第十五話「タカクラオーナー強化月間」②
「そうだな……結局、帝国軍もオーガを見たら一目散に逃げろって話になってな。オーガってのは戦い続けて、相手を捕食し続けてる分には強いんだが、食う物がなくなるとすぐ弱っちまうんだ。それでも並の人間よりは遥かに強いんだが……姿も人に近くなるし、戦闘形態の鬼の姿よりも遥かに脆弱になる……オーナーの言うところだと節約モードってところだ。そうなれば、勝てない相手じゃなくなる……実際、どうなったかは……お察しの通りだ」
なるほど、腹が減ると節約モードになって弱体化する……。
帝国戦では、そこを付かれたと……相手が逃げちゃ結果的に何も食べられない、獲物に逃げられまくって腹を空かして弱った所をやられたと。
まぁ、きっかけ自体は偶然かもしれないけど……上手く弱点を突けた形になって、それが全軍に伝播……要するに対応されたって訳か。
でも、そうなると食べなきゃ戦えないってのは、オーガにとっては致命的な弱点ってことでもある。
なるほど、ランシアさんの言うように、森中逃げ回って、森の住人総掛かりってのはオーガ対策としては、悪くない方針だ。
なにより、これは殺し殺されての戦争じゃない。
相手の目的は、僕を親分の前に引っ立てて、忠誠を誓わせるとか、そんなだろう。
そう考えると、さすがに僕や僕の仲間達を食うなんて、無茶はしないだろう。
となると……どうするつもりなんだろう?
まさか、弁当持参で、時々ちょっとタンマって言って、ご飯タイムとか挟むつもりなのか?
はたまた、ずっとなんかモグモグしながら、戦うのかな……。
人の手足とか貪り食いながら……なんてのだと、怖すぎるけど。
おにぎりとか片手にモグモグやりながら、暴れる……。
なんか、急にお茶目な敵に思えてきたな。
とにかく、オーガは継戦能力に難がある……。
そうなると、むしろ個人レベルでの一騎打ちとかで、長期戦に持ち込めば勝てる可能性が高いと考えていいのか。
「なるほど……要するに、相手を殺せないとなると、レッドオーガってのはそんなに長くは戦えないって事だね。パーラムさん、確か向こうはこっちを殺そうとまでは思ってないんだよね?」
「ええ、それについては上から固く禁じられたそうです。食べるなんて論外でしょうから、帝国相手の戦場のように、三日三晩戦い続けるなんて真似は出来ないでしょうね」
パーラムさんの言葉を聞いたキリカさんも、それまで難しい顔をしてたんだけど、パァッとその表情を明るくする。
「そうなると、腹が減ったら、戦えなくなるっちゅーことか! ……なんや、そう言う事なら、勝ち目がないとは言い切れんね。ラドクリフ……粘り勝ち狙いなら、うちらにも勝機はありそうやな。むしろ、ここは総掛かりで数の暴力に訴えかけるよりも、一騎打ちを挑むってのはどうや? その方が正々堂々と戦って勝つっちゅーことで、胸張れるやろ?」
「そうだな。俺達も獣化すれば、オーガ相手にも遅れは取らん。奴らと違って、俺達の取り柄は腹が減ろうがお構いなしって事だからな。と言っても、まともに戦えば、俺とキリカ二人がかりで互角ってとこだろうがな……一騎打ちに拘るよりも、むしろ二対二の勝負を挑んで、二人がかりで一人と戦える状況に持ち込むと言うのが、現実的だろう」
「あれ? ラドクリフさん、てっきりキリカさんを戦わせるのは反対だと思ったのに……」
「うちらウォルフ族は、女も戦うのが当然なんやで! うちも帝国の獣人狩り部隊やゴブリン、盗賊団なんかと一人で十人位相手にやりあって、余裕で勝っとるよ! いつぞやかは、ミミなんぞに蹴り飛ばされてもうたけど、うちの本気はあんなもんちゃうで!」
そういや、能力値なんかでみても、キリカさん相当強いみたいだからなぁ……。
働き者で頭も良くて、しっかりしてて、その上、強くてちょっとエッチ……最強かよっ!
