第四十六話「クズのカズマは二度死ぬ」②
「……まぁ、待て……そんなに警戒するな。ワシも今や、なにも出来ん存在であるからな」
そんな答えと共に、妙に平面的な顔色の悪い片眼鏡をかけた老人の姿が唐突に浮かび上がった。
……どうも立体映像とかそんな感じらしい。
「帝国宰相フランネル……! 貴様、どこにいるんだ! 姿を見せろ!」
大倉が吠えると、フランネルもパタパタと手を振る。
「ああ、知っているぞ。オオクラ二等財務官だったな? 女神の使徒の割には野心も目的もなく、一介の木っ端役人として日々つまらん仕事に励む……取るに足らん男だと思っていたが、よもやレベル5と互角に戦えるほどの剛の者だったとはな。能ある鷹は爪を隠す……まったく、ワシも見る目が無かったな」
「へへっ、よくご存知で……でもまぁ、帝国の幹部として取り立てることもせず、さりとていきなり連行して拘束するだの無粋な真似もせずに、敢えてほっといてくれた……そこは深く感謝してるぜ……。だが……その有り様、一体どうなってるんだ!」
よく見ると、フランネルは周囲を蠢く触手に囲まれていて、その体もなにかの液体に浸かっているように見えた。
とても人間には見えない有り様に、嫌悪感を感じて思わずたじろいでしまう。
「……ああ、そう露骨に嫌そうな顔をしないでくれ。まぁ、本来死すべき定めを無理やり延命させているのでな。この様な姿で失礼……なぁに、そちらのリーシア殿と言うエルフの魔女は、このワシすらも見逃してくれんかったようでな。鋼草とか言う植物がもう目の前でうごめいておる。下手な気を起こせば、瞬時に殺されるだろうな……まったく、実に興味深い。あの聖光教会のアメリアとか言う司祭もだったが、サルイーンなぞより余程優秀な者達ばかり。まったく、世界は……広いのだなぁ……」
「まぁ、うちのリーシアさんは最強だからな。だが、フランネル! お前どう言うつもりだ……お前こそが帝国の真の王……僕はそんな風に判断している。そこで打ちひしがれてる小物とはワケが違う……お前は……なにが目的なんだっ!」
「そうだな……本来ならば、あの世界を100年戦争をしない世界にする……そう考えて、世界の敵たる存在を育て上げ、世界を1つにまとめる……そんな風に計画していたのだがな。結局、この阿呆は中途半端なところで慢心し、やる事なす事裏目に出て、挙げ句に我が身可愛さで全てを投げ出しよった。結果的に帝国の支配体制は崩壊し、お前達の働きで10年程度のささやかな平和な世界が訪れる……そんな結果になってしまった……。まったく、恒久平和への道は……遠いな……」
「……それのなにが悪いっ! 100年の平和? 世界共通の敵がいれば……? そんな事で平和が簡単に実現できてたまるか! 帝国がまきちらした要らぬ戦乱と数々の悲劇……その男……カズマのくだらない理由で帝国の国民ですら大勢殺され、要らぬ異世界転移のせいで、こっちの世界まで混乱が波及したんだ! ワザとそんな化け物を作り出して、野放しにしていたんだとしたら……アンタの罪は重いぞ!」
「そうだな……。ワシも後悔しておる。結局、ワシも際限なく増長するこの男を止められなかったし、あれほどまでに強大な敵を演出しても、あの世界はまとまることもなく、次から次へと新たな戦乱を生み出していき、ただ無為に混沌だけが広がっていった。もっとも、お前達もワシの仕掛けを上手く活用したようではあるし、サルイーンも予定とは違ったがそれなりに上手くやってくれたようだ。だが、人類世界の恐怖の源……大帝とスライムが消えた……それだけでは結局帝国も分裂し、際限なく混沌が広がるだけであろうからな……詮無きことよな……。よいか? 貴様のやったことは、あまりに手ぬるい……10年どころか、ほんの数年足らずの仮初の平和を作り出した……その程度に過ぎない!」
思わず、大倉と顔を見合わせてしまう。
どうも、フランネルは自分の手で帝国の自爆スイッチを押して、その結果……帝国が崩壊し、群雄割拠時代にでも突入すると思いこんでいるようだった。
