第十四話「イケメンと猫耳おっさんのうららかな午後」⑤
うららかな午後の昼下がり。
猫耳のおっさんとイケメンのダラダラとした雑談。
……のように見えるけど、ジャングルの木陰とか建物で死角になってるとことかに、何人も人が隠れてる。
いずれも巧妙に気配消してるし、同じ姿勢のまま身動きひとつしていない。
……手練れの隠密……間違いなくプロだ。
僕が気付いたのは、微妙な風音の変化による違和感や微かな衣擦れの音やほんの僅かな息遣い。
猫耳イヤーの索敵能力は、隠密行動の専門家すらも容易く見つけ出せた……やっぱ、強いよ……これ。
パーラムさんが、こんな怪しいのをゾロゾロと引き連れてる事自体は、むしろ当然だと思う。
なにせ、商人ギルドのナンバーツーなんて大物。
それなりの護衛も付くだろうし、防諜対策も厳重なんだろう……。
要するに、この雑談……気楽なようで、全然気楽じゃない。
実際……内容自体は割とヘビーで、ものすごく重大な案件を話し合ってるような気もするのだけど。
べつにやましい話をしてる訳じゃないし……。
パーラムさん自体は、ペットボトル片手に座り込んで壁に寄りかかって、割とユルッユル……。
僕も色々気付いてるけど、ここは気付かなかったことにするのがベストかな。
「さて、長々とお話いたしましたが、これまでの話で何か、ご感想、ご意見などはありますかね?」
「そうだね……戦う術より、戦わない、戦いを避ける術を重視するべき……。パーラムさん達の理念はそう言う事なんでしょうね。そう言う考えは、僕も大いに同意するところです。無手勝流……戦わずして勝つ。なんて、言葉も僕らの国にはありますからね」
何事も無かったかのように気楽な調子で返す。
でも、確かに戦わずして勝つとか、なんていい言葉なんだろう?
まさに最強だよな……それ。
本来のライバルが戦争の準備が出来るまでの間、しばらく大人しくさせるだけの為に、財布を取り上げておいて、準備が出来たら、ハイ返すね! って笑顔で返すとか、もはや鬼の所業だろう。
「無手勝流とはまた……いい言葉ですね。本来、それこそが我々商売人の目指すところなのですよ。けれど、そこまで解っていながら、ワイバーンとの戦いでは、タカクラオーナーは皆が手出しを諦める中、むしろテンチョーさん共々、積極的に戦う事を選んだそうですよね。あれは勝てる算段があったからですか? 戦いなんて、戦闘職の方々の仕事なんですから、オーナーのような方は、安全な所で人任せにしていればよかったのではないでしょうか?」
「まぁ、そうしても良かったんだけどね。僕の爺様は、向こうの世界で世界戦争に参戦して生き延びたような古強者だったんだけど……。その爺様が言うには、物見が来たら、何が何でも潰しとけと……要するに、敵に情報を与えなければ、敵も動けなくなるから、率先して討つべし……そんな話をしてた事を思い出してね。無駄な戦いは避けるべきだけど、そうじゃない戦いもある……。今後の戦いを避けるための戦い。あれはそう言う戦いだったんです。だから、なんとしても勝たなきゃいけなかったんです」
「なるほど……。確かに、商売でも商売敵にこちらの手の内が筒抜けだと、やりづらいですからね。それに手の内が知られてないうちなら、最大限の効果が認められる。タカクラオーナーが初戦での撃破にこだわったのはそう言うことですか?」
「そう言うことだね。実際、相手はテンチョーの対空攻撃魔法にも早々に対応してた。次の機会なんて与えたら、もっと高度なやり方で、こっちが一方的に封殺されてた可能性もあったんだ」
「やれやれ……そんなものを野放しにしていた我々にも大いに問題がありますね。実際のところ、短期的な損得勘定で、無理に討伐するより、放置していた方が損失は少ないと判断していたんですが……。こうやって、ワイバーンを討伐した結果を見せつけられると、無理でも何でも、もっと早く対処すべきだったと痛感してますよ」
「これも、やっぱり爺さんの教えだけど。結局、守りに入っても何も解決しないんだよ。機を見て、積極的に攻めて、相手の思い通りにさせない。……これも戦の肝要なんだって……解るような気もするね。商売だって、守りに入ると不思議とジリ貧街道まっしぐらになるからなぁ……」
