第七十一話「カズマイヤー」④
「どうやら、こちらの想定通り事が進んだようで何よりですね。先ほども申し上げた通り、これはすべてを失い追い詰められた大帝の悪あがきなのでしょう……実に迷惑千万な話です。いずれにせよ、あのままあの城を放置しておくことは国家存亡の危機……現時点で私もお二方の話を聞いて、その事を確信致しました」
「そうか……。僕らの話を判断材料にしてその上での決断ってことか。けど、鹿島さんの判断がそのまま日本の方針として決まる。なんだか、そう言いたげな様子だけど、そこはどうなんだい? あの城を自衛隊を動かして破壊するともなれば、法的な根拠……日本ならば総理大臣の決断が必要になるはずだろ?」
「ええ、仰るとおりですね……。ですが、本件については、この私の決定がそのまま国の決定となります。そこは、すでにお偉い様方にご了承いただいておりますので、何ら問題はありません」
「なんだそりゃ! 要は、土壇場になって内閣総理大臣が反対したってお構いなしってことかよ! なんで、アンタにそこまでの権限があるんだよ!」
思わずと言った調子で大倉が怒鳴る。
いや……違う。
そうじゃないな。
恐らく総理大臣とかそのクラスでも、すでに今、日本で起きている事への対処能力がオーバーフローしてる……或いは、そう言うシナリオがすでに出来ているのかも知れない。
もう、訳が判らないから、少しでも訳が判るヤツの判断に従う……そんな盲目的な対応しか出来なくなってるんだ。
まぁ、そこはしょうが無いよな……。
今の日本の総理大臣って、民主自由党の長老……神部原総理(87)……そんなんだしな。
他になり手がないから、経験者だからって理由で暫定的に総理になって、それをズルズル続ける羽目になったとかそんな調子で、いい加減ボケ始めてるらしく、自分の言ったことを次の日には忘れてるとか、そんな御老体も御老体が総理大臣……それが今の日本の現実だった。
割としょっちゅう入退院を繰り返してるので、むしろピンチヒッターの副総理の方がテレビでもよく見かけてた。
そもそも、そんな御老体に総理を任せるって時点で、間違ってるのは明らかなんだが……。
総理を務められるような人材が他に居ないから、本人も不本意のようではあるんだけど、ここ数年の総理の座に居座ってしまっている。
なお……神部原総理は、20年ほど前にも一度総理を勤めており、総理経験者と言えるのだけど、総理に返り咲いてからの実績については、良く言えば、誰にとっても悪くない玉虫色の結論を出す、無難な対応……。
悪く言えば、可もなく不可もなしのまさに、凡俗そのもの……昔は、奇抜な発想と卓越した行動力で、数々の改革を成し遂げた事で、名宰相なんて言われてたんだけど。
今となっては、やる事なすこと50点から70点……そこは本人も否定はしてない。
何と言うか、今やもう見る影もない……晩節を汚しているようなものだと言われているのだけど。
それについては、神部原総理の責任というよりも、歴代総理や、民主自由党の無能な政治家達の責任だと思う。
なにせ、かつて神部原総理が敷いたレールを利権のために、台無しにした挙げ句、残された数多くの問題を見てみないふりをして、目先の些事と自分たちの利益しか考えていないような官僚オススメの馬鹿げた政策を右から左で、実行し……その尽くが失敗に終わっている。
神部原総理も、最後のご奉公とばかりに頑張っちゃいるんだが……いかんせん、孤軍奮闘の感は否めず、結局無難な路線に落ち着いてしまっている。
いずれにせよ、そんな棺桶に片足突っ込んでる御老体が総理って時点で、色々日本もアレなんだが……。
要は、老い先短いからこそ、後進のためにあらゆる責任と汚名を背負って地獄へ旅立つ……そんな覚悟を決めた上で、総理の椅子に座っている。
あれは、そう言う事なんじゃないかとも言われており、僕も他人事ながらそんな風に思っていた。
まぁ、政治ってのは綺麗事だけじゃ済まないからね。
そこは、曲がりなりにも国家指導者として、政治家になってしまったからには、実感できるし、神部原総理に同情だってする。
「やれやれ、神部原総理も要はスケープゴート要員として……そんなところかね。ったく……ヒデェ話だよな」
