第六十八話「古き良き友」⑥
なにげに、ぼったくりバーだったみたいで、そのアホみたいな価格に「ちょっとゼロが多いな。これって書き間違えだよな?」とか指摘して、その背後で大倉がポキポキ拳鳴らしながら、突っ立ってただけで……あっさり相手も折れて、結局二人で2万円とか格安会計で済ませてくれた。
まぁ、それなりに派手に飲み食いして、お姉ちゃん接待付きで2万円は明らかに安すぎだったんだが。
それでも、20万はねぇよ……当然のように強面のお兄さんも出てきたんだけど、怒鳴りつけてもまるで怯まない僕の肝の座りっぷりと、無言で立ってる大倉のガタイと明らかにヤバそうな雰囲気で、お兄さんもあっさり折れてくれた。
まぁ、実際は大倉は膝が笑ってたし、僕だって、強面のお兄さんに襟首掴まれて凄まれたら、大倉が頼みとか思ってたんだが。
そこは、お互い様だったらしい。
もしもどっちか一人だけだったら、大人しく支払って泣き寝入りだった。
まぁ、僕たち二人だったからこそ、あのピンチを乗り切れた。
帰りの電車で二人して馬鹿笑いして、くすねてたシャンパン空けながら、学生寮へ凱旋したもんだ。
今となっては、あれだっていい思い出……かもしれんな。
「先輩のあのイザって時の落ち着きっぷり……昔から頼もしかったです、俺一人じゃどうなってたか解らんぜ。まぁ、昔はお互い非モテ街道まっしぐらでしたが、先輩も今は異世界でたくさん嫁さんもらって、一国の宰相……悪くない人生じゃないですか」
「そりゃ、お互い様だな……まったく。まぁ、飲めよ……夜はまだまだ長いぞ。ああ、そうだ……せっかくだから、俺の嫁さん達を紹介するよ。キリカにランシアさん、それとアージュさん、そろそろこっち来て、お酌でもしてくれないかな? ついでに、ビールまとめて持ってきて! 酒、全然たりてないよ!」
まぁ、すでにビールの空き瓶も所狭しと並んでるんだが……大倉と飲みに行くと、こんなもんじゃないからな。
あの時のぼったくりバーも案外適正価格だったんじゃないかって思わなくもないんだが……まぁ、向こうも「ゼロ多すぎましたー!」って認めてたから、良心価格だったんだよ。
僕の言葉に答えるように、アージュさんと一緒に近くのテーブルにいたキリカさんとランシアさんがビール瓶持ってやってきて、キリカさんは右隣に座り、ランシアさんがその隣に座り込む。
後からアージュさんもやってきて、空いていた左隣に着席する。
「……えっと? フロレンシア卿……まさか、貴女も先輩の……?」
「如何にもじゃ……会議の際は敢えて言わなかったが、我はこれでもコヤツの妻なのだ……第三夫人を称させてもらっておる。キリカ、ランシア……とりあえず、この者はケンタロウの良き友だと言うことは、会話を聞いていてよく解ったわい。それに何と言っても今や帝国の重鎮と言える立場……本来、国賓扱いしてもいいほどの客人であるからな。せっかくじゃ、二人共酌をしてやれ」
「はいなーっ! オークラの旦那やったっけ? そこで見とったけど、良い飲みっぷりやったわ……どうぞ、どうぞ!」
「ですよねー。と言うか、ビールってピッチャーで飲むもんだったんだ……驚きです」
そう言いながら、すっかり空になったピッチャーにダバダバと次々とビールを注ぎ込む2人。
いつみても、すげぇ光景だよな……これ。
「言っとくけど、君等はお酒は程々にするんだからね。妊婦さんなんだから、そこら辺は自重しような」
「まぁ、しゃあないなぁ……でも、うちらはほんま、幸せモンやぁ。なぁ、ランシア! ……もっとも、揃って妊娠するとは思わんかったけどな……。あんだけ、ねっちりたっぷり派手にやられたら、さすがに無理もないかぁって思ったけどなぁ……」
「ですねぇ……あの夜のケンタロウさん……まるで野獣みたいで、もう最高でした。本音言うともうちょっと優しくしてほしかったですけど、私はアノ日だったんで、もう始めからそのつもりでしたよ。ウフフ……」
……大倉がすっごく困ってる。
さすがに、生々しすぎるぞ……二人共……。
くっそぉ……あの日の僕、爆発しろ!
