第六十五話「ジャリテルム様降臨!」①
「貴様ら! 妾を一体何だと思っておるのじゃー! なんで、貴様ら第一声がショボ……なのじゃーっ!」
セレイネース様と並んで、コンビニ村のクロイエ様ハウスに入ろうとするなり、中からそんなけたたましい叫び声が聞こえてきた。
扉の隙間から中を覗き込むと、ちんまりしたのがテンチョーの膝の上で頭を撫でられてながら、ブチ切れてるところだった。
「や、やぁ……皆、揃ってるみたいだね。と言うか、随分と騒々しいね……」
ぶっちゃけあんまり関わりたくなかったけど、これは避けては通れぬ道。
半ば破れかぶれの気分で突入する。
「うにゃーっ! 御主人様! 遅かったにゃー! 一体どこで油売ってたのにゃー!」
クロイエ様ハウスに入るなり、テンチョーが抱きついてくる。
なお、なかなかの突進力!
ちょっと前だったら、腰がクキャッとか言って、ワンパンKOだっただろうが……。
今の僕は、当社比すごいパワーアップしてるのだ。
これしきのこと、涼風のごとくっすよ!
三人娘やクロイエ様も一斉に僕に向かって踏み出そうとしてたんだけど、先手を取られたことで気勢を削がれたみたいで、揃ってどうぞどうぞみたいなことをやってる。
「ちょっとラキソムに戻ってから色々と侯爵と話をしたり、今後の方針を検討したり、思ったよりもやることが山積みだったんでね……。これでも急いでこっちに顔出したんだけど……。えっと……それが例のラーテルム様……なのかな?」
テンチョーに放り投げられて、仏頂面のちんまいのを指差しながら、そう告げる。
まぁ、このメンツで知らないのは、そいつだけだから、シンプルな消去法で決まりって感じ?
「まったく、ラーテルム……。いきなりギャースカ喚いてるところとか、なにそれ? 印象悪いわよ。と言うか、それが貴女の分体? なんなの……その小さいのは……もうちょっとなんとかならなかったの?」
呆れた感じで口を挟んでくるのは、セレイネースの分身一号さん。
明らかに、師匠様とはキャラが違うんだけど、同一人物なのは違いない。
「セレイネース! お前まで言うのか! 妾の方こそ聞きたいわ! 貴様の言うとおりに分体を作ったのに、なんでこんなチンチクリンになったのだ! 納得いかんぞ!」
「貴女に教えたのは、あくまで私のやり方だからねぇ……。個別の微調整とか必要だって言ったはずよ? 大方、適当にそのままのプリセット術式使ったんじゃないの? そんな調子でいい加減な数値使ったり、肝心なところで手を抜くから、色々失敗するんじゃないの……。今回の魔神ロアの件もぶっちゃければ貴女のヘマが原因みたいなものじゃない……。おかげで私は貴重な分体をひとつ失う羽目になった……」
魔神ロアの暗躍。
仮にも使徒なんて言う、手足や目になる連中がいるんだから、真面目に各地からの情報に目を光らせていれば、復活の前兆だって見抜けただろうしなぁ……。
目立つ神獣とかそんなのをテンチョーに退治させたりとかはやってたみたいだけど。
実質、何もしなかったようなもの……。
結果的に、セレイネース様が尻拭いに奔走して、ギリギリのところでロアの分体を封印してくれて、事なきを得たんだからな。
まぁ、色々言いたいことはあるけど、ここは黙ってたほうがいいな。
「なんじゃと! お前こそなんで肝心なところでいつも不親切なのじゃ! それにお前の話では分体程度、いくらでも作れると言っていたのに、妾ではこんなチンチクリンが一体がやっと! これはどういうことなのじゃーっ!」
なんだこれ? のじゃロリとか……。
アージュさんとかぶってる気もしないけど……あっちは、こんな騒々しくない。
どっちかと言うと、ジャリとか付けたくなるな。
命名……ジャリテルム。
「ああっ! もうっ! のじゃのじゃうるさいっ! このクソガキッ! そこら辺は私と貴女の歴然とした格差……なんでしょうね! いい? ……私が地上に顕現させ、現存する分体は合わせて四体! そっちはその使えなさそうなのが一体だけ? なにそれ……もうちょっとマシだと思ってたけど、期待ハズレもいいところよ」
そうセレイネース様の分体って、四体もいるのだ。
それぞれは、アルファ、ベータ、シータ、デルタにイプシロンって味気ないネーミングらしいけど。
僕の師匠様……ベータは消えてしまったけど、アルファはここにいるし、他の3体もあちこち飛び回っているらしい。
うーん、他の分体にも会ってみたい……なんか、四人ががりでおもちゃにされそうな気もするけど、どんと来いだ!
