第六十三話「ラスト・ボス・バトル」①
「い、いつから、こうなっていた? 何が起きているんだ!」
理解してきたぞ……。
……僕は僕の知らないうちに、アイツが作り出した結界に取り込まれていたんだ。
近くに落ちていたリヴァイアサンの鱗の欠片を海に向かって投げてみると、カラカラと音を立てて、波間を転がっていく。
もはや、ここは海の上ですらない……感じとしては、舞台の書き割りとかそんな感じ。
遠くに見えている風景もどこか雑で作り物感が漂う……けど、僕はこれと同じものを知っている。
他ならぬ、あの無人島……セレイネース時空。
マズいぞ……もし、あれと同じならこの空間では恐らく、あらゆる理不尽がまかり通る。
そして、この手の結界魔術は術者が死ねば解除される。
結界が解けていないのは、術者がまだ生きていると言うことに他ならなかった。
慌ててさっき殺した糸目野郎の死体のあった場所を振り返る!
「……酷いなぁ。いきなり問答無用でここまでやるかい? 異世界人ってのは、人殺しに抵抗持ってるお優しい奴ら揃いって聞いてたのに、いきなり同胞を射殺するわ、抵抗もしない相手を躊躇いもしないで一方的に殴り殺すとか……これじゃ、どっちが悪人なんだかわからないよ。面白いやつが居るって聞いたから、ちょっと話しがしたくて、敢えてか弱そうな姿にしたのに……これじゃ意味がないじゃないか……ホント、いちいち気分悪いなぁ」
……おいおい。
何回殺したと思ってんだ。
再生持ちの怪物とかだって、普通は限界ってもんがある。
死ぬときの精神の負荷だって、半端じゃねぇんだ。
セレイネース様の修行だって、さすがに一日十回以上死ぬと精神が持たないって言って、手加減してくれてたんだぞ?
慣れないうちはマジで精神が崩壊しかけた。
その程度には、アレはキツイ。
不死の怪物も本来は、いくらでも復活出来るらしいのだけど。
立て続けに死ぬと、心が折れて自分から復活を諦めてしまう……そんなものらしい。
コイツを殺した回数は、軽く三十回以上……その程度には、徹底的に殺したし、それくらいしぶとく復活をくりかえしてた。
常識的に考えて、あれで殺せないはずがない。
にも関わらず、目に映ったのは……ボコボコになって死んでたキザ男がボロボロのまま、ゆらりと起き上がるところだった。
目玉も飛び出して、ぐちゃぐちゃになってた顔と変形してた頭が逆回しのようにシュルッと修復される。
おまけにご丁寧に全裸状態から、黒基調の豪奢なローブ、マントやらが次々と湧いて装備されていく。
仕上げに、狂ったレベルの魔力を放つ黒水晶のハマった杖……。
装備の時点でどれも宝具クラスなのが解る……。
肌の色が浅黒くなっていき、ヤギのような角まで生えてくる。
……瞬間再生能力持ちってのは解ってたけど、宝具クラスの装備を召喚して、次々とリミッターカットみたいなことを始めてる。
……なんだそりゃ。
三味線弾くどころの騒ぎじゃないぞ……?
いくらなんでも限度ってもんがあるだろう。
いや、この固有空間って呼ばれる空間はそう言うものなんだ。
……作り出した者がルールであり、その空間ではあらゆる理不尽、ご都合主義が強制される。
この空間に引き込まれた時点で、僕にはこれっぽっちも勝ち目なんて無かったんだ。
……こいつは、選択肢を誤ったかも知れない。
「人間じゃないとは思ってたけど、これほどまでの化け物だったとはな……お前は……何者だ? 固有空間を作り出すとなると、もはや不死者だのそう言うレベルじゃねぇだろ?」
自分で言ってて、嫌な汗が出て来る。
……少なくとも不死者とかそんなケチな奴じゃない。
なにしろ、アンデッドだって、首を飛ばしたり、頭を潰したら、死ぬからな。
高等なやつなら、それでも死なないらしいけど、何度も殺せば死ぬってことに変わりはないらしい。
固有空間を作り出すとなると……結論は唯一つなのだけど、これを認めてしまったら、多分心が折れる。
「やれやれ、せっかく、君たちとコミュニケーションを取るために人型の分体を組み上げたのに、いきなり話し合いもせずに、こんなにするなんて……。ボクの固有空間と神魔結界の重ねがけで、何の制約も受けずに、平然と暴れていられるのも驚きだったけど、問答無用で殺しにかかるとか……いや、実に良い判断力だと称賛するべきかな? こんな呆気なく何度も殺されたのは、随分と久しぶりだったよ。けど、単なる物理攻撃でこのボクを殺そうなんて、そこはいただけないな。使徒なら、その理不尽かつ強大極まりない神の力で、徹底的にボクの存在を抹消すべきだっただろうに……詰めが甘いね」