実際は……金の力で帝国は反体制派が力をつけたことで急速にまとまり、大帝の居ないまともな国へと生まれ変わりつつあるのだ。
そして、クロイエ様が皆に垣間見せた世界平和の道筋……大陸鉄道と大陸東回り航路の実現により、人やモノが繋がり、誰もが繁栄への道を歩む未来。
さすがに、100年とは言わないが、確実に数十年ほどの平和が実現される。
向こう側はそんな風になりつつあるのだ。
その事を告げるべきかどうか、迷ったのだけど大倉が頷き、どうやらこの老人に引導を渡すつもりのようだった。
「ああ、すまないが……フランネル老。貴方の予想通りにはならない。帝国はすでにこの高倉閣下と商業ギルドの札束の力で大帝無きあと、あっさりまとまって、新生帝国として生まれ変わり、世界の中心としての繁栄が約束された……そんな風になりつつあるんだ」
「馬鹿な! 帝国は所詮、大帝への恐怖からまとまっているだけの雑多な国々の集まりに過ぎん! そんな金の力ごときで簡単にまとまるわけがない!」
「それがなってるんだよなぁ……。フランネル卿……アンタは権力の中枢に居たのに、金ってもんの力を解ってなかったのか……? 兵隊も民衆もちゃんと飯を食わせてくれる奴がいるなら、支配者なんて誰だって良いと思ってるんだよ。大帝の恐怖ってのがあって、その命令が絶対……事実、そんな風になってたようだが、それが居なくなった以上は誰もが開放感と自由に感謝して、そして大帝の居た頃よりも暮らしが良くなるなら、文句なんて言うわけがない、なんでそんな事が解んないかなぁ……」
「馬鹿な! 馬鹿な! 恐怖に屈した無為の民共など、恐怖が消えれば己の欲望のままに行動し……国は分かたれ、戦乱の時代が訪れ、周囲の国々もハゲタカが屍肉を食い荒らすように……そして何よりも! 法国の……あの狂信者の国と言う脅威がある限り、世界平和など程遠い……帝国が弱れば当然のように聖戦と称し……新たなる戦乱が……」
「まぁ、法国が1つにまとまってたら、そうなってたかもしんないけど。今の法国はバラバラで自称法皇どもが絶賛バトルロイヤル中だからなぁ……それくらい解ってるだろう? それに、帝都が聖地って設定も聖地の一部を割譲でもしてやれば、奴らの大義名分も無くなるし、聖地巡礼用の街道でも整備してやれば、帝国もウハウハで誰もが笑顔ってなると思うな。どうよ、大倉……いっちょその方向で話進めてみないか? やっぱ、そう言う争いごとの火種をひとつづつ地道に潰していかないと話も進まないからね」
「ああ、それいいなっ! うん、採用っ! なぁに、いい加減帝都の住民もあの設定にはウンザリしてたからなぁ。どうせ、帝都は広いんだ……それっぽい遺跡が発掘されたから、一区画分を法国に割譲しようとでも言えば、さすがにむこうも断れんだろうしな」
「だろ? ついでに、セレスディアの独立を法国に交換条件として突きつけてくれたら、僕もセレイネース様への顔が立つからな。仲介交渉って事なら、僕とクロイエ様に任せてくれ!」
「そうだな。なるほど、今度は法国相手にお話し合いってことか。まったく、お前も忙しいな!」
「ああ、仕事は山盛り……笑うしか無いだろ。はっはっは!」
僕らがそんな風に言い合っていると、フランネルも呆然とすると、続いて頭を抱えて笑い出す。
「ふはははははっ! コイツは……一本取られたな。そうか、そこのオオクラはすでに帝国の権力の中枢にまで食い込んでいて、そこのタカクラとグル……そう言うことか!」
「まぁな……持つべきものはダチってな。おかげで、ロメオや商人ギルドは喜んで帝国に金を貸してくれてな。今や、帝国は爆発的な好景気で、誰もが笑顔ウハウハなんだ。そんなんで、わざわざ独立とかして、好んで蚊帳の外に行きたがるような奴らなんている訳ねーからな」
「……ああ、確かにそうだ。そうか……金の力……ふははははっ! 実に傑作だな! ああ、確かに恐怖政治なんぞより、よほどマシなやり方だな」
