第六十三話「ラスト・ボス・バトル」④
「ケントゥリ殿、よくぞ無事に戻った! セレイネースよ……其奴の相手は任せたぞ! 皆のもの、どうせ効かぬだろうが、せめてもの援護じゃ! 全砲門開けっ! 狙いなど適当で構わん! ありったけ全弾撃ち尽くせ!」
ケントゥリ号の甲板にドワーフ謹製の最新兵器、大砲が並べられていて、一斉に火を吐く。
その砲弾はさっきまで僕が居た辺りに一斉に着弾する!
ケントゥリ号……こんなものまで装備してたのかっ! でも、こんなものが効くような相手じゃないっ!
「ラトリエちゃん! 駄目だっ! 僕もあそこに戻らないと! せめて、師匠を援護しないと……アイツは……魔神ロアは尋常じゃない……いくら師匠でも!」
僕をここまで運んだ転移ゲートは、すでに崩壊しつつあった。
セレイネース様の転移ゲートは、一度設置したらしばらく持つはずなんだけど、こんな風に崩れてるということは……。
ロアにゲート経由での追撃をさせない為もあるだろうけど、決して戻ってくるなと言う僕へのメッセージであり、師匠の不退転の決意を示すものでもあった。
……理解はした。
けれども、納得はしない。
即座に水船を生成し再び海に出るべく、立ち上がろうとする。
けれども、急激な目眩……麻痺していた右足に突然鋭い痛みが走って、思わず膝をつく。
「くっ……冗談じゃない。こんな程度で膝を屈してたまるかぁッ! 動けるうちはまだっ!」
魔力の完全枯渇による虚脱……目眩と激しい頭痛。
そして、全身の力が抜けて、脱力していく。
あちこちに負っていた怪我が魔力の枯渇で、一気に悪化して身体のあちこちから、血が流れ出す。
「だ、駄目ですぅ! 旦那様……もう魔力が全然残ってないじゃありませんか! 傷も一気に開いて……も、もうやめてっ! 死んじゃいます! 頼みますから、大人しくここにいてくださーいっ!」
セルマちゃんが泣きながら、僕の腕にしがみついてくる。
「そうですわ! 今の旦那様に出来ることなんて、もう何もありません! 私達はこの場から何が何でも逃げ延びないといけないんです! ひとまず魔力の回復と怪我の応急治療をいたしますので、どうかそのままお座りを……」
「そうです。閣下……後のことは我々が! ラトリエ、セルマ……閣下の事を頼んでいいか? 私はイザという時に備えなければならない」
「ええ、旦那様の事はわたくし達が引き受けます。リスティスさん……申し訳ありませんが、現状、最悪の可能性も想定されます。いざって時は……頼みますわよ」
「ああ、任せておけ。後方警戒は私がする……魔神相手に私では時間稼ぎも怪しいだろうが。その時が来たら、殿を勤める! タカクラ閣下を……いえ、旦那様を頼みますっ!」
ほんのりと頬を赤く染めたリスティスちゃんが数人の海兵と共に甲板後部に向かって走っていく。
後を追おうとするのだけど、セルマちゃんもバカ力で抱きついてきてるから、全然振りほどけない。
ラトリエちゃんがもう片方の腕にしがみつくと強引に座り込まされる。
手際よく魔力譲渡を発動し、魔力器官の尻尾に魔力を注いでくれる。
そのおかげか、頭痛も和らぎ、身体にも力が入るようになった。
麻痺していた右足や、あちこち開いてしまった傷も、セルマちゃんが回復魔法を使ってくれて、たちまち治っていく。
足の痛みも引いていき、痺れたような感覚も無くなっていく。
三人娘もそれぞれに役割を分担して、誰に言われでもなく、己が為すべき役目を果たしていた。
……ほんの短い間に、随分と頼りになるようになったな。
思わず感慨深くなる。
それにしても、浸透波動のダメージってのは、自分が食らうと思った以上に、引きずるって事が解った。
まぁ、あんなの本来なら、足が弾け飛んでても不思議じゃなかったからな。
それに、僕の使える持続回復も魔力が切れたら、一気にダメージの揺り返しが来るって解った。
まったく、命懸けの実戦でないと解らないコトなんて、いくらでもあるんだな。
戦いにだいぶ慣れたつもりだったけど、僕もまだまだだ。
……ここまで立っていられた方が不思議だったのかもしれない。
こりゃまた、療養院送りかも知れないなぁ……。
「ラトリエちゃん、セルマちゃん、ありがとう……少し楽になった。二人共、気持ちはありがたいけど、僕はまだ戦わないといけないんだ……」
二人がしてくれたのは、あくまで応急処置。
このままいっそ横になりたかったけど、気力を振り絞ってもう一度立ち上がる!