「まったく、我がおらん間に貴様ら揃いも揃って抜け駆けするとは、やってくれおったわい。だが、我も負けてはおれんな……のうケントゥリ殿? 我の相手は、いつしてくれるのかのう……」
「そ、そうだね……。アージュさんもすまなかったね。まぁ、そのうち……ね? でも、実際問題、アージュさんに産休とかやられちゃうと、僕もクロイエ様も困るからね。もうちょっと世の中が平和になったら……かな」
「まぁ、もっともな話じゃな。しかし、世界平和か……かつては、夢物語のようなものであったが……。此度の停戦で、その筋道が見えてきおったのも事実であるからのう。オークラ伯殿はどう思う? 貴殿のような物わかりが良く敏い者達が帝国で主導権を握っとるなら、この世界自体の平和も夢物語ではない……我もそう思うのじゃが、オークラ殿はどうお考えかな?」
「そうですなぁ……帝国も大帝が事実上居なくなったことで、戦争はもう止めて他の国とも仲良くして、共存共栄の道を……そんな空気になってますからな。確かに仰るとおり、この流れが続くなら、世界平和だって夢じゃないでしょうな」
「確かに、人族のもう一つの雄……法国も恐らくこのまま分裂して、その力も大幅に落ちるだろうからな……。その上で帝国もまともな国になるなら、つかの間の平和くらいは訪れそう……そんな気がするよ」
「そうじゃな……束の間と言えど平和な時代か……。そんな時代が来る可能性が出てきただけでも奇跡と言えるじゃろう」
「束の間の平和の可能性……ですか。確かに、恒久平和は難しいでしょうが……それくらいなら現実的と言えるでしょうな。なにせ、自分にも娘がいますからな。愛する娘達やこれから世に生まれ出る高倉先輩のお子さん達が戦争に巻き込まれたりしない。そんな細やかな平和な時代が十年、いや二十年、そのくらいでいいなら、実現は出来なくもない。自分もそう思っておりますよ」
「うむ、なかなか現実的な話じゃな……お主もよう解っとるな。我も千年生きてきたから、解るのじゃが……。この世界はかれこれ数百年単位で、争いの絶えぬ世界だったのだ……そして、この百年ほどばかりは大帝による帝国の台頭で果てどない修羅の巷と化しておったのだ。それ故に、我も世捨て人のようにあちこち巡っていたのじゃよ……」
「なるほどね……。アージュさんって、放浪癖みたいなのがあるってクロイエ様も言ってたけど。それは世を儚んで……そう言う事でもあったんだ」
「そんな所じゃな……。だが、そんな争い続ける世界で、ほんの十年足らずでも争いのない平和な時代が訪れるなら、その価値は計り知れん。たったそれだけでも平和な時代を享受出来た……それは、確実に人々に素晴らしい時代だったと記憶されるであろう。そして、その記憶が残り、未来へと語り継がれるならこの先、何度でも平和な時代が訪れるようになるやもしれん。貴様らのいた世界でも実際、そうなのだろう?」
「そうですね……。我々のいた世界は二度の世界大戦を経て、今に至るまで大きな戦は起きていない。もちろん、火種は至るところにありますが。誰もが平和な世界を当たり前として享受できるようになり、それ故に誰もが平和を維持する為に懸命になって……それ故にかろうじて薄氷の平和を維持できている。フロレンシア卿のおっしゃる平和の記憶、それがどれほど大切か、よく解ります。かくなる上は、自分もその細やかなる平和の為に、先輩達と共に戦う所存ですよ!」
「そうだね……。それが僕ら女神の使徒がこの世界に呼ばれた本当の理由なのかも知れない。よし、皆……今日は飲み明かそう! 平和なる時代の第一歩を祝して……乾杯っ!」
いつのまにか、アージュさんや大倉……そして僕の言葉に聞き入っていたこの食堂に集まった仲間たちが、一斉にグラスを持ち上げて、乾杯の声をあげる。
「「「「乾杯っ!」」」」
動き始めた平和への道……その道程は困難に満ち溢れているのは解っていたけど。
それは、現実的なものとして、はっきりと形が見えてきていた。
素晴らしき時代の始まり……この場の誰もがそう思っていた。
そして、いつものように始まるどんちゃん騒ぎ。
いつも通り……僕もそう思っていたのだけど。
――不意に、食堂の照明が消えて、真っ暗になった――




