第五十六話「だが、断る」⑦
セレイネースさん、もう目が泳いでてタジタジって感じ。
ここは僕も話を合わせていくとしよう。
「なるほど、トップの考えとその下の考えの相違か。ロメオでも似たようなことは起きていたし、帝国も同様……もっともあの国はトップがダントツにおかしくて、指導部は割とまともじゃあるからね。彼らの苦労話を聞きもしないのに色々愚痴られて、嫌が応にでもあの国の内情を知る羽目になってしまったよ。どこもかしこも大変だ……。そう言う情勢だからこそ、僕が必要……そう言うことかい?」
「よ、よく解っておるではないか。つまり、セレスディアはそう言う無法な輩を押さえられるような強大な実力を備えた有能な人材が必要としているのだ。なにぶん、セレスディアの女王は、即位したばかりで年も若く、指導力が乏しく有能な部下もおらず、たった一人で孤軍奮闘している健気な娘なのだ。真に平和なる世界のために、その者を助けたいと思わないか?」
まぁ、僕の憶測通りって感じだねぇ……。
「……うーん、なんかどっかで聞いたような話だし、目の前でそんな立場の娘が居たら手助けくらいしたいと思うだろうけど……」
「だろう? それにセレイネースの使徒の力は凄まじいものだぞ? 大陸を囲む海をすべて支配し、強大な魔獣すらも屠る力を与えるぞ。なにせ、ラーテルムの使徒よりもセレイネースの使徒は格上であるからな。素晴らしかろう。無敵の使徒の力があれば、セレスディアの旧態依然の門閥貴族共や、法国の駐屯軍や艦隊すらも一蹴出来るだろう。それになんと言ってもセレイネースの使徒ともなれば、彼の国では最高指導者すらもひれ伏すほどの権威があるのだ。どうだ本物の英雄たちと肩を並べるチャンス……興味は尽きぬだろう?」
……なんとも、美味しそうな話ではあるんだがね。
けど、話にもならん。
「……いや、ごめん。だから、どんなに美味い話を並べられてお願いされても、僕はセレスディアについては、傍観者でいるつもりだよ。攻撃したり、手出しはしないけど、手助けについては、僕から積極的にする気は無い……そりゃ、直にその女王様からお願いとかされたら考えなくもないけど、当然ながらその場合は相応の代償を要求する。そもそも今更、チート主人公とか結構なんでね。謹んでお断りさせてもらうよ」
後ろでラトリエちゃんがやったぜーとでも言いたげな感じで、ガッツポーズ。
まぁ、いろいろな意味で彼女にへそを曲げられるような答えは出来ないからね!
「いやいや、そう簡単に結論を出すな! そう、話を急がないでくれ。一応、貴様には伝えておくが、貴様はラーテルムから完全に見捨てられているのだぞ? 神の加護を一切持たないとなると、貴様のような異世界人、簡単に死んでしまうぞ? それでも良いのか?」
……なんか、加護のひとつくらい与えられてたとか、そんなニュアンスなんだけど。
だから、元からゼロベースなんだってば。
見捨てられたとか言われても、そんな話聞いてないし、元々デメリットも感じてないんだから、別にーとしか答えられないだろ。
と言うか、そんなの最初からだったんじゃないのかなー。
そもそも、セレイネースさんも……なんで、そこまで僕のスカウトに必死なんだかね。
ぶっちゃけ僕はそこまですごくないぞ。
「捨てる神ありゃ拾う神ありって言いたいんだと思うけど。僕は始めから神様……ラーテルムさんからは見捨てられてたようなものだったよ? もしかして、少しは加護とかもらってたの? 確かに、この猫耳ボディはそれなりにハイスペックだけどさ。見捨てられたら、具体的にはどんなデメリットがあるの? 正直、まるっきり実感ないんだけど」
「……デメリットだと? ふむ……その様子だと、何ら痛痒すら感じていないのか? まさか、貴様は使徒として与えられた力をこれまで一切使って来なかったのか? それでいて、ワイバーンや万単位のスライム共を屠ったというのか? 信じられんな……」
「いや、なった覚えないし……。そもそも、僕だけの力でもなかったからなぁ……。僕だけじゃなくて様々な人々の助力があってこその成果だよ。そこについては、思い上がるつもりはない。僕は一人じゃ何も出来ないって誰よりもよく解ってるよ」
まぁ、そう言うことだよな。
身近にラーテルムの使徒が二人もいるから、断言してもいいけど。
僕はラーテルム様とは一切、関わりない。
僕はあくまで普通枠。
ラーテルムさんにゃ、これまで何の借りもないし、話を聞く限りでもあまり関わっちゃ駄目なのは解る。
そもそも僕は使徒じゃないしー。
もう初めっから、どうでもいいゴミ扱いでしたよ?
