第四十七話「決戦! 魔神ロア」①
どうする……事も出来ないのか! いや、まだ出来ることだって……。
そう思った次の瞬間、大倉が吹き飛ばされて、壁に叩きつけられる。
「……クソっ! 今のは例のリーシアさんの鋼草って奴か? なんて早い上に、重い……。ちくしょう……今ので肋が……逝った……! ごほっ……」
そう言って、血を吐くとがっくりと項垂れる大倉。
あの大倉がたった一撃で……。
「大倉! しっかりしろっ! ロアーッ! てめぇっ!」
「アハハッ! 君の怒り、君の絶望が伝わってくるよ! ああ、なんて気分がいいんだ。それっ! 次は君の番だよ!」
十分に警戒していたつもりだった。
けど、何の前触れもなく、膝に衝撃……次に激痛。
一瞬で天井近くまで吹き飛ばされて、続いて視界がグルグルと回って、地面に叩きつけられる!
「ぐっはぁっ!」
右足の感覚がない……見ると膝から逆方向に足が折れ曲がっている!
「あ、足が……ぎゃああああああっ!」
思わず悲鳴をあげてしまう。
大倉が見切ることも出来なかったのも当然だ。
僕の目を持ってしても、早すぎて影しか見えなかった。
けど、まさか……反応すら出来ないなんて!
「おやおやおやぁ……。ごめんね、手加減したつもりだったんだけど、いきなり足が面白い方向に曲がってるね。ああ、実に痛そぉだねぇ……でも、その程度じゃまだ死なないよね。次はどこを行こうかな? 目をえぐり出すとか、思い切って手足を引きちぎるってのもいいよね。ああ、君の悲鳴が実に心地良い! それにその顔も実にいい……絶望を悟って、打ちひしがれる! 最高だよっ! それでなくちゃあっ!」
……そう言って、拍手をしつつ、ゆっくりとロアがこちらに向かって歩みを進めてくる。
完全に右足は使い物にならない……それに、肋も折れたみたいで息をするのも苦しい。
初手で足を殺す……敵ながら、上手いやり口ではある。
もはやこの時点で、僕は完全に死に体だった。
僕に出来ることは、涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、懸命に這いずって少しでも逃げる……その程度だ。
「……くそっ! くそっ! だ、誰か……助けてくれっ! こ、こんなところでーっ! なんでこんな事にっ! ざっけんな! ちくしょうっ! 最悪の展開じゃねぇか! クソがっ!」
「はははっ! 実に愛らしい反応でたまらないなぁ……。その様子だと僕が顕現する可能性も想定してたんだろうね。でも、こちらの世界の神々がこの僕相手に何も出来ないってのは、予想外だったんじゃないかな。まったく、ここまで神々が弱体化している世界なんて、もう時間の問題で滅びるんじゃないかな……。ま、知ったこっちゃないけどね」
「お前だって、元の世界には帰れない。いくら神様たちが弱体化してるからって、たった一人で何が出来る……ちくしょーっ!」
「うん、そんな事は百も承知だよ。何が出来るって……君をいたぶり殺すくらいのことなら出来るって言ったじゃないか。どのみち君の仲間は、そのほとんどが向こうの世界にいる。助けなんて求めても無駄だよ。さて、36回だったかな? 君が僕を殺したのと同じ回数は殺して、生き返らせてあげるから、そんな足が折れた程度で情けない顔をしないでくれよ……仮にも王様なんだろ?」
そう言うなり、ロアの指先から細い矢のようなものが放たれると、今度は左足に突き刺さる。
「ああああっ! あ、足が動かない……そんなっ!」
「うんうん、ちゃんと手加減してるんだから、大げさに騒ぐなよ……。ほらほら、早く逃げないと今度は腕を潰すよ?」
……理不尽とか言いようがなかった。
ほんの針穴程度だったのに、左足の感覚がない……。
「はぁっ……ひっ……ふっ……」
もうなりふりなんて構ってられない。
腕の力だけで、這いずりながらとにかく、逃げる。
無様だろうが、情けなかろうが……今の僕にはこんな事しか出来ない!
「嫌だ! 死にたく……ないっ! く、来るなぁああああっ!」
「ふふふっ、さっきの君の言葉を借りよう……相手が悪かった。ツイてなかったとでも思えばいい……人生ってのはそんなもんだっけかな? まぁいいや、命乞いでもしてみるかい? 僕が満足するような命乞いなら、少しは気が変わるかも知れないよ?」
くぅううううっ! そのまんま返しかよ!
ああ、刺さるな……これは。
確かに、ツイてなかった……あの大帝がまさかの自決なんて、僕だって予想してなかったからな。
そして、助けも来ない。
それだって承知だ……僕自身、向こうの世界でロアの決戦となるって想定してたからこそ、最低限の戦力で大帝に挑んだんだからな。
たられば……後からならいくらでも言える。
ここが僕の終着点……それも仕方が……ない……か。
そう思った瞬間、腕から力が抜けて、その場に突っ伏してしまう。
「なんだよ……もうギブアップなのかい? 諦めるのが早すぎやしないかい? なら……次は左腕をもらう。その後は右腕……手足が使い物にならなくなったら、目玉を抉って、舌でも引き抜いてあげるねぇ……はははははは!」
ロアの哄笑が響き渡る……。
もう、どうにもならない……そんな風に思ったんだけど……。
「フニャーオッ! シャアアアアアッ!」
不意に猫の威嚇の声が聞こえた。
声のした方に顔を向けると小さな黒猫が目一杯毛を逆立てて、ロアと僕の間に割り込んで、背筋を丸めて、尻尾を狸みたいにして、必至で威嚇していた。
「……テンチョー? なんでっ! 今の君じゃ……」
そうか……僕がヤバいって悟って、直行トンネルを伝って駆けつけてくれたのか!
