第四十五話「レベル5」⑤
いずれにせよ、リーシアさんの演技は完璧で、完全にレベル5からはノーマーク扱いされてた。
どうも、このレベル5ってのは正面から圧倒的スペック差で相手を蹂躙する。
そんな戦い方をするようなヤツで、強い相手にしか興味を持たなかったんだろうな。
だからこそ、僕は図体もデカくて強そうな大倉を敢えて噛ませ犬に使ったって訳だ。
けど、本命はリーシアさん……その事をレベル5にも大帝にも悟られせないために、あえてここまで鋼草も切り札として温存させてたんだ。
そこが何より重要だったんだけど、コイツも大帝もあっさり騙された。
本来ならば、真っ先に潰すべきは、最大の脅威であるリーシアさんで、リーシアさん本体は、直接攻撃されたら割とひとたまりもなかっただろうけど。
誰より先に大倉が動いてくれたから、奴の意識は大倉に集中してしまい、続くテンチョーの奇襲をモロに食らってしまった。
そして、凍結装甲が溶けて、鋼草が根付く条件が整ったならば、もうこっちのもの。
確かに、とんだ騙し討っちゃ騙し討ちなんだが、リーシアさんも僕も正面切って、切った張ったするようなタイプじゃないからな。
搦め手上等! 卑怯? 何言ってんですか、知恵と勇気と仲間との絆の勝利だっつのっ!
そして、戦い自体はすべて人任せで戦場を支配する……これぞ、王者の戦い方!
我ながら、ちょっとかっこ良すぎだぜ。
「ああ、僕らは正々堂々、皆で力を合わせて、この難敵を倒したんだ。お前も正面から戦いを挑んで負けたんだから、潔く諦めるんだな……。無念を抱えたまま死ぬとか、さすがに哀れすぎるからな。まぁ、ツイてなかったとでも思えばいい……人生ってのはそんなもんだ」
こんな生殺しで、死体蹴りのようにリーシアさんの毒舌にさらされて時間をかけてじわじわ吸われながら、いたぶられる。
さすがに、哀れに思えてきてそんな事を口走ったのだけど、どうも逆鱗に触れたらしく、鬼のような形相でもがき始める。
「こ、この……わ、わたくしを……哀れむと言うのか! この惰弱で卑劣な獣人風情がっ! 見ているが良い! こんなもの……凍りつかせれば……アアアッ! まだ吸われるっ! き、貴様ぁああああっ! こんな……こんな事でぇええええっ! このわたくしの最後が……まともに戦う事も出来ず、こんなにも呆気なく為すすべもなく滅ぼされるというのか……このわたくしがぁあああああ!」
おお、スゲェな……今、一瞬鋼草が凍りかけたぞ。
いや、まともに戦うって……大倉は真正面から一騎打ちで頑張ってたし、リーシアさんの鋼草サポートが無かったら、アイツ死んでただろ。
もっとも、リーシアさんもすかさずギュインとその残った魔力を一気に吸い出したようで、傍目にも鋼草はより太くたくましくツヤツヤになって、レベル4は更に鎧の中身の体積が縮んで、顔もシワくちゃなミイラみたいになってきた。
要するに、これ……吸い尽くさないように手加減してるんだな。
リーシアさんやる事なす事、いちいちえげつない。
「あらあら、お怖いお顔ですねぇ……。でも、なるほど、この魔力の質は人間の魔術師特有のもの……解りました! 人間の魔術師を生きたまま混ぜこんだ人間並の知能と魔力を備えた改良進化スライム……そう言うことですね。いやはや、あんなゴミのような下等生物をベースにここまで進化を遂げさせるなんて、実に面白い発想ですね。……けど、成功率は極めて低い……。もしくは、一体作って強かったからすっかり安心して、ハイエンドとして量産まではしなかった。まぁ、確かにスライムはベース祖体として考えると、扱いやすいかも知れませんが……その到達点がこの程度では正直微妙ですね」
「……こ、この程度……び、微妙?」
「ええ、水を主成分としている以上、水の枯渇と言う致命的な弱点がありますからね。それを外部から吸われ、侵食される可能性についてまるで配慮してなかったようですからね。何と言うか、こんなもんでいいかと言う手抜き感が見えてしまって……。大帝様も私と同じ命に対する研究者として、ちょっと興味あったんですが。100年もの月日をかけたのに、この程度の作品しか作れなかったなんて……。何と言うか、思った以上に底が浅い……ガッカリですねぇ……」
な? この辺がリーシアさんがぶっ飛んでる由縁なんだよなぁ。
要約すると「100年もかけて、こんな出来損ないのポンコツ作ってご満悦とか、私ならもっと凄いの作れます。大帝様には色々がっかりです!」
今頃、大帝様……血涙でも流してんじゃねぇの?
恐らく、リーシアさんも気分としては珍しい検体を解剖して、ふんふんなるほどーってなってるって感じなんだろう。
むしろ、早く死なせてやってほしくなって来たんだが……。
「ば、馬鹿な……貴様はこの一瞬でそこまでわたくしの存在を理解したのか……! ば、化け物か……貴様! そ、それに底が浅いだと? この程度の作品……だと! た、大帝様を……侮辱するなぁああああっ!」
そりゃ、キレるわな……。
でもさすがに、もうからっけつのようで、今度はもう何も起こらない。
リーシアさん、何と言う圧倒的強者……。
「侮辱もなにも、最強と言う割には、貴女自身はガワだけすごくて、中身は大した事ありませんでしたからね。なにせ、ご自慢の氷結装甲が溶けてしまったら、そこらで殻だけになってるレベル4と同然……あっさりと鋼草の苗床になってしまったじゃないですか。外部からの侵食対策もなってないし、対抗免疫システムもレベル4と大差ない……要は見掛け倒し。そんな程度で最強を誇るなんて……笑い話にもなりませんね。いいですかぁ? この2つの世界最強の存在……それは私の旦那様……ケンタロウ様に他なりません! 知ってますかぁ? ケンタロウ様はこの世界の王に相応しいとまで言われましたし、あの夜のケンタロウ様は圧倒的なその筋肉でこの私を文字通り蹂躙し、まさに最強の存在として……」
リ、リーシアさん……? 何言ってるのかな?
