幕間その壱「次世代女王クロイエ様のお忍び旅」①
高倉オーナー達が異世界でコンビニを開いてから、一週間ほどが過ぎた。
ここは、ロメオ王国の最東端の都市ラキソム。
この街より東は峻険なる山脈に遮られ……北は鬱蒼としたジャングルで人外の地とされている。
南側はひらけてはいるものの、すぐに断崖絶壁が続く海岸線にぶち当たってしまう。
港を作ろうにも、年中海は荒れ、切り立った崖ばかりでは、まともな港など作れるはずもなく、そもそもこの世界の航海技術では外洋航海は、事実上不可能とされていた。
……要するに、この街は行き止まりの辺境と言えるのだけれども。
それはあくまで、他国から見た印象の話で、実際は山を挟んだ隣国オルメキアや帝国、法国との交易拠点とロメオ王国を繋ぐ非公式交易ルートの玄関口の一大拠点とも言える都市だった。
都市の規模自体も、世界地図や地理案内書には、ちっぽけな辺境の宿場町……なんて記載されているのだけれども。
実際は首都サクラバに次いで二番目の規模を誇る、市街地周辺を高い城壁で囲った城塞都市であった。
人口も軽く万単位を数え、辺境警備隊と称する数千人規模の駐留軍すらも置いているロメオ王国でも指折りの大都市……それを辺境の宿場町と他国へ信じ込ませている時点で、常軌を逸した話ではあった。
「ウルスラ、これはどういう状況なのかしら? 一体、何が起こってるのか……解ってることだけでも説明なさい」
彼女は、周囲を見渡すとお付きのメイドに向かって不機嫌そうにそう言い放った。
見たところ、小学校高学年程度の子供にしか見えない……白いブラウスと赤いリボン、真っ黒のロングスカートと、腰近くまで伸ばした漆黒の髪。
金色の鋭い目つきが印象的な、どことなく大人びた雰囲気を持つ少女だった。
彼女は、真っ黒の日傘をさしながら、灼熱の日差しにゆらめく陽炎の中、不快そうに目を細めていた。
彼女の名は、ロメオ・クラン・ヴェラン・クロイエと言う。
その名が示すとおり、このロメオ王国の王族の一人である。
クロイエは、ラキソムの中央広場にたどり着いたばかりだったのだけど……。
いつもならば、露天商や旅人、町の人々で賑わっているはずのその広場は、妙に閑散としていた。
もちろん、町の人々は普通にいるのだけど、彼らに比べて商人の数が圧倒的に少ない事が目に見えて解る。
半ば居付きとなっている食べ物を売る屋台商などは、普通にいるのだが……普段なら好き勝手に露店を広げている露天商がほとんどおらず、荷馬車でせっせと物を運んでくる旅商人も明らかに少ない。
「情報が錯綜しているようで、なんとも言えないんですが……オルメキア方面との交易ルートで何かあったようで、人の流れと物流が止まっていると言う話を街の者が話しておりました……原因はまだ良く解りませんが、これから調査隊などを派遣して、事態の把握に努めるとの報告が届いております」
ツリ目で、長い赤髪の性格のキツそうな長身のメイドがそう応えるのだけど、彼女も正確な答えは持ち合わせていないようだった。
上流階級のお嬢様とお付きのメイドと言った雰囲気なのだけど、メイドはメイドで2m近い長身で、金属製の六角形の長い棒のような物を背中に軽々と背負っている。
明らかに小柄なクロイエと並び立つと、その体躯が並外れているのがよく解る。
「……なによそれ? と言うか、広場に商人が全然いないじゃないの……。まさかまた街道でワイバーン辺りが大暴れしてるとか、そんなんじゃないでしょうね? せっかく街道警備隊を商人ギルドに多額の援助をしてまで編成したのに……あの犬コロ共は、一体なにやってるのかしら!」
「お嬢様……ですから、現時点ではまだ、何も解りません……。情報収集が必要であれば、我らにお命じいただければ、いくらでも……お嬢様は、そこの喫茶店でお茶でも飲みながら、吉報をお待ち下さい」
「なんだか、頼りにならないのね……。私が普段からあれほど、情報の重要性を語っているのに、これから調べますなんて……職務怠慢じゃないのかしら?」
どことなく、小馬鹿にした物言いにメイドの目付きがギンッと悪くなる。
通りすがりの若い男性がその様子を目にして、ビクッと背筋を正すのだけれども、クロイエは涼しい顔だった。
しばし、無言でクロイエを見つめていたメイドも諦めたようにため息を吐く。
「例の女神様がまたぞろ何か妙な事を始めたらしいからって、国内視察をする……そこまでは解ります。で・す・がっ! なんでっ、昨日の今日で、出立されるんですか! 我々にも訪問先の安全確認や現地親衛隊及び下位組織の非常呼集など、色々と段取りというものがあるので、もう少し出立を待っていただきたかったです! ろくな準備も整える時間もなかった上に、着いた直後に、現地情報も何もあったもんじゃないとは思いませんか?」
それを見て、流石に悪いと思ったのかは知らないが、クロイエも表情を崩すとクルリと踊るように謎のポーズを決めて、満面の笑みを浮かべる。
「うふふっ……私は、思い立ったが吉日で行動する主義なのよ! まぁ、確かに無茶振りだったかしらね。うん……少しは悪いとは思ってるのよ?」
