第六十一話「脇役達の奮戦」③
「待て……瘴気結界じゃと? やはり、これはたまたま集まってきたのではなく、意図的に引き起こされた暴走……と言うことか。だが、リヴァイアサン如きが瘴気結界なぞ張る知恵など無いと思うのだがな……これは、もしや別口の第三者の介入なのではないのか? あの黒いリヴァイアサン共も、タイミングが良すぎる……まるで伏兵のようじゃ。あまりにも用意周到すぎるのではないか……?」
アージュさんがそう言うとセレイネース様も真面目な顔で押し黙る。
確かに、セレイネース様も何かと含みのあるような事言ってたし、このタイミングでスタンピートとか、不自然っすからね。
あの黒いミニリヴァイアサンもどっかでスタンバってて、ボスのピンチに湧いてきたって感じっす。
こんな手の込んだ仕込みとか、あんなビック魚野郎に出来ると思えねぇっす!
所詮、さかな、さかな、さかなーなんすから!
「……何者の介入かは、およそ見当は付いておる。黒の月の魔神……アージュ殿なら、これだけで理解出来るであろう? これまでは可能性の段階であったが、ようやっと確信に至った。奴らはタカクラに目をつけ、手始めにこの戦いに介入した……恐らく、そう言うことであろうな。まったく、私の予想通りの展開になるとはな……」
「……馬鹿な! 黒の月の魔神じゃと! 何故だ……黒き月が遥か彼方へ追放された結果、奴らはその力の源泉を失い二度とこちらに干渉出来なくなった……そのはずでは!」
「それがな……白の月の結界が崩れた事で黒の月の封印が解けてしまい、黒の月がこの星に迫りつつあるのだよ。それに伴い、地上の魔素濃度が上昇し奴らが目覚めつつある……少なくとも私はそう考えている。もっとも、その原因が何かは敢えて、みなまで語らぬがな」
白の月……某、渾身の力作でもある萌える模様の描かれた月っすな。
けど、結界が崩れた……と言うと……。
セレイネース様がちらっと某を見て、目線を逸し、アージュさんも露骨にジト目で見てる。
他のメンツも某を見る目が冷たい……。
「……そ、某、またやっちゃいましたかね。さ、さーせん」
確かに、以前の月の模様って魔法陣みたいな複雑な模様だったっす。
なるほど、天体規模の超級魔法陣による宇宙規模の結界。
それをついカッとなって、ぶっ壊しちゃったんすね……某。
某……やっちゃいました……ドコロじゃねーっす。
なんか、全身に変な汗がドバっと!
「す、すんませんっ! そ、某、詫びとして、もうこの場で腹切りますわ。ここで一句、朝ぼらけ、じょんがらじょんがら……「やっちゃいましたかね」でカタ付くなら、ケーサツ要らねぇんだよカスが! オッケー! 当方、覚悟完了、自死するも致し方なしナリ、どなたか介錯をお願いするっす」
正座の上で、光の剣を腹に向けて、ズブシュッといつでもオッケー! ステンバーイ、ステンバーイ……。
そんな魔神とか如何にもヤバそうな連中が復活するきっかけを作り出してとか、要するに世界滅亡の序章! その原因作った張本人が、のうのうと僕ちゃん知らなかったんで、責任取りませーんとか……。
そんなのは生き恥晒すと言うんスよ! どっかの異世界主人公みたいに「やっちゃいました! テヘペロ」で片付けられるわけねーすっ!
ああ、やっちまったすよ! ……取り返しのつかない事やっちまったっす!
潔く死ぬがよい! ですぞーっ!
もうねっ! 腹ザクザク切り裂いて、息絶えるまで、腹上マルバツゲームでもやったりますわっ!
「早まるな、馬鹿者が……他の者も私の話を最後まで聞くがよい。白の月の結界は、我々神族の力を使うことで、稼働していたのだ。それは同時に相応の負荷になっておってな、その為、我々の地上世界への干渉をも妨げていたのだ。しかしながら、ラーテルムは白の月の結界を張ると同時に己だけは地上世界に干渉できるように細工を仕掛けていたのだよ。それ故にヤツは底抜けの無能にも関わらず、これまでこの大陸の唯一神のように振る舞えていたのだ……だが、必然的にそれも終わりを告げることとなるであろう」
な、なんすか……それ。
確かに、ラーテルム様ってなんでこんなポンコツがってツッコみたくなるくらいには、使えない子っす。
他の神様についても、誰も彼も戦乱や人の身勝手の後始末やらで疲弊しきってしまい、地上に干渉できるだけの力を失ってしまったとかなんとか。
そう言う訳で、最強の妾が神々の代表なのじゃーとか言ってたんスけどねぇ。
え? なに? ラーテルム様……そんなインチキしてたの?
