第十四話「イケメンと猫耳おっさんのうららかな午後」③
「そんなの化物みたいな兵隊が集団で来たら、どうするんですか? と言うか、旅商人からも帝国軍に襲われたり、臨検されて積荷を奪われた……なんて話も聞きますけど……ここって、帝国との最前線に近いんじゃないんですかね?」
帝国自体は、一つ、二つ国を挟んでるみたいなんだけど、キリカさんの話だと獣人狩り部隊なんてのが出張ってくることもあるみたいだし……なんか、帝国の脅威ってのをヒシヒシと感じるんだよなぁ……。
「私達商人ギルドは、帝国とも取引はしてるし、実際帝国支部もあるからね……。商人に対しては帝国と言えど、一切手出しはしてはいけない事になっている。つまり、保護協定を結んでいるんだ。だけど、帝国は度々私達との協定を破ってくれるんだ」
「……保護協定……確かに商売相手の国の兵士が襲いかかってくるようじゃ、商売なんてやってられませんから当然だとは思いますけど……。そんな口約束の協定なんて、現場の兵士なんかにまで浸透してるとは思えないし、そこまで当てになるようなもんじゃないでしょう」
「いやいや、どこの国だろうと、我々ギルドとは、商人保護協定を結んだ上で取引をするってのが慣習なんだ。いわば、れっきとした国際協定……むしろ、常識と言い換えてもいいね。オーナーの言う通り、協定を守って保護してもらわないと危なっかしくて、国境を越えて商人なんか送れないからね。当然、協定違反については、その都度、こちらも経済制裁……一時的に商人や資本を引き揚げたり、一部商品の商取引を禁じることで、きっちり報復措置を取ってるし、相応の賠償金をせしめたりと、帝国もそれなりに痛い目にあってるはずなんだ」
「にも関わらず……全然、懲りずに協定違反……商人への略奪行為や蛮行は止まらない……と言うことなんですか?」
「そう言うことです。なにより帝国軍は、獣人や亜人相手なら、何しても構わないとでも思ってるらしくてね……。やはり、被害は獣人や亜人の商人に集中しているんだ。ヴァランティア殲滅戦のことを考えると、無理もない話ではあるんだけど……中には越境して、中立地帯で被害が出るようなケースもあって、難儀してるんだよ。特に我々ロメオ支部は土地柄、獣人や亜人の商人も多いのでね……なかなかの大問題なんですよ」
「帝国の獣人差別……人族至上主義ですか……。キリカさんからも聞いてますよ。でも、帝国内ならともかく、わざわざ出張ってきてまでってのは、さすがに納得できませんよ……帝国って国は、本当に法治国家なんですか?」
「もちろん、帝国の上層部はそれなりに努力はしてるみたいなんだけど、徹底は出来ていないのが、実情なんだ。何より、あの国の大帝ガズマイヤーってのがとにかく、獣人を嫌ってるみたいでね……。最近はそれがますます酷くなって、亜人にも及ぶようになってるんだ」
「要するに、トップとその下の上層部で方針がまるっきり食い違ってるって事? なんだそりゃ……トップがそんなんだと、末端の奴らはやりたい放題……そう言う事かい?」
「そう言う事ですね。帝国も宰相フランネルを中心に上層部の連中は結構まともで、ちゃんと現実を見て理性的な判断も出来る。軍の将軍クラスも戦争なんてたくさんだって皆、言っててね……。問題を起こした兵隊を公開処刑したりと、やる事はちゃんとやってるんだよ」
「つまり、管理職連中はちゃんと仕事してるって訳だ……」
なんかワンマン社長に振り回されるブラック企業みたいな国なんだな……。
「とにかく、帝国ってのは、資源も豊富で広大な穀倉地帯を抱えて、経済力もあるし、官僚機構も優秀で将帥も粒ぞろい……割と非の打ち所のない国なんだけど、とにかくトップが問題ありなんだよ。ヴァランティア殲滅戦だって、その大帝の独断で始められたし、つい最近、例のオルメキアとの戦争だって、大帝のゴリ押しだったらしいからね。あの国がおかしな真似を始めるときは、いつも、その大帝が絡んでるんだ……。これはもう、そう言う国なんだとしか、言いようがない」
なんだそれ? なんかふざけた名前だし、どう見ても、そいつが一番の害悪じゃないか!
なんで、そんな奴が抜け抜けと国のトップなんて立場に収まってるんだ!
