第七十一話「カズマイヤー」③
「まぁ、そこは納得できるかな。僕はイザリオ司教やレインちゃんなんかとは親しいし、ご存知のようにウソを付くのは下手くそだからね。だから、シュバイク博士に慮って僕には積極的には伝えようとしなかったし、聞かれない限り黙っている事にした……そう言う事か。たしかに嘘はついてないし、誰にとっても損はない。ああ、大いに納得だ……でも、それで今になって情報開示したのは、なんで?」
「それもまた、シュバイク博士のご判断と指示ですね。高倉様との取引材料として、自分の情報を伝えて構わないと。その方が信頼を得られるだろうとのことで、私もそこは大いに賛同出来るところでごさいましたし、シュバイク博士の示した予想はこれまで大きく外れておりませんでした。流石というべきかも知れませんね」
いやいやいやっ! なにそれっ!
アメリア司祭にはまるで面識もないのだけど、さすがになんだか空恐ろしくなってきたぞ。
……確かに、僕に三浦和真=カズマイヤーと伝えるとなると、情報源の存在を明かさないとならない。
全てのカードをオープンにすることで、僕との信頼関係を維持したうえで、こちらへも情報開示を迫る……そう言うことか?
何よりも、この短時間の間に状況は大きく変わった。
恐らく、この世界の脅威は現時点では去っている。
厄介者のカズマイヤーは日本に転移して、何かを始めようとしている。
そして、僕も大倉もカズマイヤーの討伐には、手を貸すのは当然のことと思っている。
そこまで読んだうえでの情報開示の指示ってことか。
アメリア司祭……なんなんだ? 頭が切れるどころの話じゃないだろ……。
レインちゃんやサトルくんが、あっさりと腑抜けたのも今なら納得できる。
二人共、彼女のコントロール下だったからこそ、あそこまでクレイジーだったんだ。
この調子だと、二人とモンジロー君のダンジョン前で出会ったのも、彼女の仕込みの可能性が高いな。
もっとも彼女の計算外は、モンジロー君の存在とその恐るべき実力。
アレでサトルくんが折れたから良かったものの、モンジローくんが居なかったら、こっちは全滅してた。
なお、モンジロー君も人前で実力を披露したのはあの時が初めてだったと言うことで、それ故にアメリア司祭の予想を越えて、全てをひっくり返せた。
多分、そういうことだったんだ。
なんだか、アメリア司祭が化け物のように思えてきたけど。
あんまり間違ってなさそうだ……。
うーん、シュバイク派にしても、僕がレインちゃんとサトルくんを仲間にした上に、彼女が日本へお持ち帰りされてしまった事で、指導者を失って空中分解を起こしてしまったのだけど。
もしも、あのまま本当にアメリア司祭が逃げおおせていたら、どうなっていた事やら……。
まぁ、間違いなく彼女と本格的に敵対せずに済んだのは、運が良かった……そう思うべきだな。
「……なるほどな。詳細は説明しないけど……異世界転移ならぬ、異世界転生は可能……そこは明言する。と言うよりも、それを可能とする存在がいるんだ。蒼の魔神ロア……アレはそう名乗っていた」
「それは、ラーテルム神とは別口の神性存在……そう言うことですか?」
「ああ、そう思ってくれて良い。つまり、女神たちの敵対者、そう言う位置づけの存在だ。僕はその魔神ロアと直接相対して戦ってるし、そいつが召喚した日本からの転生者と称する奴を戦って殺している。ロアが言うには、地方在住のパチンカスかなんかで、パチ屋の新装開店に遅れそうになってバイクをかっ飛ばしてたら、コケて登校中の小学生の列に突っ込んで、何人も巻き添えにして死んだ……そんな話を聞いたよ」
「なるほど……何者かは現時点では解りかねますが、そんな事件も確かありましたね……。確かにその話……三浦和真に通じるものがありますね……共通しているのは、身勝手な行いの末に多くの罪なき人々を道連れにした上での死……と言ったところですかね……。そうすると、そのロアと言う魔神がこの件に関わっている可能性があるとでも?」
「どうだろうな……その時、顕現した魔神ロアの分体自体はすでにこちらの女神の一人……海神セレイネース様が封印して、海の底に沈めてくれた。恐らく10年単位で身動きも取れなくなってるはずなんだ。もっとも、あちこちに仕込みを残していったらしいから、案外帝城が日本へ転移したのも仕込みのひとつだった可能性はあると思う……」
実際、セレイネース様も今も魔神ロアの仕込みがあちこちに残ってて、対処に苦慮してるって話はしてたからなぁ。
