第七十話「対応コード101」③
「いかにもじゃ……。まぁ、むしろ無いものとして考えたほうがマシ……そんな有り様じゃったわい」
なんとも苦々ししげな様子のアージュさん。
この様子だと、向こうで無理に魔術を使って痛い目を見たんだろうな。
けど、それはアージュさんほどの上級魔術師ですら、向こうの世界では魔術の行使はままならなかったと言う事でもある。
「なるほどねぇ。やっぱり、そう言うのも魔術師なんてのが表に出てこなかった理由にもなってたのかなぁ……」
「それは、どうであろうな……。例の異世界転移実験の際に、あちらの魔術師達から聞いた話だと、昔はこちらと同様に四大元素マナがほとんどだったらしいのじゃが。近年の日本は人工物だらけになって、マナを司る四大精霊も姿を消し、どこもかしこもコンクリートだらけになった結果、市街地などでは雑多なマナ……無属性マナが大半になってしまっていると言っていたな。まぁ、マナ自体は何処にでもいくらでも存在するものだから、マナの濃度自体はそう変わり無いのだが、とにかく質が悪くなったと嘆いておったよ……」
……なるほど。
そう言うことなんだ。
なんとも意外な気もするんだけど、日本にも魔力の源……マナがあったんだ。
昔は、そんなものまるで意識してなかったけど、渡良瀬川の河原や赤城山に登った時に感じた大自然の息吹とでも言うべきもの。
案外、あれこそがマナを感じていたのかも知れないな。
けど、コンクリートとアスファルトだらけになって、雑多な無色のマナばかりになった……か。
あの東京でのサラリーマン生活で感じていた息苦しさ……アレも案外、無色のマナばかりの環境だからこそ、そんな風に感じていたのかも知れないな。
「そうか……。そうなると、やっぱり日本では無属性マナがほとんどってのが決定的な差ってことになるね。僕が思うにスライムは無属性マナをエネルギー源にしてるんじゃないかな? だとすれば、日本に進出したスライムがやたらと増えまくってた理由にもなるんじゃないかな?」
「……確かにそうかもしれんな。スライム共が日本だと爆発的に増殖する……となると、確かに無属性マナをエネルギー源にしている可能性が高いな。鹿島殿……どうだ? あくまで仮説だが、その可能性が高いのではないか?」
「そう言われましても、私は魔術は使えないですし、マナを見ることも出来ないんですが……。確かに、こちらの術師も市街地などではまともな魔術は使えないと言っていましたし、特定環境ではスライムも増殖速度が極端に抑えられることも解っていますね……」
「……要は、向こうの環境は奴らにとっては好都合ってことなのか。なるほど、だから、脅威度の認識にここまで温度差があったのか……」
まさか、無属性マナをエネルギー源にしてるなんて……。
あの戦いで、増殖力の高さがあまり目立たなかったのも、そう言うことなら納得だ。
いかんせんあの時は、アージュさんの極大氷結魔法やテンチョーのクラスター爆炎魔法なんて、ド派手な魔術が広範囲で乱発されていたんだよなぁ……。
そして、マナの比率も相応の大規模魔術が付近で使われると、一気に変質しバランスが崩れるのだ。
例えば、炎の魔法を使いまくって、周囲がボーボー炎上してたりすると、赤のマナの比率がドンドン増えていくし、風の魔法を連発すると緑のマナが増えていって、何もせずとも強風が吹き荒れるようになるのだ。
もちろん、マナ自体は魔術の使用に伴い次々と消費されていくんだけど、全体的なマナの濃度自体はすぐに周囲から流れ込んで、割と均一になる。
そして、マナバランスも流れ込む矢先から、その環境に応じて変質していくのだ。
必然的に、魔術の使い手同士の戦い……魔術戦ともなると付近のマナ比率は激しく乱高下することになる。
実際、ランシアさんなんかも、このマナ比率の調節は当然のようにやってくるから、気がつくとこっちの得意属性の青や黄色のマナがほとんどなくなって、緑一色にされたりもする。