「はぁ……リョウスケ様だって、そんな調子でしたからね。我ら、側仕えのものはいつも振り回されてばかりで……そんなところまで、父君を見習わなくとも、よろしいのではないでしょうか?」
「そうね……でも、物事にはそこで動かなければ、全てが台無しになってしまう「機」ってものがあるのよ。お父様もよくおっしゃってましたけどね」
「お嬢様は、それが今だったと……そうおっしゃるので?」
「そう言うことよ。と言うか、この私がわざわざこんなラキソムなんて、王国の隅っこまで来てやったってのに、誰も私に気付かない上に、出迎えも来ないってのは、どういう事なのかしら?」
「そりゃ、転移魔法でひとっ飛びでしたから、先触れも何もありませんでしたからね……。言っておきますけど、我々が現地へ連絡するよりも早く出立してしまったお嬢様の方に問題があります! そもそも、護衛チームだって、たまたま私がギリギリ間に合っただけ! 他の者達を全員置いてけぼりにするなんて! お嬢様は我が国の最重要人物……何より、その転移魔法は国家最高機密です! もう少し、ご自愛くださいとあれほど……」
「なによ……あんた達がモタモタしてるのが悪いんじゃないの……。私はあなた達へ、視察へ出るってちゃんと宣言したし、一時間も待ってあげたのよ? ウルスラだけでも便乗させてあげたんだから、良しとしなさいよ……」
「と言うか、そもそも……おひとりで行くつもりでしたよね?」
ウルスラがジト目で冷たく言い放つと、クロイエも露骨に視線を逸らす。
「……ちっ、相変わらず、良い勘してるわね。たまには、私だって一人気ままなお忍び旅くらいしてみたいの。アンタ、悪目立ちしすぎるんだもん……護衛役もいいけど、ホントはもっと目立たない子にして欲しいんだけどさ。アージュなんかその点、背丈も私と変わらないから、普通に溶け込めるんだけどね」
「私は父君から、お嬢様の守護者となるよう命じられております。それに、親衛隊者達も同様……クロイエ様をお守りすることを至上命題としております故、単独での視察行など論外でございます。我らはお嬢様の手足であると常日頃言っておりますよね? お嬢様はもっと配下を効率的に使うすべを覚えるべきでございます」
「……はぁ、律儀で忠義に篤すぎる部下ってのも考えものよね。でも、確かにこれって、軍事転用なんかしたら、暗殺や奇襲、情報収集なんて思うがままよね。帝国のキティ大帝辺りが知ったら、発狂して明日にでもうちに攻め込んでくるでしょうね。でも、人前じゃ使わないって、その程度の自重はしてるわよ? 転移先も無人の別荘の地下室に設定したじゃないの」
「……転移魔法は、緊急時以外はあまり、気軽に使うべきではありません……これも何度も言っておりますよね? お嬢様の事は、お忍びで各地を視察して回っていると言う話が流布されてますから、一般人に見つかっても問題はありませんけど。帝国の間諜に見られたら厄介ですよ? 帝王はおっしゃる通り偏執狂の愚物ですけど、執政のフランネル……アイツはヤバイですね。一体何年生きてるのか知らないですが、正真正銘のバケモノです。何より、奴は一を知り十を悟ると言われるような切れ者です……だからこそ、我々も帝国の間諜の侵入防止に総力を上げているのです」
「あら? 鬼神と恐れられるウルスラでも怖いものがあるなんて意外っ! フランネルだって、万能じゃないって私も知ってるんだから、必要以上に怯える必要はないんじゃないかしら?」
「……敵は過大評価するくらいで丁度いい……私はそう考えます。とにかく、あまり目立たないようにしていただかないと、我々が困りますので、何卒お願いします」
「はいはい……まぁ、私も本来はお姫様……なんて言われる立場なのよね。こうやって気軽に国内をお忍びで歩ける今の立場は気に入ってるから、ウルスラ達、親衛隊にあまり面倒かけないように気を付けるとするわ」
「ご理解いただき、恐縮です。ところで、お嬢様……あの人混みは何事でしょうか?」
ウルスラが指差す先は、行商人の露天屋台。
看板には「異世界の商店にて入手した珍品の数々!」などと言う煽り文句が書かれている。
その周囲には、大勢の人々が囲んで、数少ない広場の露天商の中でもひときわ目立っていた。
「異世界の商店? なにそれっ! 面白そうっ! 行くわよっ! ウルスラ! ついてらっしゃいっ!」
看板を目にするなり、目を輝かせるお嬢様。
彼女は、好奇心が服を着て歩いていると評されるくらいには、珍しいものに目がなかった。
「ちょっと待ってください! お嬢様っ!」
ウルスラの静止を無視して、クロイエお嬢様は猛ダッシュで屋台へと駆け寄る。
彼女の走る速度は、軽く人外レベルの凄まじい速度で、ジャンプひとつで軽く人々の頭上を通過していく……道行く人々も何事かと彼女に注目する。
さっき、少しは自重すると宣言したばかりなのに、この調子……そんな彼女の付き人なんてやっているウルスラは、結構苦労人なのだった。
色々熟考の結果、ひとまず幕間を置いて、
高倉オーナー視点で続けることにしました。
更新間隔もスローペース化するでしょうけど、お付き合いください。




