第七十二話「72時間」①
「ああ、実を言うと僕らの世界でも、あの大帝が何らかの行動を起こした時点で、女神の使徒全てに大帝討伐命令が下ると言う密約があるんだ。つまり、今回のケースだと、女神の力を借りて、女神の使徒が日本に行き、大帝を討つ……多分、そう言う話になるだろう。女神の使徒は日本に縁がある者が多いから、誰もが日本のために戦う事を躊躇わないはずだ。つまり、大帝の討伐は、僕らに任せて欲しい……これはそう言う提案だよ」
そう言い切ると、アージュさんや大倉も大きくうなずいた。
まぁ、この辺はまだまだこれから煮詰めるつもりだったから、何も決まっていないも同然で、他の使徒たちとも顔合わせすら出来ていない。
要するにハッタリだ。
けど……少なくともこの二人が賛同してくれるなら、なんとでもなりそうだ。
実際はジャリテルムがそこまで出来る力を残してるのかって、割と現実的な問題があるんだが。
そこは黙っとくのが吉だろうさ。
ったく、あの馬鹿女神。
なんてタイミングで力の無駄遣いとかやってくれたんだかなぁ……。
全知全能が聞いて呆れる……やっぱり、駄女神だろ……あれ。
「なるほど、確かにそれは悪くない話ですね。アージュ様のあの大規模冷凍魔術も核兵器に匹敵する破壊力を持ちながら、その後の被害も広めの空き地が出来た程度。放射能汚染と違って、数年足らずの年月と共に再生する……その程度の被害に留まるようなので、核兵器に比べたらクリーンかつ、エレガントな兵器と言えますね」
案の定、知ってたか……大方、ゼロワン辺りを派遣して、現地調査を行ったんだろうな。
まぁ、植物ってのはそもそも、そんなもんだからな。
どんなに広大な空き地を作って、徹底的に根絶やしにしても、何もしないでいるとものの数年で草茫々の空き地になってしまう。
実際、あのアージュさんが何もかもを凍らせた結果出来上がったバカでかい空き地も、早々と近くから飛んできた草の種が芽吹き始めているようで、すでに草むらになっているらしいからなぁ。
「そうじゃな……。帝城もなかなかバカでかいが、我はたった一人で要塞や城などを氷漬けにして、陥落させる……その程度の事はやってのけておるのでな。最悪、我は刺し違えてでも大帝を討ち取り、その居城も地に落とす、その覚悟であるぞ! 今の状況も、言ってみれば、こちらの世界の住民である我らの不始末を押し付けてしまったようなものであるからな。この世界の住民が責任を持って始末するべきものじゃ……違うか、鹿島殿?」
確か、アージュさんって半径500mくらいを氷漬け出来るみたいだからな。
1kmもある帝城だって、ど真ん中で発動すれば、一瞬で全部氷漬けになる……まさに歩く核兵器だよな。
「……解りました。このようなケースでは、最強一択と言うのが基本対応だとは思うのですけど、よりリスクの少ない手段があるのであれば、一考の余地ありですね。ひとまず、政府の対応は、限りなく想定外に近かった事で、対応コード101一択の状態ですが、私の権限で、高倉閣下とアージュ様の提案を割り込ませてみます……ですが、実のところ、そんなに時間が残されていない……それもまた事実なんですよ」
「時間がない? そもそも、まだ様子見の段階で、避難民だって避難しきってないんだから、時間の余裕なんてまだあるんじゃ……」
「こちらの弱みをさらすようでしたので、敢えて黙っていましたが。どちらかと言うと米軍が核使用をゴリ押ししてるってのが実情なんですよ……。中国やロシアも米軍と自衛隊の動きから、核兵器使用の兆候ありと判断したようで、報復核兵器の発射準備を整えてるようで、ホント、やばすぎる状況なんですよ? 和歌子さん、すみません。すぐに戻れとは言いません、例の異世界間通信端末をお貸しいただけませんか? とりあえず、途中経過の報告くらいしないと、本国側でもしびれを切らしておかしな判断をしかねませんので……」