必然的に、そんなになったら僕の魔術なんて、どれもヘナチョコになるから、ボロ負けするって寸法だ。
「恐らくそう言うことであろうな……。なにせ、こちらのマナ比率は無属性マナなんぞ一割にも満たんからな。それに引き換え日本は……我が覚えている限りだと、何処に行っても七割か八割は無属性マナだったな。まぁ、森や山……川の近くに行けば、相応の黄色や青のマナもあったが。そもそものマナの質がまるで違うから、結局、向こうではほとんど魔術も使わんでいたな……」
アージュさんの話が一段落し、僕らの話を聞いていた鹿島さんも、そう言う事かと納得したように、大きく手を叩くと立ち上がる。
「なるほど……。皆様の話を聞いていて、スライムの脅威に対して、高倉閣下も直接ご覧にいただいたにも関わらず、やけに温度差があるとは感じていましたが。増殖速度の差異により、脅威度がまるで別物として認識されていた……そう言う事だったんですね。まったく、外国では取るに足らなかった動植物が国内に入ると、いきなり猛威を振るう……まるで特定外来生物のようですね。まぁ、自然界ではよくある話ではあるんですがね」
「特定外来生物……ねぇ。まぁ、当たらずとも遠からず……だな」
ちなみに、そう言う手合の生物は植物でも動物でもとてつもなく厄介ってとこまでがセットなんだが。
逆パターンで、日本のありふれた動植物が海外で猛威を振るうって事もままあるから、そこら辺はお互い様ってとこだ。
この場合、対処としては水際対処……或いは、侵入ルートの遮断。
天敵の導入と言う手もあるんだが、その天敵が生態系にダメージを与えることや、別の問題を引き起こすこともあるからな。
「そうなりますと、皆様方にも我々がスライムを極めて高い脅威として認識し、その元凶たる帝国を滅ぼすべきとまで考えていた理由も、ご理解いただけたと言うことでよろしいでしょうか?」
「そうだな……。そんな勢いで増えるんじゃ、水際撃破に失敗したらエライことになる……。そして、そんな化け物をせっせと送り込んでくる帝国を完膚なきまで討ち滅ぼす……そうでもしないと安心できない。そう言うことか?」
安全保障ってのは本来そんなもんじゃああるんだよなぁ……。
かつての日本が朝鮮半島を支配して、中国大陸に満州国なんて衛星国家を作ったのも、ロシアの脅威に怯えて、出来る限り緩衝地帯が欲しかったからってのが大きな理由なんだよな。
まぁ、その結果……世界中を敵に回してちゃ世話ないんだがね。
「おいおい、高倉先輩……なに、納得してんだよ! だからって、核で焼き払うとかそんな無茶は俺等だって許容できねぇだろ! それこそ、例の帝国からスライムを一層した生物兵器。あれならまだサンプルが残ってるから、いくらでも持っていてくれよ! そいつを空から城に直接バラ撒けば、スライム共も次々くたばるだろうから、それでなんとかなるだろう!」
「ありがたいお言葉なんですが。あの城に残ってるスライムって、帝国を席巻したバイオハザードを耐え抜いたって事なんですよね? だったら、すでに耐性をつけている可能性も高いですし、同じ手が何度も通用するとは思えませんからねぇ……。それに本拠地ならば、もっと大きな脅威……上位個体が生き残っている可能性はありますよね?」
「た、確かに……上位の進化個体については話は別だろうし、帝城にはまだまだ強力な個体が残留しているのは間違いないな」
「そうでしょうね。それ故に直接兵を突入させての制圧は論外と考えております。あの大きさでは通常兵器での完全破壊は難しい……それ故の核兵器使用なんです。解って頂けます?」
「確かに、俺達もあの城の堅牢さに攻めあぐねてたのも事実だし、現代兵器を装備したところで、制圧も難しいってのは、良く解る……。その上、こっちよりも格段に増殖力が増してて、それがまとめて日本に転移したとなると……。確かに通常兵器じゃどれもあんなもん破壊しろっても無理がある……くそったれ! 考えうる限り最悪の状況じゃねぇか……」