「……うーむ、話が違うぞ? ラーテルムが言うには、せっかく加護を与えても全く活用しようとしないし、囁きも無視するわ、感謝の祈りも捧げないし、ラーテルムの思惑も無視してやりたい放題とか、色々文句を言っておったのだが……。何よりテンチョーとか言うラーテルムの使徒も貴様の了承がなければ、動かないらしいではないか。むしろ、邪魔者扱いされているような様子ではあったぞ。だからこそ、この私が貰い受けるということで、話はついているのだ」
……話が付いてるって……。
そんな猫の子でもやり取りするようなノリで、人の運命を左右させるなよ……。
「……どれも一切身に覚えないんですが。誰か別の人と勘違いしてんじゃないの? と言うか、僕の意思も確認せずに、勝手に話つけないで欲しいですけど」
加護だの囁きだの初耳ワードばかり。
チート加護ね……。
まぁ、そんなのあったら……少しは頼ってたかもしれないけど。
僕の筋肉パワーも水魔法もどう見ても、女神の加護とか違うし。
ああ、でもテンチョーの件は一応、解らないでもないな。
あれから、僕もモンジローくんから色々説明されて、テンチョーが不定期に女神クエストとか言う討伐クエストみたいなのに駆り出されるって話は聞いていた。
テンチョーも黙って、どっか行くんじゃなくて、最近は僕にちゃんと確認を取ってくる。
僕も立場上、ロメオの利害とかも考えなくちゃいけないから、間接的に影響がありそうで、選択の余地があるようなら、断るように助言したりもしている。
けど、女神様からすると、自分の使徒を思惑通り動かせないと言う風にも映るのか……。
これは知らないうちに、敵意を買っていたとかそう言うのかもしれないな。
「……身に覚えがないと来たか。まぁ、たまに神の囁きを聞けず、加護の類も一切受け付けないような輩もいるからな。いずれにせよ、ラーテルムにとっては、貴様は何の価値もないそうだ。このままラーテルムの影響下にいると、あまり長生きでないと思うのだがな……。異世界人と言うのは、本来この世界の誰もが与えられる神の加護の対象外なのだ。そんなハンデを背負ったまま、この世界で生きるというのは些か酷だと思うのだがなぁ……」
……脅されてるのか? 僕は。
けど、初耳情報がボロボロ出たなぁ……。
特に、ラーテルムに無価値な邪魔者と断じられてるってのは、僕にとっては危険な厄ネタだ。
うーむ、セレイネースさんの話も、ただ断るんじゃなくて、少しは譲歩すべきって気もしてきたな。
この様子だと、向こうは文字通り拾う神として、スカウトに来たって感じだし。
サトルくんみたいに、運命を弄ばれるよりも、寄らば大樹の陰って感じで、セレイネースさんを味方に付けるってのは、決して損はしないと思う。
なにより、この女神様は良識ってものを持ってるように見受けられる……。
ただ、神の加護っても結構穴だらけな気がするんだよなぁ。
そんな全員誰もが与えられるって割には、ばたばた死人が出てるのが実情だしなぁ……。
まぁ、僕が相当なハンデを背負った上でのスタートだったってのは、何となく解らないでもない。
モンジローくんとか超恵まれてるって感じだしなぁ。
うーむ、なんだかんだで、僕自身このセレイネースさんに好感を抱きつつあるのは、向こうの思うつぼ……なのかもしれないけど。
それを自然に成し遂げる辺り、やっぱ、交渉相手としては相当難儀な相手だな。
けど、ここは敢えて突っぱねるべきだよ!
「ごめん、僕は元々無神論者なんだよ。そもそも、神様ってのは概念的な存在じゃないのかな。君みたいに神様の代理なんてのが地上に降りて来て、自分の意志を伝えるとかやっちゃったら、それはもう、神様を名乗るなにかなんじゃないかな? 要するに君達のやってることは神様のするような事じゃない……って、こんな言い方は無礼って怒られるかもしれないけど……。つまり……その……なんだ、必要以上に干渉するんじゃなくて、人々の営みや情勢の流れを大人しく見守るとかさ。どうしょうもなく絶望的な状況になって、その時、始めて手を出すべきなんじゃないかな?」
我ながら、無礼な物言いだと思ったけど。
取り消す気はなかった。
うん、断言してもいい。
……僕は、人々の、世界の運命に自分の思惑で、干渉するような神様は否定する。
平和へ至る道ってのは、人の手で出来るだけ大勢の人の思いで切り開かないと意味がない。
神の思惑通りに描かれ、導かれた平和なんて、偽りの平和に過ぎない。
そんなのは否定されて然るべきなのだ。




