第六十二話「新たなる敵。未知なる邂逅」⑤
「まだだっ! 君がっ! 死ぬまでっ! 僕は殴るのをやめないーッ! くッたばれぇええええっ! オッラァアアアッ!」
……何回殴ったか解らないけど、いい加減疲れてきたから、フィニッシュブローとして、浸透波動を込めた一撃を延髄目掛けて叩き込む!
「ドッセイッ! これで……終わりだぁああああっ!」
まるで、ボロ雑巾のように野郎の身体が、派手に転がっていく。
もはや、完全に頭の形が変わってて、身体もビクンビクンと痙攣するだけになった。
「はぁはぁ……こ、こんなものかな? さすがにこれだけ、死んで再生を繰り返したんだ。もう再生も出来まい……どうだ? まだ生きてるか?」
返事もないし、もう動く気配もない。
どうやら、完璧に殺ったらしい。
いやはや、しぶといのなんの……動かなくなったから死んだと思ったら、シュルッと再生。
軽く10回以上はその繰り返しだったんだが……ようやっと再生しなくなった。
あんな、エンドレスデス&リバースとか、精神のほうが持たんだろう。
ダメ押しにもう一発頭を蹴り飛ばしてみるのだけど、蹴った感触も硬い骨とかじゃなくて、水枕でも蹴ったような、なんともキモい感触になっている。
うぇ……目玉飛び出してるし、耳からも変な汁出てるし……グロっ!
脳内モザイクフィルター発動、僕何も見てないよー!
なんにせよ……こりゃもう駄目だな。
さっきまで殴った矢先に復活とかそんな調子だったのに、もはや再生も始まる様子がないし、ここまで徹底的に頭を破壊したんだ。
これは確実に殺っただろう。
ダメ押しにストンピングとかカマしたら、バンッつって弾けそうだけど、さすがにそれは……ちょっと……だな。
なんだか、暗い気分になりそうだったけど。
気持ちを切り替える……っ!
むしろ……ボスキャラっぽかったのに、何も出来ずに一方的に撲殺とか笑うところだろう!
まさに出来たて、惨殺死体になりましたっ!
いやぁ……さすがにこれはドン引きだけど、コイツなかなか死なないんだもんなぁ。
なんせ、頭へこんでるのに、まだ動いてたからな。
多分、まともに戦ってたら、なかなか殺せなくて苦戦してただろう。
もっともこうなると、人の形をしたゴミだ。
無造作に蹴り飛ばすと、ギザ男だったモノは、そのままぐったりと横たわる。
そのハンサムな顔とかもはや見る影もない。
散々に殴りまくった頭もデコボコしてて、髪の毛もごっそり抜けてるし、必死にガードしようとしてた腕なんかもお構い無しで、殴り潰したから、もはや無事な部分は残ってない。
いや、こりゃ……モザイク必須だわ。
お見せできません! って奴だ。
さすがに、僕も撲殺って最期は嫌だなとか思う。
……こんな無残な死に方はしたくない。
我ながら、ひどい事をしたと思うのだけど、後悔はない。
けれど、一応両手を合わせて拝んでおく。
「……すまんな。なんか、問答無用で殺っとけって僕の直感が囁いたんだ。何者だか知らんが、戦闘モードの僕の前で口上並べて余裕かますとか舐められたものだ。まぁ、舐めプの挙げ句、開幕即死とか悪役の最後としては悲しすぎると思うけどね……。なんか如何にもボスキャラって感じだったけど、死ねばただの生ゴミだ……せめて海に返してやるから、魚の餌にでもなるんだな」
考えてみれば、ここまで人間っぽい上に言葉を話すような相手を殺すのは始めてなんだけど、感想としてはそんなもんだった。
まぁ、その前に謎のチンピラ日本人もぶっ殺してたけど、あれは僕としては、ただの牽制のつもりでした。
本当についうっかりだったんだが、別にどうでもいい。
コイツなりの演出のつもりだったみたいだけど、台無しにしてやった。
ザマミロ。
多分、コイツとしては、かわいそうで殺せなーいとか、人殺しはいやーとか言って、プルプルしてる僕をあざ笑うつもりだったとか、そんなだったんだろうな。
異世界に転生した日本人は大抵そんな調子だからな。
甘ったるい幻想で殺すべき奴を殺さずに、痛い目にあったり、自分の代わりに奴隷少女に殺させたりとかな。
間接的に大虐殺やらかしたりとかしてるのに、直接殺した訳じゃないしとかのたまわったりな。
実際、僕もそんな調子だった。
だがまぁ、そう言う甘い考えはもう綺麗サッパリ消え失せたんだよ。
バカは死ななきゃ治んねぇけど、百回死ねばどんなバカでも治る。
甘い、甘い……僕のメンタルはすでに鋼のごとしだ。
そんな異世界ラノベ主人公みたいなヘタレた感情は一片も残ってない。
それどころか、夢のイケメン悪役開幕ブッ殺しまで、決めちまいましたよ。
……ああ、一度くらいはやってみたかったけど、夢がかなって、なんかすっげースッキリ!
