第六十六話「和平会議」③
ちなみに、今日のアージュさんはやたら襟のデカイ白い和服みたいな白無垢姿。
古エルフに伝わる正装らしいんだけど、ちんまり花嫁さんみたいで、なかなか可愛い。
ちなみに、彼女の今の名は公式に「タカクラ・アージュ・フロレンシア」……なんだってさ。
僕が死んでも、彼女はこの名を名乗り続けるつもりらしい。
親父、お袋、ご先祖様……高倉家の名は、多分1000年先くらいまで安泰だぞ。
「やぁ、アージュさん。こちらの帝国代表の大倉君……実は僕の学生時代の後輩なんだ。まぁ、要するに日本にいる頃からの友人ってとこだね」
アージュさんは、正式に嫁さんにしたと言っても、一緒に飲んだり一緒に仕事して、徹夜が続いて揃って床で雑魚寝して……とまぁ、そんな感じの関係だった。
実はあんま付き合い自体は、前と変わってない。
正妻を名乗るからには、てっきりエッチのお誘いやら、夜這いくらいやってくるかと思ったけど、そこら辺は三人もまとめて身重になったら大変だし、国の重鎮という自覚はちゃんとあるとかで、敢えて自重してる……なんてことを言ってた。
だから、この遠征中はもちろん、コンビニ村でもずっと一緒だったけど、いつもどおり、酒飲んだり、一緒に寝たりしてたけどなんもなかった。
むしろ、アージュさんと一緒なら、親衛隊の子達も迫ってこないので、とっても助かった。
アージュさん、何気に僕の癒やし枠になりつつあるんだよなぁ……。
「なんと……コヤツ、随分な出来物だと思っておったが……。そうなると、コヤツも日本の経済エリートの巣窟、慶楼大学とやらの出自……そう言うことか? どおりで難儀な相手じゃった訳じゃな……」
「いやはや、アージュ・フロレンシア卿。伝説に謳われる貴女に、直接お目にかかれて、大変光栄です……! 貴女にも何度か、事前交渉ではお世話になりましたね。まぁ、そうですね……エリートかどうかは解りませんが、高倉閣下の同窓にして、旧知の仲ではあります。悲しいことに今の帝国は、どこもかしこもガタガタでして……自分のような異世界人が国の交渉代表として駆り出される始末。どうか本日の交渉、我々の顔を立てると思って、お手柔らかに願いますね」
「まったく、貴様もとんだ狸だな……。すでに、水面下での話し合いなど、とっくに済んでいるのであろう? これより始まる停戦交渉なんぞ、すでに結果は始まる前から決まっとるのだろう? 単なる見世物……出来レースであるのだろうな。ケントゥリ殿も連日のようにコソコソと一人、深夜まで何処かの誰ぞと交渉しとったのは知っとるぞ……全く抜け目がないのう」
アージュさんの指摘に、揃ってニヤリと笑い合う。
ひとまず、この停戦交渉については、オルメキア側は従来の国境ラインまで総撤退し、賠償金なども一切要求しない事を約束させている。
先のサトルくんの一件や、国王の治療の件で、こちらに多大な借りができた事で、ミリアさんやオルメキアの首脳部も、すっかり僕らに頭が上がらなくなってしまった為、ここらへんは実にすんなり話が進んだ。
建前上、不承不承と言った感じではあったんだが、攻勢限界をとっくに突破して、下手に勝ちが見えた事で、かえって引っ込みがつかなくなったオルメキアも落とし所が見つからず、困ってたのも事実だったので、この辺は割と快く了承してもらった。
自分達から、敢えて勝利を捨てて、戦争を止めるのと……他所の仲介で戦争はもう止めようと言われて、鉾を収める。
結果的には、どっちも同じなのだが……前者はどう取り繕っても、勝者と敗者が出来てしまうのだ。
勝者は驕り、敗者はその恨みを決して忘れない。
そして、それは後々の遺恨となり、歴史は繰り返す……となる。
後者は勝者なき戦争の終結となる以上、敗者もない。
まぁ、仲介者が余計なことをして……等と糾弾されることもあるんだが、今回のように、双方が力尽きているにも関わらず、互いの事情で引っ込みが付かない為に戦争が終わらない……そんなケースでは、第三者の仲介ってのが最善ではあるのだ。
オルメキアの政府は、せめてルメリア大公国から直接、賠償金くらい取らないと国民を納得させられないとか言ってたけど、そこらへんは、ロメオから見舞金をくれてやるから、納得しろと言って、黙らせた。
いわゆる札束でぶん殴って黙らせたって奴だな。
……我ながらエゲツないのだけど、ルメリアに賠償金なんて払えるような経済的余裕はないのはよく解っているのだ……無い袖は振れない。
そこは諦めてもらう他無い。