「な、なんだと! 四体だと! 貴様、どれほど周到なのだ! まさか、そこまで差があると言うのか!」
「まぁ、どれも実体がない仮想体なんだけどね。そんな実体型なんていきなり組んだら、リソースが足りなくなるに決まってるわ。相変わらず、考えなしなのね! 大体、光の巫女がいたんじゃなかったの? まずは仮想体を下ろしてから、時間をかけて巫女と同調化すれば、問題もなかったはずよ?」
「いや、光の巫女から直接聞いたのだ……仮想体では現界にも時間制限付きでほとんど何もできんそうではないか! それにあの巫女は雑念だらけで、妾をちゃんと受け入れなかったのじゃ! おかげで実体型に慌てて変更したのだが。こんなになってしもうたのだ! 聞いておらんぞ! お前が説明不足なんじゃっ! 責任を取れっ!」
ぶっぶーっ! セレイネース様はちゃんと答え言ってるしー。
ちゃんと段階踏んで、じっくりやらないと駄目……多分、そう言う事なんだ。
ちなみに、このセレイネースアルファ様も時間切れになると、依代になってる海の巫女のおばあちゃんに戻ってしまう。
それなりに不便なんだけど、ベータ師匠みたいな荒事前提じゃないから、そんなに問題にはならないらしい。
……って、僕でもここまで理解できたのに、なんで解んないかな?
モンジローくんとも目があうんだけど、両手を上げて駄目だこりゃみたいなリアクション。
「まぁ、始めから期待なんてしてなかったし……それが限界なら大人しく現実を受け入れなさい。ああ、タカクラくん。ゴメンね……もう解ってるかも知れないけど、このクソジャリ……じゃなくて、ちっちゃいのがラーテルムの分体。この引きこもりの駄女神もロアの出現で本格的な地上世界への介入を決めたんだけど。せっかく、光の巫女なんてのが居たのに、どうもヘマやらかしたみたいでね。あくまで自力でって事で、実体型に拘ったせいで、こんなのショボいのしか作れなかったみたい……なぁにやってんだかね。これじゃ思いっきり戦力外だろうけど、一応この大陸担当の守護神って扱いだから、それなりに敬ってあげてね。まぁ、君の場合……私のついで、せっかくだから、祈っておこうくらいの扱いでいいと思うけど」
クソジャリってった。
……なんと言うか。
ジャリテルム……お前は泣いていいぞ。
実際、涙目だし。
見た感じは、黄色いおかっぱ頭の小学校中学年くらいのお子様。
服装も髪の毛と同じ黄色の幼稚園スモックみたいなのを着てて、威厳のかけらもない。
ほんと、なんだこれ?
レインちゃんも光の巫女とか御大層な二つ名で呼ばれてるけど、もしかして失敗しちゃったの?
