第十話「来襲! ワイバーンの脅威!」①
「ご主人様ーっ! 何見てるにゃーっ!」
気配もなく、背中からガバっとやられたもんだから、飛び上がりそうになるほど驚いた!
……テンチョーだった。
傍目にも上機嫌……振り返ると、さっきと変わらず、丈の長いTシャツを羽織っただけ……なんて姿だったので、慌てて窓へと向き直る。
「テ、テンチョーッ! びっくりしたよ……はははっ」
気配や足音がしないのは、解る。
猫ってやつは天性のハンターだから、いつも気配を殺して、足音も極力立てずに歩き回る習性がある。
しかし、今のテンチョーは猫サイズではなく、人間サイズ。
僕だって、感知能力が上がっているにも関わらず……こんな簡単に背後から不意を打たれるとは……つくづく、彼女のハンターとしての優秀さを思い知らされる。
それにしても、テンチョー……てっきり、布団部屋で雑魚寝してると思ったのに、まさか、僕の部屋にまで来るとは思ってなかった……。
でも、考えてみれば、テンチョーはいつも僕が部屋で休む時は、なんとなく察して当然のように部屋までついてきてたからな。
枕元には専用の猫ベッドだってあるから、いつも一緒に寝てたもんだ。
ただ、今のテンチョーはどうやってもそこで寝るなんて、無理な訳で……。
「ご主人様ぁっ! そろそろ、眠くなってきたにゃあ……ねぇねぇ、いつもみたいに一緒に寝ようよぉっ!」
抱きしめられたまま、当たり前のように、甘えた声でそう告げられるのだけど。
今のテンチョーはネコ耳の女の子……それも限りなく全裸に近い訳でしてなー。
Tシャツ羽織っただけなんで、ちょっと裾がめくれるだけで、エライことになるし、実際尻尾がブンブン振られてるから、お尻がペロンと丸出し状態。
し、しまってーっ!
そして、何よりベッドは一つ……そして、この密着感。
ちょ、ちょっと刺激が強すぎるっ! そんなの18禁や薄い本待ったなしじゃまいか!
なにより、さっきから背中にふにょふにょと当たる感触は……駄目だっ! 想像しちゃいけないっ!
と言うか……この生々しいふわふわ感……ダイレクトすぎる!
防御力低すぎるだろ! アカンて……駄目だよ。これ。
僕はっ! 健全紳士を貫くんだっ! 鎮まれっ! 鎮まるんだっ! マイハートッ!
と言うか、さっきはキリカさん、今度はテンチョーッ!
君ら、仲良くなってたから、お互い抜け駆けとかしないってなったりしないの?
「ちょ! 色々当たってるし、そんな思い切り乗られると重いってばっ!」
「うにゃっ! テンチョーそんなにデブじゃないもんっ! たしかに前よりも大分おっきくなったけど……にゃあ」
「いやっ! そう言うことじゃなくてだねっ!」
かろうじて、身体を仰向けにすると、テンチョーと向き合うような感じになって、まるで押し倒されたかのようになってしまう……。
顔も近いし、生太もものヤワッヤワな感触やら、生おしりの感触……。
そして、胸の上に乗っかる双丘の感触やちらりと覗く谷間と言った数々の生々しい代物が五感を刺激する……。
それにお風呂上がりのシャンプーやボディーソープのいい匂いが漂ってきて、頭がクラクラする。
……ああ、これアカン奴や……こんな状態では10分も持たないかもしれない。
なんか衝動的に抱き返しそうになったし、その細い首筋とか鎖骨とか……無性に触りたいし、その双丘に顔を埋めてスリスリとかしたいーっ!
