第七十一話「カズマイヤー」②
「高倉様……如何されましたか? 何やら怪訝そうな様子ですが……。一応、言っておきますが、今の話は全て本当の話……です。我々も根も葉もなく、こんな話を信じているわけではなく、心理プロファイルなどを通じて、三浦和真が異世界の怪物カズマイヤーと同一人物との結論に至っているのです」
「ああ、そこは疑ってないよ。要するに、こちらで集めたカズマイヤーの言動とか行動パターンと、あっちで5年前に死んだ三浦和真のプロフィールとを比較して、同一人物って結論に達した……そう言うことだろ? けど、そうなると時系列と言う決定的な矛盾が出てくる……。だからこそ、その可能性は除外していた……そう言うことだよな? もちろん、これは鹿島さんが嘘を言っていないって言う前提で……なんだけどね」
「私は高倉閣下にこれまで一度たりとも嘘は申し上げておりません。本来これは伏せておくべき情報でしたが、すべてを打ち明けた方がご理解いただけると判断いたしました。こうなったら、ここはひとつお互い腹を割って話し合いませんか? 私が思うに高倉様は、その辺りの矛盾を解消する情報をお持ちなのではないでしょうか? 我々もそこだけは腑に落ちないと考えておりましたので……」
うえぇっ! 鹿島さん鋭すぎるだろっ!
魔神ロアの事なんて、つい今しがた思い当たっただけだし、鹿島さん達には、魔神ロアについては一切、話はしていないはずだ。
なにぶん、魔神ロアの分体が顕現しかけたなんて話は、あまりにもヤバいって事でこの情報はロメオの国家レベルでの秘匿情報とすることになったんだ。
実際、魔神教団なんて言う魔神を崇める邪教集団もいるって話で、法国あたりの耳に入ったら、国を挙げて法皇バトルロイヤルをやってることで、パワーダウンしているあの国が、変に一致団結して妙な事を始めかねない。
幸いセレイネース様のおかげで、無事に封印できたんだから、魔神ロアの復活も阻止できたってことで、話を終わらせる……。
この辺は、セレイネース様とも話し合って、そう言うことにしたんだ。
当然ながら、ゼロワン達にもそんな化け物とやりあった……なんて話は伏せている。
何せ、そんな話をしたら、今度は魔神滅ぼそうってなるだろうからな。
ぶっちゃけ、脅威度で言えば、大帝なんか目じゃないからなぁ。
しっかし、一度たりとも嘘は言ってない……ね。
まぁ、嘘は言わないけど、隠し事はする……それが鹿島さんだからなぁ。
そこは、僕も同様だから、文句は言えない。
その上で、こっちも伏せておきたかった情報を公開するから、そっちもなにか思い当たったなら、教えろ。
要するに、鹿島さんはそう言っているんだ。
何と言うか、一気に政治的案件になったな……これ。
「解った……まずこの世界の女神ラーテルムは日本人を召喚する異世界転移は何度もやってるみたいなんだが、死者の転生まではやってなかった。だからこそ、確認するんだけど……三浦は確実に死んだんだよな?」
そこは一応、確認しとく。
僕が知ってるのは、ネットで公開されていたり、ニュースになった表向きの話ではあるのだ。
実際の所、裏ではどうなったかは定かじゃない。
そして、鹿島さんが裏か表かと言う話になると、間違いなくこの人は裏の人間だ。
「ええ、ご存知かと思いますが、事故の時点では重傷でしたが、生き延びていました……。助けに入ろうとした女子高生を盾にして、クッション代わりにした事で致命傷を免れた……とっさの行動としては、大したサバイバビリティと言えますが、自らの生存のために迷わず他者を犠牲にした。当時もその生き汚さをずいぶんと叩かれていましたが……。それを誇り、死者を冒涜するような事を口にした以上、当然の結果でしょうね」
「そして、その後……退院の際に事故の遺族に刺されて死亡。なるほど、実は生きていて日本政府の秘匿エージェントとして再利用……とか、そんなオチじゃないってことか」
「……それはありえませんね。我々は日本国の為なら、迷わず自らを犠牲にする……その程度の覚悟は皆、出来ていますからね。三浦は、まさに真逆の存在……むしろ、あそこで死ななかったとしても、あまり長生きはしなかったでしょうからね。世の中には日本国民として生きる価値すらない害虫のような存在が数多くおりますから、三浦もその一人……そう言うことですよ」
……鹿島さん、こえぇええええっ!