「フランネル卿にもご理解いただけたようで、実に良かったよ。まぁ、僕らの世界平和の下書き構想としてそんなもんだな。断言してもいいけど、世の中を支配するのは、恐怖でも最強のモンスターを従えることでも、強大な軍事力でもない……金だよ! お金の力なんだよ! 言っとくけど、別にお金持ちがって意味じゃないよ? お金の力を上手く使う事……それこそが世界を支配するも同然なんだ。まぁ、僕の場合……その力を誰も皆が笑顔になれるように使う……そんな風に思ってるんだけどね。フランネル宰相はどう思う? 政治家としての率直な意見を聞きたいね」
「……若造の戯言。そう言ってしまうのは簡単だが……。そのような視点はワシには無かった。そうだな……そうか。ワシとてこの世界の住民だったというのに、この世界に絶望し、向こうの世界でも終わらぬ戦乱に勝手に絶望し……タカクラ閣下のような視点はとんと抜けおちておったよ……。ああ、素晴らしいな……あんな終わりなき戦乱の世をあっさりと平和への道筋へと導くとはな……」
「ああ、先輩はそれを無造作に描いちまったんだからな。はっきり言って、アンタ達とは格が違うってことだっ!」
「……うむ、見事! 見事なり……ああ、実にいい気分だ……これで心置きなく死ねる……」
そう言って、目を閉じるフランネル。
……おいおい、この流れは……。
「おいおい! 待てってば! そんな満足感でいっぱいで逝く……みたいな感じなところを済まんが……。お前の育てたこの大帝陛下の始末……どうするんだよ! せめて、この城を向こうの世界に戻さないとこっちの世界がヤバいことになるんだぞ!」
「ふむ? すでにレベル5は倒れ、城中のスライムも一匹残らず干からびて死んでいるではないか。さすがに、ここまで完璧に一匹残らず死に絶えては、如何に強力な増殖力があっても、何ら意味もない。なにせ、ゼロからでは何も生み出されないのだからな」
「それが、簡単に言うと、こっちの世界でのスライムの脅威を、アメリカが思いっきり思い知ったせいで、もう一日もしないで核ミサイルが飛んでくるんだよ! コイツ自体はすでに僕らが制圧したって、皆解ったから、今も日本の総理がアメリカ大統領と交渉して手を引かせようとしてるんだが。帝城を向こうに戻さないと、確実とは言えないんだ……と言うか、日本やアメリカって言って解るか?」
「ああ、解るな……。ワシもまた転生者であるからな……。昔話をする……少し長くなるがよいかな?」
フランネルの言葉に、無言で頷く。
まぁ、僕らには、この話を聞く義務があるだろうからな。
「すまんな……。ワシがこの世界で死んだのは……1985年の東ドイツ……。あの日、西ドイツへ亡命すべく仲間たちとベルリンの壁を越えようとして……絶望の中でワシは死んでいったのだ。あの時、世界はノストラダムスの予言の通り、滅亡へと向かっていた……西側と東側に世界は二分され、核戦争の勃発が今か今かと迫りつつあった。そう言えば、今は西暦何年なのかのう……それを真っ先に知るべきだったな。もしやと思うが、世界大戦は回避されたのか……?」
思ったより最近だった。
1985年か……俺も大倉も1984年生まれだから、ちょうど生まれたばっかりだな。
もっとも80年代なんて、小学校に上る前のことだから、ぶっちゃけよく知らん。
確か、1989年のベルリンの壁崩壊で、事実上冷戦が終結して、続く1991年にソ連が崩壊。
なんだか良く解らないうちに、あれほど核戦争がーとか言ってたのに、あっさりと世界が平和になった……当時の僕らとしてはそんな認識だったなぁ。
けど、80年代の頃は、いつ核戦争が始まるかも知れないってまことしやかに囁かれていて、ソ連なんかもその実態がまるで漏れてこなくて、鉄のカーテンなんて言われて、そんな国と隣り合わせでいることで、日本人の誰もがその恐怖に怯えながら暮らしてた……そんな風に聞いてる。
いかんせん僕らの世代は、昔そんな事があった程度しか解ってなかったし、当時はちょうどファミコンブームで毎日ゲームやら漫画に夢中だったし、大倉なんかも似たようなもんだ。
でもまぁいいか……ここは包み隠さず、事実をフランネルに話すとするか。




