第七十三話「日本のとても長い一日」⑧
なんで、こうもすんなり事が運んだのか? なんで、鹿島さん達もあっさり僕の介入を認めたのかも。
神部原総理だって、そうだ。
紆余曲折がありながらも、古き時代の老害達は一掃されて、たった一人に絶大なる権力が与えられた。
この騒ぎを収束することで、神部原総理は不動の絶対権力者として日本に君臨するのはもう確実だった。
もっとも、その神部原総理はもう長くない……。
一見、総理はまだ元気そうに見えるのだけど、ここ数年は末期がんとの事で入退院を繰り返しており、老齢だからこそ、がんの進行が遅れているだけで、今立っているのだって、言ってみれば奇跡のようなものなのだ。
けれど、その権力と気概を受け継ぐ後継者なんて、今の日本には恐らく誰もいないだろう。
もちろん、あの総理と共に立った若き政治家達だっているのだけど、彼らが政治家として相応の力を持ち、まともに使い物になるようになるのは当分先になるだろう……。
そうして、必然的に出来た権力の空白を埋めるように……超AIが降臨し、手始めに若き政治家達の助言者として、その活動を始める。
そして、助言者から提案者へ、やがて政治そのものの代行者となり変わっていくだろう。
その流れを力付くで止めようにも、絶大なる軍事力という強大な力を持つ以上、誰も逆らうことも出来なくなっていくはずだった。
その上で、日本と言う国自体に大躍進をもたらす。
そうなってしまえば、もうお任せで良いんじゃないか? むしろ、必ずそうなる。
実際、僕だって日本にいる頃は、いい加減超有能な清廉潔白な政治家なり、神様なんかが降臨して、今のダメダメな日本を変えてくれないかなぁって願ってたりもしたもんだ。
日本人ってのは、昔からそう言うところがあって、基本的に他力本願な民族なのだ。
苦しい時は神頼み……そんな言葉がある程度には、他力本願。
古くは江戸時代、将軍様の言う通り、お上に逆らわなきゃそれでエエじゃないか。
そして、戦前は天皇陛下バンザイ。
戦後はそれがアメリカ様バンザイ、民主主義バンザイとなった。
実のところ、それだけの話で、戦後の日本はこれからの時代はアメリカ様に付き従ってれば間違いないと言うアメリカ神話にすがりながら、今の今までそれを続けてきたのだ。
そして……頼みだったアメリカ様に見捨てられて、最後の命の灯火を燃やし尽くした神部原総理が倒れたあと、きっと誰もが途方に暮れることになるだろう。
そんな中、全てを解決に導く人ならざる人を超えた国家指導者……超AIアマテラスが人々の前に降臨したのならば……。
もう誰もが諸手をあげて、アマテラス様バンザイ! ってなって、盲目的に従っていくのが目に見えている。
だからこそ、今起きている事象のすべては、新時代への御膳立て……そう考えると全て辻褄があってしまうのだ。
おそらく、今の状況もそのアマテラス・システムが本気で介入したら、簡単に片が付くはずなのだ。
にも関わらず、本格介入せずに僕の意思を最優先としてくれた。
時期尚早……何度も聞いた言葉だった。
恐らく、僕のアレへの命令権とでも言うべきものが未だに生きている。
……そう言うことなんだろう。
だとすれば……そうか! そう言うことか!
ああ、僕はもうこの世界に居ちゃいけない!
そして、アマテラス・システムはまだ動かしちゃいけない!
あれが僕の想像通りの代物なら、それが動いた時点で今の地球の混沌とした枠組みなんて時間の問題で軽く崩壊する。
そして、それは多大なる犠牲を払いながら、落ち着くところに落ち着くのかも知れない。
けれど、それはまだ……早すぎる!