なにその、第三次世界大戦前夜みたいな状況は……。
さすがの僕もその言葉に絶句する。
和歌子さんがちらっとこっち見るので、頷いとく。
和歌子さんから、携帯電話にしか見えないその端末を受け取って、鹿島さんが何処かと通話を始める。
まぁ、聞き耳立てた感じだと、コード101の即時実行命令とかそんな話はしておらず、代理プランがどうのと言ってるから、その辺はちゃんと話してくれてるらしい。
状況的に、こんな会話筒抜けの状態でするような話じゃないと思うんだけど、そこは敢えて政府とのやり取りを教えてくれてる……そう言うことなんだろう。
鹿島さんも長々と話をしているようだったけど、やがて通話も終わったらしかった。
「はぁ……なんとか、政府を説得できました。ただし、出来た事としてはいいところ時間稼ぎと言ったところです……。元々対応コード101は米国主導のプランで、通称ゴジラプランとも呼ばれていたものでして……大倉様は聞いたことありませんかね?」
「ああ、知ってるぞ。現実にあり得なさそうなゴジラみたいな巨大怪獣の上陸や宇宙人が侵略してきた際に、政府や自衛隊がどう対応するかって、大真面目に検討したプランとか言う話だったんだが、本気でそんなのを用意してたんだな」
「まぁ、あり得ないはあり得ない、備えあれば憂いなし……ですからね。もっとも、そもそもが非現実的な想定である以上、その精査や検証なんかも割とガバガバだったんですよ。もっとも、米軍サイドがそれを盾にとって、強制介入を頑として譲らず。……ひとまず、高倉様が異世界の同盟国の代表として、当事者の一人として総力を上げて、本件に対応する……政府筋にも伝達の上で検討していただいたんですが。申し訳ありません……結局、引き出せたのは時間稼ぎがやっとでした。もしも、72時間経っても、帝城が健在なようであれば、米軍太平洋艦隊の戦略原潜から、桐生市上空にICBMが打ち込まれることになるとのことでして……。」
「……なんか、状況悪化してない? さっきは自衛隊保有の核ミサイルだったのに……ICBMブチ込むとか。群馬どころか関東平野に人が住めなくなっちゃうんじゃ……」
「仰るとおりです……本来は、宇宙人の侵略とか、未確認巨大生物が出現だの非現実的な脅威に対応する前提のプランだったので、日本国民の被害などは一切考慮されておりませんからね。そんなものでもありえ無いとは言い切れないですし、米軍主導で事前に想定され、対応プランも用意されていたんですよ」
そんな事起きないだろうけど、最悪想定としてやれるだけの事はやる……そんなプランだけは用意しておく。
そんなお気軽な……むしろ余興みたいな感じでアニメとか怪獣映画を参考にしながら、決めたプランだったんだろうな。
それ故に、それがどんなに無茶苦茶な内容だったとしても、現実が想定を超えてしまった以上、それにすがる他なくなってる……そう言うことなんだろう。
「いや、もうちょっと現実的な……大帝との話し合いで、降伏に追いやるとか……そう言うのも込みで、もうちょっと時間が欲しかったんですけど……。そこら辺はなんとかならなかったんですか?」
大帝は自分の命に執着してる……となると、戦力差を目の当たりにさせた上で、勝てないと悟らせ、助命を条件に降伏させる……これが一番手っ取り早いと考えていた。
だからこそ、使徒を盛大に集めた上でそれを見せ札にしたうえでの降伏交渉……これが最善手だろうと、思ったんだ。
けど、はっきり言って、72時間以内の対応なんて、僕らにとってもかなりキツい。
時間にして、3日間はあると言えるけど、逆を言うと僅か3日しか猶予がない……実際は、その半日前、60時間くらいが作戦中止の限界ラインだと考えると、もっと猶予がないと言えるだろう。
各地から使徒たちを集めて、日本側との安定した転移ゲートを構築して、帝城に乗り込む……なんて、もう全然時間が足りない。




