第一話「プロローグ」③
横目で、バイトの不正対策にレジ横に置いている鏡を見ると、目の下にクマを作った無精髭のおっさんが変な笑みを浮かべながら、モゾモゾしてるのが写っている。
まぁ、リアルの僕なんてこんなもんだ。
青白い如何にも疲れた感じの顔色に加え、昨日も髭剃りが雑だったせいで、オシャレ髭どころか、ただの無精髭みたいになってる。
どtrに目の下のクマが酷いし、目尻にもシワが目立つようになってきた……腹にもちょっと贅肉付いてきたし……。
暇だからと椅子に座って、スマホ触りながら、売れ残ったチキンやらポテチを食って、コーラで流し込む。
廃棄するくらいならと、自分で弁当の残りや傷物商品をせっせと消化。
そして、昼間は泥のように寝て、何かあると叩き起こされる……。
うん……そりゃ、デブるし、不健康極まりないよな。
……髪の毛もなんとなく、寂しくなってきたし、昔のように勢いがないし、艶もなくなってきた。
寝不足になると、心臓のあたりがキューと締め付けられるような感じになったりもする。
脈を測ると、時々脈が飛んでるようで、いわゆる不整脈。
さすがに、いきなり突然死とかしたら、ヤだなぁって思うんだけど……いかんせん、病院に行ってる時間が取れない……。
昔は、女の子にもそれなりにモテたけど、考えてみたら、もう何年も縁がない……まぁ、そりゃそうだよなぁ……。
この分だと、我が家は僕の代で断絶だ……すまぬ、すまぬ、ご先祖様!
「……それにしても、今日はいつも以上に暇だなぁ……」
平日の木曜とか半端な曜日のそれも深夜……まぁ、こんなもんっちゃ、こんなもんなんだが。
かれこれ、一時間もまるっと客が来ないとさすがに暇だ。
20台位は止まれる超広い駐車場も、今日に限っては一台もいない……長距離トラックの運ちゃんの休憩用にも使えるように周囲の土地を確保して、思い切り広くして、当初の頃は、なかなか好評だったのだけど。
……最近は、長距離トラックの定番ルートから大幅に外れた関係で、ただ間延びしてるだけの駐車場になりつつある。
それなりに投資もしたし、この広さでも車があぶれるなんてこともあったんだけどなぁ……。
最近は、駐車スペースの区切りもすっかり消え書けてるし、雑草が境界線をジリジリ侵食してきてるせいで、隅っこの方の照明も切ってたりする有様だった。
うーん、完全に読み違えた。
ちくせう。
「ケモコミ」も終わってしまい……その流れで、そのままダラッと見ていた深夜アニメもあらかた終わってしまい、良く解らない通販番組が始まる。
昔は、深夜の通販番組も面白かったんだが、最近のは別に安くもないし、面白みもない。
通販もアマゾニアや天地無とかで十分だしなぁ……。
昔の通販番組と言えば……アメリカ人の二人組がやたらオーバーアクションで掛け合いしながら、変な商品を紹介していく番組。
なんだっけ? テレコンワールドとかそんな名前だったなぁ。
車のボンネットでハンバーグ焼いたり、スクラップ同然の車に魔法のオイルを入れただけで完全復活とか、鉄のハンマーをゴリゴリ切り裂く魔法のナイフとかさ。
実際は、そこまで凄くはなかったんだけど、無駄にオーバーなリアクションと、掛け合いがめっちゃ面白かった。
もっとも、今はもうそんなのやってないんだがね。
そんなとりとめのない事を考えながら時計を見る。
……時刻は、日付が変わって小一時間ほどが経過。
夕方過ぎや早朝は、近所の人達がちょっとした買い物とかで立ち寄るし、国道から流れてきた車が立ち寄ることだって、珍しくもないんだけど。
午後の十時から朝の五時過ぎくらいまでは、近所の人達もごく一部のニートや夜更かし学生くらいしか寄らなくなる……要するに、激烈暇タイムなんである。
田舎の夜ってのは早いのだ……夜の九時には電気を消して寝るのが当たり前。
国道から流入してくる車も、深夜になるともうほとんど通らない……むしろ、こんな山際まで来る理由がないんだから、当然の話だ。
それに、道の駅や観光施設も夕方の5時には閉まってしまう。
だからこそ、観光客は、日が暮れると家に帰るか、その日の宿に引きこもる。
こんな時間にわざわざ来るとすれば、素泊まり宿で晩飯食いっぱぐれたとか、仕事で来てるやつとか、夜中に酒やタバコを調達しに来たとか。
個々人の事情までは計り知れないけど、概ねそんなもんだろ。
たまにタクシーの運ちゃんがトイレ休憩や夜食を買いに来るとか、パトロールの警察官が立ち寄ってくれるとかもあるけど、その辺はそこまで多くはない。
