第十五話「タカクラオーナー強化月間」④
テンチョーは……爆睡中。
パーラムさん……もういないっ!
……早速、ヨーム様にご報告ですか? 気が早いんだから、もうっ! このイケメンっ!
(ランシアさーん! 助けてぇえええっ!)
この場の最後の味方……ランシアさんに、割と必死な感じで視線を送る。
目が合ったランシアさんも、任せろと言わんばかりに真面目な顔で大きく頷いてくれる。
や、やったぁっ! ランシアさん、大好きですっ!
「キリカ、話はまだ終わってませんよ。オーナーさんも、おトイレくらい我慢できますよね?」
すっと立ち上がると厳しい表情でピシャリ……。
これは……言うことを聞かざるをえない空気だ。
「そ、そうだねっ! さぁ、キリカさん……座ろうか! 僕なら、もう平気だからさ!」
それだけ言って、問答無用でランシアさんの向かいに座る。
「ごめんね。ランシアさん……話を続けてもらっていいかな?」
「ありがとうございます。では、話の続きですが……私が思うに、脳筋オーガ二人ってのは案外、囮役……じゃないんでしょうか? 敢えて目立つ騒ぎを起こさせて、伏兵が本来の目的を果たす……その可能性を考えなくてはいけないのではないでしょうか?」
変な空気に怯まず、話を本題に引き戻してくれたランシアさん、輝いてるっ!
さすが、最年長……貫禄が違うっ!
「そんなもん、どうでもええやろ……オーナーはんもそろそろ、ウチラの関係、真面目に考えてくれんといかんで?」
フラグをへし折られたキリカさんがブーたれながら、話を引き戻そうとする。
だが、断るッ!!
「そうだね……ランシアさん、確かに、その可能性があるね。敵の最優先目標がなんなのかを知る……それは、とても重要な事だと思う」
ランシアさんの援護射撃に僕も最大限乗っていく。
やらせはせん! やらせはせんぞーっ! と言うか、キリカさんの話……本題からズレてるよね?
であるからして、ガン無視る! これは正義たる行いなのだ。
「ちょ、オーナーはん! 話、聞いてぇな……ホンマ、いつも肝心なとこですげなくするんやからぁ……お預け食らう方の身にもなってくれんと……うちも、色々大変なんやで? せやからっ! ……これ終わったら、一緒にオーナーはんの寝室でな? ……うち、もう辛抱たまらへんのよ」
……言いながら、前かがみの姿勢で腰をクネクネとさせるキリカさん。
んっんー? 何がどんな風に大変なのかなー? 僕解りませーん!
そんなキリカさんを見て、ランシアさんがイラッとしたような感じで舌打ちをする。
「オーナーさん、今夜は私と魔術の特訓でしたよね? 戦いになるのだから、オーナーも少しでも戦力になるようにしないといけません。これまではヌルくやってましたけど、実戦を想定って事で今日からはビシバシ行きますよ!」
「ぼ、僕も戦うの? 思い切り戦力外って気もするんだけど……」
なんか、おかしな方向に話が向かってるんだけど、その剣幕に圧倒される……ランシアさん、怒ると意外と怖いのかも。
「何を言ってるんですか……。狙われてるのは、他ならぬオーナーさんの身柄なんですよ? この分だと、オーガ達はなんとでもなりそうですけど、その伏兵がオーナーを拘束して、連れ去る可能性……。それを考慮すると、不意を打たれても、一人で時間稼ぎくらい出来る……その程度には備えてもらわないと、皆が困るんです! 守られる側にも相応の武力がある前提なら、守る側も格段に仕事がしやすくなります。オーナーは強くあるべきです!」
「ランシア、お前、何言っとるんや? ……オーナーはんは、これからうちと熱ーい夜を過ごすんやでぇ……。魔法の特訓なんて明日にせい……明日に! どうせ、特訓っても、酒飲んでだべりながら、実演とかやってみせとるだけなんやろ?」
……キリカさん、なんで、ワクワク顔で僕の今夜の予定を決定事項みたいに話すのか?
僕はそんな事一言も言ってない。
でも、ランシアさんの魔法の授業は……実際、そんな調子だからなぁ……。
もっとも、確実に上達してるし、割とキモを抑えた教え方をしてくれるいい先生なんだ……文句なんてこれっぽっちも無かった。
いつも魔力が枯渇するまで魔法を使わされて、ぶっ倒れるってのが定番なんだけど、その後は決まって膝枕&ナデナデとかしてくれるし……厳しい中に優しさが光る……これはバブみを感じても、しょうがないって!