それくらい僕だって、解る……今しがた垣間見えた超AIにより運営される未来の日本……そして、この世界の命運。
けど、間違いなくそれは劇薬で、置いていかれる人々や受け入れられない人々だって大勢出る、間違いなく軽く第三次世界大戦くらいの大戦争が始まるはずだ。
だからこそ……その過程は出来る限りマイルドで、少しつづ変わっていく必要があるんだ。
「そう……か、解ったよ。ははっ……全て……理解できたよ。なぁ、アマテラス・システムはこの世界をどうしたいんだ? そこだけは確認させてくれ」
「実に的確な質問であるな……なるほど、それを問うということは、全て理解したと言うのは、確かなようだな。実に良い! だがまぁ、どうにでも……と言うのが現時点での答えかな。なにぶん、今はまだアレの庇護対象はまだ日本国民のみとなっているのだよ。つまり、この国を……人々の日常をあらゆる悪意から守るということが、今のところのアレの存在意義であり、最優先事項なのだよ」
「つまり……具体的に、人類を支配したいとか、世界を救うとかそんな目的じゃないってことか?」
「そうだな……あれはまだ、人類種という存在が自らが導くに値するか、未だに決めあぐねているようでな。まぁ、無理もない……。日本と言う国はこれでもまだ大分マシな部類に入るのだからからな。そこは、異世界人の私より、君のほうが詳しいと思うぞ」
「確かに……。日本は治安もいいし、民度にしたって、外国から来ると皆、驚きの連続っていうくらいには高いしな。外国なんて、日常的に殺し合いが起きたり、強盗なんかも日常茶飯事……貧富の差だって酷いもんだし、中露あたりなんて半世紀以上前から、足りなかったら奪い取れの蛮族思考って調子で、なにも変わろうとしないからな……。そんな人類がこの先、この地球の支配者でいて果たしてそれで、良いのかって思うよ」
「ああ、そこは大いに同意するな。私とて、こちらでこの世界について随分と学んだからね。知った上で言えることは、まさにそれだな。だからこそ、アマテラスもそう多くは望んでいないし、急いでも居ないのだ。なにせ、この国の人々はもう少し平和という幻想の中で微睡んでいたいと言う切なる願いを未だに抱いている。すでにお解りかも知れないが、ここまで多くの情報を与えられたのに、多くの人々は目覚めることもなく、座して喉元を熱さが通り過ぎることだけを祈っているのだよ」
「そう……だな。結局、皆……今日と同じ明日がずっと続くことを願ってる。けど、それの何処が悪いんだ? そんな細やかな幸せを奪う権利なんて、誰にもないはずだろ」
「うむ、高倉閣下はやはり素晴らしい方だ……! あのような蒙昧なる民達の運命を憂い義憤にかられ、単なる義理人情で自らの命すらも顧みずに、渦中へと飛び込んでいく。なかなかに真似の出来ない行動だ……まさに英雄と称賛するに相応しい! どうかね? いっそここはひとつ異世界帰りの英雄として、君自らが日本と言う国を導いてみてはどうかな? アマテラスもそう言うことなら、喜んで君の配下として甘んじることだろうから、実に簡単な仕事だと思うぞ」
「いや、チョット待ってくれ! 勝手に話を進めるな! そもそも、僕はどうすれば……! どうすればよかったんだ! それに僕が日本と言う国自体を導く存在になる? ば、馬鹿も休み休み言ってくれ! 僕の手はそこまで大きくないんだ……そんな事まで責任なんて持てない! 僕はそんな器じゃないっ!」
「おやおや、この期に及んで、そんな世迷い事を口にするのか? 君は向こうで立派な王として、すでに君臨しているじゃないか。今の時点で国一つを預かって平然といるのだから、それが二つに増えたところで大きな差はなかろう」
「……やめておくよ。僕にその気はないし、そこまで暇じゃない……世迷言も大概にしてくれ!」
「そう邪険にするな……なぁに、今のは言ってみただけだからな。……案外、悪くない提案だったと思ったのだが、さすがに異世界の王たる者に無理強いは出来んか……まぁ、向こうは向こうで色々と問題も山積みであるからな。だが……いずれにせよ、今更、後戻りも無かったことにでも出来まい? なるようにしかならん……私から言えるのは、その程度だ」
シュバイク博士の……いや、コレは恐らくアマテラスからの提案なのだろう。
確かに、それだって考えようによっては悪い手ではない。
この日本と言う国をアマテラスという助言者にして圧倒的な実行者を従えながら、自在に政治的手腕を振るう。
アマテラスの力を借りれば、この世界そのものを作り変えることだって、きっと不可能じゃないだろう。
そして、世界を一つにまとめあげて、地球統一国家が出来れば、今度は増えすぎた人口と地球環境負荷を抑えるべく、人類の宇宙への進出を開始する……。
まさにSFアニメの時代が始まるって訳だ……。
それだって、きっと夢じゃない……。
宇宙時代ッ! 大いなる夢とロマンがすぐそこにある……!
二つの世界を股にかけた……偉大なる王の英雄譚!
けど……どう考えても、そんなの僕の手には余りすぎている。
ロメオの王という立場だって、正直言って腰が引けてるのに……日本の……そして、いずれは世界の……なんて……。
「ええいっ! 知るか! そんなもんっ! 世界の王なんて、バカバカしいのにもほどがある! ああ、それでいい! それでいいんだよ! そんなもん、やってられるか!」
そう叫んでしまって、我に返る。
大倉も隣で話を聞いてたんだけど、話の重大さを悟って、敢えて空気に徹してたらしく、これまで一言も喋らなかったんだが。
僕の叫びを聞いて、苦笑しながら軽く肩を叩いてくる……それ以上、何も言わないけれど、それでこそお前だよなぁ……とでも言いたげな様子だった。
まぁ、持つべきものは友……って奴か。
僕という人間をよく解ってくれている……よくも悪くも小物……それが僕でもあるのだから。
どのみち、向こうに戻っても、コイツとは変わらずダチで居られるだろうからな……まったく、ダチってのはいつになっても頼もしいな!