でも……今の君は、女神の使徒の力を一切失った……ただの小さな猫なんだぞ?
なのに……なんで?
「ウァオオオオーン! ガァアアアアッ!」
今度は大倉に向かって、吠えるテンチョー。
「ああ、そうだな……。どう見ても、勝ち目なんて無い……けど、ここでみっともなく喚き散らして、逃げ惑うってのは違うよな? 先輩……。そして、まだ戦えるのに死んだふりしてやり過ごそうとか、たしかにみっともねぇよな。……まったく、猫に勇気づけられるとはねぇ……!」
そう言って、大倉も立ち上がると足を引きずりながら、テンチョーの隣に立つ。
尻尾の先で、大倉の足をパシッと叩いて、見上げるテンチョー。
「おうともっ! たかが肋が逝っただけ……俺はまだやれるぜ! 魔神だか、なんだか知らねぇが……んな、全裸の変態ヤローなんかに屈してたまるかよ!」
「ニャオーンッ! シュアァアアアアアアッ!」
二人共……正気かよ! って思うんだけど。
テンチョーも猫の姿では、ロアに勝てっこないなんて承知のはずだ。
それでも、勇気を振り絞って立ち向かおうとしている。
大倉だって、こいつが本質的にはチキンハートの持ち主だって事は僕だってよく知ってる。
どうも、死んだふりして誤魔化そうしてたみたいだけど……。
テンチョーの勇気に当てられたのか、さっきまで震えていたのにもうその足は微動だにしていない。
そして、勇気を与えられたのは僕だって一緒だった。
「へへっ、そうだな……たかが、足が折れただけだ。この程度……なんてことない! 発動っ! マッスルターイムッ!」
『鋼の如く我が剛腕』
全身の筋肉がボコボコと増強され、膝も折れるどころか完全にぶっ壊れてたんだけど。
まぁ、そこは無理やり治す。
折れた部分をまっすぐに直して、増強された疑似筋肉でつなぎ合わせて、固定する。
左足はどうも毒針みたいなのが身体の中に入り込んで、神経を麻痺させているようだった……ならば、毒針を筋肉の力で押し出すのみ!
血流操作で毒を散らして、解毒……痛みは、呼吸法で散らして、後は我慢!
そう……筋肉の力は、万難を廃するのだっ!
何より、足が千切れるだの、腕が折れるなんて何度も経験したからな。
死だって何度も体験したし、繰り返し殺されて生き返らされるのだって、経験してる。
うん……まぁ、さすがに強化を解いた状態で生身でここまで逝ったのは始めてだけどな。
最悪、レインちゃんなり、リーシアさん辺りに頼めば、多少手足がぶっ壊れてようが、ザクってぶった切って新しい足を生やしてくれるくらいの事なら、やってくれるだろう。
まぁ、死ぬほど痛いんだけどな! 痛すぎてわけ解んないくらいだけど。
痛かろうが、なんだろうが……立ち上がらないと死ぬっ!
戦士たるもの例え地に伏しても、絶対に諦めず、何度だって立ち上がる!
ラドクリフさんやセレイネース様もそう言ってた!
「へへっ! ロアッ! 悪いが……やられたふりはここまでだ! 今度こそ、お前を撲殺する! それも徹底的に……だっ!」
そう言って、立ち上がると三戦の構えで拳を構える。
まぁ、実際は立ち上がってバランスを取るのがやっとなんだが……。
それでも地面に倒れ伏してるよりはずっとずっとマシだ。
「はぁ……なにそれ。さっきまであんなにヘタれてたのに何、突然やる気出してるんだよ。こんなちっぽけな獣が一匹来たからってなんなんだ……。こんなショボクレた援軍で、僕相手に何を出来るって言うんだい……」
余裕たっぷりで、サラッと髪をかきあげて挙げ句に目まで閉じるとかやってる……。
なんだそりゃ……敵を前に随分な余裕だな。
テンチョーもその隙を逃さず、目にも止まらない速さでロアに飛びかかると、思いっきり猫パンチ! それも爪だし、左右ワンツー!
相当深くザックリやったらしく、最初左右4本の筋が出来た程度だったのだけど、すぐさまそこから赤い血が流れ出す。
「……こ、これは……痛み?! け、獣風情が……この僕の顔に傷を付けただと! な、なぜだ! くそっ! 舐めるなぁああああっ!」
すかさず離脱しようとしていたテンチョーの首根っこをロアも引っ掴んで、ぶん投げようとしてたみたいなんだけど。
テンチョーはまるで軟体動物のようなニュルンって動きで、ロアの手から逃れると、今度はロアの腕に噛みついて、ブラーンとぶら下がったまま猫キックの嵐!
でも、いくらなんでも、引っ掻いたくらいでどうにかなるようなヤツじゃない……と思ったら、次の瞬間……ロアの腕と顔が白い炎に包まれる!




