第十一話「猫耳オーナー、覚醒の時!」①
「ランシアさん、今のって炎の矢とか? 初心者用とかそんな感じの……」
ファンタジーものの定番初期魔法! ほのおのやーっ!
だと思うんだけど、めっちゃくっちゃ撃ってきてた。
数が数だけにランシアさんも、結構大きな水の膜で防御していたんだけど。
初期魔法みたいなのが、あんなスーパーばら撒き弾とか言ったら「おいおい、ちょっ! 待て!」って感じである。
「ですね……炎の矢なんて、初級魔術師でも撃てるような最低級の魔術なんです……。速度も歩くスピードくらいしか出ないんで、本来、牽制くらいにしかならないんですが……。逆を言えば、少ないコストで大量にバラ撒くってのもありなんですよ。こちらもこんな風に動ける範囲が少ないと、今みたいに水の盾で防ぐしかありません……。出来れば、場所を変えてこちらも移動しながら、戦いたいところなんですが、ここは見晴らしもいいので、悩ましいところです。地上でもゴブリンや魔獣がジリジリと包囲網を展開しているような感じなんで……監視の手は緩められません……あるいはそれが狙いなのかも」
むー、低コスト魔法を数の暴力でって……冷静に考えると、厄介な戦術だよな。
確かに、この屋上は元々の建物部分の屋上だから、せいぜい15m四方くらいしかない。
おまけに、発電用のソーラーパネルが並んでるので、歩けるところなんてたかが知れてる……。
安い魔法で確実にこちらの戦力を削ぎにかかる……ワイバーンなんかより、背中に乗ってる奴の方がよほど脅威な気がしてきた。
話してる間にも第二陣の炎の矢が迫り、ランシアさんが水の盾で防御する。
……テンチョーも光の矢を射掛けているのだけど、相手は空中に止まったり、急加速したり……。
まるで、戦闘ヘリのような動きで巧みに避けていく。
これに対応するとなると、誘導ミサイルみたいに相手を追いかけていく攻撃か……もっと弾数を増やして、数のゴリ押しで当てる。
とにかく、羽に穴でも開けて、地上にでも落としてしまわないと、ちょっと厳しい。
けど、相手もこちらが屋上から逃げないのを良いことに、次々と炎の矢を打ち出してくる。
威力も速度も低いとは言え、数が揃えば厄介な攻撃だ。
ランシアさんが、水の膜を作ってくれるのだけど、防げる範囲や数に限度があるようで、何発かは突破して、屋上のあちこちに当たって、火の手が上がりだす!
「わっ! わっ! 燃えてるっ!」
……消火器は一階や二階の台所に行けばあるんだけど……こんなあちこち燃えると、一個や二個の消火器があっても、間に合わない! ど、どうしようっ!
「オーナーさん! 火を消すにゃっ! 水の魔法くらい使えないのかにゃっ!」
パリンちゃんが炎に湿らせた布を被せながら、そんな事を言うのだけど……魔法なんか使ったこと無いしっ!
「わ、わたしがやりますっ!」
……モモちゃんだった。
いつのまにか、屋上に上がってきたらしくて、尻尾の先から水を出すって魔法で消火し始めてくれる。
でも、足の間に尻尾を挟んで、水撒きをするという女子的には、どう見てもアウトな絵面……。
……モモちゃん、それ、すごく……立ちションです……。
「ね、ねぇ……モモちゃん、なんで尻尾から水、出してるの? あと、そうやって股に尻尾挟むのって、色々アレなんだけどさ」
「お、おかしいですか? でも、私達猫獣人って尻尾が魔力を司る器官なので、魔法は尻尾から出るんです! テンチョーさんだって、同じようにやってますよ!」
実際、テンチョーの尻尾も、光の矢の製造機みたいな感じ。
うーん、猫耳の尻尾って、そういうものなのか。
そう言えば、最初に癒やしの魔法使ってた時もテンチョー、尻尾を添えてたような気もする……。
『ただし魔法は尻から出る』
有名なコメディファンタジーの迷台詞なんだが、それと同次元の気がする。
もっとも、普通に尻尾の動かせる範囲だと、背中方向へしか出せないってことになる。
尻尾もそこまで自由自在に動くかと言えばそうでもない。
精々ブンブン振るとか、立てたり寝かせたり、足の間に巻き込むとかそんなもん。
腕とかと違って、無数の関節で繋がってる上に、そんなに力があるわけでもない。
だから、足に挟んで前に向けて固定するってのは、理にはかなってるような。
でも、普通に脇に構えるとかじゃ駄目なのかな……。
改めて、モモちゃんの様子を見ると……腰の前に両手を構えて……。
どうみても、立ちションです! 本当にありがとうございますっ!
