第十四話「イケメンと猫耳おっさんのうららかな午後」⑥
政治家とか、ヤクザ屋さんの組長……。
日本で言うところのそう言う手合だと考えてみると、解りやすいかも知れない。
考えてみれば、僕はロメオ王国の保護領……つまり、縄張りで勝手に商売を始めた余所者のようなものだ。
……となれば、親分さんにご挨拶の一つをした上で、みかじめ料を払わないといけない……それがスジってもんだ。
ゴザ敷いて、道端で小物を売る程度なら、ギルド経由で払うものを払ってればよかったのだろう。
キリカさんの話だと、その程度には商売に関して、この国は寛容な印象だった。
その辺は他の商人達と話してみても、同じ様な事を言っていたから、商人優遇、規制もしない、モグリの闇商人すら許容する……そんな方針なのは、間違いなかった。
けれど、僕はなりゆきながら、少々派手にやりすぎた……それは大いに自覚ある。
なにより、ここは立地的に戦略的要衝地とかそんなだと思う。
帝国と言う、問題児ながらお得意様や法国へ通じる道や、オルメキアへ通じる道。
はっきり言って、ロメオ王国にとっては、交通の要衝と言える。
そんな場所に勝手に居座って、派手に商売やって、派手に儲けたのなら、払うものを払うべき。
その上で必要なのは……やっぱ、手土産片手のご機嫌伺いのご挨拶だよなぁ。
それをやらなかったから、怖いお兄さんたちを送り込まれる事になった……要するにそう言う状況なんだコレ。
最悪、事務所に拉致られて、尻の毛までむしられる羽目になる……それは流石に勘弁して欲しい。
「……何となく状況は解ったよ……。僕もちゃんと筋を通さないといけなかった……と。そう言うことかな?」
僕の言葉をパーラムさんは、肯定も否定もせず、曖昧な笑顔で返す。
つまり、当たらずも遠からずってところだった。
「ねぇ、今から挨拶に行っても間に合うかな? そんな親衛隊なんて、化物連中相手になんて、さすがにゾッとしないよ」
話を聞く限りじゃ、SRやらSSRをかき集めたようなSRPGの主人公部隊って事だろ?
無茶な戦力差だろうがお構いなしで、破竹の勢いで敵を撃破して回る。
敵に回したら、超理不尽……そんなん相手にして、無事に済むような気がしない。
「やはり、貴方は聡明なお方だ……どうやら、細かい説明は不要のようですね。とりあえず、ヨーム様の話だと話し合いの出来ない脳筋二人と、少しは話がわかるけど、あまりやる気のない者……そんな三人組が押しかけてくるそうなので、脳筋二人をなんとか出来れば、交渉の余地はあるそうです。今から出向くのは……正直、お勧めできないですね。恐らく、捕縛されるのが早くなるだけかと」
「道端でばったり……なんてなったら、逃げようがないですからね……。それにしても脳筋……肉体言語系ですか。僕が一番苦手なタイプだ……。それ、やっぱ戦って、血路を切り開けとか、そんな話だよね? なんとか、争いを回避できないものかな?」
「そうですね……戦いを避けたいということなら、大人しく軍門に降るのも手ですが……。その場合、捕虜としての虐待を受けながら、徒歩で……下手をすれば王都まで、連行されるハメになるでしょう。あれは、キツイですよ。元々戦争捕虜や犯罪奴隷の心をヘシ折って隷属させる為のものですから」
「ああ、なんか聞いたことあるな……それ。じゃあ、戦わないで降伏ってのはナシかな。一応聞いとくけど、パーラムさん達はどっちの味方なのかな?」
「私は、タカクラオーナーの味方ですよ。ギルドマスターも同様とお考えください。けど、あなたは戦いのない世界の住民だったという話を聞いているのですが……。迷いなく戦う事を決めてしまうのですね。何より、相手は親衛隊の一騎当千のオーガ族の者達ですよ……勝ち目があるとお考えなのですか?」
戦って勝つ……まぁ、テンチョーに任せれば、戦い自体は勝てるような気がする。
その辺は実は全く心配してない。
普通に戦えば、どんなに強い相手でも、タイマンで戦う限り、その場その場でアドリブで最適なチート魔法を用意できる……そんなテンチョーに勝つ方が難しいだろう。
なにせ、必勝法とか攻略法ってもんがテンチョーには存在しない。
未知の相手の未知の攻撃や防御に、圧倒されることはあり得るけれど、どんなに強い相手でも攻略法や弱点ってものが必ず存在する。
テンチョーならば、それに対応する強力な魔法を組み上げることで、突破口が容易に開けるだろう。
身体能力もチートレベル。
……人の背丈より大きい大岩を片手で転がすような膂力に、コンビニの屋上まで、途中の微妙な壁の出っ張りをワンステップで駆け上る跳躍力……走る速度は時速5-60㎞に迫るほど……それも割と延々走れるみたいで、そのスタミナは底知れない。
獣人族でもトップクラスの身体能力を持つキリカさんやラドクリフさんでも、テンチョーの身体能力には及ばないと、言うくらいだから、尋常ではない……更に、それを魔法で強化することも可能。
そして、10人がかりで半日はかかる様な儀式魔法を平然と一人でこなす、デタラメ極まりない並行同時詠唱と高速圧縮詠唱なんて超高等魔術技術。
僕も魔術をかじった事で、あの時テンチョーがやったことの凄さが、実感できるようになっていた。
おまけに、治癒魔法も僕の時もサラッと使いこなしてたけど、アレがなにげにデタラメなヤツだった。
なんせ、工事に携わっていたドワーフさんの一人が両足を岩に潰されるなんて、痛ましい事故が起こったんだけど。
誰もがこれはもう無理だと、諦める中、テンチョーはペシャンコになったドワーフさんの両足を冗談のようにあっさり、治してしまったのだ。
即死しない限り、身体が真っ二つになってても助けられる……聖光教会の大幹部クラスで、そんなチートじみた治癒術士がいるという話なのだけど、それに匹敵するレベルだと言うから、無茶苦茶な話だった。
要するに……死角ってもんがない。
一体、どういうつもりであそこまで、チート満載にする必要があったのか……もう訳がわからないくらいのチート、チート、チートッ!