テンチョーが対応してた封印魔獣なんかもその一つだったようだし、魔神教団なんかも同様のようだしな。
それに他にも分体がいて、コソコソと動いてる可能性は否定できないんだよな……。
「なるほど……。貴重な情報提供ありがとうございます。なるほど、別口の……それもかなり悪質な神性存在が関わっていると言うことですか。ですが、状況的に今回の一件には直接は関わっていないかと思いますね。もし、そう言うことなら日本側の神性存在が黙っていないでしょうからね」
「日本側の……神性存在? 日本に、マジモノの神様なんているってのか?」
「いらっしゃいますよ? 日本は昔から神の国なので……。こちらの世界で神性存在と関わりを持ち、挙げ句に敵対して生き延びた高倉様がその事を信じないと言うのもおかしな話だと思いますが……」
……そりゃそうか。
異世界に本物の神様がいて、日本には居ない……なんて事もありえないし、鹿島さんも以前に、神性存在と交渉……なんて話もしてた。
そもそも、異世界に転移した日本人の支援組織なんてものがある時点で、日本側の神様とラーテルム辺りが話し合った結果なのは、容易に想像できる。
「……確かに、そうだね。そこは疑う余地はない……な。そうなると、ロアかロアに準ずる存在が日本に転移している可能性ってのは、あまり考えなくて良さそうだね」
「ご理解の程ありがとうございます。さすがに、神性存在同士の戦いなんて始まってしまったら、我々人類は巻き添えにならないように祈るくらいしか出来ませんからね。しかし、高倉様も神性存在と戦って、よく生き残れましたね。それに……以前と比べると、随分とたくましくなられた様子ですね。やはり、その神性存在との戦いで大きく成長された……そんなところですかね」
「ああ、そんなところだ。まぁ、この件については、こちらの世界の問題だからね。あまり、深入りして欲しくないと言うのが正直なところだよ」
「畏まりました。仰ることはご尤もですからね……。いずれにせよ、結論は出ましたね。大帝カズマイヤーは、こちらで責任を持って処分いたしますので、高倉様達はこの場にて、朗報をお待ち下さればと思います」
……これはしくじったかも知れない。
と言うか、今のは完全に僕のミスだ。
こっちの世界の問題に深入りするなと言ってしまった以上、向こうは「では、お互い様ですね」……で、話が終わってしまう。
セレイネース様と僕の関係とか、正直鹿島さん達にはあまり知られたくないと思ってしまったのだけど。
その時点で、隠し事をしていると表明した上で不信感を表したようなものだし、鹿島さん達には、それが交渉打ち切りの口実になってしまう。
大倉やアージュさんも、目を覆って、無言ながらも僕の失敗を指摘している。
……つい、うっかり、やっちまったなぁ……。
ここは、とことん……洗いざらい腹を割って話をするべきだったのだ。
もっとも、鹿島さん達の間でも核を使ってても、カズマイヤーを始末するのは、もう決定事項であり、今更その正体やその背景が知れたところで、結果的にやる事は変わり無い……そう言うことなのだろう。
「なぁ、大倉……大帝カズマイヤーなんだが、なんであんなのが帝国の最高権力を長々と握ってたんだ? それに帝国の連中はあいも変わらず大帝様へ忠誠を誓ってるってのかい? どう考えても自分のことしか考えてないゴミカス野郎だろ……大帝様って」
カズマイヤーは典型的な悪役どころか、クズ・オブ・クズなのは間違いなく、皇帝として、何か主義がある訳でもなく、理念や大望があるようにはとても見えない。
なんか、話を聞けば聞くほど、カズマイヤーって奴は、盛大な小物って感じなんだよなぁ……。
自分の生存が第一で、他のものを犠牲にしたってそれが当然ってのは終始一貫してる。
まぁ、生きるために生きる。
それも結構だけど、命ってのはいつか必ず終わる時がやってくる。
生き永らえることが生きる目的という事なら、その願いは絶対に叶わない。
……まぁ、哲学的な話だけど。
生きる事は、手段であり人が生きる目的ではない。
最後の最後の瞬間に、多くの人々に見送られて、惜しまれながらこの世を去る。
そんな死に様を迎えることが出来たなら、その人生には大いなる意味があると思うんだ。
だからこそ、人は多くの人々と関わるべきで、生きている間には、出来るだけ善業を積む。
そうすれば、死した後も良き来世が待っている。