「確かにそう言うものですね。日々同じことを漫然と繰り返すだけでは、いつのまにか損失を重ねてしまい、そこから抜け出せなくなるものですから……。まったく、タカクラオーナーの話は、実に為になりますね。我々も知らず知らずに守りに回って、グイグイ攻め込んで主導権を得ると言う発想を見失いかけていたのかもしれませんね……。これは肝に銘じておくべきでしょう」
「なぁに、大半が爺様の受け売りですよ。でも、僕もこう見えて、経験豊富な大商人……パーラムさんもそう言ってくれましたよね? だから、まんざら的はずれな事をやった訳じゃないんですよ」
「はははっ! そうですね……やはり、あなたのやる事は実に興味深い。ワイバーンなんて普通は相手にしないで、どうやり過ごすかを考えるところなんですけど……。それを身も蓋もなく出会い頭に倒してしまおうだなんて……つくづく、面白いお方だ。商売優先でありながらも、攻めるときは攻める……時には自らが先頭を切って、武器を取って戦う事も辞さない……。まるで、一流商人と軍事指導者のいいとこどりをしたような方ですね。タカクラオーナーは……」
「それは褒め過ぎでしょう……。僕は自分はあくまで、ただの商売人だって思ってますから。でも、おかげで商人達もワイバーンに怯える必要もなくなって、格段に旅が楽になったし、グリフォン便が使えるようになって、こことラキソムって都市との連絡もスムーズになり始めてるんですよね? 結果的に、あのワイバーンはあの時、倒してしまって正解……だったんですよね?」
なにせ、ワイバーンがいた頃は、上空から見えにくいように街道も狭く、曲がりくねっていて、木々も伸び放題にしていたらしいからなぁ。
これ自体は、ワイバーン対策としては悪くなかったのだけど、その結果昼でも薄暗く、見通しも悪いことで、治安が最悪レベルになってしまった。
野盗やゴブリンにしてみれば、奇襲、待ち伏せとやりたい放題……いくら精強な護衛を連れていても、イニシアチブを取られた状況での戦いは、不利は否めない。
野営地も森から奥深く入ったところに目立たないように少人数で作ることが多く、必然的に視界も悪く、やっぱりこれも野盗やゴブリンの奇襲の餌食にされ……とにかく、従来のやり方は問題だらけだったらしい。
今は、街道もガンガン広げて、日に日に整備が進んでいると言う話だった。
この辺の街道整備も例のドワーフ職人達の存在が大きいんだよなぁ……。
彼らの持つ整地、土木建築技術は相当ハイレベルなもので、重機があれば、日本の土建屋さんともいい勝負なんじゃないかって位には、いい仕事をしてくれる。
そんな彼らの仕事ぶりを見て、割と即断で彼らと交渉し、ギルドとして直接雇用する事を決めてしまったパーラムさんも凄いと思うけどね。
この森に蔓延っていたゴブリンや盗賊団も、商人ギルドから資金援助を受けた冒険者ギルドが多額の賞金をかけた事で、冒険者たちが積極的に討伐するようになり、ウォルフ族も僕らと繋がりができ、一族の者が僕らに大勢雇われ、ワイバーン素材の分前で経済的に潤ったことで、装備も潤沢に揃い、賞金目当てにこれまた狩りに勤しんでくれている。
これまでまとまりもなく、戦力外と言われていたミャウ族も警戒、索敵要員として、冒険者や商人達に雇われるようになり各所で活躍中。
ミャウ族も、このデンジャラスな森で、魔法も腕力も何もないという不遇っぷりにもかかわらず、しぶとく生き延びていたのは伊達じゃなく、実は警戒索敵能力や隠蔽スキルがとんでもなく高かった。
深いジャングルの中で、物凄く早い段階で、的確に敵を見つけることで、狩る場合も逃げる場合にも役に立つということで、高く評価されつつある。
皆、現金収入を得られるようになった事で、生活水準が一気に向上……ほんのニ週間前は原始人みたいな生活ぶりだったのに、今ではコンビニで嬉しそうに買い物に勤しむくらいだった。
ちなみに、彼らミャウ族はテンチョーや僕を神様扱いしていて、会う度に皆、熱心に拝んでいくのだけど……なんだか、とってもこそばゆいので、程々にして欲しいもんだ。
テンチョーはともかく、僕なんか拝んでもご利益なんて怪しいもんなんだがね……。
それに、ロメオ王国方面の街道各所の野営地を拡充したことで、集団で野営出来るようになり、護衛戦力も集中して運用できるようになったのが大きいらしくて、劇的に損害が減っているらしかった。
オルメキア方面は、オルメキアとの調整に難航しているとかで、まだまだ全く手付かずなのだけど、そっち方面も同様に大々的に整備をすると言うのがギルドの方針なので、そこらへんは追々と言った所であった。
