第十一話「猫耳オーナー、覚醒の時!」②
「ちげーよっ! テンチョーッ! そ、そんな誤解を招くような事言わないでよっ! こうしないと水の勢いの調整がうまく出来ないんだよぉっ!」
……実際やってみて解ったのだけど、水の勢いの調整は、足で尻尾を締め付けると抑えられて、緩めると勢いよく出る。
何より、思ったより反動が強い……モモちゃんのは、チャーッと言った程度なんだけど。
僕のは、明らかに出が激しいっ! すごいぜ! もうドッバドバだ!
その勢いは凄まじく、ちゃんと足で挟んでおかないと、尻尾自体が水の反動で暴れて、狙った所に水をかけるどころじゃなくなりそうだった。
なるほど、モモちゃんが足の間に尻尾を挟んでたのは、そう言うことか。
ちらっと横目で見るのだけど、相変わらずモモちゃんは内股気味の立ちションスタイルでジョビジョバやってる。
勢いのなさをカバーするためなのか、ややのけぞるような姿勢になってて……。
……なんか、卑猥だ……。
モモちゃん、そのポーズはアカンで。
だが、彼女の名誉の為に、これだけは断っておかねばならない!
これはそんな卑猥な行為ではなく、必死の消火活動なんだっ!
テンチョーに言われたせいで、自分がどんな格好で水撒きしてるか、自覚したみたいなんだけど……。
逃げ出そうともしないのは、彼女なりの責任感なんだろう。
なんと言っても、このあちこちが燃えている状況ってのは、限りなく瀬戸際に近い。
屋上から燃え広がった炎が階下にまで延焼してしまったら、もう手がつけられなくなる……!
ついでに言うと、手も離せない……ホースで水撒きしてるとこで、手を離したらどうなるかなんて、誰にだって解る。
だから、この手は決して離せないっ! つか、どうやったら止まるんだ? これ……。
思ったより、勢いがあるせいか、片手だと勢いに負けそうになるから、腰の前で両手を添えて、腰を落として重心をさげて……。
と……そんな訳で、必然的に立ちションの如くになってしまうのだっ!
……げ、下品だ。
どうしょうもなく、下品だ。
下手に股間のあたりにモザイクとかかけたら、むしろアウトであろう。
でも、背に腹は代えられない! って言うか、割と際限なく水出るんだけど……これ。
止め方とか、扱い方をちゃんと聞かずに、後先考えずに真似しちゃったけど……早まったかも?
「しまっ! キャアアッ!」
振り返るとランシアさんの被っていたマントに、炎の矢が直撃したらしく火が燃え移っていた。
「モモちゃん! ランシアさんがっ!」
モモちゃんにも声をかけて、二人がかりで尻尾から吹き出す水を引っ掛けて、消火!
あっという間に火も消えるのだけど、美人エルフさんに向かって、立ちションの如く……なんだこの薄い本みたいな展開はっ!
「なんか! なんかっ! ごめんなさいーっ!」
そんな事、言ってる場合じゃないんだけど……なんとも言えない罪悪感と背徳感で、そんな言葉が口をついて出てくる!
「い、いえ……。ゴホ……あ、ありがとうございます……。タカクラさんって、水魔法の使い手だったんですね」
水の勢いが強かったせいで倒れ込み、ぺたんとお尻を着いた格好で座り込む、水も滴る良いエルフ状態なランシアさん。
火傷もしなかったみたいだし、問題無さそう……よかったよかった。
でも、服が水で張り付いて、あちこちスケスケな感じになってるし……煙を吸い込んでしまったようで、ゴホゴホと咳き込んで、涙目になってる。
おまけに、倒れた拍子にスカートが捲れ上がってて、太ももとか色々見えちゃってて……やっぱり、薄い本?
「いや……モモちゃんの真似しただけで、僕自身魔法なんて初めて使ったんだけど……」
とりあえず、具体的に描写できないほどの透けっぷりに、自然にアワアワしてしまう僕。
ガン見とかしたら、アカンのだけど……。
ランシアさんもちらっと自分の姿を見てはいるんだけど、透けてるのとかは、気にも止めてない様子。
いや、そこは気にしようよっ!
「……そ、そうなんですか? 魔術って、そんな簡単に人真似した程度で使えるようなものじゃないですよ。でも、オーナーさんは、精霊にも好かれてるみたいだし……才能があるのかもしれないですね」
「才能……ですか? 僕は……特に変わったことも……自分が何の種族かも良く解ってないんだけど……」
「魔猫族……ってご存知ですか?」
「ま、魔法を使う猫の妖精だったかな? ちょっと違うかも知れないけど」
うん、アイルランドの民話に出てくる猫の妖精ケット・シー。
長靴をはいた猫のモデルという説もあったり、日本でもよくゲームとかに名前が出てくるから、比較的よく知られている。
「その認識で、大体あってますよ。数ある獣人族の中でも、例外的に強力な魔術の使い手揃いと言われた猫系獣人の上位種族の一つです。帝国との戦いでは、率先して最前線で勇猛果敢に戦い、その数を減らしてしまって、もはや幻の種族だって聞いてましたけど……。タカクラさんもそうなんじゃないですかね」
魔猫族……なんかすごそう。
魔法特化とか、そんななのかな?