確かに、最悪に近い状況と言えるかもしれない。
実際、帝国軍も大帝の手足や目すらも奪った状態で、何故周囲を取り囲む程度でお茶を濁していたのか、そこも疑問だったんだが。
スライム共の本拠地にして、帝国最大最強の防衛拠点……帝城。
その拠点としての防御力もよく解っているがゆえに、うかつに攻め込むことも出来なかったんだろう。
そして、そんな厳重な守りと数々の上位種が立てこもる帝城が異世界日本へ転移してしまった。
その上で、何が起こるか……大倉もよく解っているのだ。
家族の安否なんて、それこそ二の次……こいつはそう言うヤツだからな。
「ええ、その辺りは他の使徒達からの報告で、こちらも理解しておりますし、何よりもそのスライムを駆逐した生物兵器を帝国各地にばら撒く役目を担ったのは私達ですからね……。今のそちらの状況はよく解っていますし、問題点も承知しています」
「……ま、まさか! スライムの駆除にゼロワンたちを使ったってのか!」
さすがに、これはすぐに思い当たった。
ゼロワン達がしきりに帝国方面へ繰り返し出撃していたのは、僕も知っている。
けど、実際に何をしていたのかは、僕にも詳細な報告が無かったので、何か後ろめたい事をやってるとは思ってたんだが。
鹿島さんがそう言うのなら、やはりそう言うことだったんだ。
「そうですね。高倉様のご協力で、帝国の近くに拠点を作らせて頂けたので、ゼロワン達を使って、帝国全域に空気感染型のスライムだけに効く致死性ウイルスを空中散布させていただきました。どうも、同じような効果のある生物兵器が似たようなタイミングで漏洩されたようで、相乗効果もあったようですね。結果的に感染源が多様化したことで相手の適応進化を上回ることとなり、こちらの想定以上の戦果……まさかのスライムの絶滅と言う結果となり、むしろ僥倖だったと言えますね」
「あんたら……なかなかに、エゲツねぇ真似をやってくれるなぁ……。なぁ、高倉先輩……まさかと思うが、最初から全部知ってたってのか? だとすりゃ随分な話じゃねぇか……」
「いや、それは僕も知らなかった……。ゼロワン達が度々帝国方面へ空中偵察に出たりしてるのは知ってたが……何をしているかまではダンマリだったんでな。そもそも、僕だって、そこまで凄まじい勢いでスライムが死に絶えたって事を全く知らなかったじゃないか……。あれが演技だったなら、軽くアカデミー賞もんだろ」
「そうだったな……すまねぇ。お前は頭はいいが、嘘も演技も下手くそだったからな。確かに、もしお前が知ってたなら、ドヤ顔で僕がやったから、感謝くらいしろとか、言ってくるだろうからな……。つまり、お前も預かり知らぬ所で、勝手に話を進められていた……そう言うことか」
鹿島さん……やってくれたな!
要するに、ゼロワン達をこちらの世界に駐屯させた上での戦略目標は初めからそれだったんだ。
帝国への逆侵攻を僕らが突っぱねたのに、いやにあっさり引き下がったのもそう言う事だったんだ。
日本との連絡と補給や整備を可能とする拠点を確保した上で、スライム特攻の生物兵器の空中散布を行い、異世界の脅威スライム共に大打撃を与える……その上で、間接的に反大帝派を後押しし、帝国を無害化する……。
誰が考えたんだか知らないが、途方もない話だった……。
確かに、鹿島さん達も化学兵器みたいなのでスライムをたやすく殺せるようになったとか言ってたし……。
僕も名前も顔も知らない帝国在住の使徒とつながりがあるって話もしてた。
それに……あくまで推測なんだけど、スライム殺しの生物兵器なんてのも、元々はアメリア司祭が作り出した……それはレインちゃんも言ってた事だ。
何よりも、アメリア司祭も行方不明とか言ってたけど、考えてみれば僕にその報告をしてきたのはゼロワンだ。
アメリア司祭……この件には間違いなく、彼女が絡んでいる!




