第六十九話「夜の間に間に」⑥
うん、この映像の下の方にちらっと写ってる青い道路看板にも見覚えあるし、小画面で表示されている上空からの航空写真でも、城の周囲の道路の形に思いっきり見覚えがある……。
「こ、これは……まさかっ! な、なぁ、ちょっと聞いてもいいか?」
少し離れたところから、興味深そうにノートPCを覗きこんでいた大倉が、唐突に引きつった顔をすると、鹿島さんにそのでかい顔をグイグイ近づけながら、問い詰める。
「……あ、はい? ど、どちら様でしょうか……」
そりゃそうだ。
鹿島さんからしてみれば、こいつは思いっきり部外者だし、間違いなく初対面。
一応、大倉も気を使って、遠くから眺めるくらいにしていたようだったが、さすがに、これは黙っていられなかったらしい。
……まぁ、無理もないよな。
「コイツは……一言で言えば僕のダチだ。信頼はしてもらって良い」
一応、帝国の高官だという事はまだ伏せとこう。
なにせ、日本は帝国と正式に交戦状態にあるって鹿島さんも言ってたからな。
「はぁ、タカクラ閣下のご友人ということですか。えっと……ご、ご質問ですか? 何でしょうか……」
「ああ、すまんね……部外者がいきなり口を挟んで……。だが、その城のことは俺もよく知ってるんだ。間違いなく大帝の居城……帝城だっ! だがなんで、これがこんなところで、しかも空に浮いてるんだよっ! なぁ、これって……日本で撮影されたって事なんだよなっ! いつからそんな事になってたんだ! そもそも、一体どうなってんだよっ! まさか、あのクソ野郎……日本へ転移して逃げたってのか!」
半ばブチ切れって感じで、大倉が怒鳴る。
その剣幕に、鹿島さんが思わずと言った様子で肩を竦める。
「大倉……少し落ち着け。これは間違いなく、日本……それも桐生市……。多分、僕のコンビニのあった所のすぐ近くだな……」
さすがに、それはもう説明されるまでもなく解る。
その程度には見慣れた風景なんだからな。
「な、なんだってッ! 桐生市なんて言ったら、俺の実家があるところじゃないか! くそったれっ! 奴ら、いったい日本で何をおっぱじめるつもりなんだ! まさか、あんなもので日本に乗り込んだってのか! あのクソ大帝……もう、意味解んねぇのも大概にしやがれ……ちくしょうっ! あとちょっとまで追い込んでたのに……こんなちゃぶ台返しねぇだろっ! ふっざけんなよっ!」
大倉が忌々しそうに毒づく。
確かに、こうなるともはや、こちらの世界からは手出しができなくなったようなものだ。
追い詰めかけていたのに、まんまと逃げられたと言う事で、大倉も憤懣やる方なしと言ったところなのだろう。
「……えっと、度々すみません……そちらの方は? タカクラ閣下のご友人ということは解りましたが……。申し訳ありませんが、もう少しご説明いただかないと……」
「ああ、鹿島さん……すまない。彼は帝国の高官にして、日本からの転移者の「大倉太人」ってヤツだ。そっちでどんな扱いになってるかまでは知らないけど、僕の後輩にあたる……学生時代からの親友の一人だ。ついでに言うと女神の使徒の一人でもあるから、信用はしていいと思うよ」
「大倉太人様……確かに所在不明の使徒の一人として、こちらでもお名前くらいは把握はしておりました。なるほど、高倉閣下のおっしゃっていた帝国の協力者とは、この大倉様のことだったんですね」
さすがの鹿島さんも、でかい声で怒鳴られたせいですっかり萎縮している様子だったんだけど、僕の話で少しは安心したのか、表情もいつもどおりの柔和な感じに戻っている。
こいつ、普段はいつもニコニコ笑ってる温厚な奴なんだが、キレると豹変するからな。
けど、僕ですら大倉の行方は知らなかったのに、鹿島さん達はとっくに把握してたってことか。
まぁ、行方が解らなかったのは、生きてりゃそのうち連絡くらいしてくるだろうと、コンビニ経営の忙しさにかまけて放ったらかしにしてたせい……。
薄情な話で申し訳なく思うけど、三十路の半ば過ぎたオジ連中の付き合いなんて、皆そんなもんだし、それについても再会して早々に謝って、お互い様だと笑った済ませたから、チャラだ。
「まぁ、そう言うことですね……。すみませんねぇ、デカい声で怒鳴っちゃって……。なにぶん、桐生市には俺の実家があるんで……つい、感情的になっちまって……。まぁ、こちらの高倉閣下の敵か味方かと問われれば、問答無用の味方……そう答えます。竹馬の友とはそういうものではないでしょうか?」
「なるほど、高倉閣下も良き友人をお持ちだったと言うことで……。ええ、ご家族が巻き込まれているとなれば、感情的になるのも無理もないです。そう言う事でしたら、本件についてのご協力も期待できそうですし、何よりも、今一体何が起きているのか……案外、私どもよりも詳しいかもしれないですね……。よろしければ、色々とお話をお聞かせ頂けないでしょうか?」
出たよ……。
鹿島さんもこの僅かなやり取りで大倉の立場を理解し、絶対裏切らない信用に足る人物だと確信した上で、その利用価値を計算し、すでに盤上のコマの一つとして、組み込んだに違いない。
思わず、苦笑していると同じようなことを考えていたのか、やっぱり苦笑している大倉と目が合った。