……まだだ。
緩みそうになってたけど、戦いはまだ終わってない……。
だからこそ、まだ倒れるわけにはいかないんだ。
……もう一度、立ち上がり……僕は戦場に戻る!
「……ケンタロウ! もういいんだっ! 状況は私達も理解している。セレイネース様は、私達をこの場から逃がすために、分体の魔力全てを使ってあの魔神を封じようとしているのだ……代償に彼女は確実に消滅すると言っていた。ケンタロウはそうまでして守る価値があるとも……私達も皆、同じ思いだ。彼女の思いを……犠牲を無駄にしないでくれ。これは敗走に他ならない……けど、あなたが倒れてしまったら、私もどうすればいいのか解らなくなってしまうのだ。ここは……こらえてくれっ!」
二人を振り払い、立ち上がろうとしたら、ダメ押しとばかりに今度は、正面からクロイエ様が抱きついて来た。
「ク、クロイエ陛下……」
……クロイエ様にまで頼まれたら、どうしょうもないじゃないか……。
振り払うなんて真似も出来ないし、彼女の言葉は絶対なのだ……。
肩の力を抜いて、クロイエ様に笑いかけると、その小さな頭に手を載せて撫で回す。
そして、そのままバタリと後ろ向きに倒れ込む。
なんだか、クロイエ様に押し倒されたような格好になってるけど、約得だとでも思っておく。
けど、クロイエ様の言うように、これは敗走だった。
僕は……セレイネース様に生かされた。
そう言うことだった。
僕は……何も出来なかった。
不意に悔し涙が溢れそうになり、思わず、腕で目を覆う……。
「……旦那様……心中お察しいたします……どうぞ」
ラトリエちゃんがさり気なくと言った様子で、膝枕をしてくれてぎゅっと頭を抱え込んでくれる。
やれやれ、こんな自分の子供みたいな年齢の子達にここまで気遣われるとはね……。
さすがにもう、完敗だ……何も返す言葉もなかった。
「うにゃーっ! ご主人様! ご無事だったにゃーっ!」
テンチョーが飛び込んで来て、強引に押し倒されるとそのままムギュッと抱きしめられる。
女の子4人がかりのタックル……もうごちゃごちゃになって、訳が解らない。
もう訳が解らないまま、全員まとめて押し倒される。
女神チート無しでこのパワー! さすがテンチョー!
なんだか右手がふよふよと心地よい。
見ると、隣りにいたはずのセルマちゃんのナイスバストの谷間に腕が挟まれてる。
「だ、旦那様……そ、そこは……ああんっ!」
しかも絶妙な感じで、服の下に思いっきり手が入り込んでいる……つまり、これはナマ。
それも谷間にずっぽりとか、どんだけだよっ!
セルマちゃんも真っ赤なんだけど、手を振り払ったりはしない……いやいや、こんな事してる場合じゃ……。
「ご、ごめんなさい。旦那様……勢い余ってこんな事に……ど、どういたしましょう……」
ラトリエちゃんなんて、腰の上で馬乗り状態になってて、なんだか大変なことに……。
しかも、微妙に腰をグリグリと動かしてくれるもんだから、アレに絶妙な刺激が……。
「ラトリエちゃん……タンマ! 今は動かないでっ! ク、クロイエ様は? まさかテンチョーにふっとばされたりしてないだろうね?」
ラトリエちゃんが無言で僕の左腕を指差す。
クロイエ様に至っては、隣で腕枕状態になってて、真っ赤になってる所だった。
……違うっ! そこは好きにしてって感じで、ぎゅっと目をつぶるとかそう言う場面じゃないっ!
アージュさんもこっちチラ見して、羨ましそうにしてるけど。
今は、それどころじゃないってことで我慢してるっぽい。
……なんと言うか、色々台無しだった。
そう思ったら、自然に笑いが溢れた……。
「はっはっは! ああ、もう締まらないなっ! ……皆、ただいま」
そうだ……今は生き残れたことを喜び合うべきだった。
悔し泣きなんて、一人になってからでいい。
甲板の隅っこでポツンと体育座りしてたモンジローくんと目が合う。
それまでグッタリと俯いてて、なんだか、燃え尽きたって感じだったけど、目が合うとニカッと笑って、邪魔するほど野暮じゃねぇっすって言いたげに微笑んでくれる。
けど、彼も何だが知らないけど、ちょっと目つきが鋭くなってて、一皮剥けたって雰囲気だった。
顔に真横に何本もの真新しいスジが付いてるんだけど……またテンチョーになにかやったのだろうか?