のこのこ自分から姿を見せた時点でこいつの負けは確定していたのだよ。
どうせ、生かしていても害悪しかなさそうなヤツだったし、口調も声もムカつくようなヤツ、会話も交渉も無用。
のうのうと御託を並べて、意味不明のサイコ演説とか聞かされるくらいなら、問答無用で殺っとく。
これぞ、ベスト・オブ・ベスト対応っすよ。
非殺系主人公とか、お約束とか何気にぶっちぎった気もしないけど。
これもセレイネース様の修行の成果だ。
人間を殺すなんて出来ない。
そんな事の為に修行をしたい訳じゃない……。
最初の頃、確かにそんなヘタレた事言ってたけど、その結果どうなるかってのを散々味合わされたからなぁ……。
要するに、軽く殺されまくりました。
手加減して止め刺さずに放置してたら、いつの間にか復活してて背中からバッサリとか。
手足をヘシ折って安心してたら、自爆してドッカンとかなー。
助けてーとか命乞いされて、怯んだところでやっぱり自爆とか。
群衆の中での暗殺者との戦いなんてシチェーションもあった。
寄ってきた物売りの子供がいきなり爆発とか、いきなり花屋のお姉さんに後ろから毒塗った短剣で刺されるとか。
……あれはひどかった。
正直、まっとうに社会復帰出来なくなるんじゃないかと危惧するくらいには、あらゆる奇襲、暗殺の手口ってのを体験させられた。
呪殺……なんてのも食らったよ。
通りすがりでこっち見てたババァと目が合ったら、それだけで即死。
対抗手段は、目が合う前になんか投げつけて先に殺す。
呪殺の励起魔力パターンを記憶しておいて、その魔力パターンを検知したら、対象を問答無用で殺せと。
要するに、僅かでも殺意を感じたら、即反応して問答無用で殺す。
それが暗殺対策……躊躇ったら、自分が殺される。
……人間の形をしてるからって、敵を殺すのを躊躇ったら死ぬ。
敵には情けも許容も慈悲もなく。
死なばもろともとか食らいたくなきゃ、トドメもきっちり刺す。
それが僕がセレイネース様から叩き込まれた教訓だった。
戦場で相対したなら、たとえ相手が親兄弟でも問答無用……それが戦士の流儀なのだ。
以前は、どんな相手でも話せば解るとか、敵とも和解出来る……なんて思ってたけど。
……そんな殺すか殺されるかなんて状況になった時点で、話し合いだのそう言う次元は軽く飛び越えているのだよ。
どれだけ甘い綺麗事を言ってたって、結局、自分が死んだらゲームオーバーなんだからな。
敵意を持った相手と相対したら、躊躇わない。
そして、確実に殺して憂いを断つ。
それが出来なきゃ、生き残れない。
……セレイネース様の教えは正しい。
あの修行は……まさに実戦で生き残るための修行に他ならなかった。
聞いた話だと、現代の兵隊の訓練なんかも条件反射で人のシルエットを撃つってのを徹底的に叩き込むってのが、真っ先にやることで、その訓練を日常的に積めば、本番の戦争でも、銃持った人間が視界に入るとあれこれ考えるより前に引き金を引けるようになるらしい。
奇しくもセレイネース様の特訓はそれと全く同じ。
考えるより先に殺す……とどのつまりはそうすることで、戦場で人を殺せるようになる。
実際、相手が人間っぽくってなんか話してるようなヤツだったんだけど、一切感情移入をせずに、訓練どおり動くだけで、余裕で殺せてしまった。
本番はもう少し躊躇うかと思ったけど、別にそんなことはなかった。
ちなみに、プロレス技はその人間型の仮想敵を相手にしながら覚えた。
深夜放送とかでプロレスの試合とか見るの、夜勤店番での密かな楽しみだったし!