まぁ、国内向けにはルメリアからふんだくった事にするらしいのだけど、国民感情という面倒くさいものの為だから、そこら辺は好きにさせた。
いずれにせよ、ルメリアも国自体が崩壊一歩手前と言う有様で、それで賠償金を払えなんて、無茶ぶりも良いところ。
国土の譲渡についても、国境線付近は荒野ばかりで割譲されたところでメリットも少なく、ロメオから見舞金を貰えるなら……と言う事で、妥協してもらえた。
まぁ、一応気持ちって事で、国境付近のルメリア所有の石炭鉱山をオルメキアに譲渡すると言う事で、話は付いている。
欲しいのは穀倉地帯であって石炭鉱山なんて、別に要らないとか言ってたけど、ロメオが石炭がっつり買うぞって言ったら、手のひら返しでむしろ喜んでた。
ルメリアとしても、その石炭鉱山は大公一族が専有しながらも、半ば手つかずで放置していたような有り様だったので、手放したところで誰も困らないそうなので、オルメキアに華を持たせる為にそう言う事にしてもらった。
オルメキアもロメオからして見れば、農産物の買い手にして、お得意さんだからな。
穀倉地帯なんか手に入れて、下手に自給自足できるようになると、それはそれでこっちとしては、面白くない。
オルメキア自体は、強兵の国ではあるので、食い物と言う鎖で縛っとくくらいで丁度いい。
それに石炭なら、ドワーフ達がいくらでも欲しがってるんで、石炭を買って、農産物を売るという事で、どちらも利益がある。
ルメリアもオルメキアに対し、一切の条件を出さすに問答無用で停戦する事で合意済み、ここらへんは、後ろ盾の帝国からも了承済みなんで、話も早かった。
戦争に付き合うのも金がいる……帝国も大倉の主導で絶賛経済の立て直し中で、そんな無駄金使う余裕なんてなかったのだ。
実際のところ、こんな不毛で益もない戦争、さっさと足抜けしたくてたまらなかったってのが帝国の本音で、その本音を当事者から聞かせてもらったので、こっちもやっぱり話が早かった。
その代わり、ルメリアの戦後復興については、商人ギルドによる全面的なバックアップを行うことを約束している。
ルメリアの国軍はとっくの昔に壊滅状態で、もはや治安維持もままならない状態ではあるんだが、治安維持については、商人ギルドお抱えの傭兵団が実施し、暫定政権の数少ない軍勢にもきっちり、ノウハウを教え込んで、武器なんかも必要に応じて、いくらでも供与する予定だった。
事実上、商人ギルドの占領下みたいな感じになるのだけど、商人ギルドはペンペン草一本生えない不毛の土地だろうが、商機を見つけて、金にするような連中だから、焼け野原からの復興だろうがお手の物だろう。
なによりも……ルメリアには、良質な軍港があり、かつては帝国艦隊の拠点となっていたのだけど、帝国艦隊も引き上げて行って久しいので、そこを商人ギルド直営の海運拠点とすることで、大陸東廻りの海運網の再整備を行う……そう言う腹づもりらしい。
相変わらず、商人ギルドの連中は抜け目無いんだが、ここら辺はロキシウス侯爵も絡んでおり、東回り航路が復旧するとなると、うちとしても交易範囲が大幅に広がることになるので、実に美味しい話ではあるのだ。
まぁ、要するに喧嘩してる両国の鼻っ面を札束でビシバシぶん殴って、はい、握手ーとやらせて、関係国各位にも相応の利益を分配することで、誰もがWinWin……そんな風に調整したんだ。
解かりやすく言うと、この停戦交渉自体はそんな感じだった。
まぁ、うちも派手に金をばら撒いて、損と言えば損をしているのだが。
損して得取れって言うだろ? 長年の戦争を調停し、平和を実現したと言う実績とクロイエ様にハクが付いた事で、お釣りが出るって話だからな。
帝国軍についても、完全にルメリアから手を引いて、すでに全軍総撤退中。
民を見捨てて逃げて、亡命政府と称して、悠々自適の生活を送っているルメリア大公の一族や上級貴族についても、全員ルメリアに強制送還させると言う事で、了承してもらっている。
なにせ、帝国にとってもコイツらがいるから、足抜けできなくて困ってた訳で、停戦するなら帝国に居座る理由もなくなる以上、熨斗付けて国元に返すってのが、当然の対応なのだ。
まぁ、民も国も見捨てて、国外の安全地帯でのんびり胡座かいてたような奴らが、強制送還させられて、どんな運命を辿るのか……そこは想像に難くないのだけど。
そんなもん自業自得というヤツだ……全く同情に値しない話だった。