僕としては、ちょっとした後押し程度で、元からあった歯車がうまく噛み合いだしたってとこなんだけど。
実に、いい感じの流れが作られつつあるのであった。
「そりゃそうですよ! ワイバーンが討伐された事で、ワイバーン対策が不要になった事もですか、タカクラオーナーのコンビニのおかげで、この森に安全地帯が出来たと言うのは、大変なメリットをもたらしているんです! ただ、この地の障害が一つ消えたことで、別の問題も生じているんですけどね。これは、本来タカクラオーナーの気にするべきことではなかったのですが……」
それだけ言って、言葉を切るパーラムさん。
なんとも煮えきれないといったその様子に、こりゃ、なんかあったな……と僕も見当付ける。
「それにしても、パーラムさん……随分、長々と遠話をしてたみたいだけど、何かあったの?」
実は、僕自身パーラムさんに用があったのだけど、午前中は遠話用のマジックアイテム相手に、深刻そうな様子でずっと話をしていたり、やたら忙しそうにしていたりで話をするタイミングがなかったのだ。
考えてみれば、パーラムさんも多忙の身、こんな風に雑談に勤しむほど暇人じゃないのだ。
もちろん、帝国のへの対応や、今後の方針と言った有益な話が出来たのは確かだけど、たぶんこれ……本題でも何でもない。
……何か僕へ伝えたいこと、あるいは相談したいことがあるのは間違いなかった。
「いえ……その……。実はギルドマスターのヨーム様から、連絡がありまして……色々指示を受けていたのですが。……まず、タカクラオーナーは、ロメオ王国の親衛隊という者達をご存知ですか?」
少し言いにくそうな感じのパーラムさん。
あまりいい知らせではなさそうだ……案の定というか、やっぱりと言うか……。
「……うん、キリカさんやラドクリフさんから聞いてるよ。たった一六人のロメオ王国の最高精鋭部隊なんだって? なんと言うか、カッコいいよね! たったそれだけの少数精鋭なのに、ヴァランティアと帝国の戦いで、帝国軍相手に大暴れしたって! どこのSRPGの主人公部隊だよって感じだね」
ロメオ王国親衛隊。
まぁ、どんな感じの奴らかって聞かれたら、まさにそんな感じ。
話だけでも、相当やばい手合だってのは解ってる。
「あはは、タカクラオーナーの話には時々、私どもには理解できない概念が出てきますね。けれど、その認識で多分あってますね……」
「……で、その親衛隊絡みで何か? 多分なんだけど、あんまり良い知らせじゃないんだよね?」
「申し訳ないが、そのとおりでして……実は、その親衛隊がオーナーを拘束しようとしていると……そのような情報が入りまして……」
良い知らせじゃないとは思ってたけど、それは極めつけレベルに最悪な知らせだった。
「こ、拘束って……なんで? 僕、なんか悪いコトした? ライセンスだってちゃんと発行してもらったし、君らギルドもむしろ全面的に応援するって、さっきも言ってたばかりじゃない! 大体、商人の保護協定ってのは何処に行ったんだよ!」
「ええ、我々としては、いくつかの行き違いはあったものの、この私をすんなりと受け入れて頂き、正式にギルドに加入いただいた以上、形式上問題はありません。なにより、タカクラオーナーがもたらした恩恵は歓迎こそすれ、拒絶する理由はまったくない。我々は商人ギルドの事業のひとつとして、タカクラオーナーを全面的にサポートし、盛り立てていく……そう考えていたのですが。それを面白く思わない方がいらっしゃったのです。申し訳ありませんが、その御方はさるやんごとなき御方としか、私の口からは言えません。我々もその御方には表立って逆らうことも出来ませんので、保護協定も意味を為しません。……ここまでの話で、あとはお察しいただく他ないのですが……」
お察しねぇ……。
キリカさんから聞いたこの地域の情勢。
僕らが勝手に商売を始めた事で、不利益を被った人物がいるということなのだろうか。
まさか、同じような商売をしていた商売敵でもいるってことなのかな?
いや、この国の最高精鋭なんて言われる親衛隊を動かして、国際条約すらも無視して、罪もない一個人を拘束するような無茶が許される人物。
なるほど……答えは明白だった。
間違いなくロメオ王国の相当高い位置にいる権力者……下手すれば、この国のトップクラスの人物。
それを怒らせてしまったと……そう言うことなのだろう。




