第四十五話「レベル5」③
「よしっ! ならば準備は万端ッ! テンチョー! いいかい? 今が力の使い所だ……出し惜しみ無しで存分に全力でやってやれっ! 大倉も……ここはもう余計なことも後先も何も考えずに、とにかく突っ込んでヤツの注意を引け! 10秒だ……それだけでいい! 僕を……信じろっ!」
そう言って、レベル5を指差すのと、後ろで座り込んでたリーシアさんが抱きかかえていたテンチョーをポーンと空へ向かって放り投げたのはほとんど同時だった。
あたりの風景がコマ送りになる。
大倉が身体強化魔術のオーラを最大限に纏いながら、ヤケクソのようにレベル5に突っ込んでいく!
「ああもうっ! なんとでもなれ! 高倉先輩っ! せめて、骨くらいひろってくれよなッ!」
もはや、人間離れした速度でまだ軽く10mは離れてたのに一足飛びにレベル5の目の前まで接近して、地面にヒビが入るほどの踏み込みと共に前後に両手を広げるような仕草とともに正面から掌底を叩き込む!
ズドム! なんて、重たい音が響き渡って、レベル5の体がくの字になる!
おいおい、大倉! しばらく見ない間に人間離れしやがったな!
……けれど、それでもレベル5は軽く後ろへたたらを踏んだだけで、倒れもしないし、その青い甲冑もヘコんですら居ない。
すかさず、冷気をまとった触手がいくつもレベル5の背中から伸びていって、大倉を貫こうとするのだけど……。
大倉の身体から生えた鋼草ががっつりガードして、大倉も衝撃で吹き飛ばされるにとどまった。
「し、死んだかと……危なかったァッ! くそったれ! 完全に氣が透ったと思ったのに、まるで効いちゃいねぇのかよ!」
発勁とかマジか? 大倉も大概だな……。
でも、さすがリーシアさん! 大倉にもしっかり種を仕込んでたんだ……ナイスアシスト!
「なんだそれは? しかも、わたくしの触手を止める程の硬度……だと!」
大倉自身は、自分の背中から生えた鋼草は見えていないようで、何言ってんだ? コイツ……みたいな顔をしてるんだが、追撃が来ないと悟ったらしく、地面の砂を蹴って、目くらましをしつつ、一気に軽やかにバク転を決めながら距離を取る!
……な? これが動けるデブって奴なんだよなぁ。
デブってのは、筋肉も相応にあるし、トップヘビー気味な故に荷重移動を上手く使えば、むしろ細マッチョとかよりも素早く動けるし、ウェイトがあるから、その打撃力だって半端ない。
相撲取りとか、そのブチかましはトラックに轢かれるようなものと言われるくらいだからな……今の大倉の一撃も電柱が折れるとかそれくらいだったんじゃないかって思うんだけど。
レベル5には、そこまでのダメージは与えていないようだった……まぁ、中身がゼリー状なんじゃ、打撃は効かんか。
だが、ここまでやってくれれば、もう十分……大倉の役目はこれで終わりだ!
「大倉、もういいっ! そのまま引けっ! 次っ! テンチョーッ! 大倉……続いてアシストッ! 下がるついでに、落ちてくるテンチョーを蹴り上げてくれ!」
弾かれたように、背中を向けて更に下がろうとする大倉!
そして、すかさず追撃をかけてくるレベル5!
だが、大倉も背中を向けて逃げると見せかけて、後ろを向いたまま、レベル5との距離を詰めるとか器用な事をしながら、腰の入ったバックキックを叩き込む!
さすがに、これは思いっきりカウンターになったようで、自動車事故みたいな金属音と共にレベル5が吹っ飛ぶ! 今度はモロに入ったみたいで、鎧の装飾やらがバラバラとばら撒かれていく。
けれど、同時に大倉にもレベル5の触手が当たっていたようで、ワンテンポ遅れて大倉も派手に宙を舞う……そして、今の今まで空中をぐるぐると回りながら飛んでたテンチョーがその身体を踏み台にして、更に大きくジャンプッ!
なんか、予定と違ったけど結果オーライ! これでいいっ!
「お、俺を踏み台にーっ! お前ーっ! いきなり無茶振りすんじゃねーよ! 後で覚えてろやがれーっ!」
叫びながら、大倉もまともに受け身も取れずに地面に叩きつけられてそのまま転がっていってるが、まぁ……ネタに走るくらいには余裕があるみたいだし、身体から鋼草が生えてるなら、絶対に致命傷なんて負わないだろうし、そもそも、そんなヤワな奴じゃないからな。
そして、テンチョーも大倉の身体を思い切り蹴って、更に一段空高く舞い上がると、空中で変身し白い炎に包まれた巨大猫の姿になる!
