第十六話「特訓の日々」④
ランシアさんも同じように思ったようで、少し緊張した面持ちだった。
僕も何も言わず、黙ってパーラムさんの様子を見守る。
「……すみません。お話の途中で……大変失礼しました」
話が終わったパーラムさんが汗を拭きながら、少し疲れた様子で謝罪してくる。
「その様子だと、何か良くない知らせがあるみたいだね……僕らに話せる内容なら、教えてくれないかな?」
「はい……実は、ラキソムで親衛隊の動向を探っていた諜報員に、ここ数日のアージュの動向を確認していたのですが、アージュがウルスラ達と合流したのは、確実のようなのですが。現時点では、その所在が確認出来なくなっているとの事です……。どうやら、単独で森に入った可能性が高いようですね。先行偵察、或いは独断専行ではないかと……正直、アージュは行動が読めないところがあるので、これ以上は何ともと言ったところです」
「なるほど……グリフォン便をチャーターしたとか、乗合馬車を使ったとか、そう言う訳じゃあないのかい?」
まぁ、そんな誰でも使える公共交通機関を使って攻め込んで来るとか、余程の間抜けだとは思うんだけど……グリフォン便とか使われたら、今すぐにでも襲来する可能性が出てくる。
「その形跡はなかったようですね……。門番の目撃情報もないようですし、人知れず徒歩で街道を使わずに森に入った可能性が高いようです。なにせ、アージュは1000年前から生きていると言われる古エルフ……。過去の英雄譚にも名前が出てくるような、生ける伝説のようなものですから。誰も知らない古道などを把握している可能性もあります」
改めて聞くと、凄い奴だなぁ……。
1000年前なんて言ったら、日本で言うと平安時代。
「枕草子」とか「源氏物語」の時代……もう、昔過ぎて訳が解らないよ。
「そうなると、アージュは確実にこっちに迫りつつあると言うことだね……。そして、いつ、ここにやってくるか解らないと……。他の連中の動向はどうなんだい? 商人ギルドでも色々足止め工作してるんだよね?」
「ウルスラとコルトバは、未だにラキソムで足止めを食らってますね。彼らには、様々な不幸な事故やトラブルが襲いかかっており、準備が整っていないのですよ。けれど、アージュが単独で動いた以上、連中もおそらく一両日中には出発すると思われますね」
「むしろ、ようやっとお出ましって感じかな。と言うか、あれから10日位経つけど、まだ出発してなかったって、そっちのが驚きですよ。アージュってのもどっちかと言うと、しびれを切らせて単独で動いたって感じなんでしょうね」
「そうですねぇ……帝国軍の越境や反乱勃発と言った誤報、連中が買い付けた大量の食料物資が雨ざらしになって全滅したり、出撃にあたっての書類手続きが滞ったりだの……色々重なったようですね。我々は大したことはしていないですよ」
ヌケヌケとまぁ……ホント、発想からしてタチが悪い。
そんな帝国軍来襲とか反乱なんて、ホントだったら洒落にならんだろう。
きっとその食料物資も本来覆いとかでカバーしてたのを覆いだけ盗まれたとか、業者がわざと付けなかった……とかなんだろうし、事務処理係にドジっ子を配属させて、そいつが書類を紛失したとか処理し忘れたとか、そんなんじゃないのかな……。
ホント、汚いなさすが商人きたない。
でも、僕も同じ穴のムジナだ……なにせ、どんなやり口でやったのかとか、手に取るように解ってしまった。
つまり、発想のベクトルがパーラムさん達と同じって訳だ……我ながら世話ないな。
ちなみに、準備期間を頂いたことで、僕もキリカさんとランシアさん、時々ラドクリフさんやテンチョーにまで、連日シゴかれて、気持ちくらいは強くなった。
なんと、この短期間で腹筋が割れた!
さらに腕とか足もモリモリになった……今までムキムキマッチョとか気持ち悪いって思ってたけど、自分がそうなると逆に惚れ惚れする。
最近は、風呂上がりに鏡の前でポージングを決めるのが楽しくてしょうがない。
キリカさんやテンチョーもすっごいーって、上腕二頭筋をサワサワしてくれたりするし、心なしか皆の僕を見る目が変わってきたような気がする。
やっぱ男は筋肉ですよ! さらば贅肉! 尻尾の筋肉も鍛えてるから、そのうち第三の腕として使ったり出来るようになるかも?
