第七十三話「日本のとても長い一日」①
……僕らが日本へ出発して、およそ20時間ほどが経過していた。
時刻は18時過ぎ……季節は初夏、カレンダーの日付は6月22日。
奇しくも夏至の翌日。
この日付も今回の件となんか関係があるっぽいけど、現場の最前線に立つ僕の知る由もない。
まだ日も高く……けれど、日の色は確実に赤みが増していて……。
確実に夜のしじまが訪れようとしていた。
日本から離れて随分と経ったような気もしてたんだけど、実は半年ちょっと程度しか経ってないんだよなぁ……。
まぁ、向こうの世界と日本とでは、向こうのほうが一日2時間ほど余計なんで、向こうの日付感覚だと4ヶ月程度だったりするんだけどね。
なお、向こうにも一ヶ月と同じ概念があって、大きい方の月が欠けて戻るまでが一ヶ月。
位置関係か或いは公転周期の関係なのか、あっちの世界の月は半分くらいまで欠けてから、丸く戻っていく。
なお、小さい月は一日になんども登ったり降りたりして忙しすぎるので、ノーカン扱い。
そのサイクルおよそ40日くらいで1サイクルとなるので、一ヶ月は大体40日。
実際は、この辺……どこも大雑把ながらも概ね同じだったので、ロメオではリョースケ王の即位の年をロメオ歴元年として、一ヶ月は40日固定! って決めることにした。
もっとも、元号の方は「ならば、今年を新ロメオ歴元年とするべきだ」とか、アージュさんとクロイエ様が言い出して、そうなった。
まぁ、絶対権力者たるクロイエ様がそう言ったから、今年は新ロメオ歴元年!
もっとも、最初はタカクラ歴にしようと大真面目に言ってたんで、その案については、丁寧に却下とさせてもらった……流石に、元号としてタカクラ家の名が永遠に残るとか勘弁してくれ。
すっかり、話が逸れたけど、何と言うか……なかなかに濃すぎる毎日を送ってたせいで、もう何年も過ごしていたような気がしないでもないし、ほんの半年程度で向こうもこっちも色んなことが急速に変わりつつあるって実感したってのもあるだろうな。
時間があれば、親のところに顔を出したり、見納めとばかりに日本のあちこち見て回りたいとも思ってたんだけど……。
そんな事をしている場合じゃないし、案の定といった調子で検疫やら、警察の事情聴取やらで色々時間を食って、随分と無駄な時間を使った。
挙げ句に、ワケの解らないうちに、謎の黒服軍団が乗り込んできて、取り囲まれて自衛隊の基地の会議室に軟禁されたりで、もう大変だったんだ。
結局、こっちに来てまる一日くらい経って、ようやっと作戦決行の運びになったんだから、全然笑えない。
すでに、この時点でリミットの半分くらいの時間を使ってしまっている……やっぱり、即決で即座に動いて正解だったけど……。
もっとも、実力部隊の黒服軍団を送り込んで僕らを軟禁した上で足止めしようとしていた与野党の年寄り政治家連中も、神部原総理が問答無用でぶん殴って黙らせて、蹴散らしてくれたおかげで、それなりに早く解放してもらえたんだ。
どうも、アメリカ様を心から信じてやまないジジィ共が権力を傘に来て、アメリカ様の計画を妨害させまいと暴走したっぽいんだけど。
総理一派と若手政治家なんかが頑張って、ジジイどもを力付くで制圧して状況をひっくり返してくれたらしい。
良く判らんけど、国会議事堂を舞台に若手政治家と老人達の人しれぬ頂上決戦みたいなのがあったんだとか。
話を要約すると、いつまで経っても現実を見ようとしないアメリカ狂信者のボケ老人共にいい加減総理がキレて、ならもう邪魔も入らないことだし、手っ取り早く拳で決めようぜっ! ってなって、総理対ジシィ共の乱闘が始まった。
もっとも神部原総理は、若い時分は黒帯持ちのガチ武闘派……明日死んでも一向に構わんと、覚悟を決めたことで、ジジイ共に殴りかかって片っ端からノックアウト!
