第七十一話「カズマイヤー」①
「そうですね……そんな昔に何があったのか。そこは我々も過去の記録を分析したり、過去の儀典局の記録なども精査したんですが、あの時代……大正時代はその前後と比較すると比較的平和と言えた時代でしたからね……。そんな時代に日本と言う国を滅ぼしたいほどに恨みを持つ人物については解らずじまいでした。幕末あたりなら、それくらいの思いを抱いて死んでいった方は大勢いらしたと思うんですけどね」
幕末……まぁ、明治維新ってのは、それまでの徳川幕府体制の全否定だったからな。
それを良しとしない幕府派の数多くの有名無名の士がバタバタと死んで、積み重なった数多くの屍の山の上に明治政府ってのが誕生した。
もしも、あの時代の人間……それも幕府側の侍あたりが転生して、明治政府の系譜にあたる日本政府への復讐のチャンスとかなれば、その全存在を賭けても、現代日本を否定する。
それくらいの事はやっても、確かにおかしくないんだが……。
大帝が日本人として日本に居たのは、100年以上前……年代的には大正時代。
確かにその頃は第一次世界大戦なんて世界史イベントもあったけど。
日本はどっちかと言うと、脇役って感じで、どっちかと言うと漁夫の利を得た立場だったんだよな……。
大正と言っても、大正デモクラシーとか、昭和40年代くらいまで使われてた100円札の人……板垣退助とか?
あとは、関東大震災……くらいかなぁ?
仮に日本人じゃないとしても、その時代に生まれて、日本を恨むとなると……朝鮮とかそっち系?
……まぁ、この辺は鹿島さん達が色々調べても解らなかったんだから、僕が考えても無駄っぽいな。
「……結局、大帝が何者かは鹿島さん達でも解らなかったって事か。それにそんな恨みを持たれる理由についても……と言うことか」
「まぁ、そうですね。確かに、その線では我々も解らなかったんですが。こちらの世界の神にとっては、死を迎えた現代人を過去の世界に送ることだって可能なようなのですよ。そして、その前提でかつ別口の情報で、大帝カズマイヤーの素性については、すでに明らかになっているんですよ」
「な、なんだそれっ! 死んだやつを過去の異世界に送るって……まさか、異世界転生って奴かよ! な、なんだそりゃ……と言うか、結局何者なんだ……大帝ってのは……」
「……あくまで仮定だと前置きした上で説明させていただきますと、大帝カズマイヤーと言う人物は、日本では三浦和真と言う名の青年だったようでして……。タカクラオーナーは聞いたこと無いですかね? ……5年ほど前に起きた渋谷LPG車横転爆発事故……歩行者天国にLRGタンクローリーが突っ込んで爆発炎上し、無為に100名近い若者たちの命を損なった大事故なのですが」
「……なんか、それ知ってるなぁ。確か、休日の渋谷駅前スクランブル交差点で白昼起こった大事故だったな。僕は別に渋谷なんて興味なかったんだけど、あんないつも人がうじゃっといるスクランブル交差点で、タンクローリーが爆発炎上したとか……。近年稀に見る悲惨な事故……だったな」
LPGガスを満載したタンクローリーが横転して、信号待ちをしていた人々の列に突っ込んで、盛大にガス漏れ起こして、近くで歩きタバコやってたノーマナーなヤツのタバコの火が引火して、そのまま爆発炎上……。
鹿島さんが言うように、死者だけで軽く100名近く出て……重軽傷者ともなると数百人にも及んだと言う悪夢のような大事故だった。
どっかの馬鹿が歩行者信号が思いっきり赤で、ブンブン車が行き交ってる中へ、堂々と信号無視して飛び出していって、ダンプに轢かれた……。
その結果の大事故という事で、その馬鹿も名指しで非難されまくってたな。
しかも、そんな大事故を起こしておきながら、その張本人はシレッと生き延びて「別に自分は悪くないし、生きる価値があったからこそ生き残った。死んだヤツはそこで死ぬ程度の価値しかない、有象無象だったって事だ」なんて、フザケた事を平然と言い放ち、大手を振って退院の日を迎えたものの、事故で子供を失った親に背中から刺されて死んだ……そんな胸糞悪い事故だった。