「それが申し訳ない事に、自分達にも断片的な情報しかなく、状況を把握しかねているのですが……。まず、これは日本のリアルタイムに近い映像と思ってよいのですかな?」
「そうですね。日本時間で午後3時の時点……ほんの2時間ほど前の光景ですかね」
こっちはすでに真夜中近くなんだが、向こうは午後5時ってことか。
ちなみに、向こうとこっちじゃ案の定、一日の長さが違ってた。
ざっと計算した感じだと、こっちの一日は二時間分ほど長いらしい。
もっとも、こっちでも一日を24で割って、1時間とするってのまでは一緒ではあるんだ。
この辺は、まず時間の概念として、惑星の自転周期である一日を基準とする……これは、ごく自然な考え方だ。
そして、一日を一つの円として考えて12の倍数で区切る事で基礎時間単位とする……これはどうも、割と自然とそうなるらしい。
そして、この数字の概念ってのは、どんな文明でも等しく辿り着く知的生命体の共通概念でもあり、数字の中でも12の倍数って数字は1、2、3、4、6で割り切れることで、数字としてとても扱いやすいのだよ。
これが10の倍数とかだと、かえって面倒くさい。
なにせ、10は2と5でしか割り切れないから、実は意外と扱いにくい数字なのだよ。
10の1/4とか、2.5とかハンパな数字になるけど、12進数だと、すぐに3と言う数字がイメージが出来る。
角度の単位が円一周が360度ってなってるのも、似たような理由かららしい。
実際、過去の文明でも誰に教わるでもなく、一日を12ないし24等分して、それを時間の基本単位とするようになってるんだよな。
この辺は、お金の概念と同様で、異世界文明や異惑星の地球外生命体文明でも惑星に依存して生活し、文明が発展すると自動的にそうなると言われており、文明の収斂進化の一つとも言われている。
実際こんな異世界でもそんな風なんだから、案外そんなもんなのかもしれんな。
ただ、必然的にこっちの一時間は地球の一時間より長いって事にはなる。
いかんせん、地球での時間の単位はあくまで地球の自転周期を基準にしてるから、別の惑星であるこの世界では、地球基準の物差しなんて、まるで通用しないのだ。
なので、この一時間の長さの違いがあることで、地球側の時刻との計算は結構面倒くさいんだけど。
そこら辺は、超高性能計算機でもあるゼロワンに聞くなりでなんとでもなってた。
ちなみに、ゼロワンの話だとこちらの世界の一時間は、地球の一時間の10.4%増しで計算するとちょうどいいらしく、この惑星の一日の長さは26時間半ってところらしい。
もっとも、地球だって、地域によって時差とかあっても、そこまで問題にはならないし、一日の長さが違ったところで、こっちも別に不便もない。
コンビニの配送時間なんかも向こうがこっちの時間に合わせてくれてたし、鹿島さん達のホットラインは24時間営業だったから、それも大きな問題にはならなかったな。
「2時間か……停電が起きてから、確かにそれくらい経ってるな。要はそっちも可能な限り最速で動いているって事なんだね。現状は、周囲から人を避難させながら、様子見に務めてるってとこだと思うけど、十分迅速に動いてるね」
こっちも色々やってたから、それくらいの時間が経ってるのは確かだった……。
こっちも十分上手く対応してると思うんだが……やはり、日本側との連絡が取れなかった事と、ゼロワンによる空中哨戒による安全確認が出来なかったことで、状況の把握に手間取ってしまったので、そこは致し方ない。
いずれにせよ、和歌子さんが鹿島さんが連れて来てくれなかったら、今頃途方に暮れてたかも知れないな。
「はい……おっしゃるように群馬県の桐生市上空に、突如これが出現し、現在上空300mにて定位のまま、何らアクションも起こさない状態でして……。ひとまず、この大きさの上に、突然地上に落ちてくる可能性も否定できないため、桐生市全域はもちろん、群馬県北部一帯の全住民に緊急避難命令が発令されました。なるほど、大倉様のお話ですと、これはやはり帝国の大帝の居城とみて間違いないのですね」
「ああ、それは間違いない。そして、恐らく同じタイミングで帝都からは帝城が丸ごと消え失せたと言う報告が俺のところにも届いているし、高倉閣下にもその情報は共有済みだ。大規模転移魔術か何かで、何処か違う場所へ移動した……我々はそう判断し、各地に警戒態勢を敷き、その行方を追っていたのですが……。まさか、日本に転移していたと言うのは、我々も想定外でしたし、そうなると完全に取り逃してしまったということです。まったく、慚愧に堪えません……」
「なるほど、かしこまりました。現状、日本からも高倉様やゼロワン達との連絡は不通になってしまっており、これはひとまずアンノウン……謎の地球外巨大飛行体として扱っておりましたが、そう言うことであれば話も早いですね。これはもう紛れもない敵性体と断定していいでしょう。そのお話を聞けただけでもここまで来た甲斐がありました。和歌子さん、申し訳ありませんが、大至急お戻りいただけないでしょうか? 本国に対応コード101を発令要請いたしますので……」
なんか、凄く嫌な予感がするぞ。
多分、例のよっての想定ケースのひとつなんだと思うけど……。
こんなバカでかい城に対処するなんて、絶対ろくでもない事を始めるつもりなんじゃないかって気がするぞ。




