幕間その壱「次世代女王クロイエ様のお忍び旅」②
「……なんで、こんなとこにコーラやカップ麺なんて物が、売ってるのよ……。しかも、なんなの? このクッソ高い値付けは……」
道端にしゃがみ込みながら、並べられた商品を手に取り、クロイエが呆れたように口にする。
なにせ、ポテトチップとカップラーメンが一個小金貨一枚、コーラやビールに至っては大金貨一枚。
タバコにも大金貨一枚の値札が付けられている……。
高倉オーナー辺りが見たら「高過ぎィッ!」と絶叫しそうな値付けだった。
商品自体は、軽くて保存の効くもの中心で割と潤沢に揃えているのだけど、値付けが高すぎて、庶民にはとても手が出ないようで、集まっている人々も大半が物珍しさからの冷やかしと言った調子だった。
「こ、これはこれは! クロイエ様ではありませんかっ! まさか、こ、このような所にいらっしゃるとは……」
店主が慌ててかしこまると、周囲の野次馬達も一斉にクロイエから離れて、ざわつき始める。
まぁ、即バレと言うやつだった……。
「あらいやだ……もうバレちゃったの……。おほほっ! 皆様、御機嫌ようでございます!」
スカートの両端をつまみ上げてペコリと頭を下げて、可愛らしい笑顔を見せるクロイエ。
それだけ見れば、邪気のない、思わずつられて笑顔になってしまいそうな屈託のない笑顔だったのだけれども……。
その場に居た誰もが、むしろ凍りついたように動きを止めてしまう。
「あら、ごめんあそばせ……。今日は、公式な巡察じゃなくて、あくまでお忍びのお散歩。皆様もそのおつもりで! まったく、街中をわたしがひょっこり散歩してるなんて、今に始まった事じゃないでしょう? ウルスラ、遅いっ! 仮にも守護官があっさり振り切られてるってどういう事?」
ウルスラがその姿を見せると、人々も一斉に跪く。
クロイエ第一王女……それが彼女の正式な身分であり、所謂お姫様なのであるのだから、この反応も当然だった。
もっともこの国では、第一王女のクロイエが各地をお忍びで視察して回っていると言う話は有名であるし、その護衛のウルスラについては、鬼神の異名を持つこの国でも有数の武人として知られている。
どちらかと言うと、ウルスラの容姿の方が一般的には有名なので、人々もクロイエだけを見ても、どこかピンと来なかったのだけど……。
ウルスラが現れたことで、ようやっと本物だと確信したのだ。
この国での犯罪発生率が極端に少なかったり、悪徳商人や汚職役人などがほとんど居ないのは、彼女とその直属の精鋭部隊「親衛隊」がせっせとそれらの芽を潰して回っているからとも、まことしやかに語られているのだが、それはまんざら間違った話ではなかった。
そして、何よりもクロイエの卓越した政治手腕とその善政ぶりは、庶民にも多く知られており、必然的にその恩恵を受けたものは多い。
この国の中心産業は、商業であり、いわゆる地場産業も旅商人相手のサービス業が中心……国民の半数が商人か、商業関係者で占められているほどだった。
かくして、彼女は全く自然に人々からの敬意というものを勝ち取っていた。
跪いている人々は恐怖や畏怖から、そうしているのではなく……純粋に感謝と尊敬の念、そしてやっぱりそれなりの恐怖心から自然とそうしているのだった。
「お嬢様が早すぎるんですよ! 仮にもオーガ氏族の私が軽く振り切られるなんて……。と言うか、そんな気軽に人外レベルの力とか使って、目立つなとあれほど……」
「ごめんね……ついうっかり、本気出しちゃった! ところで店主、この商品は何かしら? なんで、日本の食べ物がこんなに大量に売ってるのかしら? まぁ、値段は酷いボッタクリだけど、そこは見なかったことにしてあげるわ」
「クロイエお嬢様、この商品が何なのかご存知なので? 私にはどれも得体の知れないものにしか見えません……なんなんですか、この黒い液体は? と言うか、この値付けはどういう事なので? あり得ない価格ですよ!」
「カップラーメンにコーラでしたっけ? お父様が帰郷した折に、向こうの世界で買ってこられた商品で同じものを見たことがあります。ねぇ、店主……プリンは無いのかしら?」
「お、お詳しいのですな……さすがは、博識で知られるクロイエ様です。……申し訳ありません。保存が利きそうなものしか、ここまで持ってこれなかったので……そ、その……プリンとは?」
「プリンはプリンよっ! 甘くて、黄色くてプリンプリンで、凄く美味しいの! って言うか……異世界の商店って事は、これを普通に売ってる商店がどこかにあるって事よね? 白状しなさい! この品はどこから入手したのかしら? 隠すとためにならないわよ!」