敵にプロレス技とかかけまくって、無双してみたいとか、密かに思ってました!
本来のプロレス技は見た目派手でもなるべく相手に怪我をさせないように考慮してるらしいけど、今の飛びつきDDTも自分が先に地面に落ちて、クッションになる事で見た目よりはダメージがいかないってのが本来の技。
今回のは、そんなもん抜きで相手を頭から叩き落とす殺人技にアレンジしてあった。
訓練でも人型ターゲットの首をもぎ取ったり、頭かち割ったりとかしまくってたからな。
敵が無残かつグロい有様になるのも、殺し合いをすれば当たり前。
セレイネース様からは「慣れろ。ただし楽しみにはするな」の一言だった。
実際、慣れた。
セレイネース時空での特訓は、VRなんか目じゃないくらいのリアリティ。
飛び交う血肉や痛み、死の恐怖、絶望感……その全てが本物と変わりなかった。
綺麗に殺すなんてのは、余程の実力差がないと出来やしない。
人間ってのは、案外しぶといからな。
動く以上は徹底的に壊す……殺し合いってのはそう言うエゲツないものなのだ。
まぁ、もう一つの命令……「楽しむな」と言うのはもっともだった。
殺人を目的としてはならない……あくまで手段なのだ。
そこを取り違えると、僕はただの人殺しになってしまう。
なんにせよ、あんなになってても即死しなかった時点で、アイツも並の人間を凌駕する生命力の持ち主だった。
そんなのを不意打ちで問答無用でぶっ殺せたんだから、良しとするべきだった。
正々堂々? なんすかそれ。
けどまぁ、今度こそ……完全勝利かな?
あの分だと、脳みそグズグズ、首ポッキリ逝ってるだろうから、軽く即死だろう。
回復能力だって、限度ってものがある……限度を超えたら、普通に死ぬ。
名前もしらんけど、どうでもいい。
どうせ、これっきり……海の藻屑にでもなればいいさ。
「……ラトリエちゃん。聞こえるかな? こっちは終わった。ああ、リヴァイアサンはきっちり倒したし、操ってた野郎も問答無用で軽く殺っといた。それに、黒幕っぽいのも始末した。コリャ完全勝利かな? 流石に疲れたから、ケントゥリ号をこっちに回してくれないかな。帰りは優雅に船旅で、晩ごはんはマグルフの盛り合わせとかどう? 食材には困らなさそうだから、今夜は食べ放題だ。せっかくだから、酒飲み放題も付けようぜ」
遠話の術でラトリエちゃんを呼び出す。
魔力の残りももう僅か……マッスルモードも強制解除される。
さすがに、省燃費魔法と言えども常時発動できるほどじゃないからな。
まぁ、この戦いもこれで終わりっぽいし、問題ないだろう。
あとは、エンドロール。
懐かしの我がコンビニ村に戻って、勝利の宴エンドっすよ。
「はい! 解りました……ですが、セレイネース様は、まだ終わってないとおっしゃってるんですが。リヴァイアサンが操られていたって……一体、そちらで何が起きているのですか? 旦那様のいる場所に黒い霧みたいなのが出てて、そちらの様子がわからないんですよ! とにかく、まだまだ油断しないでください! わたくし達も急行してますから! 臨戦態勢のまま最大限警戒を続けてください!」
黒い霧ってなんだ? そんなのどこにも見当たらない……最初に見かけた黒っぽい煤みたいなのか?
それが一面って……そんなの見えないぞ。
けど、海上の居るべきはずの場所にケントゥリ号が見当たらない。
一見どこまでも青い空と海が広がってるように見えるだけなんだが……けど、なんだこれ?
波とか雲も止まってるようになってる……。
まるで、時間が止まったように。




