第六十三話「ラスト・ボス・バトル」③
「……僕は……僕は! …………くっ」
何かいい言葉が出ないかと思ったけど……セレイネース様の目を見てしまって、それ以上は何も言えなかった。
彼女の目は、完全に覚悟が決まった者の目だった。
その決意と思いに……圧倒されてしまったのだ。
「それでよい……もはや問答は無用だ。それにしても群青の魔神……深き青……ロアよ。久しいな……貴様とは少なからぬ因縁があるが、昔話を懐かしむような間柄でもないからな。これ以上話すことなどあるまい」
「こちらこそ、セレイネース……大海の覇者……混沌なる青鈍色……久しぶりとでも言うべきかな? 全く、毎度毎度、嫌なタイミングで邪魔をしてくれるね。君等神族の分体の相手なんて、不毛なだけだから、勘弁してほしいんだがね。それにその分体を捨て駒にして封印陣を使うつもりなんだろうけど、今のボクはその程度……時間の問題で解除できるよ? 無意味な犠牲だと思うんだけどね」
「黙れッ! ロアッ! 何故ここに貴様がいるのかなど問わん。貴様を野放しにしておくことがどれだけの犠牲を生むか……容易に想像付く! 貴様らは古き神々の残した負の遺産、招かれざる客なのだ。我らが相対した以上、私は世界の敵たる貴様を全力を持って封じるのみ! 共に滅びるがよい! 封天陣っ! 壱の操! 弐の激! 参の破っ! 決して溶けぬ永久氷塊の棺に封じ、海の底奥深くに沈めてくれるわ!」
師匠の周囲に巨大な円球状の立体魔法陣がいくつも展開されていく。
……三次元魔法陣とか、さすがに初めて見るけど、尋常ならざる物だと一目で分かる。
更に、セレイネース様の纏う青い帯がロアに巻き付き、その動きを封じる。
「やれやれ、相変わらずの展開速度だ。来ると解ってても、防げなかったか……。まったく、高次次元の限定展開による空間分離封印なんて、ホントタチの悪い封印術だ! けど、その男は危険だな……このボクの固有空間に引き込んで、神魔結界を張って、それを物ともしないなんて、意味がわからないよ。それに……下等生物の分際で、このボクに対して随分な扱いをしてくれたからね。せめて、その片足くらいはもらっていくよ!」
ロアの持つ杖から禍々しいオーラを纏った黒い刃が伸びて、僕の足元に迫る!
「避けろっ! タカクラ! 足元だっ! 絶対に受けようと思うな! ギリギリまで引きつけて……躱せっ!」
僕の目でも見きれないような超速の刃!
けれど、セレイネース様の帯が絡みつき、その刃を減速させてくれる!
セレイネース様の力でもそこまでがやっと……これは確かに絶対に受けてはいけない攻撃だ。
でも、それだけで十分だった……。
魔眼発動……世界がゆっくりになる。
……あからさまにグリグリとコースが変わっていっている様子から、ホーミングタイプ。
それもロア自身による直接操作による誘導。
これは、大避けしても絶対避けきれない。
師匠の言うように、ギリギリまで引き付けて、避けるしか無い!
でも、幸い師匠の帯が抵抗にはなっている。
狙いは、麻痺してる右足側……狙いが解れば、むしろカウンターのチャンス!
果たして上手くいくか? ちゃんと動けよっ!
「そこだっ! こいつはお釣りだ! 持っていけっ!」
ギリギリのタイミングだったけど、切っ先を足で踏み潰す事で止めることが出来た!
多分、こんな踏みつけ程度で止まる攻撃ではなさそうだけど、これは浸透波動を染み込ませた一撃!
伸ばした刃を伝って必殺の波動がロアの腕に流れ込む!