なんか、雑念いっぱいとか言われてるけど、毎度、肝心なとこでやらかすレインちゃんらしいと言えばらしい。
野郎の前で躊躇いも恥じらいもゼロでパンツ脱ごうとするとか、普段からそんな事やってるから駄目だったんじゃないかなぁ……。
でも、そうなると僕が遠い原因のような気も……あまり考えないでおこうっと。
「くらぁっ! セレイネース! ついでとはなんだ! ついでとは! 妾こそ、この世界の最高神! 天地神の忘れ形見にして、偉大なる光明神ラーテルムが分体なのであるぞ! そもそも、そこの貴様! 妾に挨拶もしないとは何事だ! まずはさっさと跪いて、床でも舐めるのだ! そして平伏しながら、妾を崇め、真摯なる祈りをささげるのだ! あ、おいこらテンチョー! なにをする! 離せっ!」
……なんだか、テンチョーは気に入ったみたいで、笑顔でギャースカ喚き立てるラーテルム様を抱きかかえると嬉しそうに頭なでてる。
「うにゃっ! いつもと違って超かわいいにゃっ! にゃんだ……ラーテルムって、ホントはこんなんだったんだにゃ! 妹ができたみたいで嬉しいにゃー!」
「そうか、それは良かったなぁ。ああ、ラーテルム様、確かに始めましてだな……テンチョーやモンジローくんから色々噂は聞いてるし、師匠……セレイネース様からも話は聞いてるよ。ひとまず、よろしくお見知りおきをお願いするよ。ああ、お祈りだったな……えっと、なんまいだーさんまいだーアーメン、ラーメン、ヒヤソーメンー。うん、こんなもんでいいか」
ヒデぇ祈りだな……我ながら。
和洋折衷……こんなお祈り、キリスト様やお釈迦様だって、助走つけてぶん殴ってくるわ。
まぁ……セレイネース様からは、本人にはとても聞かされないような悪口ばっかり聞かされてたし、そもそも、コイツに良い印象なんて持てるはずがない。
僕は名実ともにセレイネース様の弟子なのだから、お言葉通りセレイネース様のついでで鼻くそでもほじりながら、ほいーっすって崇める程度で良いはずだ。
おざなりだけど、初対面の挨拶だし、こんなもんで十分だ。
「貴様! なんだ、その適当な祈りはっ! しかも、よりにもよって、妾を見下ろして……だと! 無礼にもほどがあるわ! テンチョー! モンジロー! 妾の名において命じる! この者に神罰をくだせすがよいっ! せいぜい、死なない程度にいたぶってやるが良いぞ!」
「……イヤだにゃ!」
……秒速レスポンスだった。
「ふぁっ! テンチョー! 貴様、即答で拒否とか、あんまりじゃー!」
「テンチョーの御主人様は、ケンタローなんだにゃ。テンチョーはお前の命令なんか聞かないんだにゃ。そもそもなんでテンチョーが大好きな御主人様を殴ったりしなきゃいけなんだにゃ……。お断りだにゃーっ!」
「……ぐ、ぐぬぬ。た、確かに、自分の大好きな人やご主人さまは殴っちゃいかんな! そなたの言い分ももっともじゃ。ま、まぁいいだろう……お前は以前から、そう言うやつだったからな。なら、勝手にするのじゃ! だが、我が忠臣モンジロー、よもや貴様は妾の命に背いたりしないであろうな?」
「某もそれはちょっと……ダンナは某の朋友ゆえ、それは出来かねるっす。ラーテルム様、友達は殴っちゃ駄目でしょー? ジャスティス・オン・マイフレンズ! 男と男の友情は時として愛や忠義にすら勝る……まさにジャスティス! 某の愛読者ならそれくらい解りますよね?」
モンジロー英語、結構適当。
まぁ、僕はモンジローくんのためなら、敢えて殴られるくらいは平然とやるんだけどな!
盟友のために身体を張る……その程度はお安いご用さ!
「いいだろう……モンジローくんに右の頬を殴られたら、僕は黙って左の頬を向けよう……。さぁ、友よ……遠慮なくその拳で殴ればいいっ!」
そう答えて右の頬を向けると、モンジローくんはうるっと目をうるませる。
「くっ! だ、旦那……この紋次郎をそこまで……! い、いえ、それは違いますぞ! 旦那の右の頬を殴ったら、次はダンナが某の右の頬を殴る番……それでこそ、友というものっ!」
そう言って、モンジローくんも右の頬を僕に向けて、拳を握りしめる。
「モンジローくん……君の友誼、然と見せてもらった! いいさ、理不尽な命令に板挟みとなっている君を見てられない! 僕の頬で良ければ、思い切り殴ると良いさ! 何の意味もないんだけどな!」
「すまない! 友よ! そう、こんな事に意味なんて無い……某達は……強いられているんだーっ! さかぁ、漢と漢の友情のクロスカントリー! 行きますぞーっ! 歯ぁ食いしばれぇっ!」
モンジローくんとネタ感いっぱいの大仰なやり取りをしていると、ラーテルムがなんだか滝の涙を流してる。
「も、もうよいっ! 止めるのじゃ! ふぉおおお、そうだなっ! そうであるのじゃ……貴様らは「盟友」と書いて「とも」と読む尊き間柄であったのじゃ。そんな盟友同士が殴り合い、傷付けあうなどもっての外じゃ! あ、危うく妾は悪役女神の道へ足を踏み外すところじゃったー!」
僕とモンジローくんの小芝居がどうやら、良く解らない琴線に触れたようで、大感動って感じ。
……ふっ、チョロいな。
しれっと、三年ぶりに更新。(笑)