「あ、ハイっ! 実を申し上げますと、トラン街道の中間点に、いきなりコンビニと称する異世界の商店が作られまして……そこで仕入れました! こ、このカップラーメンという物はお湯を注ぐだけで、異世界の麺料理が出来るという大変貴重で珍しいものでして……お一つ如何でしょう? そうっ! これは献上品でございます……偉大なるロメオの至宝クロイエ様には、今後ともよしなにと言うことで……」
カップラーメンとコーラが恭しく差し出され、クロイエもそれを無言で受け取る。
けれど、それを見た周囲の人々が、ざわつき始める……。
「ウルスラ! この男を拘束しなさい! 罪状は……王族への収賄罪ってところかしら?」
公務員や王族、貴族へのある一定額以上の金品の無償贈与。
それは、この国では賄賂と見なされて、犯罪とされる。
もちろん、その手の賄賂は、割と日常的に商人達も行っており、受け取る側も半ば権利のように捉えており、余程堂々とやらかさない限りは、実際に捕縛されるようなケースは極めて、レアだった。
要するに……本来建前上の決まりなのだけれども……。
クロイエのような王族に直接金品を渡し、クロイエが収賄罪と宣言すれば、それはもう立派な犯罪となるのだ。
貴族や兵士、お役人ならまだしも、その収賄罪を立法化した張本人に堂々と賄賂を渡す。
それはもう致命的な行いと言えた。
もっとも、本来ならば建前上の決まりである事はクロイエも承知しており、銀貨程度の価値の金品であれば規定外とすると、ちゃんとただし書きも書いてある。
この決まりはあくまで、賄賂とかは程々にして、公僕は公僕らしく滅私奉公、真面目に仕事しやがれというクロイエ様のメッセージのようなものだったのだが……。
けれど、今回のケースだと、店主の値付けが明らかに問題だった……要するに十万円単位の金品の無償進呈。
当然見返りを期待して……となれば、収賄罪が成立する。
……周囲の人々がざわついたのは、こうなるのが予期できていたからに他ならなかった。
「そ、そんなっ! 私はそんなつもりではっ!」
「あなた、勉強不足ね……こんなバカみたいな値付けにしちゃった物をよりによって、この私に賄賂として差し出すなんて……! 悪いけど、これは見過ごせないわ! まさに有罪、情状酌量の余地なし! 安心なさい、ちょっと詳しく話を聞くってだけよ? ウルスラ、直ちにこの者を取り押さえなさい」
「お嬢様、かしこまりました!」
待ってましたとばかりに、拳をポキポキと鳴らしながら、ウルスラが歩を進めようとする。
「ひぃっ! 人食い鬼のウルスラっ! い、いやだっ! 命ばかりはーっ!」
商人の男は絶叫とともに踵を返して逃げようとする。
けれど、ウルスラは一瞬で商人に追いつくと、その襟首を掴み上げ、軽々と持ち上げて肩に背負ってしまう。
「ひ、ひぃいいいいっ! お願いです! 食わないでくださいっ! どうかっ! 離してっ! 離してくださぁああいっ!」
「お黙りっ! 人聞きが悪い……お嬢様、この男いかが致しますか?」
商人の男もウルスラの肩の上で暴れているのだけど、ウルスラは全く意に介さないと言った様子だった。
大陸西方各地に住む数多くの亜人の中でも最強クラスの戦闘力を誇るオーガ族の戦士にとっては、人間の殴打程度では撫でられたほどにも感じない。
「今頃になって、警備隊も出てきたことだし、このまま詰め所に連行しちゃいましょう。商品はすべて没収っ! あと商人ギルドからも事情聞きたいから、誰か人をよこすように連絡しといて」
……騒ぎを聞きつけて、駆けつけてきた警備隊の者達が、野次馬をかき分け、クロイエ達の前に出て、一斉に剣を抜こうとするのだが、ウルスラを見て気付いたのか、大慌てで剣を仕舞い込んで、一斉に敬礼する。
「し、失礼しました! クロイエ様! それにウルスラ様……い、一体何事でしょうか!」
隊長格の青年が緊張を隠せずに、直立不動の姿勢で言い放つ。
「いつも通り、視察に来たら、この商人がわたしを買収しようとしたから、拘束したの。色々怪しげな商品を扱ってたから、このわたしが直々に尋問するつもり。悪いけど、場所貸してもらえる? あと、今夜の食事と寝床の手配も頼んでいいかしら?」
「こ、光栄であります! 直ちにっ! 者共かかれっ! 訓練どおりにやれっ!」
警備隊の者達も、実に手際が良かった。
ウルスラが一言二言隊長に指示を出すと、たちまち、隊長以下数名を残して、一斉に散っていく。
実は、前回訪問時に割とグダグダな有様だったので、ウルスラ自ら、警備隊にクロイエ様抜き打ち訪問を想定した猛訓練を施したのだ。
基礎から鍛え直しと称し、無駄にハードな内容を盛り込んだそれも、今の動きを見る限りだとそれなりの効果があったようだった。
ウルスラもそれを見て、満足そうに頷くのだった。