君も懲りない人だね。
この様子だと、弱体化して、戦わないとか言ってたはずのモンジローくんまで戦いに参戦して、戦い抜いてくれたのだろう……。
僕は、様々な人達の思いで、生き残れたのだと改めて実感する。
僕の命は……僕だけのものじゃないのだ。
『――生き延びて、最後まで立っていた者こそ、勝利者なのだ』
セレイネース様の言葉が蘇る。
これは……敗走ではなく、勝利の凱旋なのだ。
そう思うべきだった。
先程まで死闘が繰り広げていた場所から、唐突に凄まじいほどの光を放つ氷の十字架のようなモノが天へと昇り立ち、そのまま音もなく波間へ沈み込んでいく……。
同時にその辺りに立ち込めていた黒い霧が消失していく……。
どうやら、全て終わったらしかった。
「……アージュ様、タカクラ閣下……報告します。魔神ロアの魔力は完全に消失……封印は無事に成功した模様。ですが、セレイネース様の気配も……また」
後方で見張りを続けていたリスティスちゃんが戻ってきて、生真面目な様子で報告してくれる。
……その言葉に全員が安堵感に包まれるのが解った。
「ああ、我も確認した。セレイネース殿……さすがだな。見事成し遂げたか……この借り決して忘れぬぞ……! 侯爵っ! 全速力でこの海域より離脱するのじゃ! 恐らくもう大丈夫だとは思うが、あのロアの事だ。まだなにか小細工を仕掛けているかもしれん。警戒は怠たるなよ?」
「ははっ! 畏まりました。直に出迎えの艦隊が合流する手はずとなっておりますが、ひとまずこの場は全速力にて撤退いたします!」
「それと今後、この海域には常に監視を置いた上で、何人たりとも近づけさせないようにしておけ。よいな? あの魔神ロアを封じたのだ……詰まらぬことで封印が解かれるなど、以ての外であるからな。すまぬが、侯爵……これは貴殿の新たな役目と思って欲しい」
「アージュ様、畏まりました。我がロキシウス家の使命として、あの封印を見張り、守り抜くと誓います。それと、周辺警戒や操艦と言った些事は我々が引き受けますので、アージュ様もお休みください。それにタカクラ閣下……クロイエ陛下、皆様もです。ひとまず皆様、船室でお休みください。ラトリエ、案内を頼むぞ!」
「はいっ! 旦那様……立てますか? 無理なら、わたくし達がそのまま担ぎ上げていきますが」
「うにゃっ! テンチョーが御主人様を担ぐにゃーっ!」
問答無用でテンチョーにヒョイッと背中に背負われてしまう。
……なんと言うか、パワフルだな。
油断してると、泣きそうになるのだけど、彼女の能天気さに救われたような思いだった。
隣にアージュさんがすっとやってくると、囁きかける。
「ケントゥリ殿。気持ちは解るが、未来の王たるものがこのような場で涙など見せるでないぞ……。それと、引っ込む前に皆に一言礼でも言っておけ。この者達は皆、リヴァイアサンと相対するのを承知の上でここまで同行してくれたのだ。そして、命を賭けて戦い抜き、貴様の背中とクロイエ陛下を守りきり、魔神と相対しても決して逃げ出そうとしなかったのだ。……当然ながら犠牲者も出ておるからな。辛いかもしれんが、これは貴様の義務じゃ……為すべきことはもう解るな?」
振り返ると、ロキシウス侯爵と海兵騎士の荒くれ者達がズラリと整列していた。
……そして、僕の言葉を待っているのが解る。
為すべきことを為す……今度は僕の番のようだった。
「……皆、ご苦労様……いや、ご苦労だった」
魔力枯渇の後遺症で真っ直ぐ立つのも辛いんだけど。
テンチョーの背中からも降りて、背筋を伸ばして直立不動の姿勢で立ち上がる。
いつもどおりの調子でゆるーい挨拶をしそうになったのだけど、兵士達の真ん中のシートがかけられたモノを見て、慌てて言い換える。
そうだった……ここは、そう言う場面なのだ。
……僕はこの場にふさわしい者を演じないといけないのだ。