顔は笑ってるんだけど、目はちっとも笑ってないし、三浦は生きる価値もない害虫だったって言い切ったよ!
ちなみに、あの病院で三浦を刺した遺族にしても、それっきりマスコミからも姿を消してしまったし、殺し方も主婦が怒りに任せてとかそう言うのじゃなく、訓練された軍人が確実に敵を殺す……それくらいには容赦ない、的確な殺し方だったらしい。
なにせ、包丁で刺したと言っても、軽く切っ先が身体を貫通してたらしいからなぁ……その上で、グリッと切っ先を抉って、きっちりトドメまで刺す念の入れよう。
実際、現場の野次馬はもちろん、警察や病院関係者もひと目で助けようがないと悟ったほどで、人を殺す訓練を受けていた軍人かなにかか、或いは人体構造を熟知している医療関係者だったんじゃないかとも言われていたのだけど。
半ば形式だけの裁判にかけられて、一言も公式コメントを残すことなく、その容姿すらもほとんど公開されずに静かに消えていった。
後日、その『田賀洋子』と言う名の主婦については、犠牲者の中に田賀と言う名字の人物が存在しなかったという事で、じゃあ何者だったんだと言うことで、そのプロフィールの不可解さから都市伝説扱いされていた……。
一応、公式にはガチの精神障害者で、自分があの事故で子供を失ったと思い込んでいたと言う話にはなってたんだけど……そんなガチな精神障害者がプロ顔負けの殺しをするのかってなると、そこは割と微妙な話ではあった。
まぁ、僕もあの胸糞悪い事件の顛末は気になっていたし、何と言っても、モンジローくんこと『赤沼ゴウン』先生の大ヒット探偵もの……『名探偵ドレイク』でも題材に使われていて、その斬新な見解に思わず、思わず唸ったくらいだったんだ……。
「ははは……。まさかとは思うけど、あの時、三浦を殺した主婦も案外、鹿島さん達みたいな裏の政府関係者だったりするのかなー? なんてねっ!」
それこそ、法で捌けない悪を始末する……必殺仕事人的な秘密組織とかな。
けれど、僕の返しに鹿島さんは否定も肯定もせずに、にこやかに笑う。
「そこは、ご想像にお任せしますよ。いずれにせよ、三浦和真は、公式に死亡確認もされていますので、そこは確実です。背後から刺身包丁で一突き、胸部貫通創により大動脈切断、肝臓と右肺を損傷……治療の甲斐なくその場で出血多量によるショック死と確認されたそうです」
何と言うか、改めて聞くと、絶対に殺すと言う殺意に満ちた殺し方だよな……。
ちなみに、TV中継の入っていた中での白昼堂々の殺人劇で、稀代の放送事故としても有名にもなってそうなものなのだけど。
それらの録画映像は、割と早い段階で動画サイトや、番組アーカイブなんかも含めて、すべて削除された。
おまけに、現場にはバズリ狙いの動画撮影者なんかもいて、現場中継なんかもしてたんだけど。
公開されたそれらの動画は、公開された矢先から徹底的に削除され、何人も居た撮影者達も全員アカウント削除されて、それっきり音沙汰なし。
要するに、三浦の死の瞬間は現場に居た人々の記憶にしか残っていないし、その目撃者達も一様に口をつぐんでいて、文書として公式記録に残された以上の情報は一切なかった。
なお、その場には当然のように医療関係者や警察もいたのだけど。
医療関係者は治療を試みるどころか、冷静に死亡確認だけして、その死体もいわゆる死体バッグに詰め込んで、速やかに移送され、無縁仏として翌日には荼毘に付されると言うスピード対応。
警察も淡々と容疑者を取り押さえて、マスコミ達の追求も問答無用でシャットアウトし護送車へ連行。
まるで、そうなる事が予め決まっていたかのように、関係者達は鮮やかに現場処理をしていった……らしい。
まぁ、色々と出来過ぎではあるわな。
だからこそ、僕も三浦和真の生存説を疑ってみたんだがね。