そして、その真逆……自己中で悪業を積み重ねたうえで死を迎える……そんな事をやっていると、間違いなく地獄行きは免れない。
要は、出来るだけ、悪いことはしないで、世のため、人のため……良いことばかりをやって、人と人との関わりを大切にしなさい。
爺さんの葬式の時に御経を読んでくれた坊さんの説教ではあるんだけど。
子ども心にも、自分を含めて、大勢の人達が爺さんの葬式に来てくれて、大いに悲しんで、その死を惜しんでいるのも、生前爺さんが積んだ善業と、人との絆を大切にしていた故にであり、爺さんはきっと天国へ行けた。
そして、僕自身もこういう最後を迎えたい……そんな風に思ったのだ。
僕自身、大概お人好しって思うんだけど……まぁ、そこら辺はあの時の坊さんの説教や爺さんの生き様が大いに影響してるのは間違いないだろう。
反面、カズマイヤーも自分の身を守る鎧みたいな感じで、帝国って国を興して、その脅威となりうる他の国……獣人の国ヴァランティアに後先考えずに攻め込むとかやってたけど……。
間違いなく、善業の真逆……悪業の積み重ねと言っていいだろう。
多分、これもまた僕がカズマイヤーこと、三浦和真を許せないと感じた理由のひとつなんだろう。
自分の脅威になるかも知れない……そんな理由でエルフやドワーフのような亜人達を弾圧して殺しまくって、作物を食い荒らすスライムを打ちのめして駆除したから……そんな理由で農村一つを皆殺しにする……そんな話だって聞いた。
とことん自己中……そんな風に思ってたんだけど、大帝がビビリ思考の小物雑魚野郎って前提で考えると、それらの蛮行も割と辻褄があってしまうのだ。
「大帝へ変わらず忠義を誓う……ね。それこそ、まさかだぜ……。俺はもちろんだが、帝国財務官僚団や主要な将軍クラスはすでに俺等反大帝派の同志だ。その上で帝国各地で大帝の排斥運動が盛り上がってるとこだ。なにせ、スライム共の監視の目が消えたってのは、もう誰もが理解しつつあるからな……長年の恐怖政治の反動で全国民が一斉に立ち上がりつつあるんだ。各地にあった大帝の銅像も民衆の手で引き倒されたり、大帝派の領主が何人も民衆に吊るされたりしてるし、帝国軍同士でもあちこちで大帝派と反大帝派がやりあったりもしているんだ」
「それって、まさか内乱? おいおい、そんな状況だなんて、聞いてないぞ……なんで今まで黙ってたんだよ」
「そりゃ、敢えて教えなかったからな。大体、帝国が内乱祭りの真っ最中なんて、俺も立場上言えなかったからな。まぁ、状況が落ち着いたら、説明するつもりだったんだが。肝心要の大帝が消えちまったとなると、もうどう転んでも大帝抜きで行くしかねぇだろ? そう言うことなら、もうぶっちゃけて構わん……そう判断したまでだ」
「……確かになぁ。大帝やスライムに見張られる毎日を歓迎してた阿呆もいたからこそ、帝国って国も成り立ってたんだろうからな。それがなくなったら、もう歯止めも利かないし、最悪国が割れる可能性もあるんじゃないのか?」
「ははっ! そう思うだろ? けどな、そう言うときに物を言うのは金の力ってヤツなんだよ。元々、俺等経済官僚は金の力って強大な力を握ってたんだ。それに兵隊共も結局、給料支払ってくれて飯を食わせてくれるヤツの味方だからな。だからこそ、帝国軍の大多数が大帝派を見限りつつあるんだぜ……ここまでいや、情勢が決定的になったってわかんだろ?」
俺も帝国の内情をある程度聞かされてもらっていたが。
もう、そこまで事態が進んでたんだ……。
全く大倉も上手くやってくれたもんだな。
確かに、そんなトップが消えて、ナンバー2や3も粛清されて居ない……なんてなると、国を運営する金を握ってる奴が主導権を握れるってのは、良く解る。
実際、僕も元帝国軍の兵士たちに給料と寝床と飯を用意することで、私兵として囲い込んで便利使いしてるのも事実だからな。
要は、それと同じで大倉達は帝国軍の兵士たちに、十分な給料と明日の飯を潤沢に供給することで、味方に付けたんだろう。
そして、軍事力という実力を得た以上、国の主導権の容易く手元に転がり込んでくる……確かに、うまいやり口だ。
「なるほどな……。さすがは大倉だな。そうなると……もはや、帝国はかつてのような侵略国家でも無くなって、真っ当な国になりつつあるってことか……まったく、うまくやってくれたな」
僕がそう応えると、大倉も我が意を得たりと言った様子で、得意そうに笑みを浮かべる。