「ええ、有名な事故ですからね……。そして、そのきっかけとなったのが……その三浦和真なんです。歩きスマホで信号無視の挙げ句、とっさに助けようとした女子高生を巻き込む形でダンプカーに轢かれて……。そして、急ブレーキをかけたダンプを避けようとした後続のLPG車が横転し、大勢の歩行者を巻き込んで爆発炎上。経緯としてはこんなものです。その結果、半ば懲罰で下等生物のスライムへ転生させられ、その成れの果て……そんな風に聞き及んでいます」
「はぁっ?! スライムへ転生させたって……あんなクズ野郎をかよ!」
「……クズだという事には同意しますね。まぁ、ある意味懲罰として……とのことですが……。それがこの結果では、余計な真似を……としか思えないですよね……」
下等生物として生まれ変わって、異世界に島流し……そう考えれば、確かに懲罰のようなものだろうな。
だが、それは送り込む時代や時間すらも思うままという事でもある……。
けど、身体はそのままで世界間を渡る異世界転移と違って、生まれ変わりともなれば、そこはいくらでも融通が効くんだろう。
それにセレイネース様も言ってた……神族ってのは、過去と未来、現在に同時に存在する多重次元存在であり、それ故に事実上不滅の存在なのだと。
ジャリテルムを見てると、そんな凄い事をやってのけるようなヤツだとは思えないんだが。
腐っても神だけに、軽く人智を超える存在……と言うことだ。
しっかし、歩きスマホで赤信号無視してダンプに轢かれたって……なんだ、そのバカ丸出しな自殺同然の死に様は……。
車だって、一人だけ前も見ないで赤信号をボケーと飛び出してくるようなバカなんて、想定してない。
どう見ても、ただの自殺だろ……それ。
それで、自分に生きる価値があったからとかよく言えたな。
挙げ句に、遺族に刺されて死ぬとか……。
多額の医療費や医者の努力も無駄になったし、退院の時も警備のために警官隊まで動員されてたから、いったい経費がいくらかかったんだかな。
もっとも、色々と勘違いしてたようで、思いっきり尊大な態度で死者を見下すような言動を連発して、誰もがなんでコイツが死ななかったんだ……そんな風に思ってたところで、遺族の一人が隠し持っていた包丁で背中からグサッと。
肺と肝臓に大動脈……致命的部位をズタズタにされて、三浦和真は自らの血に溺れるようにカメラの前で絶命した。
まぁ……よりによって生中継中で軽く放送事故だったんだが……。
最後の言葉は「俺をクズ呼ばわりしたお前らを……絶対にゆ……」だったかな? まぁ、要するに最後まで言い切る前に死んだので、その最後の言葉も絶妙にダサいものとなった訳だ。
まぁ、当然のようにネットでの嘲笑の対象になったりしてたんだが、所詮は死人に口なし、手足もなしって事で、その最後の言葉は笑い飛ばされて、一人で死んでれば、ダーウィン賞にノミネート出来たのに、最後まで残念な野郎だった。
そんな風に蔑まれて、半年程度で忘れ去られていった。
結局、三浦を刺殺した遺族は正常な精神状態ではなかったという事で、無罪放免と言う事になり、あの事件はそれっきり風化していった。
なお、三浦の罪状についても、事故責任は明らかで歩行者だから許されるとかそう言う問題ではなかった。
ヤツの身代わりになって死んだようなものだった女子高生も、目撃証言によると、三浦は差し伸ばされた手を掴むなり、迫りくるダンプに向かって投げ飛ばして、轢かれる瞬間も女子高生の身体をクッションにして致命傷を免れたと言う話で、三浦と言う男は生き延びるために自分を助けようとした人間を容赦なく犠牲にした事が解っていた。
稀代のクズ・オブ・クズ……僕も一連のニュースを見て、そう思ったクチで、多くの人々も同じ様に思ったのか、当時の人々は三浦に対し激しく怒り、その死に対しても、同情の声はまるで聞こえてこなかった。
盛大に「悪業」を積んでいった……そう言って良い最期であり、地獄行きが相応しい……まさに、そう言う人物だった。
けど、考えてみれば……僕が射殺した半グレだかなんだかのガテン野郎もパチンコの開店に間に合わなくて、バイクで事故って大勢の小学生を巻き沿いにしたとか、ろくでも無い死に様だったらしいけど。