そして、りんごを素手で握りつぶして「貴様もこうなりたいか?」と雑魚を震え上がらせたりとかしてみたい。
そして、魔法も水魔法の上位互換……氷雪系を使いこなせるまで成長していた。
これには、さすがにランシアさんにも驚かれた。
なにげに、水の温度調整が出来るようになってたんだけど、実はそれが結構な高等テクニックだったと言う。
使いみちは……かき氷がいつでも食えるようになったのと、外で自家製クーラーで涼めるようになったことだ。
ちなみに尻尾の周りを氷で覆って、スポッと引き抜いて作ったツララで、1mほどの槍を作って氷槍つって、振り回したけどラドクリフさんの鍛え抜かれた大胸筋の前にはマッチ棒の如くだった。
氷ってのはなぁ……脆いんだ……完全犯罪で氷で作ったナイフで刺して、証拠は自然消滅とか言ってるけど、こんなもんで人は刺せない。
生成する際、尻尾の周りに氷を纏わせるせいで、どうやっても、中空になってしまうので、強度は全然駄目……もうちょっと改良が必要。
拳大の氷の塊を作り出して、念動力で飛ばす氷礫ってのも開発したんだけど。
これも飛ばすっても、ヨレヨレヘロヘロと動かすのがやっとで、その辺の石ころ拾って手で投げたほうが早い。
……まぁ、覚えたてだからそんなもんだよ。
地味に、念動力ってのも強力そうなんだけど、周囲1mくらいしか及ばないし、思いっきり力不足なので、手を伸ばした方が早いとか微妙過ぎる代物。
そもそも、周囲に氷雪系魔法の使い手が居ないから、どんな風に応用して良いのかが、全然解らない。
氷系の攻撃魔法っても、一瞬で氷の柱を作り出して、射出するとか無理だしねぇ。
同時に、オーガとの戦いの舞台やキリカさん達の武器なども用意して、着々と準備が整えられていた。
オーガ達と僕らの戦いを見世物にする……このアイデアに、商人ギルドは全力で乗っていく事にしたらしく、コンビニから少し離れた場所に、この10日程で1km四方ほどの戦闘フィールドが作られていた。
観客についても、テレビカメラ中継みたいな映像転送魔道具ってのがあって、それと日本製のプロジェクターとテレビカメラを組み合わせることで、大画面、実況生中継することで、王都とラキソムに観戦会場みたいなのを用意して、入場料を払わせて、大勢に観戦させる……なんて話になってしまった。
その辺は、日本の技術や物を異世界へ送り込み、日本の存在感を誇示し、影響力を確保したくてしょうがない鹿島さん達と、娯楽産業と言う新しい商売を開拓したくてしょうがない商人ギルドとの利害が一致した事で、双方全面協力の上でいっきに話が進んだらしい。
当然ながら、相手側の親衛隊の都合とか思惑はもはやガン無視。
スケジュールに関しても、こっちの都合で親衛隊の出撃を妨害してて、相手は状況を全くコントロール出来てない。
なにせ、商人ギルドが全力でこの対決をイベント化しようと画策しているのだから、始末が悪い。
とにかく、オーガは軍事行動を起こすにも大量の食料が必要なのだけど、その物資集めにすら難儀している……なんか可哀想になってきた。
例のクロイエ様へは、色々吹き込んでそのうち面白いものが見れますよーって言って、ラキソム会場の特別観覧席……VIP席へご招待済みらしい。
内容については、驚きサプライズ企画なんで当日までは秘密とか言いくるめたとかなんとか。
……これは酷いマッチポンプ。
当人が真相を知ってどう言う顔をするかは解らないが……その辺は、商人ギルドの大ボスのヨーム様にお任せだ。
ヨーム様は、遠話越しに何度かやり取りした程度で、実際に顔を合わせたことは無いのだけど……超やり手の企業家みたいな感じで、とっても頼もしい人だと言う印象だ。
なお、僕は鹿島さんとパーラムさんが、ノリノリで話を進めているのを黙って見守り、鹿島さん達が手配したエンターティメント系のイベント会社からの提案を、パーラムさんへ取り次いだり、日本製のハイテク機器なんかの取り扱いを皆に説明したりするのが主な役割だった。
つまり、右から左へスルーパスする係だなぁ……。
ちなみに、戦闘フィールドも森の木々を利用したサバゲーフィールドのようなもので、その各所にギルドお抱えの隠密魔道具使いが待機していて、戦いの模様を追いかける手はずなんだとか。
もう、戦争と言うより完全に見世物である……。
かくして、こちらの準備も着々と進んでいる。
ラドクリフさんとキリカさんは、対オーガー戦の準備のために、日本から送ってもらった銃火器なんかの訓練に入っているらしく、キリカさんもここ数日は森に籠もって、ラドクリフさんと熱いバトルやら特訓に励んでいるようだった。
もう、どっちも三日くらい姿を見ないんだけど、たまに遠くから銃声が聞こえてくるから、派手にやってるらしい。
銃の取り扱いなんて、僕も知らないのだけど……「少佐」を名乗る謎の外国人の兵隊っぽい人が異世界トラックに便乗してやってきて、ラドクリフさん達に「貴様らを一流の戦闘マシーンに仕立て上げてやる! 返事はイエスかイエッサーのどちらかだ!」……なんてノリで、ジャングルの中へと消えて行ってしまった。
僕のトレーニングについては、肉体派冒険者の人達やサントスさんが付き合ってくれるようになったし、僕自身この身体を鍛えることの楽しみに目覚めてしまったので、基礎体力を付けるのが第一ってことで、筋トレと走り込みの毎日だった。
「まぁ、とにかく……敵の動向はそんな感じです。そろそろ、動きがあると思いますので、警戒は怠らないほうが良いと思いますよ」
パーラムさんからのありがたき忠告。
「そうだね……ミャウ族の皆に、警戒網を厚くするように指示を出しとくよ。けど、出来ればそのアージュって子とは、事を荒立てないで仲良くしたいもんだ。むしろ、道とか迷ってなきゃ良いんだけどねぇ……」
「ははっ……敵を心配するとはさすが、タカクラオーナーですね。でも、対応としてはその程度で問題ないと思いますし、あなたはそのお人好しを貫き通すべきだと、私も思います」
褒めてるんだからけなしてるんだか、よく分からない言葉で、パーラムさんが話を締めくくった。
こんな感じで、その時は流してしまったのだけど。
僕は後々、この時もっとちゃんと話を聞いて、それなりの対策とか考えておくべきだったと後悔することになるんだ。