一応、ミミちゃんもついてきたみたいだけど、階段のところから伏せながら、おっかなびっくり顔をだしたところ。
モモちゃんも、ホントは怖いのを必死に堪えてるらしく、涙目状態で、それでも火を消そうとがんばってる!
……二人にとっては、ワイバーンは恐怖の象徴。
目の前で仲間が無残に食べられた……なんてこともあっただろうに。
にも関わらず、僕らの店を守るために出来ることを必死に探して、怖いのも我慢してこの場に来てくれた。
もっとも、その尻尾から湧き出す水も、チョロチョロと言った調子で……火の勢いの前には無いよりマシ程度なんだけど……。
ランシアさんは、ワイバーンまで届く攻撃手段がないようで、テンチョーを攻撃に専念させるべく、水の防壁を作る事に集中してるから、火を消すような余裕なんて無いみたい……。
時々、勢いのいい炎に水の矢を飛ばして消してくれてはいるんだけど、元は攻撃用なのか、当たったとこのコンクリが吹き飛んでる……屋根に穴空きそうだし……雨漏りしてそう……。
パリンちゃんも、火を目印によってきた巨大昆虫と戦い始めてて、それどころじゃないみたいだし……。
ああ、くそっ! 地上でも流れ弾で、あちこち火が出てるし……。
テントにも燃え移ったりで、大変なことになってる。
助けを呼ぼうにも、誰も彼も手なんて空いてない……。
「僕にも……僕にもなにか出来ないのかっ!」
このままじゃ、何もかも燃えてしまうじゃないかっ!
僕は、何しにここに来たんだ! このままじゃ、何の役にも立たないっ!
出来る出来ないじゃない! やるしかないんだっ!
「や、やってやるぞっ! こ、こうだーっ!」
半ばやけっぱちで……モモちゃんを真似して、尻尾を足の間に挟み込んで、所謂、立ちションスタイルで、尻尾を炎に向かって構える!
「いやぁ……なんと言うか……すごく大きい……です」
思わず、自嘲気味の変な笑みとセリフが自然に浮かぶ。
いや、シリアスな場面のはずなんだけど……この絵面……しまらないなぁ……。
「モモちゃん……その魔法って、これからどうするんだい?」
「あ、はい……尻尾が水になったような感じにイメージするんです! そして、その水をギュッと絞り出すようなイメージで!」
尻尾が水に、ぎゅっと絞り出すような……か。
なんかすごく曖昧なんだけど、とにかくイメージが大事ってことか。
モモちゃんの話だと、尻尾は魔力媒体……要するに魔法使いの杖みたいなもんなんだろう。
かつての、人間だった頃の僕には出来なくても、この猫耳と猫尻尾の人外の身体なら出来るっ!
目をつぶって、尻尾が水になったような感じ……水の尻尾……イメージ、イメージ!
とにかく、尻尾に水が集まっていって、先から吹き出すイメージでっ!
「ここはひとつ、覚醒の時っ! いっけーっ!」
僕の気合に応えるように、一瞬尻尾が震えるような感覚がしたと思ったら、ジョバーッ! っと、そんな音を立てて尻尾の先から、放物線を描きながら水が出て、たちまちひときわ盛大に燃え盛っていた炎を消していく……。
後ろから見たら、立ちションで消火してるように見えるだろう。
……これは……酷い。
「は、初魔法だーっ! けど、出来た! 僕にも魔法が使えたよっ!」
さすがに、これは……感動ものだろうっ!
異世界で、アバウトな助言だけで魔術を使いこなす……それもぶっつけ本番で!
やばいっ! 僕、異世界主人公みたいだっ!
「うにゃっ! ご主人様っ! それにモモちゃんもっ! オシッコはトイレでするにゃんっ!」
……テンチョーが振り返ると、恥ずかしそうに、目線をそらしながら、そんな事をのたまう。
のぐぉおおおお……せっかく盛り上がってきたのに、テンションだだ下がりだよっ!!
おまけに、モモちゃんがあんぐりと口を開けて、自分の尻尾と僕の尻尾を交互に見比べて、ボンッと擬音でもつきそうな感じで、顔を真赤にする。
ごめん、本当にごめん……意味、解っちゃったんだね。
オーナーついに覚醒っ!
ただし、魔法は尻(尾)から出る。
シリアスさんがログアウトしました……。