「知りませんよ……。この様子だと、オーナーの気持ちとか考えずに、キリカが勝手に盛り上がってるだけじゃないですか? まぁ、私にとっては、オーナーさんは可愛い教え子ってところですけどね。いつも特訓が終わると、私の膝枕で気持ちよさそうに、頬ずりして甘えてくるんですよね……それがまた可愛くって……」
……ランシアさんのキラーパス炸裂! 確かに寝たフリして頬ずりとかしました!
でも、そんなカミングアウト、今しないでくださーいっ!
「な、なんやそれ……ランシア、お前いつの間にオーナーはんとそんな仲に……! な、なら! うちがオーナーはんにウォルフ族流格闘術を叩き込んで、鍛えたるわ! オーナーはんは、うちが一流の戦士として育てたるっ!」
「いいえ……オーナーさんは、あなた方と違って、魔術の素養がある知的な種族の方ですから。私が一流の魔術師に育て上げます! それとオーナーさんは私のような慎ましい身体の方が好みだそうですよ? なにせ、いつも私の身体を舐め回すようにガン見してますからね!」
ぐっはぁ……攻めてくるなぁ……ランシアさん!
刺さってる! 今の言葉、僕に深々と刺さったよ!
……昼間はそうでもないんだけど、夜の闇の中だと猫の目は、赤外線だかなんだかが見えてるらしく、ランシアさんの薄手の白っぽいチェニックはスケスケになってしまうのだ。
だから、ついつい胸や下の方へ目線が行ってしまう訳なんだけど、本人も解ってて別に気にしてないようだったのに……見られてるってちゃんと解ってたのね……。
でも、ここで、それをぶち撒けるのは、主に僕のダメージが甚大っ!
「そ、そんな事あらへんで! オーナーはんの目線は、いつもうちの胸の谷間に釘付けなんやで? お前みたいな絶壁胸の子供みたいな身体……オーナーはんみたいな獣人にとっては、木の枝みたいなもんや……自意識過剰もええ加減にせぇよ?」
キリカさんもやめて、僕のHPはもうゼロよっ!
はい、いつもまっさきにその谷間に目が行ってたのは事実ですが……嘘だと言ってよ! キリカさん!
「……こんな月も登りきってないうちから発情してる獣人に言われたくないですね。そんな下品なモノぶら下げてると、本来頭に行くべき栄養が、そっちに取られたりするんじゃないですか? まぁ、脳筋種族だから、それでも問題ないと思いますけどね。それに私はお金を頂いて、オーナーさんの魔法の師匠として正式な契約の元、雇われてます。頂いたお金の分はきっちりやりますから、今夜はいつもみたいに棒切れでも相手にしてればいいんじゃないですか」
んっんーっ! 棒切れ相手に何するのー? 僕、解んないやー!
今すぐ、この場から逃げ出したい僕は、臆病者と笑われますかね?
「言いおったな! 言うに事欠いて、サカリのついたケダモノとは言ってくれるなぁ! うちだって……オーナーはんとは奴隷契約を結んだんやで! オーナーはんは、うちの身も心も服従させたいって熱く語ってくれたんや……これは、紛れもなく愛って奴やろ?」
うん……今の今まで、忘れてたけど、確かにそんな事を口走りました。
もはや、売り言葉に買い言葉……二人共、もはや、仲裁できるような雰囲気ではなくなって来てる。
どうしよう……これ。
「あらそう……なら、奴隷らしくご主人様の意思を尊重しないといけないのではなくて? オーナーさん、どう見て嫌がってますよ。さっきも、私に助けを求めてました……そんな事も解らないようでは、ケダモノ扱いされてもしょうがないんじゃないですかね……」
「ぐぬぬっ! ……うちらをケモノと一緒にするんやないって、あれほど言っとるやろっ! んにゃろー、もう怒ったで! お前なんか、こうしたるわっ!」
いよいよ堪忍袋の緒が切れたらしいキリカさん……ランシアさんに飛びかかると、そのほっぺたをつまんで、両側から引っ張る。
「ふぁにふるにょおっ! ふぉふぁえひひょっ!」
何言ってんだか、全然解んないけど、ランシアさんだって、負けてなかった!
同じ様に、キリカさんのほっぺたをつまんでギューと引っ張る。
……お互い、色々配慮してるのか、グーパンの応酬とかせずに、なんだかモガモガ言いながら、可愛い争いを始める。
どっちも女子有るまじき酷い変顔になってるけど、そこはツッコまない方がいいだろう。
ううっ、止めるべきなんだろうけど……。
僕はなんと言って、この二人の争いを止めるべきなんだろう?
僕の為に争うのはやめてよー! とでも言いながら、二人の間に割り込むべきなのだろうか?
教えて、ください……この二人に……相争うことの虚しさを……教えるすべをどうかっ!




