幕間その壱「次世代女王クロイエ様のお忍び旅」⑤
ヨームの困惑をよそに二人の話は続いていた。
「相手は異界の尖兵の可能性もある以上、対等な立場での話し合いよりも、こちらが上の立場だと知らしめた上での話し合いの方が有利な条件を勝ち取れますからね。ヴァランティアの獣人達の流儀にももとるやり方です……。先制武力行使自体は決して悪い選択肢ではありません。私もですが、連中はより強いものに従います」
ウルスラの言葉に、クロイエはニコリと笑顔で返す。
我が意を得たり、そう言いたげな様子だった。
「……ウルスラ、悪いけど軽くひと暴れして来てくれる? 一応、人死には無し……多少痛めつけても構わない。連行する時は、たっぷりいたぶって虜囚の身だと存分に思い知らせること。悪いけど、アンタには憎まれ役を演じてもらうから、そのつもりでいてね? 必要な人員はわたしが転移魔法で連れてきてあげるから、名前を上げなさい」
「そうですね……親衛隊から、激腕のコルトバあたりを連れてきてもらえたら、十分ですね。後は支援部隊として、特務の一個小隊もあれば……それと補給物資もそれなりにご用意いただければ……ご存知のように我らには弱点がありますから……」
「あら、思ったより控えめね。でもまぁ、レッドオーガ二人なんて、軽く戦略兵器レベルの戦力だものね! ……くれぐれも、地図の書き換えとか、そんなことにまでならないように……! それと関係ない民間人をむやみに巻き込まない! 戦う場合はちゃんと手加減をすること! それとついでに、コンビニでプリンをありったけ買い占めてきなさい! いえ、略奪よ! 略奪っ! ありったけ分捕って、わたしの所に持ってくるのよ!」
「かしこまりました。最後のプリンを略奪と言うのがよく解りませんが。概ね、実に私好みの展開ですよ。では、存分にこの武勇、振るってまいります」
「ああ、それと親衛隊からアージュを連れていきなさい。プリンは生ものだから、あの娘がいればカチカチに凍らせたまま、持ってこれるでしょう?」
「拘りますね……プリン。でも、アージュですか? あのような怠け者、役に立ちませんよ?」
「いいのよ。アージュはあくまでプリン調達係! クーラーボックス代わりってとこね」
「はぁ、解りました。朗報をご期待下さい!!」
「良きに計らいなさい……。それとヨーム、悪いけど、そう言う段取りで行くから、そっちも手伝いなさい。パーラム君にも、適当に理由をつけて、首謀者のなんとかってのを、現地に拘束するよう命令しなさい……いい、解った?」
「はぁ、かしこまりました……」
言いたい事を言ったつもりなのか、二人が警備隊の詰め所から出ていくと、ヨームはひどく疲れた様子で、手近な椅子に座り込むと軽く頭を抱える。
彼女としては、なるべく穏当に少しづつ様子を見ながら、異世界……日本の者達との繋がりを模索しつつ、様々な面で優遇して、懐柔していく方針だったのだ……。
この国の事実上のトップたるクロイエと、武闘派の巣窟親衛隊が出てきてしまってはどうしょうもないし、クロイエ達の言い分も一理あった。
もっとも、旧知でもあるラドクリフや、現地に派遣したパーラムの報告をまとめたヨームの印象としては、タカクラオーナーは至って温厚かつ、善良な青年と言う印象だった。
異世界に混乱や破壊をもたらすようなつもりもなく、現地のウォルフ族やミャウ族達を雇い入れて、さらにその一族にも様々な仕事を与え、報酬を支払うことで経済の輪に取り込み、共存共栄を図るつもりだと言う話だった。
力づくで言うことを聞かせる訳でもなく、自然に周りが手助けして、勝手に支持されていく。
世の支配者層が夢見るような指導者像と言えた。
実際、幾人もの商人が様々な形で自ら進んで協力しており、ほんの僅かな期間で独自の経済圏を組み上げつつあった。
ここから、現地まで相応の距離があるため、ようやっと第一陣が帰還し始めているのだが、耳の早い商人達もコンビニへ商品を仕入れるべく、買い付け部隊を走らせたりと、早くも各所で様々な影響が出始めている。
商人というものは、本来自分の儲けのことしか考えない利己的なものが多いのだけれども、そのオーナーは明らかに周囲のものや、出来るだけ多くのものの利益を考えている……そんな風にヨームも評価していた。
それ自体は、歓迎すべきことであり、平時であればきっとクロイエも歓迎していたことだろう。
けれど、情勢はそれを許さないというのも同時に理解できた。
ザルインの接収と帝国軍の進出。
ヨーム達も帝国側の商人ギルドを通じて、帝国とも交渉を行っていたのだが……。
今回の決定は、帝王自らの立案によるもののようで、帝国内からの反発も大きい中、強行されたもののようだった。
あの国は帝王が暴走してしまえば、手に負えないことになる。
宰相のフランネルに代表される側近たちが、ある程度コントロールしているのは明白だったが、ヴァランティア殲滅戦と言う前例もある上に、帝国はまるで昆虫社会のように統一された一つの意思の元に行動する傾向があって、良識派による歯止めというものが効きづらい……そんな国体を有していた。
一連のヴァランティアとの戦いで、帝国も相当戦力や経済力をすり減らしたのだが、その国力も長年続いていた法国との抗争が落ち着いて以来、急速に回復していた。
そして、ザルインを足がかりに再び、西方を戦火の渦に巻き込む……そんな暗い未来予想図がヨームにも容易に描けてしまうのだった。