あとは、近所の夜型の人達とか……そんなのが主な客層かなぁ……。
日付が変わる頃から、朝まで通してとなると、客の人数なんて通しで2-30人とかそんな調子だと思う……なんせ、無人の時間がほとんどなんですもの。
日によっては、一桁って日もある……俗に言う開店休業状態って奴だ。
ひと昔前は深夜だろうが、トラックの運ちゃんとか、夜のお仕事の人達が入れ代わり立ち代わりやってきて、それなりに賑わってたんだがなぁ。
最近は、世の中の流れなのか、夜の仕事自体が減ってるらしい。
僕がこんな風に連日、深夜の店番をやってるのも、深夜帯の求人をしても、全然人が集まらなくなっているのが、そもそもの原因。
昔は深夜業なんて、割も良い割に暇で楽だって言われてて、募集かけるとすぐに埋まる程度には、人を集めやすかったんだがな。
今は、給料は良いんだけど、二人でやってた仕事を一人で回すハメになるとか、そんな無茶なところばかりで、はっきり言ってどこもキツい……。
某牛丼屋チェーン店のワンオペブラック体制の実体が、テレビやネットで有名になって以来、深夜業自体がフリーターから嫌厭されるようになってしまったのも痛かった。
都心の方はまだしも、こんな地方都市なんかじゃ、牛丼屋やファミレスもどんどん24時間営業が維持できなくなって、駅前などでも22時には店を閉めてしまうようになり、夜の街は年々静かになっていっている。
ファミレスなんかでも夜の9時以降の人手の確保が難しくなってきてて、その辺の時間帯になると、フロアを一人で回してるとかそんな調子も珍しくない。
夜の街の静寂化……これは、こんな仕事をしていると顕著に感じる。
でも、80年代の頃は、むしろそれが当たり前だったんだけどな……。
スーパーなんかも、夜の7時位には早々と閉店してた……そんな話を若い子達にすると皆、信じられないって返してくるけど、そんなもんだった。
今からだと、とても考えられない話だけど、ガソリンスタンドなんかも、深夜営業は高速道路のSA併設の所くらいで、日曜や祝日が休みだったり、正月三ヶ日は三連休とか、それが当たり前だったんだぜ?
だから、年末になると、ガソリンスタンドに行列が出来たり……なんてのが風物詩となっていた。
深夜まで営業している商売……なんてのは、いわゆる夜の商売……風俗関係やら飲み屋やらで、コンビニも夜11時まで営業するって時点で、超画期的な商売……なんて、言われてたもんだ。
半世紀も前の話じゃない……1985年とか昭和……ほんの30年ほど前の話だ。
言ってみれば、その頃のような状況に戻ってるってだけの話。
要するに、この30年ほどがおかしかったのかもしれない。
人間ってのは、昼間活動して夜は寝るってのが、本来のサイクル。
日本人の行動パターンが、その本来のリズムに戻ってきている……それだけの話なのだ。
もはや深夜営業なんて、やってる意味なんて無い……僕個人は、そう思っているのだけど。
本部は、あくまで全店舗24時間営業を死守しろとの方針なので、こっちの都合で勝手に止めるわけにもいかないと言うのが実情だった。
とは言っても、このコンビニはもはや経営限界に近い。
収支についても、休日はかろうじて黒字なのだけど、平日はとんとんか赤字、深夜帯の食品廃棄率や光熱費とかを加味すると、もう万年赤字状態。
銀行マンだった頃は、こんな経営状態の個人事業主が借金の申し出をしてきても、絶対に断る。
むしろ、別業種への転向とかをお勧めするところだ。
元々無借金経営だったから、赤字状態にも関わらず、サラリーマン時代の貯金を取り崩しながら、これまでやりくりしてこれたが……いつまで持つかは解らない。
なにせ、続ければ続けるほど貯金が目減りしていってるような有様なのだ。
借金経営なんてしていたら、とっくに自転車操業状態だっただろう。
近所のお祭りの時に出店を出してみたり、宅配業者と組んで商品の配達サービスを始めたり、近所の農家の協力を募って、生鮮野菜の販売を始めてみたり、色々自前でできる経営努力もしてみたんだが。
……はっきり言って、焼け石に水。
近くにあったライバル店も次々と撤退してるんだが、それで経営が楽になる訳じゃない。
なにせ、この街道沿いの昔からあった個人商店やらスーパーすらも、次々と潰れいってるような有様なのだ。
客が来なくなった原因、それが過疎化と立地上の問題である以上……もはや経営努力では、どうにもならないところに来ている。
もはや、閉店やむ無し、是非もなし。
それが我がコンビニの揺るぎそうにない現実だった。