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第一話「プロローグ」④

 とにかく、現状このコンビニの経営状態は、ダメダメだった。


 親父達も、今のうちの経営状態を知って、いつ店を畳んでも文句はないって言ってくれてはいる。

 

 仕事だって、大学時代の友人が会社経営を始めていて、いつでも社員として迎え入れてくれると言う話をしてくれている。


 それにフランチャイズ本部も、すでに撤退やむ無しの判断に傾きつつあるようだった。

 先週のSVとの打ち合わせでは、向こうの方が万策尽きたとギブアップ宣言をしてたくらいだ。


 とは言えども、僕個人については、相応に評価してくれているらしく、いっそ別の店の雇われ店長にならないかと言う話も来ている。

 

 つまり、もういつ店を畳んでも、何処からも文句は言われない。

 

 僕が店を畳むと、近所の人達は少し困るかもしれないけど、ちょっと国道の方へ行けば済む話。

 1kmも離れてない国道沿いの同じイレブンマートはそれなりに繁盛してるようだからね。

 

 新しい道、新しい人の流れ、時代は移りゆくものなのだから、もうしょうがない。

 ……なのだけれども。


 思い立ったように椅子を立つと、僕はぐるりとコンビニの店内を一周する。


 もはや、築30年位にはなる二階建てのこの店舗。 

 お客から目につく所は、綺麗なもんだけど、ドアや階段、壁の作りとかは昭和を感じさせる作りだった。

 

 いくら掃除しても、30年もの年月が染み付いた汚れは簡単には落ちないから、どこかうら寂れたような印象が付きまとっていた。


 一階部分は、無理矢理店舗スペースを増やしたので、増築した部分だけ壁紙が妙に綺麗。

 外から見ると、一階平屋に2/3くらいの大きさの二階があると言う、妙に不自然な形の建物になっている。

 

 二階は雪かき道具とか、日よけと言った滅多に使わないものを仕舞い込んでる物置と、居住スペース……要するに、自宅だな。

 

 学生時代から使ってる六畳の和室が僕の部屋、今の僕の主な生活スペースだった。


 敷きっぱなしの万年床状態のベッドの上には、ロクにたたまない洗濯物の山。

 山積みになった漫画やDVD、最近、すっかりやらなくなったTVゲーム機。


 そして、埃を被ったデスクトップPCが置かれた、かつては勉強机だったPCデスク……まぁ、そんな感じだな。


 ちょっと女の子は、呼べない部屋だな……18禁本やらエロ同人ゲーム……なんてのも割と堂々と転がってる。

 

 他は……お袋がいつも狭いと文句を言っていた小さな台所に、風呂とトイレ。

 かつては、テレビが置かれていた居間は、半ば物置と化している。

 

 両親の部屋もあえて、そのままにしてる。

 今は亡き、爺様達の部屋も時間が止まったように、そのままにしている。

 

 僕は……。

 生まれ育った我が家でもあるこの店に、酷く愛着を持っていた。

 

 そっと目を閉じると、昼夜を問わず、忙しく働く親父やお袋の姿が思い浮かぶようだった。

 

 僕がヘマって、棚卸しの時に付けた柱の傷の跡や、何度も塗り替えて、剥がれかけたペンキの下から薄っすらと僕がガキの頃に書いた落書きが顔を覗かせているのを見て、思わず苦笑する。

 

 子供の頃のことを思い起こす。

 

 発売前の漫画雑誌だって誰よりも早く読めたし、暑い夏の日にはアイスボックスから、アイスをちょろまかしたり……。

 倉庫からポテチやら飲み物を持ち出して、裏山の秘密基地に籠もったりとかしたもんだ。

 

 商品を勝手に食うなと、怒られたりもしたものだけど……。

 雨の日も風の日も、大雪が降ってても、家に帰ると、いつも必ず親父かお袋が出迎えくれて……。

 

 小学生のくせに、いっちょ前にレジを打ったり、商品を補充したり……せっせと駐車場の草むしりをして、労働の対価にもらう小遣い。

 

 あれで、お金を儲ける事の大変さ……労働の尊さを学んだ。

 普通のサラリーマン家庭とは、全然違ったけど……僕は、このコンビニが大好きだったんだ。

 

 そう言えば、店の従業員たちにも随分可愛がられていたっけ……。

 どうして、僕は、あんな風に恩を仇で返すような真似を平然としてしまったのだろう?