もちろん、帝国側のルメリアを衛星国として維持したい連中や、ルメリア貴族を率先して受け入れて、同情的だった帝国貴族などからは、一度亡命を受け入れた以上、それ反故にして追い出すなんて許されないと猛反対を受けたらしいのだけど。
商人ギルドの資本引き上げと、それに伴う帝国貨幣の暴落というダブルパンチで、帝国経済はすでに火達磨状態になっているのだ。
帝国軍も兵力大幅削減と言うその身を削って、爪に火をともすような思いをして、やっと最低限の兵力を維持できているような有様だったので、大倉達経済官僚も商人ギルドからの資金援助と言う名の買収をされた事で、停戦派を激烈支持し、好戦派を干上がらせることで……結果、ものの見事に好戦派連中は日和った。
いかんせん、このルメリアの亡命貴族を受け入れる事でルメリアへの武力介入を正当化するって判断も、帝国宰相のフランネルが独断で下したのであって、当人が何も言わない上に、戦争自体が終わる以上、そんな約束、反故にした所で亡命貴族共以外は、誰も困らないのだ。
なにせ、別にルメリア自体は滅んでも居ないし、国民の多くは貧困と物不足にあえいではいるのものの、普通に健在なのだ。
何よりも、決戦に負けて旗色が怪しくなったから、真っ先に逃げる。
この時点で、大公とその仲間たちは統治者として論外と言えるのだが、言ってみれば用済みである以上、強制送還も帝国としては当然の対応であろう。
なお、ルメリア側としては、すでに臨時政府も議会民主制のルメリア共和国に国号を改めており、もはや、大公の居場所なんて何処にもない。
売国奴として、数々の罪状を用意することで、国民に信を問う形で民主的に裁くそうなんだが……。
こうなったのも全部アイツが悪い……と国民の恨みを一手に受けているような調子なので、まぁ……後ろ盾だった帝国に見限られた以上、国家元首に返り咲くこともなく、無期懲役でも食らって、獄中死でもするのが関の山だろう。
なお、帝国の風向きを変えた経済官僚達の武器、実弾とも言われる資金は、商人ギルドを経由して、ロメオからも相応の額が流れているというのは、大倉も知ってるのだけど、それは公然の秘密だった。
つまり、帝国に対してもロメオの札束の力は及んでいたのだ。
元々、国家運営の歯車と言える官僚程度では、国内意見の統一だの、軍部への圧力をかけられる訳がないのだ。
商人ギルドの経済攻勢は、経済官僚達の力の源泉、国庫をも直撃していたのだけど。
やせ細る一方だった国庫をギリギリで支えたのは、膨大な額の国債発行……その国債は帝国救済基金を名乗る国際ファンドにより、大量に購入され、文字通り帝国を救ったのだ。
もっとも、その帝国救済基金は、商人ギルドやロメオ王国のみならず、法国や法国側のロメオ王国のような位置づけにあたる、北方の離れ小島を拠点とする商業国家セレスディアなども参加したもので、要するに帝国に枷をはめたい国々の思惑が一致して、出来上がったものだった。
まぁ、セレスディアについても、トップのアイリーン姫と信頼関係を結べたし、彼の国の守護神セレイネース様は僕のお師匠様なんだからな。
神託って形で、是非乗ってけってお告げが告げられてしまった以上、向こうも拒む理由もなかった。
セレスディアへの独立についても、そうなれば結果的に法国の力を削ぐことになるので、帝国にも益がある以上、前向きに検討してくれているそうなので、セレスディアの悲願……独立についても俄然現実味が出て来た。
まぁ、その辺りは僕が暗躍した結果なんだが。
おかげで、セレイネース様もすっかりご機嫌で、アイリーン姫も帝国に貸しを作ることで、ハクが付いてと、悪くない結果になった。
これくらいの支援はわざわざ、出向かなくても出来ちゃうし、大陸東廻り航路の再整備計画だって、
セレスディアの協力が得られたら、一気に話が進むんだからね。
元々、大陸東廻り航路はロメオ、ルメリア、帝国、法国、セレスディアの順番で沿岸を進む、海洋交易の要と言える航路だったのだ。
現状は、国同士の対立であちこちで分断されているんだけど、ここが真っ直ぐ接続できるようになって、安定化すれば、うちとしても、悪くない話なのだ。
相変わらず、ロキシウス侯爵やラトリエちゃん辺りは、セレスディアをよく思ってないみたいだけど、僕のやり方や大望には理解を示してくれているし、帝国救済基金や航路復活の件でも、あっさりとセレスディアから譲歩を引き出したことで、感心もされている。
……ふふん、交渉ってのはこうやるんだよ。