(希望が欲しい……かつて、この国を導いた先王リョウスケや、ヴァランティアを統一した英雄王ヴァラスイのような)
けれど、それは今となっては、叶わぬ願いなのだと、ヨームは知っていた。
リョウスケと、個人的な友でもあったからこそ、彼がもう永遠に戻ることはないと……彼女は知っていたのだ。
その残酷な現実に、クロイエもとっくに気付いているのかも知れないのだけど、いつか必ず戻ってくるからと、現状維持に頑なにこだわって、彼女自身は具体的な行動を打ち出せずにいた。
クロイエは、リョウスケの残した実の娘であり、後継者として非の打ち所がない傑物……そうヨームも評価しているのだが。
リョウスケのような生粋の異世界人と違って、この世界の常識やしがらみに囚われすぎているきらいがあり、何より幼すぎた……。
ウルスラのような親衛隊の者達に至っては、反帝国戦で武勇を振るった猛者達の巣窟で、生粋の武闘派集団。
そのような者達を側近として重用する以上、その決断はどうしても、武力頼みへと偏りがちだった。
リョウスケが健在だった頃は、親衛隊はそれで良かった。
彼は清濁併せ呑め、硬軟を自在に使い分ける賢王……そう言って良い理想の王といえる人物だった。
少数精鋭の個人武勇の持ち主達をまとめ上げ、帝国の抱える怪物のような将達を幾人も打ち倒し、その強力な軍勢すらも背後を脅かし、指揮系統や補給線を断つことで、自壊の道を歩ませ、一つ一つ確実に殲滅していき、ヴァランティア殲滅戦でも結果的に多くの人々を救ったのだ。
帝国がヴァランティア殲滅戦で敗北を喫したのは、リョウスケ達の暗躍があったのは間違いなく事実だった。
そして、帝国を襲った通貨暴落と大不況も、ヨーム達商人ギルドの手引きであった。
けれども、帝国軍が戦争継続能力を失い、法国による大規模侵略に晒され、ありえないほどのハイパーインフレと言った経済的な混乱に晒されながらも、帝国の体制を覆すほどには至らなかった。
帝王暗殺の試みも繰り返し行われ、死亡説も幾度となく流れ、人々の前から姿を消したことだって、一度や二度ではなかった……それでも、尽く帝王は舞い戻って来たのだ。
幾人もの女神の使徒を敵に回し、並の国ならとっくに滅亡していても不思議ではないほどの困難に晒されながらも、それでも帝国は揺るがない……。
帝国の支配者ガズマイヤーと呼ばれる異世界由来の異物……それがすべての諸悪の根源なのは、ヨームにも解っていたのだけど……アレは奇妙な悪運とでも言うべきもので、ギリギリのところで生き残ってしまう。
なにより、宰相フランネル……その知略と先読みは、恐るべきもので商人ギルドも幾度となく彼一人に辛酸を嘗めさせられていた。
そして、頼みにしていたリョウスケも、日本に居た頃から患っていた不治の病が悪化し、最後の願いとして、日本へと帰り、戻らなかった。
もし、リョウスケが健在だったならば……そうヨームも夢想するのだが、それは叶わぬ願いだった。
……オルメキアに現れた女神の使徒。
彼もまた異世界人と言う話だったが、彼は復讐者以外の何者でもなく、周りすべてを道連れに滅びの道を歩む破滅者だと、ヨームは見抜いていた。
法国で起きている混乱もおそらくは、クロイエの読みどおり、彼に原因があるとヨームも推測していた。
オルメキアも程々の所で、帝国と停戦すれば良いものを下手に大勝してしまったせいで、帝国を倒すと息巻いていて、歯止めが効かなくなっていた。
右も左も混沌ばかり……それが女神の使徒が生み出した現実だった……もはや災厄と言っていいだろう。
この混沌とした世界を救済するならば、彼のような破壊者では駄目なのだ。
……リョウスケのようなお人好しの利他主義者のような者が理想的だった。
地獄のようなヴァランティアの殲滅戦の中、彼は、辺境の海運国家だったロメオ王国を理想的な商業国家として立て直し、同時に義勇軍を組織し、この世界を平和裏に纏め得る可能性を提示してくれたのだ。
もう少しだけ、彼に時間があれば……それも不可能ではなかったのかも知れない。
だからこそ、あの異世界のコンビニのオーナー……タカクラと言う青年の人となりに、ヨームは希望を見た思いだったのだ……。
彼の存在はまだまだ小さな灯火のようなものなのだけど……。
いずれこの混沌とした大陸の希望の光になるかもしれない……そんな期待をヨームも抱かずには居られなかった。
けれど、あの未熟な国家元首は、彼を力づくで従属させる心つもりのようだった。
ヨーム個人としては、もっと強く異議を唱えたいところだったのだが。
立場上、それは許されなかった……それが彼女の限界だった。
「あ、あの……ヨーム様、私はこれからどうなるんでしょう?」
ウルスラに連行されてきた商人が遠慮がちにヨームに尋ねる。
「そうね……収賄罪とか言ってたけど、アレで捕まった人って居ないのよね。とりあえず、保護観察処分って事で、うちで貴方の身柄を預かります。ところで、貴方は例のコンビニの店主に実際に会ってるのよね……色々詳しく話を聞かせてもらっていいかしら?」
そう言って、ヨームはその男に笑いかける。
流れを変えるために、積極的に打って出なくてはいけないと、ヨームも決意していた。
その第一歩が、この商人からタカクラの人となりを聞き出すこと。
……そして、彼の話を聞くうちに、彼女は確信する事になる。
賢王の再来を。
そろそろ、更新ペース上げてもいいかな?
今日明日、連日更新後、月曜から隔日に戻す予定です。




