第五十九話「決戦……死闘の始まり」④
面白いように、型にハマって、楽勝ムード……そう思っていたのだけど。
リヴァイアサンの思いもよらぬ反撃の前に、自信満々で挑んでいたくせに、防戦一方になってしまっていた。
「くそっ! 油断した! あの砲台みたいなの……一体いくつあるんだ?」
身体のあちこちに寄生させたイソギンチャクみたいなのからの高圧放水。
小さいのや大きいの……それが一斉に僕一人目掛けて、ぶっ放してくるのだから、こっちはたまったものではない。
数もさることながら、火力も馬鹿にできない。
幸い細くて弱いのは、全周防御のシールドで散らせるのだけど、デカイのが放つ太くて重たいのは、全周タイプのシールドではあっさり貫通されてしまった。
ドリルシールドで受けて、それでも手がビリビリと痺れるくらいの強烈な衝撃が来る。
これは絶対にもらっちゃいけない一撃だろう。
多分、マトモにもらったら身体に穴が空いて即死する。
弱レーザーも当たるとビスっと身体に穴が空くし、数発もらっただけでシールドが剥げてしまうほどには威力がある。
だから、全ての高圧放水を全力で回避している。
手足に一つ二つていどならなんとかなるけど。
これだって、頭や胴体に食らったらヤバい。
これは実戦……死んだらおしまいなんだ。
けれど、以前よりも断然落ち着いて対処できている。
レベル4スライムと戦った時なんて、パニックで頭が真っ白だったもんな。
敵の戦力が想定以上……そんなことだって、実戦では当たり前なのだ。
うん……まぁ、そう言うのは、セレイネース様との修行で散々っぱらやられたし。
限界突破して、立ってるのがやっとの状態でお代わり。
この一戦で終わりと言っときながら、背後から強襲とかな。
二段どころか三段変身とかそんなのと戦わされたりもしたよ……ありゃ、心が折れるね。
リヴァイアサンが配下のモンスターを使って来たってのは驚いたけど、そもそもコイツとの戦いにルールも掟もない。
以前の僕だったら、一対一じゃなかったのか! とか言って、グダってただろうけど。
今の僕は……まぁ、そんなものかと言う感想しか沸かない。
リヴァイアサンの攻略法としては、正面に立たずにちまちまと攻撃して機動力を減衰させて、十分に足を削った上で、的の大きな側面に回り込んで、肉薄して一気に削り殺す。
多分、これが最適解だと思ってた。
なにせ、リヴァイアサン自体は噛み付きと体当たり、尻尾でビターンくらいしか攻撃手段がない。
それ故に、側面に回り込んでのアウトレンジ攻撃で、ワンサイドゲーム……そう思ってたのだけど。
この身体にまとったイソギンチャクみたいな巨大海洋生物。
こいつらが砲台よろしく一斉にバンバン撃ってくるから、側面はまさに殺し間みたいになっている。
未だに無事なのは多分、運が良かっただけ。
何となく、ヤバいと思って少し引き気味で突っ込んだんだけど、それが初撃の回避に繋がっていた。
うん……伊達に三桁とか死んじゃいないぞ?
もう、無意識にここにいたら死ぬって言う死線を見切れるようになってる。
猛者と雑魚の違いってのは、恐らくこう言う危機回避の勘とかそう言うのだと思う。
そればっかりは、どれだけ修羅場をくぐったかにかかってる。
セレイネース様の特訓は、この戦場の勘を短期間で無理やり身につけるもの……多分、そう言うことだったんだと思う。
だからって、ホントに殺して、その度生き返らせるとか、どんなだよって思うけどな。
「頭の悪い獣って評判だけど、そんな事無いんだな……。たった数回の僕らとの戦いを通じて、飛び道具対策を用意してたって訳か……やるなっ!」
背中がゾクゾクっとする感覚。
考えるより先に、身体が動く……。
すでに、高圧放水の有効射程からは脱出できているのだけど、直感には従う。
放水でまともな威力を維持できる距離なんて100mもない。
大型はもうちょっと長距離でも脅威だと思うけど、100mも離れると弾道も見えるから、回避も余裕。
だから、ここまで離れれば脅威はないはずなのだけど、考える余地なんて無い。
そのまま勢いよく前のめりに倒れて、水の中へ飛び込む。
ちらっと振り返ると、お化けマグロのマグルフが次々と背後から僕の居た場所に向かって突っ込んでくるところだった。
けれど、こっちが一手早く動けてたから、マグルフのアタックは回避できた。
マグロは空中で方向転換とかホーミングとかはしないからな。
うん! 我ながら、良く今のに反応できた!
見もしないで、頭で認識するより先に身体が動いてるとか、マジ凄くね?
これが……ニュータイプと言うやつか。
だがしかしっ! どうも、潜った時点で敵の策に乗ってしまったらしい。
マグルフはあくまで回避されることを前提とした威嚇。
水中では十体ほどの半魚人みたいなのが、待ってましたとばかりに一斉に槍をこちらに向けて突っ込んでくるところだった!