「そうだな……この前、キリカと久しぶりに手合わせしたんだが……。何があったのか知らんが、この俺が圧倒されたくらいだったからな。タカクラオーナー、言っておくが戦士としてもキリカは強いぞ? 何度も言うようだが、嫁にするならキリカは……」
さらっと、キリカさん推しを始めようとするラドクリフさん。
この人達、一族ぐるみでキリカさんと僕をくっつけたいらしくて、売り込みの熱心さが半端じゃない……。
「ぼ、僕の嫁の話はまた今度で! テンチョー、君はどう見てる? 要するに喧嘩売られてるんだけど……相手は、鬼さん……腹ペコになると弱くなるそうだ」
「うにゃ? なんか、大変そうだよねぇ……。でも、なんでわざわざ喧嘩なんてするんだろぉね? 美味しいご飯があってぇ、ご主人様がいればぁ……テンチョーは何もいらないんだにゃぁ……。でもキリカ達がボッコボコにされて痛い目にあったりするのは、可哀想だにゃあ……仇なら取ってやるから、安心して散るにゃ……」
……物凄く他人事な感じだった。
まぁ、テンチョーはこっちに来て、人間同様の身体を手に入れて、十分満足ってそんな感じではある。
空飛ぶ敵に対しては、妙な敵愾心があるようで、昨日なんかは、ずいぶん気張ってたみたいなんだけど、結局戦う機会もなかったから、スイッチ切れたのだろうか?
まったく、やる気というものを感じさせない。
この会議中も、始めからうつらうつらとしていて、あんまり話も聞いてない様子。
と言うか、テンチョーの中ではキリカさん、フルボッコにされて、散る前提らしい。
何という、噛ませ扱い……なんか、ひどいな……それ。
まぁ……しょうがないか。
そもそも、猫の戦いに作戦も何もない……その時が来たら、本能の命ずるままに戦うだけなんだろう。
とりあえず、テンチョーは切り札的なポジションでいいかな。
「僕がもっと早く、この国の王様に挨拶でも行ってれば良かったんだけどね。まぁ、戦うって言ってもじゃれ合いみたいなもんだろうから、そんなに心配しなくていいよ。眠いんだったら、こっちおいで」
僕がそう言って手招きをすると、嬉しそうに隣の椅子にすっと腰掛けると、僕にもたれかかって、にぱーと笑うと幸せそうに目を閉じて、すぐに寝息を立て始める……。
うん、可愛い。
……イザって時は物凄く当てになるのは確かなんだし、今日のところはゆっくり休ませてあげよう。
「き、緊張感のないやっちゃなぁ……それに、うちがボッコボコにされて、仇討ちしてやるだの……なんや、色々不吉なこと言っとったけど……。テンチョーはんは、全然やる気ないみたいやな。ホンマに今の状況、解っとるのかな?」
「まぁ、しょうがないよ。昨日の夜は例の別口のワイバーンが来たとかで、一晩中屋上で見張ってたから、今日はもうずっとこんな調子だったんだよ……。こりゃ半分、寝てるようなもんだね。今のは、寝言みたいなもんだから、気にしないで……。そういや、ランシアさんも徹夜明けなんだろ? すまないね」
「いえ、私は今夜、お休みの日ですし、徹夜はいつものことです。昼間、ゆっくりお休みさせていただきましたので……けど、良いんですかね。私ら冒険者が週に二日も遊んでて……皆、戸惑ってますよ? 休んでてもその分のお給金は出るって話なんで、別に文句はないんですが……」
「それはいいの! 週休二日は常識なんだから! そこらへんは権利だと思ってくれていいよ。もちろん、緊急事態の時は休みでも動員することもあるから、そのつもりでいて欲しいんだけどね」
この世界の人達の困ったところ。
休みの日を作るって概念がないこと。
基本、ほとんどの人が年中無休……仕事を休むのは、仕事ができない状況の時に限る。
例えば、商品が入ってこなくて売り物がなくなったとか、物理的に店が潰れたとか、大雨で外に出れないからとか、そんなやむを得ない理由でもない限り、絶対に仕事を休もうとしない。
昔のお百姓さんとかは、そんな調子だったらしいけど……働き過ぎだっての皆。
給料もらって、生活してる人達は、お休みもきっちりもらわないと駄目だろう。
観光とか娯楽産業だって、皆に休みがあるってのが前提だから、この国に限らず、その辺は割とおざなり。
温泉とか、夏でも涼しい山の上の湖とか、観光資源っぽいのはそれなりにあるのに、全然活用されてない。
まぁ、どっちも貴族向けの需要とかはあるみたいで、まったくないって訳じゃないけど……。
もっと、人生を楽しむべきだと思うんだよなぁ……。
ちなみに……傭兵や冒険者の人達なんかも、今日は休みでいいよって言ってても、一晩中剣を素振りしてたり、同じ非番の人捕まえて模擬戦とかやってたり、ランニングやら筋トレしてたり、割とそんな調子で全然休んでくれない。
スポーツなんかでも一日休むと、調子取り戻すのに三日くらいかかるって言うし……常在戦場なんて言葉もあるくらいだから、武人ってのはそんななのかも知れない。
ランシアさんも休みの日は、アルバイト……僕の魔法の修行の日って決めてるような感じなんだよね。