……ここでテンチョーの最終形態! ファイヤー猫ッ!
以心伝心! 完全に僕の意図を察してくれたな!
「な、なんだと! 白炎の神獣だとっ! まさか貴様が……っ! おのれっ! や、やらせるものかーっ!」
レベル5もすかさず、空中で迎撃しようとしているのを察し、援護射撃の水撃を触手に向かって放つとレベル5も当然のようにガードする!
案の定、効いちゃいない……けど、触手の一本に大きな氷が張り付いた事で、隙は作った!
おまけに、一瞬こっちをチラ見して、手を出すか考えこむなんて、おまけまで付いた。
かかったな! 馬鹿めっ!
この土壇場で僕ごときに気を取られるとか、マヌケもいいとこだぜ!
ま……これが僕の戦い方ってもんだ。
しかも、氷を武器にしてる時点で単なる水鉄砲がものすごくウザい武器に化けてるからな……帝国最強レベル5。
なんだ……意外と相性悪くないじゃないか。
そして、テンチョーもレベル5の触手を焼き払いながら、飛び込みざまに容赦なくレベル5の頭を噛み砕くつもりだったようだけど、さすがに敵もさるものっ!
弾丸のような速度で空中から迫るテンチョーの一撃をレベル5も片腕を犠牲にして防ぎきっていた!
「あああっ! 馬鹿な……我が鉄壁の氷結装甲が……溶けていく……だとっ! だが浅いぞっ! なんのこれしきっ! 魔力集中っ! 舐めるなぁーっ!」
すかさず、その左手に撃ち込んだ僕の水撃魔法で手元が狂ったのか、出現仕掛けていた魔法陣が消し飛ぶ!
「貴様ぁあああああっ!」
殺気のこもった視線で睨まれるけど、そんなもんでは怯まないぜ!
むしろ、中指立ててファッキューっ!
別にこの戦いはサシの真剣勝負でもなんでもないからな。
横槍上等、不意打ち、騙し討……ハメ技だって、なんでもありだ。
「テンチョー! 今だっ! もう後先なんて考えなくていい! 全火力をブチかませっ! フルファイヤーッ! 一気に押し切れーっ!」
テンチョーも落下の勢いにまかせてレベル5のどてっ腹にダブル猫キックを食らわせながら、その身体を包んでいた白い炎をまとめてレベル5めがけて盛大に吹付けさせる……!
レベル5もこれを予想して、強烈な氷結魔法を放とうとしたようなんだが……。
まぁ、僕の横槍で不発だったしねぇ。
一応、相殺しようとなんか撃ってたみたいだけど、案の定、ショボいのしか撃てなくて、余裕でかき消されていく。
「くくくっ、残念だったねぇ……!」
「き、貴様ぁっ! 雑魚のくせにさっきから、余計な真似ばかり……っ! あっびゃあああああっ!」
結局、氷結魔法は不発に終わり、もろに白炎を浴びて火達磨になった状態でレベル5がマヌケな叫び声と共にふっとぶ!
「ううっ……惜しかったにゃあ……。腕一本がやっと……御主人様ごめん……もう限界っぽいにゃ……。こっちの神様……たった、これっぽっちでもう限界とか、ケチ過ぎるにゃあ……」
レベル5の右腕をもぎ取って咥えたまま、綺麗に足から着地したまでは良かったけど、テンチョーも今の一撃に全てを注いでたみたいで、あっさり変身も解けてしまって、そのままばったりと倒れ込む。
レベル5も吹き飛びながらも、好機とばかりにテンチョーに触手の追撃を仕掛ける!
だが、それも読みのうち……すでに僕自らが走り始めていて、迫りくる触手を素手と水撃で弾きながら、地面を転がってテンチョーを確保!
「へっ! やらせねぇよ……! ったく、やる事なす事いちいち予想通りだな……」
「はははははは! 強がりを……まさかの伏兵だったが……今の白炎の魔獣……元はそんなちっぽけな存在だったのか……。さすがに見落としてすっかり油断していたよ。まぁ、そこのうっとおしい雑魚のおかげで仕留め残ったが……まぁ、いい」
そう言って、ゆらりと立ち上がると、辺りを睥睨する。
「で……それで終わりなのかな?」
勝ち誇るレベル5……ふっとばされて、火達磨になってたのに、早々と火も消えて何事も無かったかのように、もはや完全勝利を確信っ!