杖を手にしたロアの腕が一瞬で弾け飛び、ロアも困惑の表情を浮かべる。
「な、なんだこれは? ……このボクが見誤った……だと? 今のはなんだ? 貴様、なにをしたっ!」
「……はっ、言っただろ? 舐めるなって……師匠がやるまでもない! この僕がもう一度、完全に殺してやるよっ!」
絶望的な戦力差だと思っていたけど。
目に見えるダメージが与えられた……もっとも、一瞬で腕は修復されたようだけど。
けれど、これでハッキリした。
こいつは無敵じゃない……師匠と力を合わせれば、勝ち目はある!
「まったく……力の差は歴然なのに良く吠えるな。むしろ、滑稽だぞ? けど、なかなか味な真似をやってくれるな。タカクラだったかな? やはり、君は生かしておくと後々厄介そうだ。決めた……片足なんて言わず、きっちり殺そう! やったらやり返される……当然だよねぇ? 一回死んだ程度じゃ済まさないよ? 何度も何度も殺しまくって、君の精神が崩壊するまで殺し続けてあげるよ」
ロアの殺気がこちらに向く。
思わず、その殺気に射すくめられ、腰砕けになりそうになる。
けど、僕だって成長している!
懸命に背筋を伸ばして、恐怖に立ち向かう……逃げちゃ駄目だ! ここは踏ん張りどころ!
……何を仕掛けてくるかわからないが、間違いなく大技が来る!
ロアの周囲に黒い立体魔法陣が展開される。
それを見たセレイネース様が超強力な防壁を展開しつつ、目線で後ろを指し示す。
振り返ると、さっきまでどこにも見当たらなかったケントゥリ号がかなり近くまで来てくれているのが目に入ってくる。
どうやら、師匠がロアの張った固有空間結界も破壊してくれたらしい。
なるほど……今なら、ご都合主義も通じないってことか。
「……まったくお前が要らぬ手出しをするから、ヤツもすっかり本気になってしまったぞ。だが、今の一撃は悪くなかったぞ? ちょっとは胸がすく思いだ」
「一矢報いたと言ったところですかね……。それにしても、つくづく、デタラメなヤツですね……」
「まぁ、魔神族の分体なんぞ、まともに戦うだけ無駄であるからな。結局の所、同じ分体で相殺するくらいしか手がないのだ……その辺の事情はヤツとて同じだからな、であるからこそ、ヤツはいつでも我らと相対すると逃げることばかり考えておってな……。所詮は自分より弱いものにしか挑めぬ弱者よ」
「……相変わらず、口が悪いね……。このボクを弱者呼ばわりとはね。まぁ、確かに君だけが相手なら、迷わず撤退するところだね。ボクはあくまでそこの男に用があるんだ……そこら辺はお互い様だと思うんだけどなぁ……」
「……望むところだよ! この雑魚魔神が!」
前に出ようとしたところを師匠に肩を掴まれて、強引に背中に庇われる。
「馬鹿者が! ヤツの挑発に乗るな……ここは、退けと言ったのにまだ解らんのか!」
「退けません! もう少しなにか打つ手があるのではないですか? 諦めてしまったら、そこで終いです! ヤツと師匠が互角なら、僕の分だけアドバンテージが有る……そう思いませんか?」
「お前もなかなかしつこいな。なんにせよ……このまま、お前を守りながらではヤツの封印に集中できん。幸い出迎えもすぐそこまで来ておるし、ヤツの結界も私が破壊しておいた……あの者達も敵が何かを承知の上で、危険を犯しているのだ……早く行ってやれ。いいな? チャンスは今しかない。決して後ろを振り返るな……私もそう長くは持たんぞ!」
決断のときだった。
……僕が取るべき行動は、師匠がロアを食い止めているうちに、全力で皆の所まで逃げること。
おそらく今が、最初で最後の逃げるチャンスだ。
ロアと僕の差は歴然だ……ああは言ったが、根本的なスペック差がありすぎる。
相手は師匠と同格……魔神の分体。
そんなのを相手に、僕がいたところで、何の足しにもならない。
それどころか、完全にヤツは僕に狙いを定めているようだった。
この場にいて、出来るようなことなど、もはや何もない。
むしろ、ここにいても師匠の邪魔にしかならないし、ロアは隙を見て僕を殺しに来るだろう。
あんな小手調べ程度の攻撃ですら、師匠でも止められなかったのだ。
ヤツの本気の一撃をまともに食らったら……確実に死ぬ。
それも完全な無駄死にと言うオチまで付く。
実際、セレイネース様も僕に気を取られて、封印術に集中できないでいる。
いや、睨み合ってるように見えて、今も超高速で双方、術式と対抗術式の応酬を繰り広げている。
いくつもの立体魔法陣が現れては崩れていく。
もはや、人間など入り込む余地のない……神々の戦い。
お互い固有領域を展開し、双方食い合っているのが僕にも解る。
もはや、ここは人間が居ていい場所じゃない。
だからこそ、この場は逃げる……それが正しいことだと、理解は出来る……でもっ!