「さすがに、お見通しですか……。まぁ、お察しのとおりですね……。あの方は前々から、イザという時は自分を生贄にして、近い将来訪れるであろう未曾有の国難に備える……そんな覚悟で死期が近い事を悟りながらも、総理の座を引き受けた。そう言う方なんですよ」
……神部原総理の世間の評価はなかなかに酷なモノがあり、内閣支持率も3-40%と酷い数値ではあるんだが。
後進の政治家共は揃いも揃ってまるで駄目な上に、野党もポンコツ揃い。
一時、社会人民党って言う左翼野党が政権を取った時期もあったんだけど、露骨すぎる程に中露寄りの政策を取ろうとしてた事がバレた上に、折り悪く発生した東日本大震災の対応で、不手際や大ポカを連発してグダグダになり、完全にアメさんと国民の怒りを買って、ものの見事に沈没……もはや、その党名すら見ることも無くなってしまった。
紆余曲折の末に盛大に時間を無駄に使った挙げ句、結局……民自党一択状態って状況に戻ってしまった上に、野党に下った責任を問われることで、神部原総理の後継者達がまとめて閑職に追いやられて、神部原総理に冷や飯を食わされていた無能なジジィ共が主導権を握って……そこから、ポンコツ共のポンコツ政治が始まって、今に至る……。
あのまま、一介の日本国民やってたら、本気で将来に絶望するところだった……それ位には日本の政治は酷いことになってる。
「それ故に、憎まれ役目を引き受けた上で、鹿島さん達に全てを任せたって事か……そう聞くと大した人なんだな。死期が近いってのも年齢を考えると納得できるけど、そんな御老体を犠牲にしてって……あんまりって気もするげどね」
悲しいことに、神部原総理ほどの政治家は、当分出てきそうもないし……総理も5年後に生きてるかどうかも怪しいような有り様だ。
そして、民自党の有力者達ももれなく老い先短いジジィばかり……日本の未来……お先真っ暗なんだよな……。
「未曾有の国難を不退転の覚悟を持って排せよ……。それが総理より我々に課せられた命令です。そして、起こり得る全ての事象の責任は神部原総理がすべて抱える。すでにそう言う事になっているんですよ。我々もこのような事態をあらかじめ想定しており、最低限の犠牲で一撃で決める所存です。お二方のおかげで状況もクリアとなり、私としてもアレが確実に滅ぼすべき敵と言う確信が得られましたので、後はもうこちらの問題……そう言うことです。繰り返しとなりますが、ご理解の程、よろしくお願いいたします」
なんてこった。
要するに、すでに陰腹切ってるって訳かよ。
やっぱ、あの爺さん総理……半端ねぇよな……。
それに鹿島さんだって、覚悟決まり方が半端ない……思わず圧倒されてしまっていたのも当然だ。
「でも、だからって……核兵器はやりすぎでしょう! そこまで無茶せずとも、まずは相手の出方を伺ってからでも……」
「いえ、これは大帝の最後の反撃であり、皆様のお話を伺った上でも、向こうは話し合いも問答も無用なのだろうと断じております。である以上は、直ちに始末をつけねば、より大きな犠牲が出る事になるでしょう。先に説明したように緊急避難命令を出した上で、可能な限り付近から人払いを行っていますが、仰るとおり徹底は出来ていないですし、そのドサクサで擬態スライムが各地にばらまかれてしまう可能性も否定できません。故に対応コード101で発生する犠牲は、コラテラル・ダメージとして許容する所存であり、これは日本政府としての決定と言えます」
「コラテラル・ダメージって……群馬北部全域なんて言ったら、逃げ遅れだって万単位は出るぞ! それでもやるってのかよっ!」
たまらず、大倉が怒声を放つ。
けど、すかさず手を向けて大倉を抑える。
そんなのは鹿島さんだって、百も承知……なんだろうからな。
そこで、鹿島さんを攻めるのは筋違いだ。
「ああ僕だって、同感だ……。なぁ、頼むからそんな無茶はしないでくれ! 一体どれだけの犠牲を払うか……そこは解ってるのかい?」
「……申し訳ありませんが、私はここに状況確認のために来たのであって、あなた方と議論するために来たわけではありません。こうやって、お二方のお話を聞いてご説明をさせていただいているのは、こちらの誠意の現れと言ったところです」
「誠意の現れって……そんな取り付く島もないなんじゃ、僕らだって納得できない……! それに……だったら、なんで呑気に様子見なんてしてるんだよ!」