「あれって、結構有名だったからな……。まさかと思うけど、三浦があそこで殺されたのも全部、予定通りだった……なんてことはないよな?」
「ええ、そうですね。彼は、死すべき定めだった……そう言うことです。どのみち、彼は病院の敷地を出た直後に大量殺人者として即座に逮捕される予定でしたからね。もっとも、人権派弁護士やら左巻きのマスコミやらが、騒ぎ立てていたので、それはそれで面倒なことになっていたかもしれませんけどね」
あの事件は、三浦には死刑が相応しい……なんて、言われながらも、マスコミやらは彼もまた被害者である……そんな論調で、何人もの死刑が当然のような凶悪犯罪者に精神病患者のレッテルを貼ることで、無罪を勝ち取らせてきたクソ弁護士が弁護人として名乗りあげていたし、反政府的な左翼団体なんかも、支援団体として名乗りをあげたりしていた。
もっとも、当の三浦は完璧に死亡……。
加害者も即座に逮捕されて、正式に裁判にかけられた上で、精神異常者のやった事だから仕方ないよね? と言う前例通りの無罪判決が出て、そう言って凶悪犯罪者達を無駄に生き長らえさせて来た人権派弁護士やら、左巻き団体やらも沈黙せざるを得なかった。
あの事件はそれで終わり。
そもそも、今更追求しても何の意味もない。
いずれにせよ、三浦和真は完璧に死んだ……これが事実と考えて良さそうだった。
「解った……三浦和真は、確実に死んだってことなんだな。だが、どうやったらその三浦とカズマイヤーが繋がったんだ? 確かにそれっぽい名前じゃあるし、心理プロファイル分析の結果とか言ってたけど、こっちの世界では100年前からいるような奴と現代日本人なんて、どうやっても結びつかない……それでどうやって……?」
「ごもっともな疑問ですね。実のところ、三浦和真がカズマイヤーと同一人物だと知らせてくれたのはシュバイク博士なんですよ。シュバイク博士自身が日本で生活するうちに、博士の知っていたカズマイヤーの前世の名前……三浦和真と言う人物の情報を偶然知り得て、我々に確認を取ってきた。それがきっかけだったんですよ」
「……なるほど、要するにシュバイク博士……アメリア司祭は、カズマイヤーが転生した日本人だった事も、前世での名前まで知ってたって事か。確かに、名前を知ってても、それがどんな人物だったかはこっちの世界じゃ確かめようがないし、アメリア司祭には日本との繋がりなんてなかったはずだからな」
「ええ、もっともシュバイク博士も、その情報自体は名も顔も知らない帝国の協力者より伝えられていて、例の対スライム用の毒についても、予め大帝のネットワークから外されていた実験用のスライムをその人物から提供されたおかげで、大帝にも気付かれずに特効毒を開発出来たと言う話でして……」
「……何と言うか、御膳立てが出来すぎてて、さすがに気持ち悪いな」
いや、気持ち悪いどころの話じゃないな……これ。
大帝のネットワークから外した実験用スライムとか、そんなものを用意できる時点で、大帝のことを知り尽くしてるって事じゃないか。
今更ながら、アメリア司祭を日本にかっさらわれたことが悔やまれる。
まぁ、今更言っても詮無きことなんだけど、可能なら色々と話を聞いてみたい……。
「そうですね……。ゼロワンからの緊急報告で、シュバイク博士の持つ情報は我々にとっても宝の山だと判断し、何としてもこちらにお招きすべき……そう判断したんですよ。高倉閣下にも内密にしていたのは、シュバイク博士自身の聖光教会の方々に行方を絶対に悟られないようにして欲しいとの強いご要望があり、それにお応えした為ですね」
まぁ、実際……まるで気付いてなかったからな。
僕が気付いてないなら、わざわざ教える義理もない。
そう言うことか……自分でもそこは納得できたから、もう怒る気もしないよ……。