でも、確かにあの時記憶が飛んでる間に僕はマ神降臨で大暴れして、フルアーマーリーシアさんですら圧倒されて、慌ててランシアさんとキリカさんをフルアーマー化して、更に村のエルフさん達総掛かりで総力戦を挑んで、ギリギリ抑え込むのがやっとだった。
そんな風に聞いてる……なお、又聞きなのでまるで実感ないんだがね。
「ま、まぁ……相手が悪かったな。最強なんて言っても、いつかはその座から転げ落ちる時がやって来る。そんなものさ……奢れる者久しからず、盛者必衰の理って言うだろ。リーシアさん、そろそろトドメをさしてやってくれ……もう、いいだろう? 武士の情け……そろそろ逝かせてやろう。ここでさらなる進化とかやられても面倒なだけだからな」
なにせ、こいつらの適応進化のスピードって半端ないからなぁ。
レベル4だって、僕らとの戦いのさなかに耐熱カーボン装甲なんて纏うようになって、今じゃそれが標準装備になっちまってんだからな。
鋼草への対応だって、不可能だとは言い切れない。
ここは下手に進化される前に、サクッと殺っちまうに限る。
「そうですね……。ああ、貴女様の魔力は実に質がいいみたいです! こんな立派な鋼草……私も始めてみましたから。せっかくなので、記念に持ち帰って家の前にでも植えて飾っておきますね。それに見てください……レベル4の皆様もご覧のように、皆、もう殻しか残ってませんから。これなら、あの世へ行くのだって、お友達がいっぱいで淋しくなんてないですよね? それに大帝様もすぐに後を追ってくると思いますから、それならもう何の問題もありませんよね?」
うっとりとした顔で、レベル5の膨大な魔力で超立派に育った鋼草を撫で回すと、笑顔でニッコリ。
うん! この人だけは敵に回しちゃいけないし、嫁にして大正解!
もう、僕は黙ってるよ……すまんね、レベル5。
「馬鹿な……。休眠化していた者たちも、あれだけ居た下級眷属達も全て……やられたのか、それも一瞬で……。き、貴様は……なんなのだ……この……化け物がぁああああっ!」
「それはそのままお返ししますねぇ。人ならざる化け物が人間に化け物とか言っちゃ駄目ですよぉ。それにしても、100体近くもいたなんてビックリですね。まぁ、レベル5さん以外は、あっさり胞子が根付いたんで、他の雑魚スライムとそう変わりありませんでしたから、もう一匹も残ってないですよ。他のスライムもまとめて苗床にしたので、後は残るは大帝様だけですねぇ。実は今も私の鋼草がすでにゴリゴリ穴を掘り進めてて、まもなく最深部に到達しますから、もうほっといても確実に始末出来ますよ。あ、一応死なない程度に手加減しておきますから……やはり、最後はケンタロウ様に締めていただかないとぉ」
リーシアさん、ホント容赦ないな。
……と言うか、僕の知らないうちに、すでに大帝様も終わってた。
確かに降下した直後にリーシアさんが後ろでゴソゴソやってたところに、小さな植木鉢が置かれていて、そこから生えた鋼草が地面に突き刺さってて、今もビクビクとうごめきながら、バンバンとぶっとくなってる。
多分、地下に居たスライムを片っ端から捕食して、養分にしてるんだろう。
この調子だと、次々と本来の道順に配置された中ボスクラスのや雑魚を食い尽くして増殖しながら、地下中至る所に根を張って、岩盤すらもぶち抜いて、帝城もそのうち外と内側から侵食されてしまうんだろう。
1kmあるような巨大城塞を物理的に破壊し尽くす……マジでヤバイな。
ぶっちゃけ、スライムも鋼草も大差ないような気もしないでもないんだけど、ヤバさに関しては断然鋼草だと思う。
いずれにせよ、僕がなにも言わないうちに、忖度しててっとり早く最短コースでダイレクトに大帝を殺りに行ってたって事だな。
なんか同じとこに座ってるなぁって思ったけど、その背中の後ろでは誰にも気付かれないように、ゴリゴリ掘り進んでた……今の戦い、僕が完全に戦いを管制してたって思ってたけど、なんかリーシアさんの御膳立てで、それっぽく振る舞えたって、そんな感じがしてきたぞ。
うわぁ……この分だと、レベル5を殺らなくても、勝負ありってなってたかもしんないな。
ホント、この人……もう、コイツ一人でいいんじゃないか? ……だよな。
いやいや! そうじゃない……いつだって、旦那様を立てて、自分は気の利いたアシスト役に徹する!
そんな良妻賢母の見本ってとこなんだよ!
よぉしっ! 帰ったら、リーシアママにバブみ全開で、甘えまくっちゃおうっかなー!
せっかくだから、ランシアさんも呼んで、二人まとめてエルフ姉妹丼……ッ!
ドゥフュフフフフ……いやぁ、人生楽しんだもの勝ちですよっ!