「そうですね……あれは、現時点では正体不明の飛行物体であり、その正体に確信が持てず、向こうがアクションを起こさないが為に、こちらも静観していただけですからね。あれが我が国の仇敵たる帝国、それも全ての元凶である大帝カズマイヤーがいる居城であると断定出来たのなら、我々は明確な敵国による侵略行動だと断じた上で先制攻撃を実施します。我々が躊躇う理由は一切ありません。もちろん、我々も幾多ものシミュレーションを行い最も犠牲が少ない方法を選んでいますからね。コラテラル・ダメージと言うものは、そう言うものなんですよ」
いやいやいや……どう考えても、これはやらせちゃいけない。
和歌子さんの方をちらっと見ると、ここは退くなと言いたげに、僕の目を見て首を横に振る。
確かに、これはもう日本に転移された時点で、完全にあっち側の問題ではあるんだが。
この世界の住民である僕らは、大帝を向こうに取り逃がした責任があると言える。
大帝に奪われた異世界間のラインだって、間違いなく前兆だってあったはずだ。
それをみすみす見逃した僕にだって、大いに責任はある。
けど、向こうにそんな責任を取る義理なんてないと言われてしまえば、そこまではあるんだ……。
そして、鹿島さんも僕らのやれることなんて無いと言外に言っている。
確かに、異世界の問題なんて対応のしようがない。
僕らに出来ることなんて……もう何も無い。
けど、一般市民を容赦なく巻き込んだ上での核攻撃なんて……極めつけレベルの愚行としか思えない。
僕は……日本人として、いや、人として……何としても鹿島さん達を止める理由がある!
アージュさんを顧みると、無言で頷かれる。
ああ、こうなったら手段なんて選ばない……切れるカードを全部切ってでも、鹿島さんを止める! それしかないっ!
「鹿島さん……現状、僕らロメオ王国と日本国は同盟関係にある。つまり、安全保障条約を締結していると思うのだけど、そこはどうだろう? 同盟国たる日本が脅威にさらされているならば、その時点で僕らの介入の理由になる……違うかな?」
「……軍事同盟のお話ですか? その件はすでに正式にお断りされたと思ったのですが……」
「書面を交わしあったわけじゃないし、確かに僕もそれは一度は拒否した。けど、実情としてどうなのかって話だよ。ゼロワン達は日本国軍所属だと言っていて、僕もまた日本国の軍人であると彼らは主張している……もちろん、それは建前上だって解ってはいる。けど、何よりもゼロワン達は、僕にも無断で帝国へ生物兵器による攻撃を行った……そして、それは鹿島さん達の指示だったと、貴女自身が認めた。その結果、やけを起こした大帝はなりふり構わぬ最後の攻勢に出た……そう言う構図なんだろ? それでも、僕らが無関係だと言い張るのかい?」
「確かにそうですが……。だからと言って、高倉オーナーさん達がこの問題に介入するのは筋違いなのでは?」
「いや、筋違いでもないだろ。現に僕だってライフラインの切断と言う形で明確に被害を被ってるし、ここの異世界との接続を奴らに悪用されて、それをむざむざ見過ごしてしまった時点で、立派にこの事態の当事者の一人であり、責任だってある。この大倉だって帝国の関係者である以上、無関係とは言えない。それになにより、大帝カズマイヤーは僕らの世界にとっても明確な敵なんだ。その決着はこちらの世界の者達の手でつけるべきだと思う。なにより元日本国民として……僕は同盟国の国家代表として、その対応コード101の実施に断固異議を唱えるっ!」
「なるほど……それは一理ありますね。確かに、仰るとおり市街地での核兵器使用と言うのは、可能な限り避けるべきオプションで、いわば最後の手段とすべきですからね。高倉オーナー様は、我々と共に奴らとの命懸けの戦いを最前線で戦い抜いた……言わば戦友と言うべき信頼関係もありますし……。何より、異世界の国家元首ともなれば、そのご意見は無視できません。解りました……何か良い代替案を出していただけるのであれば、是非この場にて拝聴させていただきます。ですが、あくまで拝聴するだけであって、ご提示いただいたプランを採用するかどうかは確約いたしかねますので、そこは先に言わせていただきますね」
そう言って、鹿島さんもニコリと笑うと出しておいたお茶を一口飲む。
先程まで取り付く島もないと言う様子だったんだけど、ようやっと話し合いに応じてくれる姿勢を見せてくれた……となると、ここからが正念場だな。