「……愚鈍なラーテルムと違って、君は神族共の中でもトップクラスに優秀だからねぇ……。まさか、こんなハイレベルの分体をすでに用意してるなんて思ってもいなかったよ! さすがにこれは少々手こずりそうだな」
「ほざけ、備えあれば憂いなしだ。いつもいつも貴様の思い通りになると思うな……。安心するがよい……どのみち、貴様に次はない……貴様はここで終わらせるっ!」
「やれやれ、どのみち、邪魔するなと言って聞いてくれる相手じゃないからね。とりあえず、僕も大人しく封印などされてやらないよ? 気が変わったよ……リハビリ代わりに少しばかり君と遊んでやろうじゃないか! さぁ、どんどんギアをあげるよ! そこの雑魚をかばいながらで、どこまで付いてこれるかな?」
ロアの放つ魔力が急激に跳ね上がり、その身を拘束していたセレイネース様の帯が弾け飛ぶ!
ただでさえ強大だった魔力が底知れないほどまでに膨れ上がっていく。
さらなる膨大な術式の応酬が始まる……師匠の魔力も急激に跳ね上がるのだけど、ジリジリと押され始めているのが解る。
……こいつ、まだ上があったのか!
こいつは、僕なんか話にならない……それどころか、神の分体でもある師匠すらも超えている!
「よもや、ここまでとはな……。一体、今の今までどこに潜んでおったのだか……。まぁ、ラーテルムでは出し抜かれて当然か。これは我らの落ち度だな……せいぜい教訓にするとしようか」
セレイネース様の横顔にも、大粒の汗が伝う。
「師匠……この場は、共に退きましょう。これは師匠でも……一度退き、体制を整えてからでも遅くはありません」
「そうだな、これはさすがに私でも手に負えそうもない。だが、奴をこのまま野放しには出来ん! なんとしても、この場できっちりカタを付ける……これは私のセレイネースの分体としての役目であり、果たさねばならぬ責務なのだ! 貴様も何をグズグズしておる! よいか! これは師匠としての最後の命だ……つべこべ言わずさっさと去ねっ!」
そう言って師匠が僕を蹴り飛ばすと、真後ろに鏡のようなものが出現していた。
否応なしに、鏡に身体が触れると、足元がなくなる感触。
……次の瞬間、暗転したと思ったら、僕は固い甲板の上にいた。
「て、転移魔法? いつのまに……ここは?」
「……アージュ様! 旦那様が……戻られました! 段取り通り、直ちに撤退いたしましょう!」
そのまま倒れ込みそうになってたんだけど、ラトリエちゃんが抱きとめてくれた。
と言うか、待ち構えてたって感じだな……これ。
なるほど、師匠もきっちり段取りを整えた上で、救援に来てくれたんだな……。
まったく、周到すぎて嫌になるよ……。




