラス扉も何枚か割れているようだった。
うわぁ……こりゃ被害甚大だ。
リカーコーナーの酒類は、ほぼ全滅したらしく、近くには割れた瓶がいくつも転がっていて、かすかにアルコール臭が漂ってきている。
あの辺、地味にこの店一番の高額商品だったんだけど……ちょっと痛いな。
でもまぁ、ウィスキーやワイン程度じゃ引火もしないし、ホットスナックコーナーも撤収済みだったから、火事の心配は要らない……後始末は急がなくてもいいだろう。
ガスはプロパンだけど、地震の時は自動的に元栓が閉まるし、ガスの匂いもしないから、そっちも問題はなさそうだった。
もう一度、自称テンチョーのネコ娘を見つめる。
にぱーと笑顔を返される……可愛いな、おいっ!
どうも目が慣れてきたらしく、暗闇でも表情が解る……いや、これは外の明かりかな? 妙に明るい様子から、街灯が復旧したのかもしれない。
よく見ると、壁にヒビが入ってたり、天井に大穴が空いてたり、建物自体もかなりのダメージがあるようだった……ちょっと、店の中にいるのは危ないかも知れない。
「とにかく、一度外に出ようか……。中はご覧の通り、足の踏み場もないからね。電気がちゃんと復旧するか、夜が明けないと歩くのも危ないし、アレだけの地震……建物だって、いつまで持つかわからない……」
そう言って、猫耳少女の手を取るとコンビニの外に出る。
うん、歩いてもなんの支障ない……さっきの怪我は、始めから無かったんじゃないかって気がしてくる。
自称テンチョーも大人しく僕の手を握りながら、上機嫌な様子で付いて来る。
……なんだか、物凄く嬉しそうだし、物凄く無警戒だ。
まぁ、悪い気はしないよな。
――店の外に出るなり、眩しいほどの月明かり。
……あれ? 今日は新月じゃなかったっけ? そう思いながら見上げると、月がやたらデカい上に妙に青白い事に気づく。
軽く倍くらいの大きさがあって、模様もぜんぜん違う……餅つき兎じゃなくて、六芒星みたいな影が見える……なにあれ?
おまけにその裏側から、二回りほど小さい赤く黒っぽい月がゆっくりと顔を覗かせようとしていた。
……月のグランドスラム? いやいやいや、無いから……そんなの!
何より、周囲の風景も見慣れた二車線道路や田園風景ではなく、鬱蒼としたジャングルみたいな感じの背の低い植物に囲まれているし、コンビニの屋根の上に何故か、雑草や木まで生えている。
何と言うか、このコンビニが地面から生えてきたようにも見える。
そして、晩冬だったはずなのに……ムワッとした夏の熱帯夜のような熱気。
イレブンマートのロゴ、白抜きの数字の11が書かれた赤いスタンド看板もしっかりあるんだけど。
植物の山に突き刺さった感じになってて、ちょっと傾いてる。
足元は一応アスファルトなんだけど、1mくらいからぶっつりと途切れてて、そこから先は草と砂利、乾いた感じの土……。
でも、振り返ると、見慣れた僕の自宅兼コンビニがドーンと建っている。
さっきのテンチョーの話を思い返す……ここまで来たら、もう結論は一つだった。
「ま、まさか……ここは異世界……なのかッ!」
漫画やアニメで最近、よくあるパターン。
異世界に転移して、チート能力みたいなのを身に付けて、女の子とイチャラブしたり、魔王とかと戦って、異世界で成り上がって、オレツエーとかやっていくヤツだ。
月明かりの中で改めて、力なく垂れたままの自前の尻尾を見る。
やっぱり、これ尻尾だな……。
目一杯引っ張ると、お尻の上らへん、尾てい骨の辺りを引っ張られるような感触。
尻尾をぎゅっと握ると、なんともくすぐったいような感覚がぞわぞわと背筋に伝わってくる。
足の指先でも動かすような感じにすると、先っぽがピクピクと動く。
そのまま、ぐいーと気合を入れると、プルプルしながら、ひとりでに持ち上がっていく。
これがしっぽを動かす感覚っ!
……まっとうな人間は、生涯経験する事もない感覚だ。
「にゃはっ! お揃いだにゃっ!」
そう言って、テンチョーが隣にピトッと寄り添うと、自分の尻尾を僕の尻尾に絡ませる。
これってなんなの? 手をつなぐようなもんなのかな。
でも、尻尾同士で伝わってくるほのかな体温。
これは間違いなく僕の体の一部だった。
……けど、まさか……僕が授かったのは、この猫耳と猫尻尾だけ?
超パワーとか、すごい魔法とかそう言うのは?
少なくとも超パワーとかあれば、さっきの棚くらい一人でどけられたはずなんだけど……。
一人じゃびくともしなかったから、そんなもんは無いっぽい。
ま、魔法とかって、どうなんだろ?
さっきは、さらっとテンチョーは怪我を治す魔法みたいなのを使ってたけど……。
「……なぁ、さっきの魔法みたいなのって何? 実は前から使えたとか?」
「うにゃっ! ご主人様を助けなきゃって思ったら、呪文みたいなのが頭に浮かんだんだにゃっ!」
なんだそりゃ……。
まさか、必要に応じて、魔法が自由に使えるとか?
酷いチートだな……。
……間違いない、さっきの馬鹿力と言い、チート持ちの主人公枠は間違いなくこの娘……テンチョーだ!
僕は、たまたま一緒に居て、巻き込まれたヒロインとかそんな役どころだ。
そもそも、そんな神様っぽいのとか僕、会ってないし!
「うぉおおっ! そ、そんなんありかーっ!」
思わず、月に向かって吠える。
……キョトンとした顔で、そんな僕をテンチョーは不思議そうに眺めるのだった。