けれど……。
一瞬耳に届いた、遠くから響く重めのバッサバサと言う音に、かろうじて理性が勝った。
目線を窓の外に移すと、月明かりと満天の星空に紛れて、なんか変なのがいることに気づいた。
「……あ、あれは、なんだろう?」
それまで、数々の刺激で頭の中がピンク色になりかけていたんだけど、急速に冷静になっていく。
「……なんか飛んでるね」
同じものを目にしたテンチョーの顔が真剣なものになり、音もなく、ベッドから飛び降りると、腰をかがめて窓際へと歩み寄り、片目だけ窓から覗かせて、上空を見据える。
その動きの無駄の無さは、もはや歴戦の特殊部隊の隊員みたいだった……。
おまけに、この距離ではっきりと姿が見えていても、やっぱり気配が全く感じられないし、足音一つしない……やっぱ、テンチョー半端ない。
……でも、そろそろパンツ履こうよ。
僕も同じように、腰をかがめて、そろそろと窓の外を覗くと、星空の中、翼を広げて、ツィーっと滑空するように、飛ぶ何か。
耳を澄ませれば、時よりバッサバッサと羽ばたく音も聞こえてくる。
ちなみに、今の僕の耳は、本来耳のあったところはツルツルで、頭の上にネコ耳が付いてる状態。
もはや骨格からして、変わってしまった……猫を獣人に……なんてのに比べたら、些細な変化……と言えなくもないけれど。
この猫耳がまた結構高性能で、集中するとこの辺一帯、500mくらいの物音すべてが聞こえてくる。
耳も動かそうと思えば、グリグリ動くので、双方の耳の角度や聞こえ具合から、音の方向や距離も、なんとなく解ってしまう……もちろん、まだまだ慣れてないから、目で見て距離感覚を補完する必要があるんだけど。
たぶん、これ……慣れれば、目を瞑ってても、音だけで周囲の状況が解るくらいにはなると思う。
猫って、聴覚が物凄く発達してて、例えば、病気や怪我で目が見えなくなっても、音だけで物の場所や物の形を判断して、割と支障なく生活出来る……そんな話を聞いたことあるんだけど、実際ネコ耳になってみると、その高性能さがよく解る。
もちろん、ずっとそんな調子だと些細な物音とかでも気になってしょうがないんだけど、その気になれば感度を下げることも出来るようで、その辺も含めて、高性能だった。
まぁ、難点はイヤホンとかヘッドホンが使えなくなってしまった事だけどね。
猫耳対応ヘッドホンとか……誰か作ってくれないかな?
……そんなことを考えながら、羽音を頼りに距離を探っていく。
「距離は500m、高さは1kmってとこかな……結構高いところを飛んでるね。なんだと思う? テンチョー」
空からの音に関しては、遮蔽物がない分、ダイレクトに響くから、どうもkm単位先でも聞こえるみたいだ……。
でも、そんな高い所にいるんじゃ、もしかしたら、気付いてるのは僕らだけかもしれないな……これ。
「テンチョーにもよく解んなぁい……でも、同じところをぐるぐる回ってるね。結構大きいよ! 昼間の配送トラックくらいあるんじゃないかなぁ……」
そんなに大きいんだ……さすがに、僕はまだ猫耳ビギナーだから、大きさまでは解らない。
シルエットも鳥というよりも、トカゲに羽生えたような感じで、シャープな感じ。
まさかワイバーンとか……ファンタジー世界じゃお馴染みだけど、それかな?
だとすれば、結構強敵なような気も……。
確かアレって、低級ドラゴンとかそんな扱いだったりしなかったっけ?
ラドクリフさん達も、その存在に気付いたようで、大慌てで焚き火を消して回ったり、物陰に隠れたり、地面に伏せるなどし始める。
一部の人達は弩とか弓矢を用意して、遠距離戦を準備してはいるようだけど……。
さすがに、どう考えても距離がありすぎる。
1kmも離れると、例え10mくらいの大きさがあっても地上から見たら、ほぼ点だ。
さすがに、これでは対応は難しいんじゃないかって気がする。
それにラドクリフさん達犬耳さんは、僕達猫耳のように、耳だけで空飛ぶ獲物を追えるほどじゃないらしく、実際、時折見失って、見当違いの所を注目してたりする。
人族の傭兵や冒険者に至っては、全く追えていない……。
地上戦での大規模襲撃は、想定してたみたいだけど……。
夜間、空を自在に飛ぶような相手は、完全に想定外って感じのようだった……。
このまま、向こうがその気になったら、これはかなり厳しい戦いになりそうだった。
でも、安全な高さで、同じ場所を旋回してるとなると……あのワイバーンは何を考えているんだろう?
「……テンチョー! なんか、上に乗ってるように見えるんだけど、僕の気のせいかな?」
ワイバーンの背中に不自然な盛り上がりが見える……跪いた人とか、子供とか……そんな感じにも見える。
一体何が乗ってるんだ?
「ご主人様、確かに何かが背中に乗ってるにゃっ! 動いてるにゃーっ!」
……テンチョーがそう言うなら、ほぼ確定だろう。
もし竜騎兵とかそんなのなら、飛竜+騎士とか魔術師ってとこで、人の頭脳と飛竜の機動力と戦闘力を併せ持つ……メチャクチャ厄介な相手だ。
高度な知能を持つ相手に、あんな風に上からじっくり観察されたら、守りの手薄なところとか、配置なんかもバレバレになってしまう。
今は、傭兵やラドクリフさんとか集まってるから、戦力も多いと見積もられていて、それが抑止力になっているんだろうけど……。
仮にコイツが十分な情報を集めた上で、隙があると判断し、地上のゴブリンなんかを扇動したら……恐らく攻め込んでくる!
これは……かなり厄介なことになりそうだった。
イチャコラから、戦闘へっ!
まぁ、オーナーは戦うすべなんて持ってませんからね。