まさにそんな様子だった……まぁいい、今は好きに言わせてやるさ。
「そうだな……残念ながら……な。これで終わりだ」
本当は思いっきりドヤって勝ち誇ってやりたいんだが、そこはぐっと我慢する。
ここはせいぜい油断して、勝ち誇ってろ……すでに、仕込みは終わってるんだからな。
「ああ、貴様らも実にイイ連携だったし、そこの大男も大した武術使いだった……なかなかの強者だと見ていたが、さすがと褒めてやろう。だが、実に惜しい……もう一手……一手足りなかったな! 見ろ……腕一本失ったが、わたくしは未だ立っている! その小さい獣が、神獣化して白炎を使ってきたのには驚いたが……神々の炎ですら、わたくしの氷は防ぎきるのだ! 神の力すら超える史上最強の存在……まさに無敵っ! さぁ、まだ勝ち目があると思うなら、かかってきなさい! 今度は手加減なんてせずに、まとめて皆殺しにしてやろうではないか!」
傍目には技あり……その程度ではあるし、もはや立っている奴はレベル5以外には誰も居ない。
大倉は地面に転がったまま、もはやボロボロ……まぁ、さすがにしばらくは動けないだろうし、もう死んだふりでもしててくれ。
テンチョーもただの猫になってて、泥まみれになって地面に膝をついた僕の腕の中でぐったりしてる……。
リーシアさんもさっきから、腰を抜かしたように座り込んでいて、一見すると誰もが万策尽き、心折れた……そんな風に見えるだろう。
山盛りレベル4も動くなとでも命令されてるのか、書割同然でさっきから動こうともしない。
こいつらが一斉に動いて、乱戦になってたらさすがに危うかったけど、プライドの高そうなコイツを煽りまくった結果、コイツは一人で俺達全員を相手取って勝つことに拘ってくれた。
なんつーか、面白いように策にハマってくれたなぁ……!!
もはや、勝利の道筋は……成った!
「……貴様! 何がおかしい! いよいよ気が触れたか?」
おっと、僕としたことが……ついつい、我慢しきれずに、吹き出してしまったよ。
「くっくっく……いや、すまん。我慢しきれなくて思わず吹いちまった。あのさぁ、さっきも言っただろ? もう終わってんだよ……それで完全勝利宣言とか笑うなって方が無理だろ。リーシアさん、いい感じに溶けたと思うんだけど、どうよ?」
そう言って、顔についた泥を払いながら立ち上がると、敢えてレベル5に背中を向けて、後ろで座り込んでたリーシアさんに手を伸ばす。
まさに余裕って感じだが、僕はこの時点で勝利を確信している。
なお、レベル4共は動かないんじゃなくて、動けない。
だから、もう無視して良い……こいつらはもう死に体だ。
僕の手を握って、立ち上がったリーシアさんが怪しくにっこり微笑んで、その両手を広げる。
「ええ、テンチョーちゃんが、いい感じで氷を溶かしてくれたし、うまい具合に胞子がたっぷり取り付けました。なんだか、勝ち誇ってるみたいですけどぉ……旦那様がおっしゃるとおりにぃ……もう終わりなんですねぇ……。うふふっ! 全部まとめてぇ……苗床になぁれっ! それでは、皆様御機嫌ようーっ!」
その言葉を合図にしたように、レベル5がピタッと動きを止める。
「な、なんだ……動けん! 貴様! このわたくしに一体何をしたっ! くそっ! 眷属共構わん! もう総掛かりで……コイツらを……殺せっ!」
喚きながらも、案の定すでに身動きも出来なくなってるようだった。
ちなみに、レベル4達もやっぱり、微動だにしない……声を出せたら、今頃断末魔の合唱だっただろうが。
まぁ、こいつらには、そんな機能はないしな。
「悪いなぁ……。お前らみたいな化け物と真面目に真っ向から戦うとか、バカバカしくなってな。ちょっとばかり八百長をさせてもらった。すまんが、お前達はもうただの苗床に過ぎん。……全てを吸い尽くされて、そのまままとめて……そこで死んでくれ」
せっかくだから、指パッチンでもやってやる。
まぁ、演出ってやつだが、これくらいはやってもいいだろ。
「ぐあああああっ! き、貴様……な、何をした……何が起きているゥウウウッ! ゲッハァッ!」
指パッチンの音が響き渡ると同時に苦しそうにもがき苦しみだすレベル5。
そして、その口から、粘った体液が吐き出され……力なく膝をつく。
そして、同じ様に山盛り居たレベル4も同様に立ったまま一斉に血の涙のようなものを顔の目に当たる部分にあるスリットから垂れ流しながら、もがき苦しみだす。
……言ってみれば、毒殺みたいなもんで、なかなかに卑怯な手ではあるんだがね。
ノコノコ出てきたボスキャラを始末するのに、手段なんぞ選んでられるかっての……くははははっ! 卑怯上等っ!