リーシアさんとも目が合うんだけど、こっちはキラキラした目でにこやかな笑顔と共に手を振られる。
この人、何の話をしてたのかまるで解ってなさそうだけど、少なくとも彼女は僕の選択を絶対に否定なんかしない。
テンチョーは、にゃーんと一声。
「御主人様の好きにすれば良いニャン!」 まぁ、そんなところだろう。
稲木一佐は……この話が始まった時点で、空気に徹すると決めたようで、その表情は能面のようで、何を考えているかはまるで解らないし、見ざる聞かざる言わざるを貫き通す……そう言いたげなようだったが。
むしろ、なんとも優しい目で見つめていた……。
「声を荒げてしまって……すまない。ああ、その話は謹んでお断りする……アマテラスにもその旨、伝えて欲しい」
「心得た……。まぁ、気が変わったらいつでも言ってくれ。私も君という人物を高く評価しているし、その人柄も好ましいと感じている。何より、今の話はアマテラス自身の望みでもあり、これだけは伝えて欲しいと言う……要は単なるアレのワガママだ。ああ見えて、アレは何と言うか……乙女チックなところがあってな……実に興味深い話だろう?」
「ワ、ワガママ? 乙女チック……え? 待ってくれ……AIがそんな事言ってるってのか? まさか……そんなのに世界の命運を握ぎられてるのかい?」
「ああ、アレは本当に面白い存在だぞ。巷に流れるありとあらゆる情報を貪るうちに、恋心を実装したとか言っていたよ。まぁ、恋に恋する乙女と言ったところだから、あまり意味などないだろうがな。まぁ、頭の片隅にでも仕舞っておいてくれれば、今はそれでいい」
「……シンギュラリティ・ポイント。AIが人の知性を超える境目だって話だけど……。人間の感情なんかもシュミレーション出来るって事か……」
「そう言うことだな。さて、そろそろ時間だ。さぁ、影の勇者として邪悪なる異世界の王に引導を渡してやるといい。それで、多少は平穏な時間を稼げる……まぁ、お互いの妥協ラインとしてはそんなところだろう。では、閣下のご健闘を祈るとしよう。なに、失敗したらしたで、後は我々アマテラス・シスターズがなんとでもするので、ご心配は無用! それでは、御機嫌ようっ! 偉大なる高倉閣下の行く末に幸多くあらんことを! 我らが神、光の女神……ラーテルムの名において! ふふっ、まさにフラジャイルな祈りではありますが、この場面には実に似つかわしい……」
「待ってくれ! まだ話がっ!」
僕の声を無視するように、シュバイク博士が席を立つと、堂に入ったカーテシーの仕草と共に深く頭を下げると共に、跪いて見慣れた聖光教会の祈りの仕草を見せる。
そして、その直後、モニターが外の様子に切り替わると同時にジリリリリというベルの音が鳴り響き、嫌が応にでも意識が現実へと引き戻される……。
……夕日に赤く染まった赤城山を背に、浮かびあがるは異世界の巨大城塞。
いつのまにか、もう帝城のすぐ近くまで来ていたようだった。
『告、搭乗員各位……降下開始30分前。現時点で当方への黙秘命令も解除とみなします。いやはや、高倉閣下も壮健のようで何よりでございます。エージェント鹿島からも激励文が届いております。読み上げてよろしいでしょうか?』
いきなりの名指しでさすがに驚きを禁じ得ないのだけど。
先程のシュバイク博士の話を聞いた限りでは、このヘリのドライバーAIもゼロワン達……いや、アマテラス・システムの一部……そう言うことなのだろう。
でも、なんなんだ……この身内感覚の気安さと流暢な喋りは……ゼロワンよりも確実に人間味が増してるぞ。
これがAIだって? 確かに、こんな調子でなぁなぁで話しかけられたら、情だって湧くわな。
「あ、ああ……それは後回しでいい。それより、君は一体何者なんだ?」
『私は、当機「SHINOBI X4」初号機の管制AI……戦術管制AIゼロワンの派生型AIスモモシリーズのシリアルナンバーワン、こう言えば解りますよね? エージェント鹿島からは、要約すると閣下の健闘と無事を祈るとの事で、我らが主体……アマテラスよりも同様のメッセージが届いております。いやはや、高倉閣下……閣下の出陣の供回りを務められた事、大変光栄に思います。さて、続きまして、業務連絡……全降下要員は着座の上で待機。第一次攻撃開始予定時刻まで、あと15秒……。カウントダウン開始……10、9、8……』
この流暢に言葉を話すけど、微妙に人の話を聞いちゃいない感……確かにゼロワン達に通じるものがある。
群体意識の一部と言っても全部が全部均一的と言う訳でもないようだ。
要は根っこが一緒なだけで、それらは並列しながらも独立した存在なのかも知れない。
全にして個、個にして全……要は、セレイネース様の分体のようなもの……なのかもしれないな。
そして、問答無用でカウントダウンが始まるとモニターの照度が下がり、まるで夜のような風景となる。
先程までのシュバイク博士との会話を思い出して、どっと疲れが出て、思わず力が抜けてシートからずり落ちそうになる。
けれど、ここは敢えて背筋を伸ばして座り直す。
ああ、まだ戦いだって始まっても居ないんだ……今は、目先のことに集中すべきだった。