「……うぐぐ……セレイネース様とか明らかに有能で格も上っぽいのに、なんでラーテルム様が主神扱いなのって思ってたけど。他の神様に結界の維持を押し付けて、自分だけサボってたってことっすか……ラーテルム様……ポンコツなだけでなく、汚いっ! ラーテルム、マジ汚っ! げ、幻滅したっす……」
もう、某ラーテルム様のファンやめます。
って……それが出来たら苦労しないんスよね……ああ、こうしてみると、ダンナってホント賢明な方っすなぁ。
一応、あの人もラーテルム様から不死とか無限魔力とか与えられてたんスけどね。
本人、使いこなしどころか、そんなもんがあるって気づかないまま、ここまで来ちゃったんス。
せめて、チュートリアルくらいしてあげればいいのに……。
チートだって、何の説明もなしじゃ使えるかどうかすら解らないっすよ……。
まぁ、ダンナは不信心故にラーテルム様との回線が不通状態になってたらしいんスけどね……。
レインちゃんとかイザリオ司教とか、メッセージを伝えられる人なんていくらでもいたんだから、使い方とか教えてあげたって良かったんじゃないスかね……。
今はもう、どれも取り上げられたみたいっすけど。
ダンナは、ダンナでなきゃないで、全然困ってないみたいっすからねぇ……。
「まぁ、そう思うのもさもありなんだな。もっとも、その女神の使徒たる貴様がその結界を打ち砕いた事で、私や他の神族も結界の維持と言う役目から解放され、大々的にこの地上にも干渉できるようになったのだ」
「つか、その結界の維持って……いつでも辞めようと思えば辞めれたんじゃないっすかね。そこら辺、どうなんすか?」
「神々の間でもそこら辺は、賛否両論ではあったのだよ。なにせ、長きに渡って問題が起きていなかった上に、黒い月を動かすと地上が大惨事になると言う事が明らかになってしまったからな。だからこそ、これまでのままで良し……そう言う意見が主流となっていたのだよ」
なんと言うか、事なかれ主義って奴っすな……。
「けど、そうなると黒い月の接近でまた地上に厄災が起きるんじゃないっすか? 天体規模の惑星重力変動……大地震とか火山噴火。大津波……天変地異のオンパレードってなるんじゃないっすか?」
宇宙空間における天体同士の重力バランスってのは、長い時間をかけて、そこが最適って位置に収まるようになってるんスよね。
当然ながら、そのバランスを崩すようなことをすると、どえらい事になるんすよ。
某、SFにも造詣あるからそう言うの詳しいっす。
「幸い……教訓を得ているからな。黒い月も極めてゆっくり地上に寄って来るように他の神々が調整しているから、地上への影響は最小限に留まりそうではある。もっとも、黒の月の魔神の復活は誤算であったがな……実を言うと、もうしばらく猶予があると思われていたのだよ」
「……やっぱり、某が悪いんじゃないっすか。某、ギルティ過ぎるっす……やっぱ、腹切るしか無いっすね……」
「だから、そう結論を急ぐな。その代わりと言っては何だが、私のように人に力を貸そうと言う意思を持った神々が動けるようになったのだ。実際、私も地上に分体を顕現させることが出来る程度には力を取り戻したのだからな。奴らの好きなようにはさせん。要するに、貴様のやったことは、いたずらに悪い事だけではなかったのだ……むしろ、停滞しつつあったこの大陸に新たなる風を吹き込んだ。私はそう評価しているぞ?」
「そうじゃな……。この大陸はこの数百年……力こそが正義と言う悪しき風潮が蔓延っていたのだ。絶対なる上位者たる神々の事実上の消失……。その結果がこれだ。大帝が現れ、帝国が建国されて百年もの時が過ぎた。これまで帝国の暴走を止める術がなく、この世界の秩序は力こそ全て、強きものが繁栄し、弱きものは搾取され消えていく……それがまかり通っていたのじゃよ」
「……まぁ、本来弱者が頼みにすべく神様があれっすからねぇ……。歯止めが効かなくなってた……そう言う事っすか」
「そうじゃ……そして、リョウスケ殿。その以前にもヴァランティアの王、ヴァラスイ……。偽りの神を創造することで人々をまとめようとした初代法国法王マルムスディア一世……。多くの希望が現れては消えていった。ラーテルムは結局、そう言った人々の中より生まれ出た希望にはなにひとつ手助けをせんかったのじゃ……。そして、ラーテルムの使徒たちもラーテルムがまともに導かなかったばかりに、自己満足の勝手働きに終始する……その程度に終わってしまった……。その結果が今のこの大陸の惨状じゃ」
「まぁ、もうあっちこっちグッダグダって感じっすからなぁ。けど、某のやらかしのせいでますます大変なことになったんじゃないっすかね……。月のお絵描き、魔神復活とか……最悪の状況じゃないっすか」
「いや、そうでもないぞ? 大帝が大人しくなったのも、混沌ばかり生み出していたスライム狩りの使徒……サトルが大人しくなったのも、貴様のやらかしを目撃したからだと言う話だからな。なにせ、どんな強者すらも一撃で消し飛ばす力の存在を示したと言うのは大きかったからな。あれは帝国や法国と言った大国すら震撼させた出来事だったのだ。貴様のやった事はこの大陸と言う淀んだ池に大岩を投げ込んだようなものじゃ。そして、そんな中……新たな英雄が生まれようとしているのじゃ……それが何を示すかは言うまでもないであろうがな」
歴史に残る偉業っ! アージュさんに言われると、その言葉の重さが実感できるっすなぁ。
なるほど……力こそすべての世界に、より強大な力の存在を示した。
……となると、力頼みの連中は軒並みブルって大人しくなったと。
そんな中、力頼みではなく和を尊び、色んな人々を惹き付けてしまうタカクラのダンナが彗星のように登場。
まさに、この世界は希望に満ちた激動の時代を迎えようとしてるっす!
