幕間その壱「次世代女王クロイエ様のお忍び旅」③
『鉄血姫クロイエ』
それが彼女の異名であり、この国の事実上の支配者とも言われている。
ロメオ王国の国王ロメオ・クラン・ヴェラン・リョウスケが行方不明となっている今、たった一人の忘れ形見となった彼女の双肩に、この国の命運が委ねられていると言っても過言ではなかったのだが。
彼女は、国家運営の殆どを、各地から選出された貴族や民間人によって構成された議会に任せるという、この世界では極めて珍しい議会民主制とも言える政治形態で運営させていた。
そして、国内に張り巡らせた情報ネットワークと、転移魔法によるフットワークの軽さに、王室親衛隊と呼ばれるクロイエに忠誠を誓う秘密部隊の存在。
元S級冒険者や帝国戦線で名を馳せた猛者や、帝国に多額の賞金が賭けられているような賞金首達が名を連ねる、この世界でも有数の猛者ばかりを集めたわずか十六名からなる少数精鋭武闘派集団。
それが王室親衛隊と呼ばれるロメオ王国の最高戦力にして、唯一無比の軍事力とも言える組織だった。
当然ながら、この十六名の猛者達は極めて大きな権限を持ち、いくつもの下位組織が付随し、逐一彼らの行動をサポートするようになっていた。
対外的に、まともな軍事力を持たないと喧伝しているロメオ王国が高い治安を維持し、国内外の敵対勢力の侵略行動を平然と排除できているのは、間違いなく彼ら親衛隊の存在と言うものが大きかった。
そして、クロイエも自らの足で国内各地をめぐり、民に混ざって往来をめぐり、自らの目で問題点を見出し、同時に国内で発生する幾多の問題を、火種の段階で親衛隊の手で消し止めて回ることで、犯罪組織が成長することもなく、汚職も蔓延しないと言う健全な国家運営が為されていた。
悪しきものには、懲罰を……正直者がバカを見ないような国にしたい……。
子供ゆえのシンプルな発想ではあるのだが、それは明白な犯罪抑止力として、民度の向上と言う副次効果を生み出していた。
「クロイエ様のお説教」と呼ばれる彼女が直接関わった犯罪者への懲罰……それはこの国では有名な刑罰とされていた。
なにせ、大の大人が正座させられて、小さなクロイエ様に真剣に延々お説教されるのだ。
罰金刑だの苦痛を伴う刑罰よりよほど堪える。
大抵のものが二時間ほどで、涙目で許しを請う……そんな風に言われていた。
そして、軍備についても治安維持と街道警備と言った最低限に留め、辺境部の治安活動は住民有志の自警団や、商人ギルドの警備隊などに丸投げし、浮いた資金を商業支援、教育、福祉に惜しみなく投入する。
端的に言ってしまえば、ロメオ王国の繁栄はこの辺りが理由となるのだが……クロイエは、この繁栄が先王リョウスケの描いた構想と、その数々の偉業の末のものだと言ってはばからず、けして慢心することなく、忠実にその理念を守っていた。
実際、商人ギルドを抱き込んだ商人優遇とも言える政策の数々や、独自の大規模海運商船団を抱えることで、もはや経済力については世界最大規模を誇っており、商業国家として、大いなる成功を収めていると言えた。
当然ながら、経済力だけ突出した存在など、他国からの侵略攻勢にさらされても不思議ではなかったのだが……。
この世界では、商業については、商人ギルドという世界規模の組織があり、その組織も独自の傭兵団や冒険者ギルドとの繋がりで、国境のない独自勢力と言うべきものとなっていた。
帝国によるヴァランティアの殲滅戦争でも、このロメオ王国は当時の国王リョウスケの集めた冒険者や傭兵、ヴァランティアの難民達による義勇軍を参戦させ、ヴァランティア各地を転戦し帝国軍に尋常ならざる損害を与えていた。
義勇軍については、ヴァランティアの戦乱が沈静後は、速やかに解散……その事実上の指揮官リョウスケの名も表に出さないようにしていた上に、ロメオ王国については、表向きは軍備も脆弱な弱小国家と言う印象操作が行われていた為、これまでさしたる問題もなかったのだ。
なにせ、この国に張り巡らされた監視網は、恐ろしくよく出来ていて、帝国の間諜もこの国に侵入後、かなり早い段階で駆逐されてしまうのだ。
その上、帝国の根幹とも言える擬態モンスター達も、この国の土壌に含まれる成分が致命的な影響を与えるらしく、全く進出出来ないでいた。
その結果、帝国の頭脳とも言える大宰相フランネルですら、この国の実体を掴んでいないと言う状況を作り出していた。
けれども、隣国オルメキアと帝国の属国ルメリア大公国との紛争。
この戦い自体は、使徒と呼ばれる強力な異世界人を味方につけたオルメキア側が緒戦を制することで、かなり有利な状況となっているのだが……。
本来、山岳国家であり、食糧生産に難があるにも関わらず、オルメキアに潤沢な物資や資金が流れ込む事で、帝国の想定していた以上の戦力を有していたと言う事実を、この戦いを通して、帝国も知ることとなった。
……オルメキアの強力な軍事力を物資面から支えるのみならず、各地で反帝国勢力を支援して回る商業国家ロメオの暗躍。
帝国がその事実にいよいよ勘付いてしまった。
もっとも帝国は、ロメオ王国と商業ギルドに直接的な手出しはしない……その程度には、理性的に行動したのだが。
その報復は、極めて効率的で悪辣だった。
まず、帝国艦隊を進出させ、ルメリアの軍港を拠点として、ロメオ商船団に対して、オルメキア及び帝国沿岸部の航行禁止措置を取った。