そこへジジィ共の下僕政治家達が割って入って、さしもの総理も数の暴力で押しつぶされる所だったんだけど。
見かねた若手政治家連中が派閥やら政党を越えて、一致団結し孤軍奮闘する総理に助太刀に入って……。
かくして、腕力で反対勢力を駆逐するという無茶やった総理と、それに続いた若手政治家達が、反対勢力を物理的に黙らせることで、完全に国会の主導権を手にした。
なんと言うか、無法極まりない無茶苦茶な話なんだけど……。
腕力で権力を制したとか、解り易い構図だし、無駄に権限ばかり持ってたジジイ共も物理的に制圧されてしまっては、どうにもならない。
何よりも、物理的に閉鎖した国会議事堂には、警察もSPも入ってこれずに、腕力あるものこそが最強……そんな感じになってしまったのだ。
まぁ、ノックアウトされた連中もどいつもこいつも汚職塗れで、無能揃いとカスみたいな連中だったし、その痛快な展開は当然のようにTV中継されていて、むしろ喝采を上げた人々も多かった。
とは言え、総理のやった事は立派な暴力であり、傷害罪や乱闘罪とか適用されてもおかしくなかったんだが。
国会議員の犯罪とか、警察は普通にスルーしてきたし、別に死人までは出てない。
問題になるにしても、それは後日の話。
それを考えると、邪魔者はすべて殴り倒すって、総理の決断は見事の一言に尽きるよな。
日本の政治家達もまだまだ捨てたもんじゃない……って思った。
暴力の否定、紳士的にってのも解るんだがね。
時には力付くで物事を解決せにゃならん局面なんて、政治なんてやってるといくらでもあるのだよ。
実際、戦争なんかも良い例だろう。
あれは紛れもなく国家による暴力で現状を解決する手段に他ならない。
だからこそ、僕も力を否定なんてしない。
と言うか、そんなの僕が過去に通った道なんだからな!
力も持たない雑魚の言葉なんぞ、容赦ない暴力に対してまるで無力なのだから。
もっとも、そんな感じで名実ともに最高権力を手にした総理達が僕らのやる事を最優先としてくれたお陰で、マスコミなんかも完全シャットアウトだったし、以降……余計なヤツの接触も全部後回し!
と言うか、時間がないって言ってるのに、事態の主導権を取りたいとか、アメリカ様のご機嫌を損ねたくないとか、そんなしょうもない理由で、僕らの足止めをしようとするとか、ホント……ジジイ共は現実ってもんが解ってないとしか思えなかったんだけど……。
現実を理解した上で、泥をかぶる覚悟で私利私欲を一切合切捨てられるようなヤツなんて、あんまりいないし、老人達ってのはは過去の成功体験が全てと言ってもいいからなぁ……時代の変革や自らが老いて衰えた事を認めようとせずに、前例踏襲や事なかれに走る。
もうこればっかりは仕方がないんだけど……それは時と場合による。
前代未聞の状況なんてなったら、年寄なんてなんの役にも立たないんだから、さっさと引っ込むなり、責任者に徹してればいいんだよ。
かくして、ジジィ共の命令で僕らを足止めして、軟禁してた黒服連中は正式に命令が下った基地の自衛隊に力付くで排除され、ようやっと総理からの直接連絡が入って、僕らもその辺りの事情を知ることになった。
総理と共に政治家バトルロイヤルを闘って、ボロボロになりながらも誇らしげな顔で、その背後に居並んだ20代、30代の若手国会議員達……なんと言うか、総理の気概が乗り移ったのか……はたまた洗脳でもされたのか、知らないけど。
こいつ等こんなイケメンだっけ? みたいなキリッとした清々しい顔だったのが印象的だった。
総理もなにかお言葉なり、演説くらいするのかと思ったけど……。
「日本の……未来を頼む」
神部原総理から告げられたのは……このたった一言。
そして、綺麗に揃ったお辞儀……たったそれだけだった。
ここに至るまでの数多くの政治的背景や様々な人々の思惑とかも顧みた上で、それを……その一言に凝縮した。
とても……深く重い言葉だった。
そして、本来一介のコンビニオーナーに過ぎなかった僕に対して、深々と頭まで下げてみせた。
そこは若手政治家達も同様で……皆の命運を君たちに託す、そう言外に告げていた。
大倉あたりもさすがに感無量って感じで、僕も思わず敬礼したくらいには、誰もが堂々たる態度だった。
まさに、本物の……政治家そのものだった。
と言うか、神部原総理もボケ老人みたいになってたのは、フリだったんじゃないかって思ったほどだったんだけど。