……なんか、背中がゾクゾクっとしてきたっす!
そして、某は確実にその助成となった。
……そして、盟友として、その傍らを……。
某、役立たずのゴミカス野郎って思ってたっすけど。
そうでもなかったんスなぁ……。
要するに、某がやったことは、核兵器のデモストレーションをやったようなもんっすね。
……抑止力による世界平和への貢献。
それに伴うラーテルム一強体制の崩壊。
そう考えれば……そう悪くもなかったんスかね。
つか、ラーテルム様もそんなでよく某のことを笑って許してくれたっすねー。
あの方も、唯一神としての役割にいい加減疲れてたのかもしれねぇっすね。
いかんせん、やる事なすこと裏目に出るとか、誰も自分に感謝してくれないとか……そんなことばっかりウジウジ言ってて……もう、何もかもが投げやりって感じでしたからなぁ……。
うん……それなりにお世話になってるのは事実っすから、せめて某くらいは味方でいないと……っす!
応援はしてあげるっすよーっ!
はぁ……某、考えてみると、結構な重要ポジっすね。
それで腹切ってこの世からバイバイとか、そりゃないわー。
けど、悪い影響としては、黒の月の魔神と言う新たな敵の呼び水になってしまった事。
もっとも、セレイネース様は、そこはあんま気にしてないみたいな感じなんすよね。
「……な、なるほどっす。良くも悪くも混沌を呼び起こした……そう言う事っすか。けど、セレイネース様は怒ってないみたいっすね。普通、なんてことをやらかしてくれたーってキレるとこっすよね」
「先が見えぬからこそ、前へ進む価値があるのではないかな? 私は停滞や同じことの繰り返しと言うものが好かぬのでな。今日と変わらぬ明日が来る……その繰り返しに何の意味があるのやら。明日が見えないからこそ、人は明日に希望を抱き、進歩するのだ……」
「セレイネース殿は、混沌の女神と言う異名も持つほどじゃからのう。この女神は古き神々を放逐した新たなる神々の代表格でもあるのじゃ。現代に伝わる神話ではラーテルムが主神扱いで他の神々はその他大勢と言う扱いであるが、本来の神話の格では、天地を創造したと言われる天空神ラーカイユや地母神マーテラあたりと同格なのじゃぞ?」
ちなみに、ラーテルム様はその天の神と地の女神の間に生まれた女神様らしいっす。
一応、由緒正しい出自の神様ではあるんすよね……。
神話では、地上の全てを天地神から託されたって話にはなってるんすけど……。
「……な、なんとも恐れ多い女神様なんすね……。けど、某……今後どうすりゃいいんすかね? 今世紀中、最大級のやらかしってのは自覚しとりますが。反省っつてもどこから手を付ければよいのだか……そもそも、某……使えない子って自覚あるっす」
「甘ったれた事を言うでないぞ……貴様は貴様のやるべきだと思ったことをやればいい。同じことは何度も言わんぞ? 貴様もそろそろ本気を出せ……その死をも辞さぬ覚悟は、本気を出すのに十分な理由となるのではないかな? 貴様には力と知恵、そして混沌を呼び込むある種の才覚がある。その使いみちはすでにお前自身が気付いているはず……貴様は何になりたかったのだ? それが貴様の求めている答えだ」
それはまさに雷に打たれた如しだったと、某は後々述懐することになったっす。
某もなんとなく、好き放題やってきたっすけど!
某は……某はっ!
こんな異世界エロ漫画家なんかではなく、世界を救う勇者に……いやいや、ちゃいますなぁ……。
うん……世界を救う勇者の片棒を担ぐカッコいい奴になりたかったっす!