「……まさか、お前はっ!」
ここまで来れば、僕にだって解る……コイツは間違いなく、セレイネース様達と同格の存在。
……おそらく、神族かそれに準ずる存在。
一連の騒ぎ……何かおかしいとは思ってたけど、こんなとんでもない奴が絡んでたのか。
いや、セレイネース様が熱心に僕をパワーアップさせようとしてたのも、コイツが絡んでくるのが解ってたからなのもしれない。
なんで、僕自身が強くなる必要があるのだろうと、素朴な疑問をぶつけてみたこともある。
その回答は……。
『いずれ来る戦いの時。その時の備え、お前を生かす為の知恵を授けている……そう思っておけ』
……そんな言葉が返ってきた。
その時がいつなのかなのか、一体何と戦うのかまでは、教えてくれなかったけど。
今が……その時だったのだ。
だからこそ、アレほど熱心に使徒にならないかと誘ってくれていたのだ……。
それを僕は……。
さすがに、今の僕でもセレイネース様と戦って、その存在を消せとか言われたら絶対に無理だ。
なにせ、セレイネース様達神族は、その本体といえる精神体が超高次元と言える異空間に存在している。
第八次元とか、第十六次元とかそんな感じの世界。
僕らのいる世界は、縦横奥行きの三次元。
それに加えて、時間軸……過去から未来へと流れる時の流れと言う概念から構成される第四次元だと言われている。
時間が止まった立体の世界……三次元。
写真や絵画と言った平面の世界である二次元。
そんな風に、下位次元の事は、僕らも容易に理解できるのだけど。
五次元、六次元と言った高次元のこととなると、もはやその概念すら理解できない。
神々とは、そう言う人類では理解不能の高次元存在なのだと、セレイネース様は説明してくれたのだけど。
同時に、それは下位次元の存在では高位次元の存在に絶対に勝てないと言う事でもあるのだ。
二次元の絵じゃどうやったって、人は殺せないだろ?
……これはそう言うことだ。
なにせ、第四次元に顕現する際に構成する神々の依代。
それを、どれだけ物理的に破壊しても全く意味がないのだ。
やってることは、水面に映った月を砕くようなもの。
水面に写った月をどれだけ殴りつけたって、月は壊せない。
水面の月は崩れるけれど、波が収まれば何事も無かったかのようにもとに戻る。
なにせ、月自体ははるか宇宙の彼方。
水面の月をいくら砕いたところで、月自体になんの影響も及ぼさない。
それと同じことで、僕ら第四次元の存在は、高次元存在の神族相手に対抗する術がないのだ。
「……まさか、お前も……神族なのか? 一体……何者だ?」
セレイネース様からは、神族も一枚岩には程遠いと聞いている。
ラーテルムとセレイネース様は比較的仲がよく、積極的に人類に関わろうとする側なんだけど。
行動原理が意味不明のやつもいれば、引きこもりで何もしないような奴もいる。
悪意だらけの邪神まがいの奴らもいるらしいし……いずれにせよ、コイツは敵と見て間違いなかった。
「ふふっ……やっとボクに興味が向いたみたいだねぇ……。とりあえず、ボクはセレイネースやラーテルムみたいな新しき神々とは少し違うと言っておくよ。そうだね……魔神族と言えば解るかな? 古き神々の意思を継ぐ者。ボクについては、この世界の伝承では、深き青――群青の魔神ロアとも呼ばれているはずだ。だから、ボクのことは気軽にロアくんと呼んでくれていいよ?」
魔神族? アージュさんから聞いたことあるな。
1000年近く前に、黒い月の魔素を浴びた事で狂い……地上を散々に荒らした悪しき神々。
古き神々の意思を継ぐと称して、新たなる神々や人を滅ぼそうとした……魔族の神。
魔神ロア? さすがに細かい伝承までは詳しくはないけど、伝承として語り継がれる程度には、凶悪な存在なのだろう。
……そんな化け物が目の前にいる。
その不死身っぷりは、今しがた実証されたばかりだ。
腕力とかは大した事なさそうだけど、魔力は……ヤバいな。
さっきまでは、スイッチ入ってなかったみたいだけど、ぐんぐん再生するうちに魔力器官も発現したようで、凄まじい勢いで魔力が高まっていく。
なにより、あの宝具の杖がヤバい……ラトリエちゃんの宝具どころか、それ以上だ。
多分……アレ。
地上にブラックホールを召喚するとか、そんなデタラメな代物だ。
完全に騙されたな……いや、要するに僕は未完成状態でブチのめしただけだったんだろう。
レベルとしては、セレイネース様の分体……お師匠様並、いやそれ以上かも。
ちょっとこれはヤバそうだった。
やはり、僕の直感は正しかった……こうなる前に殺すべきだったんだ。