これはきっと、ろうそくの最後の派手な灯火みたいなもので、すべてが終わった後で、この老人はすべての責任を引き取り、人生の幕を降ろす……その程度の覚悟は決まっていて、最後に若者たちに本来の政治家の姿をその目に焼き付ける。
それこそが自らの最後の仕事と弁えている。
そんな風に思えたんだ……。
僕自身、神部原総理は昭和老人会の大ボスとかそんな風に思ってたけど。
この人は、むしろ昭和最後の傑物なのだと、そんな風に実感した。
そして、そんな偉大なる老人の背中を見て、若き政治家達も……思うところがあったのは間違いない。
割とTVで見かけたような坊っちゃん政治家やら、票集め要員のお飾り議員なんかも混ざってたけど、誰もがそんな軟弱な雰囲気これっぽっちも持たず、不退転の覚悟を決めた……そんな雰囲気すら醸し出していた。
僕みたいな軟弱なおっさんでも、異世界で揉まれてるうちに王様になってしまってるんだからな。
こんな、前代未聞の修羅場に飛び込んで、自分の意志でそこに立ってるなら、この先だってなんとでもなるだろう。
……そんな風に、未来への希望を託されながら……。
僕らは、決戦に赴いた。
そして……今に至る。
僕らは、そのとき、高度3000mで光学迷彩ステルス無音大型ヘリに乗って、都内上空に差し掛かろうとしていた。
なお、出発点は遥か太平洋沖の硫黄島……。
異世界転移ハイエースに乗せられて、転移した先は何故か宮城県の松島基地の敷地内。
そこから問答無用で基地の建物に入って、色々あったけど。
総理達のお陰で諸々すっ飛ばす事が出来て、そのまま基地で豪華な晩飯やらをふるまってもらったりしつつ、夜を待って輸送機に乗せられて……。
何処へ行くのかと思ったら、そんな太平洋沖遥か彼方にまで運ばれて、今度は硫黄島でステルスヘリに乗り換えて、一路首都圏……帝城への降下揚陸……と言う運びとなった。
おかげで、結構な時間をロスしたんだけど、こんな回りくどいルートを使う事情は大倉の説明で大体理解していたし、事前作戦の準備の為の時間も必要だったかららしい。
厚木や入間とか、目鼻の距離に自衛隊の空軍基地くらいあるのに、わざわざそんな硫黄島まで行ってたのは、すでに米軍は敵とみなしているからで、入間も厚木も米軍の影響力が強すぎる上に、場所柄完全な機密保持が難しく、何よりも桐生市に近すぎて、転移先としても使えないから……そんな所だろうということだったが、間違っていないようだった。
そもそも、この僕らが乗ってる無音光学迷彩ステルスヘリ自体が、やっぱりオーバーテクノロジー兵器であり、誰も近づかない硫黄島の地下秘密基地でこっそり生産して、人知れず実機テストを重ねてた試験機って話で、一度太平洋の遥か沖まで行ってから、ステルスヘリで取って返してってのが一番早いし妨害もなさそう……そんな判断らしいんだが。
実際ここまで妨害も一切なく、ストレートに来れていた。
米軍関係者とアメリカの民間人や観光客には、すでに日本からの緊急脱出命令みたいなのが出てるらしく、沈む船から逃げ出すように、絶賛脱出協奏曲の真っ只中で、本州各地の空自基地も米軍共用や官民共用空港は、どこもアメリカへの脱出便でごった返していて、使い物になっておらず、成田空港なんて他の国の人々も色々察して、一斉に脱出しようとしててパニックになってるらしく、もう何もかもが無茶苦茶になってるらしい。
そんなパニック連鎖の中で、堂々たる軍事作戦なんて論外。
そんな事情もあって、誰も行けない事で誰も実情をよく解ってない硫黄島基地まで一度送って、準備を整えた上で、コソッと始末を付けると……そんな風になったようだった。
なお、このヘリのステルス機能もむしろ、米軍にこちらの動きを察知されないためで、思いっきり本末転倒な使い方をされているんだが、元々そう言う事も視野に入れていた……そうとしか思えないんだよな。
なんせ、日本列島上空の航空管制権ってのは、日本には無いってのが実情だからねぇ。
民間機はアメさんに決められた航路しか飛べないし、航空管制レーダーの情報だって全部アメさんに筒抜けだ。
そして、アメさんが俺達最優先って言うなら、そうせざるを得ない……。
現状、群馬全域からの緊急避難勧告で首都圏はもちろん、山向こうの新潟や長野までパニックが波及して、エライことになってるらしい。
案の定、けが人が結構出てたり、避難先が決まらなくて自治体が迷走したり、色々問題起きまくってるようだけど、不幸中の幸いで死者だけは出てなくて、もうどうにでもなれと避難も脱出も諦めた人達も大勢出てるようで、そこまで酷いことになってる訳じゃないってのが救いだった。