確かに、ゲームなんかでも、ケット・シーといえば、幻術とか魔法とかで戦うような感じだったな。
……猫耳と猫尻尾以外、取り柄ない……なんて思ってたけど、それなりに凄いのかも。
でも……よ、妖精……っ!
メタボ気味のおっさん妖精とか、もう泣いて謝れってレベルだっつのーっ!
だが、それは他でもない僕の話なのだ。
色々……すまん。
「か、可愛くなくて、ほんとうにごめんなさい……」
知らず知らずのうちに涙目になってる僕。
「えっと? タカクラさん、良く解らないけど、落ち込まないでくださいよ……」
ランシアさん、優しいな。
とりあえず、目のやり場に困ったんで、さっき貸してもらって羽織ってた墨塗りの布をランシアさんの肩にかけてあげる……これぞ、紳士の行い。
でも、太ももとっても眩しいですよ?
一方……テンチョーは……。
相変わらず、同じ攻撃パターンで、相手を寄せ付けないんだけど、当たりもしない攻撃を続けてる。
「うにゃにゃにゃにゃーっ!」
ちょっとは慣れたのか、連射力も上がってるようで、割とビュンビュンと派手に射ってるんだけど……。
途切れなく撃てるとかそんなじゃないし、相変わらずエラく目立つ上に、なにより偏差射撃……動き回る相手の未来位置を狙う射撃方法なのだけど、それが全然出来てないみたいだ。
やっぱり、上手く使いこなせてないな……近付かせてない事と、相手にプレッシャーを与えると言う点では、よくやってるとは思うんだけど……。
とは言え、相手の攻撃ももはや、脅威になっていない。
盛大に水を撒いたせいか、霧みたいなのが立ち込めてる上に、屋上も水浸しになってるから、炎の矢も建物に当たる頃にはすっかりショボくれた代物になって、当たっても、すぐ消えてしまっている。
……これはもう、直撃以外は問題にならないな……。
屋上にあるものなんて、台風が来ても耐えられるような防水性は完璧なものばかり。
いくら盛大に水撒きしたって、問題にならない。
炎の矢も鈍くさいから、もはや僕の放水ですら、水を絞れば撃ち落とすことが出来ている。
……水撒き程度の魔法でも、結構役に立つじゃないか。
これって、応用次第で結構便利使い出来るんじゃないかな?
放水っても暴徒鎮圧、不審船への威嚇とか非殺傷兵器としては、それなりに有効だし。
単純な水と言っても、その質量の暴力ってのは侮れないものがある。
いくら殺伐とした弱肉強食の世界だからと言って、積極的に人殺しとかしたいと思えないから、意外と僕にとっては相性のいい魔法かも知れない。
でも、テンチョーの方は、どうしたもんか。
テンチョーは確かに、望んだ魔法を自由に使えるって言うチート持ちなんだけど……。
その気質と明らかに、ミスマッチが起こっているように見受けられる。
なんせ、元は現代日本の飼い猫だもん……。
猫にとっての戦いって、基本爪と牙を武器にしての肉弾戦。
そんなのが、いきなり空飛んでる敵と、飛び道具ありありの魔法戦闘とか対応できるわけがない。
なんでもありの魔法チートと、猫の一度集中すると周りが見えなくなる思考パターン……多分、相性があまり良くないんだ。
なんでもありってのは、便利なように見えて、選択肢の幅が大きすぎるとも言える。
広い見識や色んな経験、発想の飛躍……そんなのがあれば、無敵チートと言っても良いかも知れないけれど。
未経験の敵、未経験の戦い……となると、逆に思考が追いつかなくなるんだ。
そして、この光の弓矢だって中途半端に対抗できてしまっているから、テンチョーもこれで撃ち落とすことにこだわってしまっている。
この戦い……負けることもないだろうけど、勝てる見込みはまったくない。
けれど、ここで取り逃がしたら、敵は今度は今回得た情報を元に対抗策を練ってくる。
そうなると、間違いなく次はもっと厳しい戦いになる。
ここはもう、どんな手を使ってでも、アレを撃破する必要がある。
……となると、ここはやっぱり僕の出番だ。
僕は、ゲームやらアニメやらなんやらで、無駄な知識だけは豊富だ。
それに、伊達に年を食っちゃいない……発想の転換、前からが駄目なら斜め上からやればいいじゃん的な思考。
これに、ついちゃ定評もある……斜め上の発想をさせたら、僕はなかなかのものなんだぞ?
けど、僕自身の能力は低い……直接、あのワイバーンを倒すだけの力なんて無い。
となれば、僕は頭を使ってテンチョーの手助けをするしか無い。
……なにか、いい手はないだろうか?
立ち止まらずに、常に考え続けること……たぶん、それが僕の武器だ。