なるほど、二段構えか。
もう確信する……こいつは、僕を確実に殺す為に、入念な策を弄してたんだ。
頭の悪い獣とか、そう言う認識でいると、間違いなく負ける。
「ハイドロシューットッ!」
しっぽから超高圧水を放ちながら、扇状に振り回す。
薙ぎ払えってやつだ! 悪いが高圧放水はむしろ僕の得意技なんだ。
言っとくけど、今やこの放水の圧力は大岩を秒で半分に出来るくらいだ。
ここまでの威力になると、立派な攻撃手段として機能する。
先頭のやつが、ゴリって感じで真っ二つになって、その後ろにいた二匹も同様に半分!
あっという間に海中が真っ赤に染まっていく。
半魚人……海ゴブリンとも呼ばれてるような連中。
海の魔物のスタンダード的な存在ってことで、セレイネース様の特訓メニューにもこいつらとの戦闘があった。
なお、数はこんなもんじゃなかったと言っておく。
桁が一個違う……セレイネース様に自重なんて言葉はない。
正直、拍子抜け。
生意気にも水系魔術を使うヤツもいるのだけど、それもいない様子。
防御結界すら張らずに、単純な高圧水の水圧に煽られて、あっさり前進を止められて、次々と薙ぎ払われていく……なんだ雑魚か。
水中戦の心得……基本的に近距離戦闘になるから、むしろドンドン突っ込め……なのである!
ハイドロシュートで露払いは出来ている……後ろの奴らも勢いが止まっている。
「ここが攻め時! 一気に蹴散らすっ!」
血煙を盾に、水中ロケットのように、半魚人の群れに突っ込む!
水鳥剣で、よらば切るの勢いで片っ端から切り捨てつつ、中央突破!
水鳥剣のいいところ。
水中でも切れ味に問題がない上に、攻撃範囲が倍以上に拡大するのだよ。
三次元で自在に動ける水中戦。
地上や海上戦とは全く勝手が違うのだけど、慣れると自由自在に動けてちょっと楽しい。
華麗に舞うように手刀でバッサバッサと切りまくる!
セレイネース様にさんざんけしかけられたから、コイツラとの戦いは慣れっこだ。
もはや、敵じゃない! そう言ってよかった。
……あっという間に、近くに居た半魚人共は全滅する。
「……もの足りんっ! 僕を殺したいなら、その10倍はいないと話にならんぞ?」
そのまま一気に海上へと飛び出す! こんな雑魚では足止めにもならない。
だがしかし! 海上に出るなり、待ってましたとばかりにヴァイアサンが突っ込んでくるのが見える。
なるほど、半魚人共は僕を海面に追いやる勢子役だった訳だ。
二段どころか三段構え。
迫りくる巨大な口っ! その速度は最大速度に達しているようで、あっという間に間合いが詰まっていく。
……万事休す?
んなこたぁねぇよっ!
「そう来ると思ってたぜ! かかったなっ! アホがぁっ!」
ハイドロジェットで一気に10mくらいの高さに飛び上がって、放水の反動で落下のタイミングを調整して、リヴァイアサンのデコを蹴り飛ばして、一気に後方へとすっとぶ。
傍目には、吹き飛ばされたように見えるだろうけど。
完全にその突進力を殺しきった上に、蹴ったついでに、浸透波動を流し込んでやった。
……仕留めたと思ったときが、やられる時なのだよ!
むしろ、この瞬間を待ってたんだ……僕の方が一枚上手だったって訳だ。
バンッ! と弾けるような音を立てて、リヴァイアサンのデコの部分の分厚そうな鱗が弾け飛び、リヴァイアサンの頭部が大きく仰け反る。
「……やったか?」
微妙に勝ってないフラグを立てた気もするのだけど、大丈夫……浸透波動は確実に透った!
浸透波動は、固いものがあってもそれをダイレクトに突破して、その向こう側に柔らかいものがあれば、それにモロに直撃する。
要するに、音波や衝撃波と同じようなモノ。
ガワが固くて、中身は柔い……なんてものなら、延々とガワに反射して、中身を徹底的に破壊する事だって出来る。
内側から、脳みそかき回されて、それでも生きて動けるような生き物なんて居てたまるかっての!
……今の手応えに勝利を確信する!
軽く100mは飛ばされたのだけど、クルクルと空中で回転し、勢いを殺しつつ水船を足にまとって、浅い角度で着水する。
後は水面をズサーッと滑って徐々に減速すれば、こんな風に吹き飛ばされても、ノーダメージで着水できる。
そのはずだったのだけど。
海上に着地するなり、蹴り飛ばした右足に激痛が走り、思いっきりバランスが崩れる。
「ぐっ! こ、これは……しまったぁあああああっ!」
派手に水しぶきを上げて、ゴロゴロと転がりながら、派手にすっ転ぶ羽目になってしまった……。
思わず、膝をついて立ち上がろうとすると、右足のあちこちが激痛とともにボコボコと膨れだし、やがて内側から爆発したようにふくらはぎや太ももから血肉が爆ぜたっ!