 

 最近のこの絶望的な人手不足の惨状を見ていると、あの時の僕の決断が間違っていたと痛感する。

 

 立ち止まって、天井を見上げる……。

 シミの場所や形まで知り尽くしてて、さすがにちょっと苦笑する。


 そう……このコンビニには、僕の半生が……家族皆が揃って、誰もが幸せだった頃の思い出が詰まっていた。


 あの頃にはもう帰れないのだけど……このコンビニが残っている限り、思い出はなくならない……そう思っていた。


「潰したくは……ないよなぁ……ちくしょう……ちくしょうっ!」


 壁の傷を撫でながら、思わず呟くと、自然と声が震えて視界が曇る。

 

「なーお」と、一声鳴いて……心配そうな様子で、テンチョーが足元に駆け寄ってくるので、抱き上げる。

 

 これでもかってくらいに、顔をペロペロと舐められる。

 ヤスリみたいな舌は、ザリザリとした感触でちょっと痛いんだけど、これは猫にとっては、目一杯の親愛表現。

 

 この店を手放すとなると、もうこの地に残る理由もない……。


 必然的に、親父達の暮らしている東京のタワマンに引っ越すことになるのだけど……。

 あのタワマンはペット禁止だから、テンチョーは連れていけない。

 

 フランチャイズの雇われ店長になるにしたって、どこに飛ばされるか解ったもんじゃない。

 雇われ店長は、あくまで雇われ店長なので、今みたいに僕の好き勝手には出来ない……今はオーナー特権で多少緩くやっても許されてるから、なんとかなってるけど、さすがに雇われ店長ともなると、そんな手抜きやいい加減な業務態度は許されない。


 ぶっちゃけやってらんねぇよ……そんなブラック確定業務なんてさ。

 

 友達の会社も、海外相手に取引するような会社だから、海外赴任なんてのも十分あり得る……ヤツ自身社長なのに群馬の自宅に滅多に帰ってこれないような有り様だからなぁ。

 

 いずれにせよ、どう転んでも猫の面倒なんて見きれない……。

 ここまで大きく育ってしまうと、人にあげようと言っても貰い手なんてなかなか付かない。

 

 最悪、どこかに捨ててくる……なんて話になりかねない。

 

 テンチョーとは、もう五年位の付き合いになるのだけど、僕にとっては、もう家族も同然だった。

 家もだけど、家族を捨てるなんてのは……絶対に嫌だった。

 

 まだまだ白旗を上げるわけにはいかない……。

 正直言って、心が折れかけていたのだけど、改めてそう思い直す!

 

「僕の戦いは、まだまだこれからだっ! そうだろ! テンチョーッ!」

 

 そんな風に一人、気を吐いていると、テンチョーが応えるように「にゃーん」と鳴いて、背中をよじ登ってくると、顔に頬ずりをしてくれる。

 

 うん、まだまだやりようだってある。 

 まだ終わっちゃいない! 近くに大型ショッピングセンターが出来るなんて話もあるし、そうなったら客の動線だって、戻ってくる。

 

 ジワジワとだけど、景気だって良くなってきてるし、群馬は災害も少ない割に都心にも近いということで、新しい住民だって増えてきてる。


 ここは踏ん張りどころ……刀折れ、矢尽きるってほどまで、追い詰められても居ない。

 つまり、まだまだ目はある……諦めるには早過ぎるっ!

 

「よし! もうちょっとがんばるかっ! テンチョーも皆の癒やし役として、店の客寄せマスコットとして、一緒にがんばってくれっ!」


「ウルニャンッ!」


 喉を鳴らしながら、返事をしたから、震えたような変な鳴き声になるテンチョー。

 まるで、僕に頑張れーと言ってくれてるようだった。


「……さて、ちと寒いだろうけど、外の掃除でもするか……」


 気分を新たに、そう言ってレジに向かい、吊るしてた上着に袖を通そうとしていると……。

 

 テンチョーが唐突にビクッとして、僕の肩から飛び降りると、自動ドアの前まで行って、店の外を凝視し始めた。


 耳をピクピクと動かして、目を大きく開いて、明らかに何かに警戒している様子。

 

「……テ、テンチョー?」

 

 そう声をかけた直後、地の底から響くような重低音が何処からともなく轟き出す。

 

 季節外れの雷とも違う……大きなダンプカーが何台も連なって迫ってくるようなそんな音。

 続いて、唐突な目眩に似た感覚に思わずフラフラとヨタ付いてしまう。

 

「あ、あれ……ど、どうしたんだ? な、何だ、これ……」

 

 とっさにレジに手を付きながら、リカーコーナーの酒瓶がカタカタと音を立てだした事で、僕は始めて地面が揺れ始めていることに気づいた。

 

 レジ台の上のスマホが、唐突にけたたましいアラーム音を鳴らし始める!

 その音は……人を不安に陥れるような音。

 

 これは……何度も聞いた音だ!

 

「……き、緊急地震速報ーっ?!」


 その警報の名に思い当たり、叫ぶのだけど、ほとんど同時にそれはやってきたッ!

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