「なんですか……それはっ! こう言う言い方は何ですけど、その大帝カス何とかが居なくなれば、帝国もすぐにでも、まともな国になるんじゃないですかね。……よくクーデターとか起きないよね……普通、そんなクズがトップなんて、反乱暴動祭りになるでしょうに……」
僕としては、自分は獣人の仲間だと思ってるからか、さすがにこの話には穏やかじゃいられない。
諸悪の根源、まさに、てめぇの血は何色だ! って奴だった……図らずも、らしくもなく声を荒げてしまったくらいだ。
「帝国の大帝こそが、この世界にとっての最大の害悪……誰もがそう思ってるんだけどね。実際、ここだけの話、商人ギルドも暗殺者を雇って、大帝暗殺の試みくらいはやってるんだ……。それに、反乱分子を焚き付けたり色々してるんだけどね。それらの試みは悉く失敗に終わってる。帝都が地揺れに見舞われて、居城自体が跡形もなく崩れるとか、パレード中の大帝に落雷なんて、天変地異すら起きてるし、ヴァランティア戦で、大帝は古龍の怒りを買って、直属の親衛隊は文字通り全滅している。……そんな状況ですら、アレは生き延びてるんだ。あれはもう人知を超えた魔物ではないかと言われているほどだよ」
「何なんですか……それ? 影武者がたくさんとかそんなじゃないんですか? むしろ、本人はとっくに死んでて、死なれたら困るから、生きてる事にしてるとか……」
「かも知れないけどね……事情はどうあれ、もう100年くらい前から、同じ人物が大帝の座に居座ってる……これは紛れもない事実なんだ。とにかく、現状としては、我々も獣人の商人達に、帝国周辺に近付かないように注意勧告することや、万が一、帝国軍と出食わした時の対処を言って聞かせる……その程度の消極的な対策しか打ち出せてないんだ……」
なんだそりゃ……その大帝もチート臭いなぁ……。
案外そいつも、トチ狂った異世界転移者とかそう言う手合いなのかも知れないな……。
僕らをこの世界に転移させた女神様も、なんでそんな頭のおかしいチートを放置してるんだか。
いや、そんなピンポイントの震災とか落雷とか、そんなもん……神の怒りって奴なんじゃ……。
それでも、生き延びるってどんだけなんだよっ!
「……帝国の大帝については、手に負えないがん細胞だってのが良く解りましたよ。けど、対処って……帝国軍の蛮行への決定的な対策とかあったりするんですか? それに獣人って人間より強いから、実は帝国兵も獣人が暴れだしたら、一斉に逃げ出しちゃったり……そんなだったりしませんかね?」
「いえいえ、そんな物があれば苦労しませんよ。対策と言っても、尻尾を巻いて逃げるか、素直に両手を上げて、金品を差し出して相手の良識に委ねる。……私達商人が出来ることなんて、そんなもんですよ。命を懸けて戦う……そんな不経済な行為は、最後の手段とするべきです。……確かに獣人は並の人間より遥かに強いですが、帝国軍もそこはわきまえているので、最低でも、10人単位で行動します。さすがに戦って勝ち目などありません」
「……逃げるか、買収する……僕ら商人はそんな事しか出来ないんですか? と言うか、帝国がそんなに怖いんですか? 世界中の商業を司ってるんだから、暗殺とか反乱分子を煽るような回りくどい真似をするよりも、真正面から帝国が干上がるくらいの経済制裁だって、不可能じゃないでしょ……色々、やりようだってあるんじゃないですか?」
「そう言う問題じゃないんですよ……帝国も私達から見れば、身体の一部のようなものですから、そんな国が干上がるほどの制裁を加えたら、どうなるかなんて……タカクラオーナーなら、その程度の事、お解りになるかと思うのですが……」
……確かに、経済ってのは、国家間のバランスで成り立ってる。
地球でも日本のお隣の大陸国家が南シナ海とかで、軍事基地作ったり好き勝手やらかしてても、あのアメリカですら、威嚇程度のことしか出来ないのは、経済との密接な関係がある。
例えば、日本のお隣の某大陸国家相手に、西側からの輸出入を完全にシャットアウトする。
こんな事態になったら、さしもの某国も一瞬で干上がるだろう。
けれど、日本含めた西側諸国の被害も甚大……その辺は身の回りのものの原産国でも見ればよく解るだろうし、巨大市場を失った西側諸国も不景気街道まっしぐらと言うオチが待っている。
その程度には、彼の国は世界経済的に大きな存在なのだ。
経済的に大きな存在へ経済戦争を仕掛けるってのは、仕掛ける側も共倒れのリスクを背負い込むことになる……戦争だって同様だ。
だから、21世紀の地球では大国同士が正面からぶつかる様な全面戦争は起こらない。
多少の無法程度なら、大国相手なら目をつぶるしか無い……まぁ、だからと言って調子に乗ってると、そのうち痛い目に遭うんだろうけどね。
実際、調子こいた某半島国家が徹底的に経済制裁されて、干上がりかけてたり……なんて実例もあったりするからね。
もっとも……あれはあの国が世界経済から見ると、あってもなくても何の影響もないくらいには、ショッボい国だから、国自体が消滅したって誰も困らないってだけだったんだけどね。
そんな訳で、アメリカさんの号令一下、フルボッコ……ひどい話だけど、大国と小国の争いなんてそんなもんだ。
それはともかく、帝国に対し商人ギルドがあまり強く出れない理由も、何となく理解は出来た。
……なんで、パーラムさんとオーナーの立ち話程度のパートがこんなに文字数増えちゃったんだろ?
ごめんなさい、まだ続きます。