数少ない欠点は、その戦闘経験値の低さからくる、応用力がイマイチと言う点で、テンチョー単独だと、色々不安はあるのだけど……。
それも、僕がフォローすれば、割と問題なくなるのだ……その辺は、ワイバーンとの戦いで実証されている……つまり、僕とテンチョーが組めば、限りなく最強無敵の存在に近くなるのだ。
でも、この戦い……ただ勝つだけじゃ駄目なんだ。
……脅しに来た若い衆をブチのめしちゃったら、ヤクザ屋さんだってますますヒートアップして、最悪コンクリ詰めにされて、東京湾ダイブだ。
要するに、力任せでの返り討ちなんてすると、泥沼になる。
そうならない為には、ある程度相手に華を持たせた上で、親分さんを交渉の舞台に引きずり出すのだ。
脳筋ってことは、拳と拳の語り合いとか、そんな人種だろうし……罠とか卑怯な手は駄目だろう。
勝つにせよ負けるにせよ、相手も納得できるような形にする必要がある。
例えば、ルールのあるようなド付き合いとかそんな調子に巻き込む。
その上で、正々堂々と戦って、少なくとも相手に見どころがあるじゃないかって認めさせる。
決着なんて付かなくてもいいし、最悪負けたって構わない。
上手く休戦に持ち込めたら、あとは、接待攻勢。
美味いものたらふく食わせて、酔っ払わせる。
大抵の奴が、これで落ちて話くらい聞いてやろうとなるだろうから、あとは腹を割って話し合って、親分さんへご挨拶させてもらう……。
もちろん、親分さんの好みとかも聞き出して、最高の手土産を持参して、こっちから出向く。
……うん、この方針でいくのが良いだろう。
ヤクザ屋さんだって、とりあえず、接待しまっせーと、席を並べて美味いもんでも、飲み食いでもすれば、相手も悪い気分にはならないから、それなりに話し合いくらいはしてくれるもんだ。
……何より、帝国なんかよりも遥かに話になりそうな相手のようだし、むしろ末永く良いお付き合いをしたい相手だ。
国家権力なんて、逆らっても無駄……長いものには全力で巻かれて何が悪い。
そうなると僕は……今回の戦いには出番なしかな?
……例の立ちションウォーターなんかで、脳筋ファイターと戦うなんて、相手がブチ切れてボッコボコにされる未来しか見えない。
裏方結構、僕は直接やり合うより、黒幕として生きるのが似つかわしいのだ。
「……その様子だと、何か策がお有りのようですね……。てっきり、何処か遠くへ逃げる算段でもするのかと思いましたが……。そうではないみたいですね」
パーラムさんの声で、我に返る。
そういや、逃げるって手もあったのか……でも、それは無いな。
逃げる気なんて、サラサラ無いし、どうせ当てもない。
このコンビニは、僕が守るべき、一番大事な場所のひとつだ。
ここが僕と皆の居場所なんだ……逃げちゃったら、それも駄目になっちゃう。
なにより、話に聞く限りだと、この地はこの大陸でも一番住み心地が良さそうだった。
ここを捨てて、当て所なく逃げ回るとか、それはあり得ない選択肢だった。
「逃げるのは魅力的だけど、残念ながらそれはないなぁ……。ここは、ひとつ正面切って、なんとかしてみせよう。ところで、パーラムさん……。相手の情報とかって、手に入らないかな? 情報は重要……敵を知れば、いくらでもやりようがある。それとロメオ王国の偉い人達の事も知りたいんだけど……その辺……どうかな?」
「いずれもロメオ王国の最高機密ですよ? 私達も立場上、表立ってお手伝いすると言うのは問題がありますので、少々高く付きますが……それでもよろしければ……ですね」
表立っては、協力できないけど、金次第でいくらでもと来たか……もう、笑っちゃうような返事だった。
「いいね……それでこそ、商売人だよ! ふふふ……パーラムさん、そちもつくづく、悪よのぅ……」
「いえいえ、タカクラオーナーに恩を売っておいて、損は無い……私どもはそう考えております故。それに今回の件も事情はタカクラオーナーもお察しの通りなので……まぁ、細かい説明は不要のようですけどね。お互い悪で結構じゃないですか、ずる賢くやりましょうよ……」
そう言って、やっぱり爽やかな笑顔で笑うパーラムさん。
けど、言ってることはまるっきり、どこかの悪徳商人のようである。
とは言え……悪人って奴は、闇の世界の連中と一緒で、利益を共有出来てる間は、絶対に裏切らないんだよなぁ……そう言う意味では、パーラムさんは、とっても付き合いやすい人だ。
ある意味、僕と同じ穴のムジナ……ムジナ同士、せいぜい仲良くすればいい。
僕は、自分に正直な悪人より、正義の味方とかそう言う方が、よほど胡散臭いし、付き合いにくいと思う……。
世の中、利害ってもんを突き抜けた信念とか、自分が正しいって信じて疑わない揺るがぬ正義ってのが一番怖いんだよなぁ……。
かくして、そんな訳で……僕は、とっても面倒くさい人達の来襲を、いち早く知ることが出来たのだった。
そうなると、さっそく、対策会議だな。
僕一人でうじうじ悩んでてもしょうがない。
ここは素直に皆を頼って、意見を求める……それできっと正解だ。