それは、引き返さない場合は、容赦なく拿捕撃沈するという過激なもので、ロメオ側の抗議を無視して粛々と行われ、ロメオ商船団も二桁にも及ぶ多数の大型商船を失う事となり、この東廻りの航路を諦めざるを得なくなってしまった。
その結果、比較的穏やかで法国との距離も近かった帝国沿岸経由の東廻りの航路ではなく、過酷で中継港もロクに無い大陸西廻りの航路を使わざるを得なくなってしまった。
この航路は、距離も二倍以上、海の魔物の襲撃や座礁と言ったリスクも大きく、交易の効率が激しく低下し、ロメオ商船団の力を大きく削ぎ落とすこととなった。
そして、次に帝国は陸路の交易路の要だった地下交易拠点ザルインの接収宣言を行った。
ザルインは、帝国と法国、ヴァランティア領が接する場所にある古代遺跡のことなのだが。
ここは、世界中の商人が集結し、所属国家に依らない取引を行う交易拠点ともなっていた。
当然ながら、ここからもオルメキアへせっせと莫大な物資が流れていっており、前々から帝国は警告という形で、商人ギルドへの圧力を加えてはいたのだが。
いよいよ、本格的にオルメキアを孤立させるべく、多方面から圧力をかけるべく画策を始めた……これはそう言うことだった。
軍事と商業……本来ならば、表裏一体とも言えるこれらが、商人ギルドの存在によって完全に分断されると言う奇妙な状況がこの世界では生じていた。
だからこそ、相互交戦状態にあるにもかかわらず、交易は何事もなかったように続くと言う状況は、これまでむしろ当たり前のように発生していて、いかなる国家も商人の商業活動へは口出しできないはずだった。
けれども、帝国宰相フランネルはそんな常識を軽く無視した。
露骨に反帝国を打ち出し、徹底抗戦の構えを見せたオルメキアとの戦い。
帝国の安泰のための大いなる障害だと決めつけ……属国と合わせて、5万にも及んだ軍勢によるオルメキア侵攻作戦。
それ自体は、精強なるオルメキア軍と女神の使徒、聖光教会によって、完膚なきまでに打ちのめされた。
侵攻作戦の主力を担ったルメリア軍は、この戦いで国軍の大半を失い、現在ルメリア国内では、大規模反乱が各所で発生し、手がつけられない状況となっていた。
もちろん、帝国は更なる大兵力による力任せによるオルメキア平定と言う手段も不可能ではなかったのだが。
正攻法では、許容できない程の損害が生じる……その事を理解したが故に、まずは物資面から、その供給源を断つ。
その為ならば、世界中の商業を牛耳る商人ギルドすらも敵に回すことを躊躇わない……それが帝国宰相フランネルの決断だった。
帝国の西端に位置するグラハラル大要塞。
今ここに、10万もの帝国軍の主力が集結しつつあった。
その目的は、ザルインの軍事力による接収……それは明らかだった。
ザルインの運営は、商人ギルドが主体なのだが、当然ロメオ王国も深く関わっている。
帝国が軍事行動を起こすと、決まって法国が聖戦と称して、帝国へ進出する……それが通例であり、帝国も口ばかりで軽々しく動けない……誰もがそう思い込んでいた。
法国と帝国の絶妙な軍事バランス、それがこれまで帝国が好き勝手出来ないでいた理由の一つで、ある種の戦争抑止力となっていたのだが。
今回に限っては、帝国のザルイン接収宣言に対し、法国は日和見を決め込み、帝国の蛮行を食い止める勢力の不在と言う状況が生まれつつあった。
そして、そんな状況の中、ザルインとロメオ王国、そしてオルメキアを接続する街道……そんな重要な地域に、突如現れた高倉オーナーのコンビニ……もはや、混沌しか予見できない状況が生まれつつあるのだった。
「……そうすると、マユラの森には、そのコンビニを中心とした独自の共同体が出来つつある……そう言うことね?」
捕縛した旅商人と急遽呼びつけた商人ギルドのギルドマスターから、ひとしきり話を聞いたクロイエはそんな結論を出す。
元々、ジャングル地帯……マユラの森は、その西半分をロメオ王国の保護領、東半分をオルメキアが保護領とすることで、両国の勢力範囲に置いていたのだが。
あえて、軍事力を置かない軍事的空白地……危険極まりない道なき道しか無い無法地帯だと喧伝し、帝国の追求を逃れてきた……そんな経緯があった。
実際問題、マユラの森へは、小規模な帝国の侵略は何度か行われたのだが。
この森は、過酷な気候に加え、広大かつ複雑な地形……。
唯一のまともな道、街道の入口は、偽装されている上に、徹底的に監視されていて、関係者以外の者が容易に立ち入れないようになっていた。
それに加えて、ワイバーンやダンジョンから定期的に湧いてくる魔物の群れと言った幾多もの障害。
精強でなるウォルフ族の頑強な抵抗、反帝国ゲリラの襲撃、一騎当千のロメオ王国親衛隊の暗躍。
幾多もの障害により、侵入を試みた帝国軍もその尽くが、自滅したり、あるいは人知れず殲滅されていた。
そして、当のロメオ王国は……と言うと。
あの辺物騒すぎて、うちも困ってますわー……などと、さらっと大嘘を付いて、帝国を騙し続けていたのだから、始末が悪い。
これが……従来のロメオ王国のやり口で、それなりに上手く行っていたのだ。
この辺の世界情勢については、拙作スライムスレイヤーの方で、色々語られてますが。
作品自体は、エター状態……すまん、本当にすまない。
そのうち、続き書きます。(汗)