そう言うことなら、大帝の前世も大概、悪業にまみれた死に様だったって事で、何よりもこちらの世界での大帝の行動パターンについても、「クズのカスマ」が前世ということなら、いかにも納得がいく。
だが、大帝が日本からの転移者じゃなくて、生まれ変わり……転生者って事になると、ちょっとそこは引っかかるな。
なにせ、ラーテルムも大帝の正体は解ってないようだったからな……。
当人いわく、100年ほど前に突然この世界に湧いてきた……らしい。
仮にアイツの仕業だったとしても、タダの雑魚スライムが、自らの帝国を建国するまで成長した事は間違いなく計算外だったと思う。
しっかし、スライムに転生して、国を興してって……まるで、どっかのスライム転生みたいな話なんだが、あんな可愛げのある存在じゃないからな……。
けど、ラーテルムもいくら日本で派手に他人を巻き込んで死んだからって、懲罰で転生って……あれに、そんな器用な真似が出来るのかね? これについては、当人に聞かないとなんとも言えないが、出来るような気がしない。
……何よりもそんな事をする理由がない。
結果的にわざわざ自分の世界に、災いを引き込んだようなものだったし、なんで異世界の女神が現代日本で死んだバカの魂を招き寄せて、スライムに転生させるんだ?
まるで意味がない上に、明らかに悪意に満ちているし、むしろ面白半分でやったって方が納得行く。
ラーテルムは、セレイネース様が名指しでおバカ呼ばわりするくらいには、粗忽者のようだけど、悪意ある存在ではない。
アレはアレなりに、この世界を守ると言う意思を持ち、常にこの世界の未来を憂いていた。
その点は、モンジローくんやテンチョーの話を聞いている限りだと確かだと言えるし、ジャリテルムもお馬鹿だけど、悪い子じゃない。
ちなみに、モンジローくんやテンチョーがこっちの世界に招かれた理由は……。
「波長が合ったから」
……らしい。
一応、これはジャリテルムから直接聞いた、本人の言。
要は宝くじみたいなもんで、命の危機に瀕した際に発するある種のシグナルのようなものをラーテルム様が受信した場合、世界の壁を超えて、シグナルの発信者のもとに現れて、刹那の際にこのまま死ぬか、自分の世界に転移して、使徒となるかって二択を迫るんだとか。
まぁ、モンジローくんは警察署の5階くらいから、真っ逆さまにフリーダイブ。
テンチョーも実はあの時、僕の元に駆け寄ろうとしてて、倒れて来た棚に押しつぶされかけていた所をラーテルム様との邂逅ってなったらしい。
その条件となると、色々複雑怪奇らしいんだが……当たる時は当たる。
外れる時はカスリもしない……そういうものらしい。
つまり、本来だったらテンチョーはあの時、倒れてきた棚の下敷きになって天に召されていたはずで、僕もあの状況では助けもないまま、出血多量で息絶えていた……。
そう思えば、ラーテルムも僕らの命の恩人ではあるんだよな。
それに後から聞いた話ながら、僕は本来は抽選に漏れたハズレ組だったんだけど、不死の加護なんて、死んでも蘇る加護を付けててくれたらしいからなぁ。
もっとも、そんなの一度死なないと解りようがないんだから、そこはちゃんと説明くらいしろよな……位のことは思ったんだけどな。
けど、それだけに三浦和真を懲罰としてスライムへ転生させたってのは、どうも違和感がある。
そもそも、日本でいくら間接的に大勢の人間の命を奪ったからって、それをこっちの世界で処罰するって、なんかそれ筋が違くね?
けど、考えてみれば、あの魔神ロア……アイツも日本で一度死んだあのガテン野郎をこっちの世界に転生とかやってた。
あのガテン野郎は、僕に殺されるためだけに生き返らせた生贄って感じだったが、アレは間違いなく転生者だった。
おまけに、ロアもガテン野郎は前世で深い悪業を積んだとか言ってたような気もする。
これはあくまで仮説ではあるんだが、あの魔神ロアの能力として、異世界で深い罪を犯した邪悪な人間の魂を転生者として復活させることが出来るのだとすれば……?




